小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第二部》』
作者:wanari()

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 ――そう。たとえ周囲が厳しい環境であっても、そのときのアランたちには確かに、和やかな雰囲気があった。だがそれも、ひとたび穴の奥へと足を踏み入れると一気に霧散する。

 まるで腕の良い職人が均したかのように平らな道、その両端から美しく弧を描く天井。半円型の通路が定規で引いたようにまっすぐ延びている。
 その奥から流れてくる風の重さが、明らかに今までと異なっていた。

 自然と表情を硬くした一行は、雑談を交わすこともなく慎重に歩を進めていく。しばらく進むと視界が開け、広大な空間に出る。まさに山の中心をくり抜いたように、緩やかに傾斜する壁が遙か彼方の天井に向かって集束している。地に目を向ければ、そこは煮えたぎった溶岩が一面に広がっていた。
 一直線に延びる道のさきに、巨大な岩が鎮座していた。溶岩の海のちょうど中央に位置し、無骨に角張った見た目ながら、どこか静かな風格を漂わせている。まるで自然の神殿といった趣があった。アランたちの立つ通路はその巨岩に繋がり、そこで切れていた。

「……! アランさん、あれをご覧下さい!」

 ふいにフローラが叫んだ。彼女が指差す先に目を凝らす。真正面、巨岩の表面に何か光るものがある。
 溶岩の鈍い輝きとは違う、鮮烈な赤。心なしかアランたちが歩を進めるにつれ輝きを増すように見えるそれは、深紅の宝石を台に据えた指輪だった。

「あれが……『炎のリング』」

 アランはつぶやく。

 溶岩が沸き立ち、粘性を持った気泡が立て続けに弾けることによって起こる重低音、どこからともなく漂ってくる暑く湿った空気のなか、アランは歩みを止めていた。
 目的の物がすぐ近くにある。それがわかっていながら、アランは慎重にならざるを得なかった。おそらくそれは後方の仲間たちも同様だろう。

 殺気、とは違う。けれどあまりにも漂う空気が重く、異常だった。

「皆、気をつけて。……何かが、僕たちを見ている」

 静かに警告し、率先して一歩を踏み出すアラン。そして『炎のリング』まであと数歩と迫ったところで、周囲に異変が起こった。

 右手奥の溶岩が、にわかに沸き立ち始める。

 最初は水泡がはじけるように表面が細かく沸騰していた溶岩が、次第にその大きさと激しさを増していく。とても自然に起こる現象とは思えない。風も心なしか強くなってくる。

 アランはパパスの剣を抜きはなった。その仕草に呼応して、他の仲間たちも戦闘態勢を取る。
 沸騰した溶岩は、いまや大きな柱となろうとしていた。

 突然、轟音を立てて溶岩が天井近くまで噴出する。そこから、まるで意志を持っているかのようにアランたちのいるところまで急降下してくる。アランの素早い合図のもと、一行は何とかその襲撃を躱した。
 膝立ちで剣を構えたアランは、自分たちと炎のリングの間に道に、どろりとした体の大きなモンスターが蠢く姿を見た。溶岩の細かな欠片をまき散らすその魔物の体色は、温度の低い溶岩のような不気味な色をしていた。『ドロヌーバ』のヌーバを彷彿とさせる軟体さだったが、一方でその瞳にはどことなく知性を感じさせた。戸惑いながらも警戒するアランに、不意に、モンスターは語りかけてきた。

『我らが名は溶岩原人……資格を持つ者よ、よくここまで来た……』
「資格?」

 アランは眉をひそめる。だが『溶岩原人』はアランのつぶやきには応えず、両手を大きく振りながらさらに告げる。

『だが、資格があるだけでは不十分である……この偉大なる秘宝を授けるに足るか……その覚悟があるか……試させてもらおう……さあ、来るのだ。尊き民族の子孫たちよ』
「尊き民族の子孫……『たち』……?」とフローラがつぶやく。溶岩原人の言葉の真意は、アランにもはかりかねた。おそるおそるといった様子でメッキーがフローラの傍らに寄る。

「あの、フローラお嬢様? 物知りなお嬢様なら、この恐ろしげな奴について何かご存じじゃありまへんか?」
「いえ……」

 戸惑いながらもフローラは応える。だが直後、何かを思い出したかのように目を見開いた。

「そういえば昔、お父様の蔵書の中に似たような姿を見たような……でもそれは、聖なる世界へ通じる門の万人のような存在でしたが……」
「せ、聖なる世界でっか? あれが?」
「本の記述と真実は異なっているのかもしれません。ですが……あのモンスターからは確かにただの魔物とは違う波動を感じます」
「フローラ嬢。アラン」

 危険を察したピエールが、盾を構えたサイモンと並んで警告した。

「最大限の警戒を。来ます」

 そう彼が言った瞬間、溶岩原人が動き出した。

『さあ、覚悟を見せよ』

 まるで大きな津波が押し寄せるように、その巨大で不定形な体が迫ってくる。

「戦闘を始める。皆、無茶はするな」

 アランが指示を飛ばすと、仲間たちは即座に反応した。フローラを初めとした後衛は数歩距離を取り、アランを先頭とする前衛が溶岩原人を迎え撃つべく構えを取る。アラン、ピエール、サイモン、そしてやや後方にチロル――パーティの中でも歴戦の強者たちだ。

 ピエールが剣を構える。

「まずは私が行きます」

 ゆっくりと前進してくる溶岩原人の進路を妨害するように、彼はイオを唱える。牽制として放たれた攻撃呪文は溶岩原人の足元を薄く刮く。一度動きを止めた溶岩原人は、次いで大きく腕を振りかぶった。その勢いのまま横凪ぎに払ってくる。
 アランたち前衛は一斉に跳躍して一撃を躱した。上空からそれぞれの武器の切っ先を溶岩原人に向けて構え、降下する。さらにこの隙をつき、やや後方に飛び退いていたチロルが地表から突撃する。
 溶岩原人の眉間らしき場所目がけて剣を突き出したアランは、両手に確かな手応えを感じた。同時に仲間たちの攻撃が一斉に命中したことを横目に見つつ、彼は溶岩原人の体に両足から着地する。びしゃり、と湿った音がしたが、溶岩原人の体はアランや武器を溶かすほどの高温ではなかった。

 剣も、打撃も通じる。これならばいける、とアランは思った。

 だが、溶岩原人は打たれ強かった。アランたちの一斉攻撃を受けても、まったく動揺した様子がない。再びゆっくりと動き出した溶岩原人から彼らは勢い良く飛び退き、決して広くはない道の上で散開する。

 道は一本、両脇は溶岩。戦える空間は自ずと限られてくる。

 ――アランは嫌な予感がした。不利になったわけではないのに、首筋が泡立つようなこの感覚は、前にどこかで一度、経験したことがある、そう彼の本能は告げていた。

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