小説『遠い町からやってきた。』
作者:加藤アガシ()

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『もう帰ったかな?』

倉庫の掃除を始めてから30分くらい経ち、ある程度片付くと、僕は暗く湿っぽい倉庫にいることにうんざりして、そう漏らした。

『たぶん、まだ・・。アイツが帰ったら、お父さんがここに呼びにくるだろうし・・』

彼女はそう言うと、どこか遠い目をした。
僕は、彼女の言葉の節々に何か引っかかるものを感じた。
何かを隠しているような、影があるような、そんなニュアンス。

『ねぇ、君の先生は何で・・』

僕が、彼女に聞こうとしたその時だった。
バーンと大きな音とともに倉庫のドアが勢いよく開けられ、でっぷりと太ったハゲ頭が現れた。


『ここにはないの!!!?』


ざらつく声でそう喚いたハゲ頭は、趣味の悪い紫色のスーツを着ている。
太った体にサイズが合わず、スーツはぴちぴちだ。

『下田先生!!困りますよ!!!』

僕と文学少女が突然、現れたその男に唖然としていると、焦った上杉さんがその後から追いかけてきた。
しかし、ハゲ頭はそれをモノともせずに、ずかずかと階段を下り、倉庫の中に降りてくる。


『ぬ?おお!上杉茉莉じゃないか!!』

そしてハゲ頭は、文学少女を見るといなや、大げさにそう言い、近寄り、彼女の小柄な肩をバンバン叩いた。

『ど、どうも久しぶりです・・』

僕は彼女が一瞬、あからさまに嫌な顔をしたのを見逃さなかった。
しかし、それでも、彼女はあくまで礼儀正しく見えるように振舞った。
僕はそれに違和感を感じた。

『ぬっはは!!今はちゃんとやれているのか?』

『・・ええ』

彼女は引きっつっている。
今はちゃんとやれているのか?
何か引っかかる言い方だ。


『下田先生!ここには、お気に召すようなものはないですよ』

追いかけてきた上杉さんは、慌てている。

『お気に召すかどうかは、私が決める。そうでしょう、上杉さん?』

『まぁ、ええ・・、でも・・』

『そこの棚の絵はどうかな!』


ハゲ頭は、僕がついさっき片づけたばっかりの棚から、一枚絵を無理やり引っ張りだす。


『ううん、微妙だなぁ・・・。じゃあ、あっちのはどうかな・・』

『ちょっと!困りますよ!!』


ハゲ頭が倉庫内の絵をあさり始めると、上杉さんはそれを追いかけて制す。
しばらく、それを繰り返した。
どうやら、ハゲ頭は画廊内の絵が全て気にいらなかったようで、倉庫内まで押し掛けてきたようだ。
ハゲ頭が、僕と文学少女が掃除した棚をめちゃくちゃにしていく間、それを止めようとする上杉さんに対し、僕は何もできず、ただ見ているしか出来なかった。
そして、文学少女も。

なるほど、厄介な客だ。

『お〜!!これはいい!!』

ハゲ頭は一番奥の棚から、一枚の大きな絵を取りだすと、わざとらしく、そう叫んだ。
風景画で、たんぽぽ畑の絵だ。
それを見た瞬間、上杉さんと文学少女の表情が変わった。


『上杉さん!これ、これ、これ買うよ!!いい!実にいい!!』

興奮するハゲ頭に、上杉さんは真剣な顔で言う。

『すみません、下田先生。それは売り物じゃないんですよ』

『いやいや、お金ならいくらでも出すよ!売ってくださいよ!』

『申し訳ないですが、それは本当に無理なんです。出ていった妻の、あの子の母親が残していった作品なんです・・』


上杉さんは、そういうとハゲ頭の手から、その手を取り上げようとした。
しかし、ハゲ頭はそれに抵抗して、絵を背中に回した。


『いやいや、そこをなんとか!倉庫にしまってあったんだから、いいでしょう?
本当に大事なら、普通飾ってここに置いとかないでしょう?』

『違いますよ!ここは湿度、温度の関係で保管状態がいいから置いとくんです』

上杉さんは真剣だ。
しかし、ハゲ頭はまったく絵を返す気がないようだ。
それどころか、ハゲ頭は興奮する。

『いいじゃないですか!お金なら、いくらでも出すって言っているでしょうに!売ってくださいよ!!ここは画廊でしょう!?絵は売るためにあるんでしょう!!』

本当になんだろう、こいつは。
僕は目の前で、喚きだした太った中年を心の底から軽蔑した。
教師というのに、あまりにも幼い。
よっぽど、何か言ってやろうかと思ったけれど、勇気のない僕は口を開くことができなかった。
しかし、僕の隣にいた文学少女は違った。


『無理だって言っているじゃないですか!!』


彼女は怒っている。
そのことから、その絵が彼女にとって大事なものであることが僕には分かった。
しかし、ハゲ頭はそれが分からないのか、なぜか逆上した。

『君は黙っていなさい!私は君のお父さんと話をしているんだ!君には関係ないだろうが!』

『ですから!その絵はあの子の母親が描いたものでして。あの子にとっても大事な絵なんですよ』

上杉さんも声を強める。
内に怒りを隠していることが伝わってくる。
それを聞いて、ハゲ頭は文学少女に向かって、気持ちの悪い笑みを浮かべた。

『ふッは!君は、君を置いて出ていっちゃうようなお母さんの絵が大事なのかい?』


ハゲ頭がそう言った次の瞬間、文学少女はハゲ頭をグーで殴った。









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