小説『Hate“S” ―悪夢の戯曲―』
作者:結城紅()

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 最慎さんが身を翻し、正面の部屋へと足を踏み入れる。仮面の男もそれに倣う。
 それにしても……先ほどから、何かが臭う。今まで嗅いだことのない、気味の悪い臭い。何かの腐臭のように感じられる。

 僕も遅れながら最慎さんに続き入室した。その直後――。

 バタンと扉がしまり、施錠される音が聞こえた。


 ――え?

 室内を見渡すと、至るところに血痕が残っていた。そして、見覚えのない人の腕、足、腸、五臓六腑が飛散していた。五体満足なものは一つとしてなかった。

 前方には、脂下がった笑みを浮かべる最慎さん……いや、最慎。その背後には夥しい量の血痕が染み付いた手術台があった。その先端と後端には半円のような拘束器具が取り付けられている。

 僕の懸念していた予想は外れていなかった。僕は、騙されたのだ。

「騙したのか……」

「騙してなんかいないさ。これから君に力を与えるのは確かだよ」

 錠を掛けた張本人である仮面の男が背後に立ちはだかった。

「いや、無理矢理開くの間違いかな」

 ハハハと、最慎とけったいな男がせせら嗤う。僕を嘲笑う。それこそまるで、校内でドジをやらかした生徒を笑うように。なんの気もなしに。
 度し難い連中だと思う。だが、頭の中で見下していても、実際見下されているのは僕の方だ。逃げ場は、ない。

「君に力の芽生える可能性はあるといっても、今までそんな人間はごまんといたよ。君は623人目の被検体だ。八つ目の大罪の力、絶望。君はそれに敵う人に成りうるのかな」

 最慎が嗤いながら、ゴム手袋を装着する。その脇には沢山の医療器具を乗せた台。鉗子やメスが垣間見えた。
 思い出した。graveの意味。その意味は重大。そして、grave sinで[大罪]という意味になる。政府の特務機関は大罪を研究するところだったのか。

「安心しなよ。麻酔はかけてあげるから。でも、君の体が大罪の力に耐えられるかは別だよ。この手術、成功例一回もないし。ヒヒッ」

 最慎が更に不安を煽る。
 じゃあ、この男は……!?
 仮面の男を見遣る。
 最慎が調子よく答えた。

「彼はオリジナルさぁ。昔にもいたんだよ、大罪を宿す者が。その人たちはけっして目立つことはなかったんだけど、資料が残っていてね。信憑性はなかったんだけど、そこに彼が現れたんだ。資料によると、彼は存在しないはずの八つ目の大罪も持ち主なんだと」

 嬉々とした面持ちで最慎が注射器を構える。にやついた、爽やかなどという言葉からは遥かに懸絶した不快感をもたらす笑みを絶やさず口角を上げる。

「ジョーカー、彼を手術台に」

「はい」

 瞬時に仮面の男に両腕を抑えられる。抵抗するも、その成果は虚しいものとなった。足で踏みとどまろうとすると、昨日の闇の炎をこれみよがしに見せつけられた。僕の選択肢は、一つしかない。

「ジョーカー、か……」

 道化に殺されて、終わるのか……。力を与えてやるなどと言われたが、既に622人が失敗し、室内に転がっている。この部屋に622人分の断末魔が響き、622人分の血が流れた。僕もまた、その数を上書きし短い人生を終えるのだろう。

「私はただ、自分の思うままにする。ただの道化だ。それ故の名前だよ」

「ハハ、は……」

 笑えないよ……。
 僕は生き延びるためにここに来たってのに。これじゃ、わざわざ死にに来ただけだ。
 無理矢理手術台に寝かせられ、即座に両腕と両足首が拘束される。

「大丈夫だよぉ〜。ちゃんと麻酔があるからね〜。手術が終わるまではもつよ……」

 そう、手術が終わるまでは。そう、最慎が意味深に呟いた。僕はその微かな声を聞き逃さなかった。つまり、手術後に何かがあるということだ。

「さぁ、手術を始めましょうか」

 最慎がゴム手袋をキュッと引き締め、次いでプスリと僕の首元に麻酔を打ち込んだ。神経が麻痺し、得も言われぬ感覚に身体が包まれる。

「桜庭クン、これなぁんだ?」

 最慎が提示したのは、紅色の薄いオクタゴンを象った何かだった。
 僕は静かに首を横に振った。
 最慎が得意気に含み笑いを漏らす。

「これはね……亜喰夢の瞳にしてコアでぇ〜す。亜喰夢はこれがあることによって再生するんだって。そうでしょう、ジョーカー?」

 狂気に満ちた言葉に頷くジョーカー。
 人が変わり総毛立つような声を上げる最慎。彼は楽しそうに亜喰夢のコアを見せつけてきた。

「今からこれを、君の左目に移植します!」

 何だと……? そんなの無理に決まってる。第一、人の眼窩にそれのサイズが合うかどうか、それに目として機能するかどうかさえ分かっていないんだぞ!?

「信じられないって顔してるねぇ〜。でも、大丈夫。人の目のサイズに合わせたし、せっかくこんな貴重なサンプルが手に入ったんだ。使わない手はないでしょ」

 ヒャハハハハハハハハ! としゃがれた声で嗤う。その姿はまさにマッドサイエンティスト。狂ってやがる!
 焦燥に駆られ、身体を動かし拘束具を外そうとするものの、麻酔の所為で上手く動けない。それに、この拘束具、硬い。ふと凝視してみれば、血痕の染み付いた痕があった。恐怖がいや増し、全身を駆け巡る。

「ああアアああああァァァ!!」

「抵抗したところで無駄だよ。何せそれは622人を縛り付けた拘束具なんだからね」

 メスを握った最慎の腕が視界に大きく映る。それはだんだん近づいてきて……。

「ううッ、うあッ……うああああああああああああああああああ!!!」

 痛みはない。だが、右目が左目の惨状を目の当たりにし、全身を突き刺す恐怖心が声帯を震わせる。そのような酸鼻な光景に精神が耐えられるはずもなく……。

 ――意識が途切れた。

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 前回のupから一週間も経ってしまいました。
 次からはストックに余裕をもって、早めに上げるのでその都度見て頂けると幸いです。
 ……ちなみに、コレを読んでいる人ってどのくらいいるんでしょうか(苦笑)
 気が向いたらでいいのでコメント載っけてくれると嬉しいです。
 ではでは(≧∀≦)/

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