私はそれから毎日、休み時間の度、昼休みの度、隣の4組に足繁く通っては、橘の読書の邪魔をした。
橘は私が行くと嫌な顔ひとつせず本を閉じて、私との話しに興じてくれた。
コロコロと弾けるように笑う橘は可愛くて、自慢の友達になった。
相変わらず長すぎる前髪のせいで顔は半分しか見えなかったが、顔を出したらきっと橘はモテるだろう。こ
んな可愛い女を男共が放っておくわけがない。
その証拠に、よく笑う橘はいつの間にかクラスにも馴染んでいて、二人で話している時でも他の友達が平気
で橘に話しかけて来る。まあ普通の事なんだけど、以前の橘はいつも独りだったイメージがあるから、誰かれ
となく話している橘にイライラしたりした。
「それって単に、お前のせいじゃねえの?」
のぶに言われるまでもなく、それは何となくわかっていた。
物言わぬ橘を喋らせ、笑わせたのは、私だ。
「七恵はわかってないかもしれないけどさ、お前って結構目立つ存在なんだよ」
は?目立つ?万年発情ド派手プリンス(仮)ののぶに言われる筋合いはない。
「俺にはピンと来ないんだけどさ、お前って結構美人なんだってな」
は?ますますもって、アイドル級スイートフェイス(仮)ののぶに言われても、こっちこそピンと来ない
わ…………ってマジ!?
「ちょっと待ってよぉ……うそ、私って意外や意外、案外モテてたりするの?」
「うん。結構、男子ン中では憧れ女子だよ。俺、いろいろ訊かれんもん」
へー……そりゃビックリだ。告られたことなんかないんだけど?
「そんなお前が慣ついてるんだから……橘だって注目されちゃうだろ」
……だからのぶはそんなにイライラしてんだ……「俺が見つけたんだー」ってトコ?
でもさ……私がモテるんなら、私に惹き付けさせておけば、橘をいやらしい感情を抱いてくる下衆野郎から
守れるんじゃないか?うん、きっとそうだ。
のぶをチラリと見ると、よほどイラついてるのか、タバコを吸い出していた。……え?タバコ!?
「ちょっと勝手に私の部屋でタバコ吸わないでよ!第一、何でのぶがここに居るのよ!」
「お前が呼んだんだろうが!橘の事で相談があるって!」
ああ、そうだった。でもまさかホントに飛んで来るとは思わなかった。
……そんなに好きなのか、橘が。
橘の事は、誰も好きになって欲しくないんだけど……のぶは兄弟みたいな、一応、大事な幼馴染みだし……
のぶが入り込む隙間くらいは、空けておいてやろうかな。
……そう思いながら、またイライラして、つい爪を噛んでしまっていた。
夏休みを前に、学園祭でのクラス出し物をHR(ホームルーム)で決めていた。4組は『ロミオとジュリエッ
ト』の漫才劇に決まった。……で、漫才劇って何よ?って訊いたら、とりあえずコメディタッチな台本で、途
中で例えばロミオ×ティボルトで漫才をやる、みたいな。
そこでまずは、配役を決める前に、台本を書く脚本家を決めることになった。担任と共同で書くらしいけ
ど、若者の感性は現役の若者に託したいなどと巧く逃げただけだ。
さすがにそんな大役を立候補する暇人は居ないから、私が手を挙げた。
「橘海乃さんを推薦します」
私の後ろで橘が「ちょっとぉ……七恵ちゃん」と言って、椅子を蹴りながら制服を引っ張る。
……こんな時に「七恵ちゃん」とか呼ばないで。鼻血出そう。
「橘かぁ……よく本読んでるもんなあ……と言うか、何で但馬が4組に居るんだ!?田上はどうした?」
「田上さんは3組のHRに出てます。3組は『本格ミステリー・WとYとZの悲劇』と言うオリジナル劇をや
るんですが、そこで提案があります。キャストはともかくとして、スタッフを3組と4組で共同で持ち回った
らどうかと思いまして、交渉役として私が来ました」
教室が拍手でわいた。どんなもんだい!
これで学祭まで橘は頂きだ!