小説『炎の指先』
作者:天鯉雨(二郎、雑記)

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   三.修正

 浅見陽子(あさみようこ)。……あの女の名前だ。あたしは、出版されていた彼女の本、その全てを読破したあと、父から渡された新しいパソコンの画面へと向かい、徐(おもむろ)に、彼女の情報を検索し始めた……。
彼女の住む町、電話番号など、個人情報を探るのは意外なほどに簡単なことだった。これも作家の有名税か、と感じると同時に、あの女ごときが有名であるということが、なんとも腹立たしいとも感じられた。
それから数日のあいだ、あたしは、彼女の家の周りを何度も何度も歩き回った……。
金が余って仕方がない、とでも言いたげなほどに飾られた、豪華な英国式の庭園。色とりどりの花が咲き乱れ、其処彼処として紋白蝶や揚羽蝶などが楽しそうに舞っている……。鉄柵の隙間からは、庭園の真ん中に、白いテーブルと椅子が設置されているのが見て取れ、午後のティータイムはあの場所で楽しむのか……と、弥が上にも勘繰らざるをえなくなってしまい、あたしは素に戻ろうと必死に頭を横に何度も振った。
あまりにも強く鉄柵を握り締めてしまっていた為、指先からは、悲鳴にも似た痛みが発せられていた。鉄柵を握り締めていた掌の痕を見ると、そこには錆色をした血が滲んでいた。鉄の匂いがじわりじわりと、あたしを発奮させていく……。
富、名声、発言力……、これらが合い重なると、やがては不正を働くあのような輩が生まれてしまうのか……。否、違うな……。あの女、浅見陽子のことだから、生まれつき手癖が悪かったに違いない。きっと金持ちの男を狙って、あの手この手で結婚へと漕ぎつけ、あらゆる不正を働きながら、この庭を手に入れたのに違いない……。そうだ、きっとそうに違いない。
殺しのモチベーションは、日に日に高まっていった。

その後、あたしは、彼女の日常の行動パターンを探り始めた……。
家族構成や訪問客が訪れる時間帯、外出、就寝する時間帯、などなどを徹底的に調べ上げ、携帯電話のメモ欄にその悉くを、逐一入力し始めた。
彼女の夫は出張が多いらしく、基本的に平日は、真夜中でも自宅にいないことが多い、ということが判ってきた。次に、彼女の父母は、自宅で彼女と同居してはおらず、普段は数キロ離れた施設で過ごしている、ということが判明。子供は一人、小学校低学年くらいの男の子がいる、ということも判った。控えめでおとなしそうな子供だった。しかしまあ、彼も彼女の子供なのだから、やがては悪へと変貌を遂げるに違いない……。そうだ、きっとそうに違いない。これは……後の禍根も断たないと。
あたしの炎で、この庭も、子供も……、彼女の全てを焼き尽くさなければならない! 悪は許さない。断じて許さない! ……修正してやる。あたしが、修正してやる。修正してやる、修正してやる、修正してやる! 白く、白く生まれ変われ!
……自宅へと戻ったあたしはその後、インターネットを使い、灯油を入れる為のポリタンクを数個と、別のサイトから、NATO軍特殊警棒と、軍事使用実績のあるスタンガンとを通信販売にて購入した……。
とても気分が良く、医師から処方された「おくすり」も要らぬほどに、モチベーションが向上しているのをひしひしと感じ取れた。この頃の寝付きは良かった。

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