……何か……どうでもよくなってきた……
普段は近寄らない、隣駅向こうの繁華街。
大人たちは色街だと、子供を守るために大袈裟な事を言うけど、大したことないじゃない。
のぶは十二からうろついてたじゃん。
……なんかね、ショックだったんだ……
のぶが橘をすごく好きなのはわかってたつもりだったんだけど……
のぶの事なら全部わかってるつもりだったんだけど……
のぶがあんな風に思ってるなんて……思わなかった……
のぶがあんな風に怒るなんて……思いもしなかった……
私はのぶの事を、ちっともわかってなかった……
メチャクチャにしたかった……私自身を……
「ここを制服では……マズいんじゃない?」
肩に細くて長い指のついた手が乗っていた。
見上げると、綺麗な顔つきの長身にピンクのスーツを着たチャラい男が、私の肩を抱いていた。
「ついでにブラウスのボタン、取れてるよ。上から見るとブラ丸見え」
自分の胸を見ると、確かにだらしなくはだけていた。
「別にいい。私、そういう事、知りに来たから」
「そういう事って?」
チャラ男は顔を近付けながらも、私の肩を抱いたまま歩調に合わせて歩く。
「男と女がスル事。好きだからスルのか、好きじゃなくてもシたくてスルのか。私にはわかんないんだ」
「そりゃ後者でしょ?……したいの?」
……のぶの言ってたのはこういう事なのか……
……この人、ホストかなんかかな?
私は頷いてみせた。
「じゃ、おいでー♪制服じゃヤバいから、もっとヤバい所行こう!」
綺麗で軽っぽいホスト系チャラチャラピンクスーツ(仮)は私の手を引いて、ズンズン歩いて行った。
手が……何だか柔らかくて橘と繋いだ手を思い出していた。
連れて来られたのは、地下の……何だろう?コレがキャバクラ?……私、売られるのかな……
ちょっとテーブルスペースの広い喫茶店みたいだけど、テーブル毎にカーテンで仕切られている。
「ビビらなくても、ココは個室になってる居酒屋だよ……表向きはね」
おしぼりを何故か6本も、三角形の山にして持ってきた、ウェイトレスさんの制服は胸元が大きく開いてい
てスカートは超ミニで、やっぱり怪しげな店なのだと思わせた。
「えーとね、オレンジジュースとバーボン、ダブルね」
「……ボトル入れますか?」
「見てわかんない?要らないよ」
私を顎で示したけど、言ってる意味はわからない。
頼んだ飲み物は直ぐに来た。
隣に座ったこの人は、お酒に中指と人差し指を沈めてかき混ぜてから、その指を私の前に突き出した。
「舐めて」
外でお酒を口にするのは、のぶの店以外では初めてだった。でも私は家が酒屋だから、お酒だけは小学生の
頃から飲んでいて、利き酒が出来るくらい酒には強い。私は言われるままに、指を濡らしたお酒を舐めた。
「じゃ、楽しみましょうか!」
彼はいきなり手をスカートの中に入れて、下着のなかにまで指を伸ばした。濡れた指がヒヤリと冷たい。
「……やめてください」
彼は空いていた左腕で私の肩を抱き寄せて、耳元で囁く。
「どうして?こういうコトされたかったんでしょう?」
言われて、自分の言ったことを反芻した。
「まあ……そうなんですけどぉ……」
触られてはいるのだが……これが私がしたかった事だったろうか?
変な感じ……これでどうして、エロビデオみたいなあんな声が出るんだ?
「……ココはね、何してもいい居酒屋なのだよ。昔の同伴喫茶の名残らしいけどさ。さっきの女のコが聞いて
たボトル入れるとね、女のコがこういうコトさせてくれたり、してくれたりすんの」
「それって……」
「そ。違法だよ。だから居酒屋。それはいいけど……気持ちよくないの?」
彼が私の鼻先で言う。睫毛が長ーい。
「……ないです。トイレでお尻拭いてるようなモンで……」
彼はバサバサの睫毛に覆われた瞳を丸くして、それから盛大に笑いだした。
「制服ちゃん、ヤる気全然ないんじゃん」