小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「じゃあ……わたしと、居てね。ずっと」

 静かに抱き返す海乃の声は、別人のように落ち着いて、私のお腹にすとんと落ちてくる。

 誰だ?こいつ……やだ、改めて恋に落ちそう……離れたくないよ。

「ダメだよ……私、ジャマ者になっちゃうから」

 理性を絞り出して声に乗せる。

 海乃は少しだけ黙ってから、急に私の耳たぶを噛んだ。綾曰く「悪趣味」なノーチラスピアスがガチリと鳴っ

たかと思うと、柔らかい唇が耳を塞いだ。

「嘘つき」

 ゾクリとする。いつもより低く響く声……たぶん海乃は、あれからずっとひとりで生きて来たんだ……寂しい

思いも、沢山してきたんだろう……絶対私を離してくれない。離したくないってば!私だって。

 限界に恥ずかしくなって、私から海乃を突き放した。

 耳許から何かがずるりと抜けた感覚が走って、畳に小さな音が落ちた。音のした方に目を向けるとピアスキャ

ッチが落ちていた。

「はふぇひぇ」

 変な言葉を発する海乃を振り返ると、私の耳から引きちぎったと思われる、悪趣味ノーチラスピアスを口にく

わえて、スティック部分を突き出していた。ああ、今「はめて」って言ったのか。キャッチを……だよね?

 海乃に近づき、頬を支えて、ピアススティックにキャッチを通す……が、このバカヤロー!何で目なんか閉じ

てんのよー!!

「ピアスなんて舐めたら……汚ないよ」

 海乃はピアスを加えたままニコリと笑うと、転がしてしまったオウム貝を手繰り寄せた。唇を開いてピアスを

オウム貝の中に落とした。カラランと、高い音を鳴らして。

「ダメ。逃がさないからね。わたしは七恵にずっと仲良くしてって言ったわ。七恵は、わたしの左手になってく

れるって……言ってくれたじゃない」

 胸が疼いた。私が初めて海乃の家に泊まった夜、絶望的な海乃の左手の代わりに私はなると約束した。

「……忘れちゃった?」

 私は勢いよく首を振る。

 忘れない。忘れるわけがない。海乃との約束は、どんな小さな事だって覚えている。というか、海乃がそんな

事を覚えている方が不思議だ!

「わたしには、七恵が必要なの。七恵が私を離したくないって思ってくれてるなら、わたしにも七恵が要る

の!……って、言ってる」

 そう言ってオウム貝を差し出した。

「この中には、七恵の気持ちとわたしの気持ちが入ってる……運命が入ってるのよ。手出して」

 海乃が振り上げたオウム貝から、銀色の塊が二つ、私の手の中に転がり落ちて来た。

 ……二つ!?

 私の手の中には、先ほど海乃が噛じり取った、シュールなるノーチラスピアスが2個に増えて、収まってい

た。

「え!?何で2個に増えてるの!?」

「凄いでしょう?わたし今、運命感じちゃった」

 再び目の前を、海乃の笑顔が塞いだ。

「ひとつはわたしの。ひと月前にピアス開けたの。その時可愛くて買ったの。七恵が同じのしてたから、わた

し、ときめいちゃった」

 どっきん!

 ……ときめいたのは私の方だよ!

 だけど海乃の耳たぶには、あるはずのもう片方がなかった。片ピ?

「でね、わたしのもう片方は……のぶのポケットに入ってるの。捨てられてなければ」

 どっくん!

 もう一度、私の胸が疼いた。

 ……何だろう?海乃が何を考えてるのか、何を言おうとしているのか……その出口が私の中で見え隠れしてい

る。

「……海乃……あんた、まさか……」

 海乃がにっこり笑って、私の手を握る。

「わたし、のぶが好きだよ。もう離れたくないよ。だけど七恵も居なきゃ嫌だ」

 そのまま身体を預けるように、私の肩に頭を乗せて続ける。

「だからお願い……三人で一緒に居よう……ずっと」

 私の前に広がる世界が、一瞬で表情を変えた。



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