小説『支社から来た使者は死者だった!?』
作者:(没さらし)

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Epilogue.
 今年の桜は開花が早いらしい。僕は部室の窓から校庭にある桜の木に目を遣る。満開の時期はもう過ぎて散り始めてきている。だけどやっぱり綺麗だ。
 こうして部室でお茶をすすっていると、あの騒乱の日々が夢のようだ。あの後千紗は杉山君が呼んだ白ずくめの男たちの車に乗せられて行った。そしてその後のことを杉山君に訊いてもお茶を濁すだけだった。その言いづらそうな顔からどうなったのかはすぐに連想できた。僕はもう一度お茶をすする。
 今日は入学式。杉山君は部員を増やすと意気込んでいるが、無駄に終わりそうな気がする。活動内容を明かさない部なんて怪しすぎて誰も入ってこないだろう。今さらながらどうして僕はこの部にいるのか不思議に思う。
 ちらほやと校門から続く桜並木を歩いてくる、今まで学校で見掛けなかった人たちの姿が目に付いてきた。きっとそれぞれに希望や夢を抱いてこの学校に来るのだろう。もちろん現実を思い知ってそれを失うときもある。だけど最初から諦めなければ意外とうまくいくときもある。それを千紗が教えてくれた。
 千紗のあの太陽のような笑顔が思い返される。結局最後まで今日のような雲一つない晴天のような笑顔は見れなかたけど、僕の中に千紗が残してくれた笑顔は宝物だ。いつまでも変わることなく。
 ガラッと音を立てて部室の扉が開く。杉山君が微笑んでいる。美穗曰く、笑っているのか笑っていないのか分からない顔で。
「どうしたの? 勧誘活動は式が終わった後じゃなかったっけ?」
 僕の質問に杉山君は小さく頷く。
「そうなんですが、さっそく部員が一人勧誘できたので」
「えっ? もう?」
 意表を突かれた。そんな物好きがいるってことと、こんなに早くってことに。
「カワイイ女の子ですよ。さあ、入って」
 杉山君に促されて綺麗なお人形さんみたいな女の子が入ってきた。俯いたままで、照れているのかその頬は朱色に染まっている。
「えと、よろしく。僕が会長です。君の名前は?」
 僕は戸惑いながら問い掛ける。女の子は俯いたままポツリと答えた。
「‘ちさ’です」
「えっ?」
 思わず聞き返していた。
 女の子はゆっくりと顔を上げる。そしてその顔をクシャクシャにして
「千紗ですよ、会長!」と答えた。
 呆気にとられて杉山君は見るとあの顔で微笑んでいた。でもいつもより柔らかく。もう一度女の子に目を遣る。
「今度は拒絶反応もないらしいです。だから……」
 女の子はそう言って満面の笑顔のまま頬をさらに赤らめた。
 太陽のようなその笑顔は姿形が変わっても色あせることがなく。むしろ心の底から笑えている分、今の方が美しくて。
 僕は千紗に歩み寄って抱き締めた。驚いたような声を漏らした千紗だったけど、すぐに僕の背中に手を回す。気を利かせて杉山君がそっと部室の扉を閉めて出て行った。他に誰もいなくなった部室に二人の鼓動が響く。外から新入生らしきはしゃいだ声が聞こえてきた。
 千紗がゆっくりと顔を離す。
「これからよろしくお願いします、会長」
 そうしてまた笑った。僕も笑って
「こちらこそ、千紗」と言った。
 何だか照れくさくて目を離す。千紗と二人でのこれからの高校生活を想うと胸が躍る。僕たちはもう一度顔を合わせると笑い合った。
 本当に心から笑えたのはいつ以来だろう。そんな疑問が浮かんだ。だけどこれから先、そんなことを考える必要がないくらい笑える。そう思えた。僕たちの高校生活は始まったばかりなのだから。


(了)

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