小説『【完結】Cherry Blossom』
作者:bard(Minstrelsy)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

「十年来の付き合い」というのは、別に誇張でも何でもない。
俺はまだ小学生の時、この団地に引っ越してきた。
幸い同年代の子供の多い団地で、遊び相手には不自由しなかった。その遊び相手の一人が、彼女だ。
女子は彼女一人だけだったかというと、勿論そんな訳はない。
当然ながら彼女が別段特別扱いされていた訳でもない。
男子も女子も一緒に遊んでいた。時には取っ組み合いや殴り合いの喧嘩(男子と女子の喧嘩でもそうだった)もしたけれど、割合仲良く付き合っていた。
それこそ、皆が兄弟姉妹のようだった。皆一緒に成長した、そんな風に今でも思う。
気が付いたら俺達は中学生になっていた。
その頃には、周りも随分変わってしまった。
小学生の時の様に遊ぶことは殆ど無くなっていた。
互いを異性として認識しだした事も関係あるだろう。いわゆる、思春期。
一緒に居るのが、何だか恥ずかしく思う事もあった。妙に反発したり、意固地になったり。
そうするうちに、気付けば話すことも減っていった。
それ以外にも何人かは転校していったりして既に居なかった。中には中学受験の為に引っ越した奴も居た。
そいつらとは引っ越してしばらくは手紙のやり取りはしていた。けれど、今ではたまにメールが来る程度で、一緒に遊ぶことも無く疎遠になっている。
今でも時折思い出す事はあっても、会う事はまず無い。多分、これからも。
受験生になって、それぞれの進路が決まって、俺達は本当にバラバラになった。
行く先が違えば、家を出る時間も違う。
たまに顔を合わせることがあれば途中まで一緒に行くけれど、すぐに別れる。
そして、それぞれの場所でそれぞれの友達を作って、いつの間にか合うことも無くなった。
ただ一人、彼女を除いては。
彼女だけは唯一進路が同じだった。
昔の遊び仲間が次々と離れていくのが寂しかったのか、それとも単に一人で登校するのが嫌だったのか、彼女は「待ち合わせして学校へ行こう」と俺を誘った。
入学してまだ間もない時期で、俺もそれなりに心細かったし、断る理由もなかった。
そして現在に至る訳で、彼女とは結構な付き合いになるのだ。
無論、今まで彼女を恋愛対象として見たことなど無い。
「うぁー……今日遅刻ギリギリだったー……」
自分から一緒に行こうと誘っておいてこの体たらくだ。
「だったら少しは早起きしろよ」
「朝もうちょっと飛ばしてくれれば良かったんだよ」
「それが乗せてやった俺に対する態度か」
幼馴染みイコール恋人だと思っている奴は一度この状況を体験してみたら良いと思う。
多分、三日と保たず嫌になる事必至だ。


休み時間が終わり、彼女と別れて教室へ戻る。
今でこそぞんざいに扱えるが、前は少しばかりぎこちなかった。
中学時代、思春期真っ只中。彼女を異性として見ていなかったといえば嘘になる。
やはり妙な気恥ずかしさがあったのだ。
あの頃の俺は、多分まともに彼女と話した事は無かったと思う。変に思われたくなかったのかもしれない。今の俺からすれば、単なる自意識過剰だったと解る。
異性として認識する事と、恋愛対象として見る事は違うのだ。
だから俺は、彼女を恋愛対象として見た事は一度たりとも無い。
いつもそう断言するものの、周りの理解は中々得られないのが目下の悩みだ。
どうしてこうも、周りは幼馴染みイコール恋人と決めつけたがるのか。

-2-
Copyright ©bard All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える