小説『自由に短編[完]』
作者:ハル()

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今日は休みだから、十分に時間がある。
時計の針は12時前を指していた。静かな室内に針の音はひどく響く。

その静けさが嫌だったからテレビをつけてみればニュース番組がやっている。


「今朝、オートバイとトラックが正面しょ」


プッツン



「そんなこと朝から言わないでよ! 思い出しちゃうじゃないっ 苦しいのに・・・」

咄嗟の事だった。
アナウンサーの言葉を遮ろうと電源消して、テレビに怒鳴った自分。


・・・・・自己嫌悪だ、最悪、最悪――。

光のことを言ってるんじゃないのに、似たような事故に反応して自分を抑えられなくなるなんてだめだよ、、。光に笑われちゃうよ。

コントロールが効かないよ。



光どこ? 




視線を床から上に上げると、部屋のすみに真っ黒なスーツがハンガーに吊るされているのが目に入る。
あのスーツは3週間前に使った。
彼の、葬式に着ていったもの。








時は3週間前にさかのぼる。



会社の同僚に上司と後輩たち、光の親族、友人、知り合いがホールに集まっていた。
皆、黒い服を着て片手にハンカチを握り締めている。


光のニコリとした遺影のまわりには黄色と白の組み合わせの花が飾られている。

はは、遺影も童顔スマイルだね、。
彼にそう言ったら答えてくれるだろうかなんて、実現不可能な願望が浮かぶ。全く、こんな時に何を考えているんだ自分は。


その時私は泣かなかった。会社の同僚やほかの人が泣いていても、泣いていなかった。

というより、泣こうと思っても何も出ない。彼の訃報を知ったときも、泣けなかった。
ただ泣けない代わりに、無気力状態が続いた。


今も、ただぼーっと参列者たちを見たり、彼の遺影をずっと見たままパイプ椅子から私は立ち上がることができなかった。ただ座ったままの状態で5時間ほど経ったのだろうか。


私の周りにあれほどいた参列者たちは、どうやらこれから仕事がある人や他にも用があったりとで帰っていく、今ホールの中にいるのは光の親族と私とお経を唱えていたお坊さんだけだった。



パイプ椅子に座ったまま少しも動かない私を心配したのか、光のお母さんが私に話しかけてきた。一度光につれられて、光の家族に会いに行ったことがあったので面識がある。




「雪乃さん、こんなことになってしまってごめんなさい!」

バッと頭を下げてお母さんは申し訳なさそうに泣きそうに言う。

「・・・大丈夫です。私は、私は彼との思い出をずっと忘れません。忘れないでいれば彼と一緒にいた時の気持ちが昨日のことのように浮かんできて、とってもあったかいんです。息子さんに素敵な思い出をもらいました。それに私があの時彼に、事故らないように注意すればよかったんです。私のほうこそすみませんでした」

私も頭を下げた。お母さんが鼻をすすっている音が聞こえる、泣いてる。
私は―――どうして泣けないのだろうか。







「雪乃さん、その薬指のは――」

お母さんの視線が私の右の薬指にいく。
薬指にはシルバーの小さな原石のついた指輪をはめていた。


「息子さんからもらったものなんです。ふふ・・・なんで事故る前だったのかなぁ〜」

あの時の光の様子を思い出すと今でもニヤける。光のお母さんは目を見開いている。やっぱり光の童顔はお母さん譲りなのだ。














「光はあなたとの将来を考えていたのね」










「はい、そうみたいで」


すーっと雫が頬を伝わる。
その一雫をスタートに涙腺は崩壊した。








やっと、泣けました―――――。
























【皮肉にも彼からのプロポーズの数時間後、彼の呼吸は永遠に止まってしまった事を知る。君に数時間前に言われたこと、今でも覚えています。記憶の中の君は、今も赤面しながら『俺についてきて?』って言ってるよ。薬指に指輪が滑り込む感触がくすぐったいのです】

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