小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>



 ……何か……どうでもよくなってきた……


 普段は近寄らない、隣駅向こうの繁華街。

 大人たちは色街だと、子供を守るために大袈裟な事を言うけど、大したことないじゃない。

 のぶは十二からうろついてたじゃん。

 ……なんかね、ショックだったんだ……

 のぶが橘をすごく好きなのはわかってたつもりだったんだけど……

 のぶの事なら全部わかってるつもりだったんだけど……

 のぶがあんな風に思ってるなんて……思わなかった……

 のぶがあんな風に怒るなんて……思いもしなかった……

 私はのぶの事を、ちっともわかってなかった……



 メチャクチャにしたかった……私自身を……




「ここを制服では……マズいんじゃない?」

 肩に細くて長い指のついた手が乗っていた。

 見上げると、綺麗な顔つきの長身にピンクのスーツを着たチャラい男が、私の肩を抱いていた。

「ついでにブラウスのボタン、取れてるよ。上から見るとブラ丸見え」

 自分の胸を見ると、確かにだらしなくはだけていた。

「別にいい。私、そういう事、知りに来たから」

「そういう事って?」

 チャラ男は顔を近付けながらも、私の肩を抱いたまま歩調に合わせて歩く。

「男と女がスル事。好きだからスルのか、好きじゃなくてもシたくてスルのか。私にはわかんないんだ」

「そりゃ後者でしょ?……したいの?」

 ……のぶの言ってたのはこういう事なのか……

 ……この人、ホストかなんかかな?

 私は頷いてみせた。

「じゃ、おいでー♪制服じゃヤバいから、もっとヤバい所行こう!」

 綺麗で軽っぽいホスト系チャラチャラピンクスーツ(仮)は私の手を引いて、ズンズン歩いて行った。

 手が……何だか柔らかくて橘と繋いだ手を思い出していた。



 連れて来られたのは、地下の……何だろう?コレがキャバクラ?……私、売られるのかな……

 ちょっとテーブルスペースの広い喫茶店みたいだけど、テーブル毎にカーテンで仕切られている。

「ビビらなくても、ココは個室になってる居酒屋だよ……表向きはね」

 おしぼりを何故か6本も、三角形の山にして持ってきた、ウェイトレスさんの制服は胸元が大きく開いてい

てスカートは超ミニで、やっぱり怪しげな店なのだと思わせた。

「えーとね、オレンジジュースとバーボン、ダブルね」

「……ボトル入れますか?」

「見てわかんない?要らないよ」

 私を顎で示したけど、言ってる意味はわからない。

 頼んだ飲み物は直ぐに来た。

 隣に座ったこの人は、お酒に中指と人差し指を沈めてかき混ぜてから、その指を私の前に突き出した。

「舐めて」

 外でお酒を口にするのは、のぶの店以外では初めてだった。でも私は家が酒屋だから、お酒だけは小学生の

頃から飲んでいて、利き酒が出来るくらい酒には強い。私は言われるままに、指を濡らしたお酒を舐めた。

「じゃ、楽しみましょうか!」

 彼はいきなり手をスカートの中に入れて、下着のなかにまで指を伸ばした。濡れた指がヒヤリと冷たい。

「……やめてください」

 彼は空いていた左腕で私の肩を抱き寄せて、耳元で囁く。

「どうして?こういうコトされたかったんでしょう?」

 言われて、自分の言ったことを反芻した。

「まあ……そうなんですけどぉ……」

 触られてはいるのだが……これが私がしたかった事だったろうか?
 
 変な感じ……これでどうして、エロビデオみたいなあんな声が出るんだ?
「……ココはね、何してもいい居酒屋なのだよ。昔の同伴喫茶の名残らしいけどさ。さっきの女のコが聞いて

たボトル入れるとね、女のコがこういうコトさせてくれたり、してくれたりすんの」

「それって……」

「そ。違法だよ。だから居酒屋。それはいいけど……気持ちよくないの?」

 彼が私の鼻先で言う。睫毛が長ーい。

「……ないです。トイレでお尻拭いてるようなモンで……」

 彼はバサバサの睫毛に覆われた瞳を丸くして、それから盛大に笑いだした。

「制服ちゃん、ヤる気全然ないんじゃん」


-20-
Copyright ©魚庵(ととあん) All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える