小説『Hate“S” ―悪夢の戯曲―』
作者:結城紅()

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Hate“S” ―悪夢の戯曲― 
                  結城紅

 広大無辺な不毛の大地。それを背景に僕と奴らは対峙していた。
 辺り一面の荒野からは二年前の騒々しさは微塵も感じられない。遺構と化したビル群が競い合うように立ち並んでいる。瀟洒なオフィスビルも、二年経った今じゃ廃れたむくつけき鉄の塊だ。
 そのビルの群れに囲まれながら佇む僕の対極には、俗に言う化物たちがこちらを真っ直ぐと見据えていた。最も、化け物と揶揄される僕が言えた義理じゃないが。

 右腕に三重に巻きつけられた鉄鎖を見遣る。それらは三つの鎖から成り立っている。ひとつひとつが簡単に取り外せるようになっているのだ。

 それらの果たしている役割は単純。未熟故に御しきれない僕の能力を抑えるためだ。

 化物を睨み、蛇のようにとぐろを巻く鎖の一本を引き抜いた。途端、体が得も言われぬ感触に包まれる。あいつに埋められた左目が、目前の同胞を殺せと叫ぶ。
 顔の半分を赤々とした呪印で染められていくのが分かる。脊柱から漆黒の右翼が伸び、僕もまた化け物だということを改めて自覚する。

 右腕を瘴気が覆い、右手からは夜色の炎が吹き出す。僕の右半身が人外のものに堕ちる。
 化け物共が奇声を上げて吶喊してくる。
 僕は耳元のインカムに静かに告げた。

「対象の亜喰夢を発見、これより――」



「戦闘を開始します」


 20xx年。人類は突如出現した化け物に国土の約9割を奪われた。それまで長々と座していたヒエラルキーの頂点は、亜喰夢と言う名の化物に一瞬にして陣取られた。人類の英知の結晶である兵器は亜喰夢になんの効力も及ばず無用の長物と化した。

 6月7日、平穏そのものだった日本に空前絶後の災厄が訪れた。忽然と現れた亜喰夢が街中を大手を振って闊歩し、人々が恐怖に狂奔し阿鼻叫喚の図が日本中のいたるところで現出した。

 嘲笑うように高笑いする亜喰夢の統率者、魔王。奴は津々浦々に甚大な被害を及ぼした。夥多な被害は波及し、日本は一週間で魔王の手に落ちた。事件を惹起した魔王は力にものを言わせ、総理との強いコネクションも握った。日本のリーダーである総理大臣は魔王と三年間の不戦条約を結ぶので手一杯だった。他国は被害を被ることがないようにと、日本とのコネクションは全て断たれた。

 更に、その条約も魔王との戦いを避けるだけであって亜喰夢は野放しになっている。
 日本は首都である東京以外は壊滅し、残された本来の10分の1もない国民は東京の地下シェルターに逃げおおせた。そして、そこを根城に地下都市を開拓し始めた。 

 しかし、このままでは日本国民は完全に淘汰されてしまう。そこで立ち上がったのが残存していた企業を合併し、資金を惜しみなく使われ設立された、対亜喰夢武器を製造出来うる技術を獲得した武力総集結社[獏(バク)]。獏は政府とも太いパイプをもっており、密接に関係している。そのため、政府の支援を受けながら、途中で倒産することなく現在まで無事存続している。僕はその中の構成員の一人だ。

 その商売相手は対亜喰夢武器を生産することで成り上がった[貴族]と呼ばれる金持ちだ。彼らの身辺の警備を行ったり、亜喰夢を掃討して成り立っている。
 貴族がいる反面、生活が成り立たなくなり自らを売る[奴隷]と揶揄されるものも存在する。6月7日以降、そのような者たちが続出した。彼らは秘密裏に行われるオークションにて捌かれる。

 日本が未曾有の災害に襲われてから、全てが変わった。政府は復興に力を入れ、目が届かないのをいいことに悪事を働く者が増加した。そのため、実際には存在しない擬似階級――奴隷、一般人、貴族、獏の構成員(右から順に高い)――なんて格差が生まれてしまった。

 また、獏は能力の覚醒した能力者も抱えている。それらは大罪と呼ばれる力で、あの日を境に次々と姿を現していった。だが、大罪は7つではなく8つ存在する。傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲、そして僕の絶望。全ての負の結集、与えられ、無理矢理開かれた力。

 僕らは日々、身を粉にして最後の砦である東京を守っているのに、この能力のせいで化け物呼ばわりされ後ろ指を指される。

 全てはあの日、災厄が起きたのが原因だ。 
 今更ながら後悔の念が押し寄せる。
 僕にはあの日、何が出来ただろう。


「――ラアァッ!」
 
 夜色の炎を纏った右腕を振り抜きつつ、懊悩する。
 何が出来たかなんて、過去が改変出来ない以上考えるだけ無駄だ。思考を切り捨て、ただ前を見つめる。
 この風景だって、二年前はもっと活気に満ち、街はまだ生きていた。機能を持ち、それを十全と果たしていた。それがこんなにも腐敗したのは、眼前にいる化け物――亜喰夢のせいだ。
 
 ならば、僕はそれら全てを殲滅すればいい。僕にはその力がある。
 それに、僕は二年前と違って、現在を生きると決めたのだから。

「グギャアァァ!!」

 悲鳴を上げ亜喰夢が頽れる。
 大なり小なり形も千差万別な奴らだが、僕が相手取っているのは黒のインクを零したような真っ黒な体躯をもった小型の悪魔。人間が生み出した空想の産物を象っている。だが、獏が認定した亜喰夢の内、下位に属するものだ。要は、ザコってこと。

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