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「えーと、絹旗さんのお知り合いの……」
そこまで言ったところで蒼白い閃光が緋奈に向かって噛み付いた。だが、それは正面に捉えた顔面を呑み込む前に打ち消された。正しくは、緋奈の眼前で分散して消えた。
「俺には?この世界の?エネルギーも波動も時間も届きませんよ」
そう、緋奈は限りなくエネルギーに近い力と、限りなく波動に近い動きと、限りなく他世界に近い?彼だけの?時間の流れによって構成されている。彼という存在そのものが無形世界であり、無限と拡がるそれの中に無数と存在する人格は緋奈の設定した限りなくこの世界に近いものとは違う?各々の世界?の法則に従う。意識的による他世界への干渉が可能かつ他世界からの干渉を一切受け付けない。これが、レベル5を越えた少年の能力、超元浮遊(ディメンジョンマスター)の本質である。
「まぁ、こっちに戦意は無いわ。ただレベル5以上の実力ってのを確かめてみたかっただけよ」
閃光を放った張本人である長い茶髪の女性は悔しげに開いた右手を閉じた。
「今のは能力の種類によっては死んでもおかしくなかったような……」
ごもっともな意見を述べたのは西洋人風の顔立ちをした金髪の少女だった。
「あぁん? 何か言ったかにゃーん? だいたい、この程度でくたばる奴が私以上なわけないでしょ」
一瞬声色が鋭くなった女性だったが、すぐに取り直す。
「きぬはたがどんな場所で生活してるのか、見てみたいな」
なんとも言えぬピンクのジャージをまとった黒髪の少女が抑揚の乏しい声で言った。
「ええ、どうぞ」
◇
「おじゃまします」
「広っ!! 何これ!?」
「分かったから落ち着きなさい」
緋奈は定位置となった木製の白い椅子に座り、自分の部屋を舐め回すように監察されるという異様な光景を眺めていた。あるいは、その異様な光景を緋奈が眺めるという更に異様な光景の一部となっていた。テレビは点いていない。また、点けることによって場の視線が緩まりこちらに向くこともないのは分かっていた。
「それにしても、部屋が広すぎて自己紹介を忘れてたって訳よ。私はフレンダ=セイヴェルン。んで、こっちが滝壺理后で、こっちはレベル5第四位の麦野沈利」
やっと落ち着き、大きい方のソファに腰掛けた三人のうち一番左手に座っていた金髪の少女が言った。そして唯一彼女だけがまだ部屋を興味深そうに眺めまわしている。まるで広い平原で餌を探す動物のように。
「緋奈遥斗です。よろしくお願いします」
緋奈はテーブルからリモコンを手に取り、電源を入れた。
「よろしくね、あかな」
滝壺と紹介された少女は緩やかな動きで緋奈に歩み寄り、手を差し出した。こちらこそ、と緋奈はゆっくりと小さな手を握った。普通の人間ならば特に何も考えることなくそれをこなせるのだろうが、滅多に人に触れるという行為をしてこなかった緋奈にとっては中々の勇気が必要だった。
「レベル5越えっていうからどんな変人かと思ってたけど、意外にもフツーな人だったね」
フレンダと名乗る少女がやっと部屋中への視線を落ち着かせ、座っていたソファにもたれ掛かった。
「それ、暗に私が変人だって言ってるわよね……?」
レベル5の第四位、麦野沈利がそんなフレンダに尖った視線を投げる。
「なっ、愛しの麦野にそんなこと言う訳ないって!」
緋奈は大きく息を吐き、絹旗の方へ視線を投げた。彼女は二人掛けの小さいソファに座り肩をすぼませていた。もともと小さい彼女の身体が実際にしぼんでしまっているように見えた。
「あんまり居座ったら迷惑だし、今日はこの辺でおいとましましょ」
意外にも提案したのは麦野だった。だが一人がそれを頑なに拒む。
「いーやーだー!! ここに住みたいー! 広い部屋がいいー!!」
「ふれんだ、だだをこねない」
フレンダは生まれたての赤ん坊のようにソファ上で激しく暴れ、最後には物凄い力で背もたれ部分にしがみついた。滝壺の言葉にも耳をかさず、あくまでソファの一部としてそこに居座ろうとするフレンダの頭上に閃光が走る。
「いい加減にしなさい、ほら帰るわよ」
麦野がフレンダの変わった作りをした服の襟を掴む。
「はーい……。絹旗! 来週は絶対に私が護衛をやるって訳よ!」
しぶしぶ二人に続いて玄関へ向かうフレンダだが、最後に高々と護衛宣言し麦野に引っ張られながら去っていった。
ドアの閉まる音と同時に、二人は安堵の息をついた。そしてお互いの顔を見合い、固い苦笑いを零す。急激な静けさに襲われた部屋にはただテレビの音だけが響いていた。
「まあ、ほんの少し超変わった仲間たちです。ほんの少し……」
「否定はしないでおきます……」
少しの沈黙のあと、呼び鈴が鳴った。そう言えば荷物が配達されることになっていた。緋奈は受話器でそれを確認し、玄関で受け取った。絹旗は軽々とそれを部屋へ運び入れる。窒素装甲という能力はかなり便利なんだな、と緋奈は感心しつつ家具を組み立て始めた。開封は絹旗、組み立ては緋奈といった分担システムにより比較的短い時間で作業は完了した。
部屋にはシングルサイズのベッドと布団一式に本棚、丸型のカーペットとミニテーブル、そしてゴミ箱が設置された。
「いやー、以外と早く終わりましたね」
段ボールを潰しながら絹旗はかいていない汗を拭う仕草をした。
「そうですね。もういい時間ですけど」
◇
それから三日間の時が何事もなく経過した。実験は一三日、つまり明日から再開される。あれから絹旗とは(非常に残念ながら)何度か映画を見に行ったりと普通の日常を過ごした。とくに事件性もない、本当に平穏な日々だった。少しの間だが実験から距離を置けたことによって久し振りに一日らしい一日を満喫できたし、その短い期間中は嫌なことを忘れることができた。
「残念ながら、今日が最後の休日となりました。よって思い切り遊ぶことにします。いいですか?」
リビングの中央から大きな声で緋奈は言った。
「超賛成です!!」
着替え終わった絹旗は勢いよく部屋のドアを開けた。彼女の部屋は数多い持ち込みによってすっかり趣味の品で埋め尽くされている。
「もちろん、まず映画鑑賞……」
「却下」
「えー、どうしてですかー」
七月一二日、最後の休日を楽しむべく緋奈は絶対に映画館には行かないという確固たる決心を抱き家を出る。