小説『Eine Geschichte』
作者:pikuto()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

そんなあの人との生活とも慣れた頃。
確か私が12の時が最初だったと思う。

なんの前触れも無く、突然あの人がいなくなってしまった。

どこにいったのかもわからない。出かけるとも言わなかった。
決して広いとは言えない薄暗い家の中で、突然一人になった私は、不安で不安でしょうがなかった。
今までこんなことは無かったから。
しかし、あの人を探しに行く知恵も術も力もない。というより、どうしたらいいのかわからなかった。

それから2週間、私は決して広いとは言えない薄暗い家に一人で暮らした。
死なない程度に食事もした。身の回りのこともやった。1日がとてつもなく長く感じた。それが辛くて、私はあの人の机に乱雑に積まれた本を適当に読んで過ごした。
魔術だの歴史だのややこしい本からなにかの物語まで。
いつもならこんな本よりもっと面白い事を知っている人がいるのに。


2週間経って、あの人は帰ってきた。ひどく疲れているようだった。

「ただいま、急にでかけてすまなかったね」

そういうとあの人はいつもの机に向かい、たくさんの本を広げだした。

私はここで「おかえり」を言うべきだったのだろう。
しかし疲れきった顔をみると、それすらでてこなかった。
でも帰ってきた事は本当にうれしかった。
なによりうれしかったのは、机に向かいながら、またいつものようにおかしな話をしてくれた事だ。
疲れているはずなのに、休みたいはずなのに。
あの時の事は今もはっきり覚えている。


それからというもの、あの人は何度か『突然出かけて突然帰る』が多くなった。
1カ月も2カ月も帰らない時もあれば、3日ほどで帰ってくる事もあった。
私はどうも『慣れる』というのが早いらしく、またふらりといなくなるようなことがあっても「ああ、前と同じだな」と思うようになった。
あの人がいないときは、決して広いとは言えない薄暗い家で一人、死なない程度に食事をする。
身の回りのことをする。退屈になったら適当に本を読む。魔術だの歴史だのややこしい本からなにかの物語まで。
そうこうしてる間にあの人が帰ってくる。疲れた様子で「ただいま、急にでかけてすまなかったね」と言う。私は少し遅れて「おかえり」を言う。いつもの光景だ、もう何回あっただろう。
こう見るとまるで、孤児院から引き取った子どもを放置しているように見えるが、私は不思議とそうは思わない。

とにかくあの人との生活は、こんな風に過ぎていった。










ところで、今なんで私はこんなにあの人との生活を振り返ったりしているんだろう。



ああ、そうだ。
不安なんだな、私。

こんな不安は12の時以来だ。

あの人がまた、『お出かけ』して行った。
でもそれはいつものことだ。なぜ不安なんだ?


ああ、そうだ。
おかしいんだ。いつもと。





あの人の物が、すべて綺麗になくなっていた。


たった一冊の本だけ残して。




-2-
Copyright ©pikuto All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える