小説『とある朱緋の超元浮遊《ディメンジョンマスター》』
作者:白兎()

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   ? The fifth girl ?


 最後の休日を二人は無計画に過ごすことにした。ただただ無性に街をうろつき、興味を持った施設で遊び、興味を持ったものを食べ、ひたすらにそれを繰り返す。何でもいい。海底に沈んだ都市のような静寂に包まれながら公園でぼうっとするのでも、帰路の途中に寄ってくる学生で賑わう前にゲームセンターで遊び呆けるのでも、街で誰かと遭遇したならば最寄りの飲食店で話をするのでも。ただ、B級以下の映画で時間を無駄にする以外のことならなんでもよかった。そんな一日にするつもりだった。

 「たまには街を見直すというのもいいですね。何だか任務だってことを超忘れてしまいそうです」

 緋奈と共に第七学区の道を歩く絹旗は、沿道に影を落とす街路樹を、あるいはそれが繁らせる緑葉の隙間から除く朝の陽の光を見つめていた。もしかすれば、太陽が木の葉の隙間から絹旗の姿を見つめていて、彼女がそれに気付いたのかもしれない。仮にそうだとすれば、何光年と離れた二つの地点から交わされたのはさぞ雄大な会話だったのだろう。

 「忘れてもいいんじゃないですか? 緋奈遥斗の死亡が任務の失敗を意味するのなら、その心配はいりませんよ。上層部が心配性なだけですから」

 緋奈は太陽ではなく、きちんと前を見据えて歩いていた。さまざまな種類の車がタイヤを磨り減らす路面には微かに蜃気楼がかかり、そこに水溜まりがあるかのように景色が歪んで見えた。

 「はい。さすがに忘れることはできませんが、超気楽にやらせてもらいます」

 と絹旗は緋奈の方を見て微笑んだ。

 「ええ、よろしくお願いします」

 二人が歩いていると、狭い沿道を埋め尽くすほどの人数で構成された集団が前方に見えた。緋奈は眉を潜めた。それから、狭い隙間を覗きこむように目を細める。集団の中心にいる少女が纏っているのが、学園都市に数多く存在する学校の中でもトップクラスに入る名門校である常盤台中学に通う生徒だけが着用することを許された制服だったからだ。

 「ちょっと! 待ちなさいよ!」

 集団に追いついたもう一人の(恐らく)常盤台に所属する少女が叫んだ。その声に、向かい側の沿道を歩く男性や、窓を開けたまま軽自動車を運転する女性までもがそちらを振り向く。

 「あらぁ、御坂さぁん。休日までわざわざつけ回してきたと思ったら、いきなり路上で叫びだして何の用かしらぁ?」

 振り返る少女はわざわざこちらまで届く音量で言った。彼女は刺繍糸のように輝く黄金の髪を片手でとかしていた。

 「う、うるさいわね! アンタがその子たちを操ったままなのが悪いんでしょ!」

 一方、特徴的な髪型をした茶色い短髪の少女はひときしり周囲を眺めまわし、緋奈たちがそれを目撃しているのに気付くと、あらかじめ隠し持っていた染料でも塗ったのかと問い掛けたくなるほど顔を真っ赤にして憤怒した。彼女は青白い電気を全身に纏っていた。あるいは、漏れ出していたのかもしれない。どちらかと言えば後者の方に緋奈は見えた。

 「もぅ、御坂さぁん、こんなところで暴れちゃいけないゾ☆ それに、目撃者もいることだしぃ。ですよねぇ? そこのア・ナ・タ☆」

 少女は肩にさげたバッグから謎のリモコンを取り出し、それを片手に黄金の髪を振りながら華麗なステップを踏み緋奈へと寄ってきた。緋奈が逃げるか留まっているか迷っていると、隣で歩を進めていた絹旗が前に立ち塞がった。緋奈の一メートル前、絹旗の五〇センチメートル前で少女はずるずるとステップの速度をゆるめゆっくりと停止した。

