小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 海乃は瞳を開いたまま真っ赤な顔をして、唇を僅かに開き、何か言おうした……

 私は……私はその唇を塞いだ。自分の唇で。

 ただそっと触れるように。生きている貴女のぬくもりを感じられるだけの、優しい……キス。



 止まってしまっていた時間を動かしたのは海乃だった。

 ただただ驚いて開きっぱなしだった瞳を閉じて、顎を突き出してきたから……むしゃぶりついた。





 ……そんなことは、するつもりもなかったのに、ホントにホントに、どうしようもなくなっちゃって、奥ま

で割り込んでいってしまった。海乃は私をたどたどしく受け入れてくれた。

 しゃがんで頬を包んでいたのが、いつの間にか膝立ちでどんどん迫ってっちゃったから、されるがままにな

ってた海乃は倒れそうになったのだろう……私の服の胸元をキュッと握って来て、私は我に返った。

 唇を離して顔も見ずに抱きしめた。きつくきつく抱きしめた。いや、とてもじゃないが、顔なんて見れる

か!!見せられるか!!

 酸欠みたいに息があがっていた。海乃の息も荒かった。

 二人してハアハアゼイゼイ、息をするのを忘れていたようだ。

 両目からはバタバタと涙が流れて、海乃の背中の向こうに幾つも落とした雫が畳に吸い込まれてゆく……

「ごめん……ごめん。海乃……ごめん……」

 謝ったってもう遅い。私は、発情期の中坊童貞男子かよ!

 あああ……終わった。私の青春……私の人生。いいんだもう……死んでも。海乃に逢えたから。キスしちゃ

ったから。

 海乃の唇はとびきりやわらかくて暖かくて……いい匂いがした。

「……好きだったんだよ……好きなんだよ……ずっとずっと……ごめん……」

 泣きながら抱きしめた小さな身体が、胸にぐっと押し込んで来た。海乃の腕が背中に回され私の身体を抱き

しめた。首をかたりと折って肩に預ける。漏れる息が首筋をくすぐる。

「全然知らなかった……七恵はのぶを好きなんだと思ってた」

「知られたら……一緒に居られないじゃない……猿の一匹や二匹、隠れ蓑にも使うわよ!」

「……七恵の心臓、凄くドキドキいってる……わたしの胸にまで伝わるよ」

「当たり前よ!好きな人に告白してるんだから」

「わたし……七恵が大好きよ」

 その言葉に更に涙が込み上げる。

 私は海乃を抱く腕に一層力を込める。

「そんなの知ってる。でも私は海乃が想ってくれる、それだけじゃないんだ……それこそ、のぶと同じ事考え

てる……たぶん、のぶよりやらしい事、思ってるのよ……だけどね、私は海乃とどうかなりたいわけじゃない

の……」

 抱き留めていた腕をほどいて、海乃に向かい合った。赤い目をしていたが、海乃はもう泣いてはいなかっ

た。まっすぐ私を見つめて、小さく首を横に倒す。

 ……きゅんとする。

「私はね、貴女に……海乃に幸せになって貰いたいの、笑っていて欲しいの。海乃がいちばん笑顔で居られる

のは、のぶとだと思うから、のぶと一緒になって欲しいの」

「……ホントに?本当に本気?」

 私は頷く。でも涙は止まらない。

「じゃ一緒になる。七恵がそう言うなら、一緒になる。けど……七恵は本当にいいの?のぶとわたしが結婚し

ちゃっても?」

 ぐーっと顔を近づけて、私の目を覗き込む。

「海乃……近いよ」

 ま、またチュウしたくなるでしょうが!!

「いつもくっついてたじゃない……わたし本当は目が悪いんだよ、だから近付かないと、本当が見えないの」

 知ってる。弱視なんでしょう?いや、でも、それより……切れるって!理性の糸!――――ぷつ。

 私はもう一度、もう今だけで何度目かわからないけどもう一度、海乃をがっしり抱きしめた。

「い、嫌に決まってるじゃない!本当は!!のぶになんかやりたくないわよ!私が海乃と結婚したいわよ!!ずっ

と一緒に居たいわよ!」

 嗚呼……私ったら、本当に切りやがった。理性の糸。


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