小説『気がついたその時から俺は魔王』
作者:VAN(作者のブログ)

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瞬間、教室全体に衝撃波が轟いた。
純粋な力による、空気の振動が。
それに一瞬だけ、目を瞑ってしまった私が再び見た光景は……

「っ…………」
「――くっ」

足元には血。虚ろな目に、絶え絶えの呼吸で、横たわる勇者。
それを見下すのは、両目を覆い、天井を仰ぐ男。

「くくく……いい。実にいい気分だ」

勝敗は、一目瞭然。下手な理由はいらないだろう。
勇者は純粋に、あの男の力に負けたのだ。
もう起き上がる力もないのか、ただ嘲笑し続ける男の足元に視線を落としたまま倒れ込んでいる。

「あれほど威勢のよかったあなたが地に伏している。それを見下せる日が来るなんて、最高ですよ。いつだって、見下していたのはあなただったのに」
「か、はぁ……」
「俺としては最高の一言に限りますが、あなたは今、いったいどんな気分なのですか?」

そう言って、問いかける男に、もはや虫の息となった成沢 麗華は、消え入りそうな声で、こう答えた。

「わ、たしは……あきらめて、っ、ないです……」
「――――」
「すくなくと、も……あなたごときに、まけるつもりは――」

一度そこで、区切って、彼女は口元に笑みを浮かべた

「……ありません」
「――くっ」

それを聞いた男もまた、口元に恍惚の表情を浮かべた。
傍から見れば、それは彼女の負け惜しみにしか聞こえない。負け犬の遠吠えとも言っていいだろう。
しかし、私には、それが真意だと、彼女の言っている事が真のことだとわかった。
成沢 麗華は諦めていない。

「わかりました。あなたの遺言として受け取ります。俺ごときに負けた勇者の遺言として」
「っ……」

そう言って、男は麗華の頭上に足を向けた。
先ほどのように、最高速の蹴りを放つつもりであろう。それを顔面に、頭を粉々に粉砕しようとするために。
勝利を確信した男の表情は笑みを浮かべたまま。
追い詰められた彼女の瞳は、しかしまだ諦めてはいなかった。

「これで最後です。せいぜい、死んだあなたを覚えている人が一人でもいることを祈って――」

瞬間、男の顔から笑みが消えた。
さらに、それから1秒経ったか経たないうちに、男がその場からあの異常な速さで後退した。
さらにその瞬間である。
強大な破壊音と共に、廊下側の壁から大きな薄い物体が教室の中に吹き飛んできた。
それは先ほどまで男の体があった場所を、成沢 麗華の体の上を通り越して反対側の壁に激突してようやく動きを止めた。巻き上げた砂埃が視界を眩ませるが、目をこらして状況を見る。
動きを止めたそれをよく見れば、なんのことはない。黒板だ。大きめの。

「…………」
「なんだ……?」
「……?」

いや、本当になんなのだ?
さすがの私もいきなりの出来事に首を傾げて、静寂した教室を――正確には、黒板が破壊し、原型のない壁に目をやった。
と、

「ちょ、やりすぎだよ、コレ……」
「お嬢様に当たったらどうするつもりだったんですか!?」

騒がしい影が3つ、砂埃から微かに見えた気がした。
そして、騒がしい2つの影よりも大きい影が、もっと騒がしい声でこう言った。

「はっはっはっ! 俺が知ったことかよ! そんなことよりも――」

次の瞬間、晴れた砂埃からその者が姿を現して。
そんな姿を見た私は、なぜだか自然と口元に笑みを浮かべていた。常に、感情を表に出さないようにしている気をつけてはいるが……期待して、いたのだろうか。

「――主役のいないまま、終わらせようとしてんじゃねぇぞ、クソ野郎が!!」
「…………」

そんなふざけた魔王様が、この舞台に入場してしまった。

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