小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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「消しゴムは水色のがのぶのじゃなかったっけ?」

 のぶの手の中の消しゴムは、小さく丸まって汚れた白い塊の方だった。

「これが良かったんだよ」

「そうだよね。二人で使って来たんだもんねえ?でももらっちゃったらもう借りられないじゃん」

 私の言葉は棘を増す。慌てないのぶが気に入らなかった。

「明日、席替えするんだってよ」

 ……それでか。どこの乙女チックだよ!

「ふーん。そりゃ残念だったねえ。せっかく好きな娘の隣だったのにねえ」

「……ッるっせーな。好きじゃねぇよ、別に!」

 のぶは吐き捨てたタバコを捻り潰した。

「好きでしょうが。いーかげん認めたら?協力も出来ないじゃん」

 ……邪魔もね。

「だから!好きじゃねぇって言ってんだろうがよ!!」

 フェンスを叩いてのぶがキレた。それで私もぶっつりキレた。

「……好きじゃないんなら……だったらキスなんかしないでよ!!」

 力の限り叫んでやった。さすがののぶも怪訝な顔になった。

「誰も見てないと思ってさ、橘が起きないのいいことに……卑怯者!!」

「……お前、見てたのかよ……」

 顔色を変えたね。何でそこは否定しないんだよ!

「見えちゃっただけよ。私ん家だもん。人ん家でやめてよね!」

「お前、橘に言うなよ!」

 のぶが私の制服の胸ぐらを掴んで言った。そういう時だけ男を振りかざすみたいな態度にますます腹が立っ

た。

 私はのぶの手を叩き払った。お陰でブラウスのボタンが飛んだ。

「本当は言って欲しいくせに!そうすれば告白する手間が省けるもんねぇ?いつだってモテ男ののぶでいられ

るもんねえ!?」

「……何言ってんだよ……いい加減にしろよ!お前に何がわかるんだよ!!」

 のぶは一瞬怯んだが退かなかった。私も既にどっかブッ飛んでいてノーブレーキで坂道降下真っ只中だ!

「今日さ、うちのクラス6限が早く終わったんだよね、10分くらい。自習だったんだけど私トイレ行ったんだ

よね。その時、見たんだけど……」

「……何だよ、またかよ」

 呆れたように呟く。もうのぶは私の顔を見ようともしない。

「あんた、橘に何してたよ?橘、嫌がってたんじゃないの?何言って黙らせたのよ!」

 のぶは一息だけため息をついた。

「……『動くな、じっとしてろ』だ。別にいいだろうがよ!今日が最後なんだからよ!!」

「へー!じゃ今までも隣に座った娘にはあんな事してたんだ!?そんでそのまま手繋いでお持ち帰りか!どうせ

あんたの好きってそんなもんでしょ。身体に触れたら満足ですか。良かったね!」

「そんなわけあるわけねぇだろうが!!何なんだよ、お前は!?うっせんだよっっ!!」

「だから訊いてるだけじゃん!橘海乃が好きなのかって!!」

 完全にぶっつりキレた。のぶが……

「ああ!好きだよ!!わりぃかよ!!」

 泣きたくなった。

「……やっと認めたわね。じゃあ手を引いてよ!!橘を他の女と同じように見ないでよ!」

「同じなわけあるわけねぇだろ!!何でお前にそんな事言われなきゃなんねーんだ!」

 のぶは私に詰め寄った。

「俺は今までいろんな女と付き合って来たし、寝てきたよ!どの女もみんな自分から好きだってぬかすし、自

分から触ってくるし、自分から服脱ぐんだよ!ただ俺は、俺の方からこんな風に想った事ねぇから、俺だって

どうしたらいいのかわかんねぇんだよ!!」

 こんなのぶは初めてだった……のぶが怖かった。

 のぶはまた私のブラウスを捕まえる。

「……お前はいいよな!女同士っていうだけでさ、いつも一緒に居て、簡単に好きだって言って言ってもらえ

て、触れてさ!!あいつの顔だって見れて、毎日、毎日、毎日!!……わかってんのかよ……男はな、言っちまっ

たら友達にだってなれねぇんだよ!!そんなお前に何がわかんだよ!!何でお前にそんな事言われなきゃなんねぇ

んだよ!!」

「私は……」

 のぶは制服を掴んだ手を突き放した。今度は衿に結んだリボンがほどけた。

「とっとと失せろ!」

 顔を背けたのぶに私は思いきり鞄を投げつけた。

「のぶなんか、フラレちまえ!」

 私は逃げるように屋上を後にした。

 泣きたかった。ううん、きっともう泣いていた。


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