小説『【完結】Cherry Blossom』
作者:bard(Minstrelsy)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

卒業式までに咲いたのは、三割にも満たなかった。
それでも桜が見られて良かったと彼女は言った。
最後の登校。馬鹿騒ぎした連中とも、学校で会うことは無くなる訳だ。
長い長い祝辞の間、考えていたのは色んなこと。
俺や、連中や、彼女のこと。今までと、これからと、変わることと変わらないこと。
世話になったようななってないような担任と記念撮影したり、それなりに仲良かったクラスメイトに引っ張り回されたり、俺にとっては最後まで楽しいものだった。
よりにもよって卒業式の翌日、連中と「卒業打ち上げ」と称して遊びに行った。
ゲーセンで遊んで、カラオケで騒いで、とにかく遊びまくった。
最後の遊びも、これで終わりだ。
とりあえず満場一致で、一人暮らしの奴のとこに押しかけることが決定した。
それで、おしまいだった。
彼女とは、卒業式以降会うことは無かった。
一人暮らしの準備で忙しいらしく、メールも電話もほとんどしなかった。
そして月末、彼女は引っ越した。
見送りには行けなかった。
「頑張れよ」
「お互いにね」
見送る代わりに、電話口で言葉を交わした。


入学式からしばらくして、ようやく桜並木が満開になった。
自治会のイベントで飲み会があったり、近隣の人達が散歩がてら花見に来たりして、結構賑やかだった。
その花の季節も去り、青々とした葉が目に痛い時季になった。
俺も新しい生活に慣れ、いつもの連中とも連絡を取り合う機会が減ってきた。向こうも向こうで新しい友達が出来る頃だ。
それでも時折遊んで、夏休みに約束通りに泊まりに行ったりしていると、何も変わっていない気がする。
けれど、確実に何かが変わっていく。
だけど、俺は寂しいとも思わないし、悲しいとも思わない。
それが自然だと解ったから。
それが、当たり前だと気付いたから。
彼女とのメールでもそう思う。
彼女は彼女なりに頑張っているし、俺は俺でやることがある。出来ることなんてほとんど無い。
歩道を染める枯れ葉を踏みしめる。
団地の生徒が俺を追い越していく。俺達もああだったんだろうな、と遠くなる背中をぼんやりと眺めていた。
幾度か彼女も帰ってきてはいるらしいが、俺の帰る時間や諸々の予定が合わなかった。
『いつになったら逢えることやら』
「せめて来年の桜の時季までにはって感じだな」
メールを終えて携帯を閉じる。
溜息が年の瀬の空に消えていった。


春、と呼ぶには、まだ少しだけ早い。
少しだけ咲いた桜の花が、柔らかな陽の光を浴びている。
薄桃色が、風に煌めく。
その風に紛れて、聞き慣れた足音が聞こえる。
俺は振り向かない。
軽く目を閉じて、深呼吸。
吹き抜ける風が、木立へと向かっていく。
この団地で一番大きな桜の木。
それは、待ち合わせ場所。
そして、約束の場所。
足音が近付いてくる。
俺は振り向かない。
「桜の花びらのおまじない、ちゃんと効いたんだね」
「だな」
閉じた手のひらを開く。色あせた花びらが、風に舞って消えていく。
「そっちの願い事って、何だったの?」
一呼吸置いて、振り向く。
「多分、同じことさ」
移り変わる季節。変わる生活。変わっていく関係。
その中で、変わることのない微笑み。


「久しぶりだな。元気そうで何よりだ」
「そっちも。ちょっとだけ、大人っぽくなったね」
二人、肩を並べて歩く。
花びらが舞い、空を春へと変えていった。

-16-
Copyright ©bard All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える