小説『鸚鵡貝は裏切らない【完結】』
作者:魚庵(ととあん)(・胡・晴・日・和・)

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 そんな訳で、3組と4組が共同で二つの劇をやるような運びとなった。

 中学生の素人演劇なんだから二倍のスタッフが居れば、裏方にしても楽だし楽しいはずだ。

 でも橘は意外と台本書きに苦戦していた。毎日シェイクスピアとにらめっこしている。

 急に推薦なんかして悪かったなぁと思うけど、まかり間違ってジュリエットでも配役されたら、勇んでロミ

オを演りたがるバカが隣に居るから、絶対スタッフで居てもらいたかったのだ。

 ちなみにバカは、持ち前の甘いマスクで当然、ロミオに推薦されたが「やってられっか!」と自ら馬の役を

買って出た。なかなか潔い。馬の役は白か茶色の全身タイツに、顔部分をくりぬいた馬の頭の被り物が衣装

だ。のぶのプリンス黄金時代もこれで終わりだ!これからはただの「種馬野郎」と呼ばれるがいいわ!

 あ。策略を駆使た私は、3組劇のヒロイン役。

 稽古や本番中は橘とは絡めないけど、舞台はちゃんと見てもらえる。

 また橘に「七恵ちゃーん、キレイだったよ!」なんて抱きついてもらえたら……私きっと、死んでもいい!



 学祭の稽古は夏休みの後半から始める事になっていた。

 裏方群はそれまでにそれぞれのアイディアを固めてくるのが、課題となった。

 橘はそれまでに台本を書かなくてはならないから、一番大変だったかもしれない。

 その点役者群は、台本が出来てからが仕事なので、まだまだ呑気にしていられた。

 だから、夏休みが楽しみだった。

 また昔のように、誰かと過ごせる夏休みが、私は待ち遠しかった。




 夏休みになる前には、当たり前のように期末試験がある。

 試験の前日になって、またのぶが家に来た。

 数学教えてくれ!が用件だった。のぶが試験勉強なんて、真夏に雪が降るわ。

 ご丁寧に教科書まで持って来ていたが、それは新品同様にピカピカだった。

「これ……何でこんなに綺麗なのよ」

「俺、教科書、学校に持ってってねぇもん」

「……授業の時どうしてんのよ」

「え?橘に見せてもらってる」

 ……何……だと?

「机くっつけて!?椅子寄せて!?橘の教科書で!?」

 のぶはまたママから振る舞われたバームクーヘンをパクつきながら、いちいち頷いていた。

「……変な事、してないでしょうね!?」

「するかよっ!!……あ。そう言えばさ、橘って耳弱いのな」

 のぶの言葉にカッと来た。

「ほら!やっぱり何かしたんじゃない!このエロ猿!」

「違うって!シャーペンの芯が折れたから、借りようとして……そしたら、ちょうど髪を耳にかけたから、耳

打ちしたんだ。したら……ひやぁ!っ、飛び上がって立ち上がっちまったんだ。先公にはセクハラしてんなー

って言われて、俺がシテマセーンて言ったら、橘もサレテマセン!て。だけど、その言い訳が傑作でさ、目の

前をカブトムシの軍団が歩いててそれが一斉に襲って来る幻覚を見ました、だってよ!」

 のぶは随分と楽しそうだ。……楽しそうと言うより嬉しそう。……嬉しそうと言うより「どうだ!」と言わ

んばかりに「俺が抜きに出たぞ!」なドヤ顔が癇に障る。

「その後座って、耳押さえて凄い睨まれて……顔見えてないけどな、シャーペン投げられた」

「……何て耳打ちしたのよ」

「『お前のちょうだい』……貸してって言おうとして間違えた」

 何だとーッ!それは立派なセクハラだ!!

 私は怒りに任せて、のぶの耳に噛みついた!



 いい加減、怒りも落ち着いて、バームクーヘンも無くなる頃になって私もやっとのぶに問いただす事を思い

出す。

「ねぇ。何で橘に教わらないの?私立小行ってたんだから、勉強出来るでしょ?橘」

「うん。国語はね。でも数学は酷いよ。もしかしたら俺より」

 ……嘘!?なんでもっと早く言わないのよ!!


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