小説『考えろよ。・第3部[それはペンですか? いいえ、ボブです編]』
作者:回収屋()

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 [序章]

 ────── 現代より約15万年前の地球 ──────

 現生人類(ホモサピエンス)が誕生した。彼等はそれ以前より存在していたネアンデルタール人とは異なり、分節言語を発生する能力が高く、情報伝達の速さと情報量の多さからネアンデルタール人との競争に勝利する。地球は歓喜した。ついに、『自壊』という目的を達成するための足がかりをつかんだのだ。地球は現生人類の飛躍的な進化を促すため、特別な?カンフル剤?を創造した。

              ────── マリアナ海溝・最深部 ──────

 『チャレンジャー海淵』と後に人類史で呼称されることとなる、地球上で最も深い海底。そこは、太陽の恩恵を一切受け付けない暗黒の世界。海面近くで生活する生物群からは想像もつかない、独自のシステムが適用される特殊な環境。海底は泥底。500気圧以下では生育できず、現場環境の1000気圧で良好に生育する絶対好圧性菌や、有用酵素の蛋白質分解酵素や、新規の糖質分解酵素等を生産する各種有用微生物が存在する。地球はその海底を最も適したラボと認知し、あらゆる無機物・有機物を合成して量産不可能な一体の生命を産み出したのだ。

     {脂肪・タンパク質の合成により10%の神経細胞、90%のグリア細胞を構成}

{終脳・間脳・中脳・橋・延髄を構築。各部を組み立て後、脳漿を注入}

           {視神経の末端に眼球を装着。及び、脳幹に脊髄を固定}

{各器官の末梢神経を展開。循環器系、呼吸器系、消化器系、腎・尿路系を構成}

 {内分泌系、感覚器系、生殖器系も同時に構成。血液注入後、活動エネルギーとして特殊グルコースを添加}

  {超可変型骨格筋を形成。脱分化機能をもたせた二層性皮膚で体表面をコーティング}

            {生体バランス異常無し。化学物質・放射線等によるDNAエラー感知されず}

{試験体、完成。調圧水膜で保護した後、海面上に移送}

 地球の内部に最も近い場所で造られたその生命は、やがて暗黒の世界から光に彩られた世界──地上へと送られた。海面に到着する寸前で調圧水膜が解除され、生命体は海面に浮いてゆっくりと流される。やがて、生命体は砂浜にうち上げられ、肌に感じる砂の感触と日光の熱に反応し、生まれて初めて瞼を開いた。
「…………」
 ソレは紛れもなく人類。しかし、ホモサピエンスともネアンデルタール人とも異なる、非常に完成度の高い人類だ。

 ザッザッザッ……

 ?彼女?は全裸のまま砂浜をゆっくりと歩き始める。目的などない。たった今生命を授かったという事実を確かめるため、惰性で体を動かしているに過ぎない。そして、そんな彼女に届く『声』。
<コッチダ。コッチニ来イ>
「…………?」
 空気振動で耳に聞こえたのではない。皮膚に感じた大気の感触に言葉が含まれているかのように、体中の神経に伝わって知覚している。
<サア、ココダ。私ハココニイル>
 誘われるままひたすら砂浜を歩き続けると、やがて彼女の視界に奇妙な物体が現れた。?ソレ?は下半分ほどを砂地に埋もれさせ、波で打ち上げられた漂流物のように佇んでいる。
「コレは何だ?」
 彼女の口から発せられた生まれて初めての言葉。目に映る光景や物体全てが初見なのに、彼女を誘導した?ソレ?の存在こそが、違和感の元だとすぐに認識できた。姿形や大きさは人類の外観と酷似しているが、体表面は半透明で中身が外から薄らと見えている。骨格・臓器・血管・神経・筋肉等が、人体を組織するための正常な位置に固定されている。自然環境が生んだオブジェみたいに微動だにしないが、異質過ぎる存在感を放っている。
<私ハコノ惑星ノ意思ヲ代弁スル物。オマエガ創造サレタ理由ヲ伝エル。コノ惑星ハ死ヲ理解シタガッテイル。従ッテ、自壊計画ノ促進ヲ推シ進メヨ。旧人類ノ文明ト遺伝情報ヲ駆逐シ、生体兵器ト成ルベク人類ヲ新生スルノダ>
「ああ、理解した」
 生まれたばかりにも関わらず、彼女に疑問はわいてこなかった。惑星の要望を叶えるための実動要員……それだけの存在だからだ。
<ソウイエバ、モウ1体ハドウシタ? 姿ガ見エナイガ>
「もう1体?」
 彼女が周囲を見渡す。が、視界に映るのは砂と草木と細波だけ。意志の疎通が可能な対象は見当たらない。
<マアイイ。後ホド『林檎拾い(テンペスト)』デ追尾シテオコウ>
 正体不明の物体はそう伝え、彼女の目の前でズブズブと砂地に沈んでいく。そして、最後に付け加えた。
<コノ記念スベキ自壊計画発動ノ時ヲモッテ、オマエニ個体名ヲ与エヨウ。ソウダナ……新シク高原用ニ開発シタ花ノ名ニ因ミ、オマエハコノ瞬間カラ『ダリア』ト名乗ルガイイ>

 15万年かけた人類の管理と進化促進がさり気無く始まった。そして――

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