小説『Eine Geschichte』
作者:pikuto()

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「夜が明けそうね」

「…もう、月が帰る頃か」

明るくなりつつある空とは反して、部屋は薄暗いままであった。
コッペリウスもその薄暗さに負けず劣らない様子だった。椅子に深く座り込み、机に肘を立て手を組み、顔を軽くもたれかかせ、うつむいたまま長く深いため息をついた。


「あんなのが、誰かと暮らすなんてな」

ため息混じりのかすれた声が、薄暗い部屋に響いた。
コッペリウスはゆっくりと組んでいた手を解くと、そっと机に置いた。
そしてすっと顔を上げ、またため息を混じらせながら私に目を向けた。
同じように私もコッペリウスに目を向け、静かに見つめた。

「アイネ、と言ったか…奴に行方などあって無いようなものだ。それを探すなど」


そう言うとコッペリウスは、突然がりがりと床と椅子が擦れ合う激しい音をてながらゆっくり立ち上がると、コツコツと固く乾いた足音を立てながら、ソファに座る私に向かって来た。


「その本を少し見せてもらいたい。大事な物なのは承知しているが、是非」

老人の古い手が優しく静かに私に差しのべられた。
よほど興味があるようだ。

だがたとえあの人の知り合いとは言え、大事な物に触れさせるのはなんとなく警戒はする。
コッペリウスの様子からしてあの人はかなりの人物であったようだ。
そんな人物が残した貴重な本、ましてや一緒に暮らしていたという娘にそれが預けられているとなれば欲しがる人間などいくらでもいるのだろう。
だがこれはあの人が私に伝えたように、私があの人に届けなければならない大事な物だ。出来ることなら誰の目にも触れさせずにいたい。

私は本を胸に固く抱きかかえた。
もしかしたらてこの老人の手に「はいどうぞ見てださい」なんて本を渡したりしたら盗まれるかもしれない。
そんな事をする人物ではないだろうが、信用はできない。


「…そうか。ならいい、そうするのが正しい。大事な物だからな」

一言そう漏らすと、コッペリウスは静かに手を下ろした。

私はふと顔を上げ、固く抱えていた腕を少し緩めた。
目の前には、優しく微笑み凛とたたずむ老人が私を見ていた。



「…ごめんなさい」

「構わない。これからもそうした方がいい、かなり貴重で重要な物だ」


私はそそくさと本をかばんへしまった。
大事な物だという思いを理解してくれたのか、コッペリウスは優しい態度で接してくれた。
盗むかもしれない、なんて信用しなかった事が少し恥ずかしくなった。

本をしまうのと同時に、コッペリウスはまた固い足音を響かせて、立ち並ぶ巨大な本棚の一つの前で立ち止まった。


「ドロッセルマイヤーと私が出会ってもう40年になる」

重そうな本や書類の束を広げながら、老人が口を開いた。


「昔からふらふらと掴みどころのない奴だった。この前もそうだ。勝手に鍵を開けて来て、古い魔術書をいくつか手に持ったと思ったら、またふらりといなくなった。5年ぶりに会ったと言うのにな」

コッペリウスは、呆れたような声で淡々と語った。

私はそれを静かに聞いていた。
まさかあの人とコッペリウスがそんなに長い付き合いだったとは。
それに魔術書を持って行ったというのも気になる。知り合いだから会いに来た、ということでは無くその魔術書が目的だったのだろうか。一体その魔術書はなんだったのか。
疑問が尽きない。

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