 「これ以上の接近は許可しません。超退いてください。第五位、食蜂操祈」

 絹旗は前方にいる少女を睨み付けた。食蜂と呼ばれた少女は不敵な笑みを浮かべたまま、手に持ったリモコンをバッグに戻した。

 「へぇ、私のコト知ってるんだぁ。でも、もう遅いわよぉ。あなたと後ろの人の能力はすでに封じちゃってるしぃ」

 「なっ!」

 絹旗は沿道の端に設置されたレールに手を掛けた。どのタイミングで使用したのかは分からない。それでも彼女が能力を発動したのは確かだった。

 緋奈は食蜂に近付き、額に手を当てた。それから目を閉じ歪んだ笑みを浮かべる。目を開くと不思議そうな顔でこちらを覗きこむ食蜂が目に映った。湖の水面がごとく大きな星の入った瞳は月のような若干の不安をそこ映し出していた。

 「なるほど。レースの付いた黄色、ですか」

 緋奈が関心したように言うと、

 「いゃぁあああああああ!!!」

 食蜂は慌てた様子でリモコンを取り出しボタンを連打した。緋奈の額からわずか五センチメートルの距離から一メートル地点まで時折角度を変えながら。それは子どもが全身体感型ゲームに熱中しているみたいに見えた。

 「あ、能力が戻りました。それにしても緋奈さん、透視まで超可能なんですね……」

 片手にレールを持ち上げた絹旗がやや訝むような目で訴えかけてくる。お前は普段からそんなことをしているのか、と。

 「まあ、遠距離からでも可能ですけど普段はしませんよ。集中しないといけないですから。一歩間違えば動く人体模型を見ることにもなりますし」

 「うっ、それは超勘弁ですね」

 最後の一言で妙に納得したのか、苦虫を噛み潰したような顔でその光景を想像し絹旗はレールを戻した。

 「もう諦めたっ! みんなぁ!!」

 とうとう緋奈への能力使用を諦めた食蜂が後ろを振り向くが、そこには一人の女子生徒しかいなかった。がら空きになった沿道には容赦なく太陽が照りつけていた。一人の少女を嘲笑うように。

 「能力、封じておきましたよ。あと、後ろにいた人たちも解放しておきました」

 「う、うわぁああああん! み、御坂さぁん!!」

 「ちょっ、どうして私に寄ってくるのよ!」

 食蜂は目に涙を溜め、後方で立ち尽くす少女に向かって走り出した。行きましょう、と緋奈は絹旗に言った。彼女も大きく頷いた。と言っても、二人がそのまま道を進むとすれば少女たちとすれ違うことになる。緋奈は引き返そうかと悩んだが、恐らくだが話しかけてくることや攻撃を受けることは無いだろうし、何より同じ景観の並ぶ道を再び歩くのは緋奈にとって苦痛だったので、進行方向を変えることなく歩き出した。

 歩いていると、やがて二人の少女と並んだ。緋奈は足を止めずにそのまま歩を進めようとした。だが、食蜂の発した一言で足は止まる。

 「なぁんてね。知ってますよぉ、緋奈遥斗さぁん☆ 第五位にもなればぁ、半ば宿命的に闇に触れることとなりますからねぇ」

 緋奈は横目で彼女を睨み付け、溜め息をついた。そんなものだろう、と緋奈は思った。とすれば、緋奈遥斗という存在は?闇?なのだろうか。自分ではそう思っていなくても、気付けば大きな体積を持った闇に呑み込まれ、その一部となってしまっているのだろうか。そう考えると緋奈は急にむしゃくしゃした気分になった。自分という存在が?何処に始まって何処に終わる?ものなのかが分からなくなった。あるいは、最初からそんなものは何処を探しても無くて、知らぬ間にそれが当たり前のように自分にも携えられているものだと錯覚していたのかもしれない、そう思った。

 「……そうですか」

 緋奈は視線を前へ戻した。雲が作り出す真っ白な小さな塊は遥か遠い場所に浮かんでいた。

 「……えっ、闇ってなに?」

 それは少しの振動で粉々に割れてしまいそうな張り詰めた空気に、四人中唯一まともな人間による間抜けな声が響いた。

-7-
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