小説『Eine Geschichte』
作者:pikuto()

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『お出かけ』は本当に突然だ。何も言わず、何の前触れも無く急にいなくなってしまう。
今回もそうだ。ふと朝いつものように目が覚めたら、いつもいる机の前にあの人はいなかった。
どんなときも突然なので、当然といえば当然なのかもしれないが、いつも何も持たずにあの人は出て行く。
こういうときは、あの人の私物のほとんどが置いてある机周辺も見るのだが、物を移動したような様子も何も無いので、『何も持たず出ていく』、それがあの人の『お出かけ』の普通なのだとずっと思っていた。


なのに、今回はそのすべての荷物が綺麗に無くなっていた。
何故か一冊の本だけ置いてけぼりにして。


『お出かけ』に行ったには間違いない。
なぜそう確信できるのかと言われても、長年の勘としか答えられないのだが。

普通どこかに出かけるときは荷物を持って行くのが当然なのだろう。急な用以外は。
だがあの人の『お出かけ』の当然は、『何も持たずに出ていく』事なのだ。
いつもの『お出かけ』は、おそらくあの人の中では荷物をまとめて準備して行くほどではない、というレベルのものだったのだろうと私は思う。


何故だろう。
あの人が突然どこかへ行くのは慣れていたはずなのに、いつもと様子が違うだけでここまで不安になるものなのか。
普通なら、孤児院から子どもを引き取った人間のする行為ではないと言われるのだろうが、正直私はなんとも思っていないし、むしろあの人の事は嫌いではない。少々身勝手ではあるとは思うが。



あれから、私はあの人の机の前にずっと立ち尽くしていた。
長い時間立ち尽くし、ふと机に残された本に手を伸ばす。

「…こんな古い本だけ置いていって一体どこに行ったんだ」

私ははらはらと本をめくった。
かなり汚れてはいるが読めない事は無い。
だが、汚れで文字が読みづらいのであまり読む気は無い。

適当に見ていくと、途中の1ページが白紙になっていた。
おそらく間違えて飛ばしてしまったページなのだろう。
気にせず次をめくろうと私はその白紙に指をかけようとした。

「ん、あれ…?」

何かで貼り付けられているのか、その白紙から先がめくれない。はがしてみようとしたが、はがれる様子はない。そこで本が終わっているわけではない。

それからしばらく頑張ったが、どう頑張ってもめくれる様子はなかった。
一体なんで本なんかに接着剤がつけられてるのか。あの人もこんなものを残していなくならないで欲しい。

深くため息をつき、椅子に座りこむと、私は一気に本から興味が失せていったのを感じた。
もう興味の失せたその本を閉じようとし、今一度本に目をやると、



先ほどの白紙のページに、なにやら文字が浮かび上がっていた。



私はあわてて本をまた開いた。
ページの上から下へ、ゆっくりとまるで浮き上がるかのように文字があらわれのだ。
さっきまで白紙で、めくる事すら出来なかったページに文字が刻まれ、ようやく本の1ページとなっていく。
誰かが書いているわけでもない。私が書いているわけでももちろん無い。おそらく魔術かなにかがかけられているのだろう。
私は、その白紙が本の1ページと言えるようになるまで、浮き上がる文字を見つめ続けた。


そして、全ての文字があらわれ、そこには白紙のページではなく、なにかの一文が書かれたページがあった。
迷わず私はそれを読んだ。




【すまない。この本は大切なものなのだが、私が持っていては少々やっかいなのでね。

ずっと保管していたのだが、おそらくこの本だけ残して私がいないのであればそれは、君に頼っているという事だと思って欲しいのだが、伝わるだろうか。

手っとり早く言おう、この本を私に届けに来てほしい。
何処へ、という場所は無い。私に会って、私にこの本を渡してくれ。すまない。】




あの人の、字だった。

一体何があったのか。
この本は、そんなに重要なものだったのだろうか。持っていてはやっかいなんてどういう事なんだ。しかもそれを私に届けろと言う。自分が持てばいい話なのに、持っている事ができない理由があるのだろうか。
それに白紙に魔術かなにかで文章を隠していた。それを私が見てしばらくすると、この文章があらわれた。
もしかして私が本を開くことを想定してこんなことをやっていたのだろうか?
確かにあの人は魔術を使えるそうだが、実際私の目の前でしてみせたことは無いので本当なのかわからないのだが。
…もしかして、今までの突然の『お出かけ』とこれは関係しているのだろうか?



しかし、迷っていられなかった。



あの人に会いたい。
私と過ごし暮らしてくれたあの人に。
このまま何もしなかったら、この本を届けなかったら、きっと帰らない気がする。もう帰ってこない気がする。
会いたい。また会いたい。




届けよう。

この本を。



私は飛びだした。
死なない程度の必要な荷物と、本だけを持って。
あてはないが、とにかく行けそうなところは全て行くつもりでいた。


絶対に、またもう1度会うんだ。

あの人に。


ドロッセルマイヤーに。



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