小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第二部》』
作者:wanari()

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 岸壁の端から下を覗き見たメタリンとスラリンが、揃って「ドロドロだ」とつぶやく。フローラが慌てて二匹を抱き上げ、「危ないですよ」と言った。

 アランは思案げにつぶやいた。

「道はここで途切れている。進むとなると、飛び飛びにある岩場を利用するしかないが……」
「それは難しいでしょう、アラン」

 ピエールが言った。同じ結論に達しているアランもまた、重々しくうなずく。
 目を凝らせば、遥か先に階下へと続くであろう穴が見える。だがそこに至るまでに点在する岩場は数が少なく互いの間隔も広い上、高さもまちまちでとても足場としては使えない。時間をかければチロルの跳躍力でひとりひとり向こう岸に移ることはできるかもしれないが、それは彼女に多大な負担を強いることになる。まだ洞窟は奥へと続いているのだ。

 額の汗を一度拭い、アランは考えをまとめた。

「仕方ない。まずは向こう岸に渡る経路がないか探そう。コドラン、メッキー。すまないけど上から探索を――」
「あ、あの!」

 ふいにフローラが声を上げた。胸にメタリン、スラリンを抱えたまま、ゆっくりと提案する。

「もしよろしければ私と……スラリンさんに任せていただけないでしょうか」
「どういうことだい、フローラ?」

 アランが首を傾げると、フローラは人形のように繊細な指先を岩場の一角に向けた。アランたちがいる道から地続きになっているそこは、岩が崩れて下の溶岩へと続くなだらかな斜面となっていた。

「あそこと同じような地形が、微かですが、向こう岸にも見えます。ですから、下に降りて行けば向こう岸まで辿り着けると思うのです」
「下に降りて……ですか。フローラ嬢、それは溶岩の上を歩くということになりますが」
「はい。そうです」

 はっきりとうなずくフローラに一同はどよめいた。アランだけは、彼女の瞳に強い意志を感じて続きを促した。

「何か、手があるんだね?」
「はい。よく観察すると、この下に広がる溶岩地帯は他の場所と少し違うようです。色が黒ずみ、流れも遅い。おそらくここの溶岩はかなり低温になっていると思われます。この状態であれば、呪文で防ぐことができると思うのです」
「呪文?」
「トラマナを使います」

 前に書物で読んだことがある、とフローラは言った。毒の沼地など、人体に害を与える地形から冒険者を守る呪文であると。極めれば極寒の地や灼熱の砂漠でもその影響を受けずに済むと言われているらしい。

「私はまだ未熟なので、足元を守るくらいしかできませんが……それでも、向こう岸に渡るまでは何とか保つと思うのです」
「ぼくも手伝うよ!」

 フローラの腕の中でスラリンが満面の笑みを浮かべる。その仕草にフローラも慈愛の微笑みを浮かべ、それからアランを見つめた。

「私だけなら力不足ですが、スラリンさんと力を合わせれば何とか皆さんを守れると思います。いえ、守ってみせます。ですから、私たちに任せて頂けないでしょうか」
「アラン」

 ピエールが判断を促した。少し考え、アランはうなずいた。

「わかった。二人に任せよう」

 ぱあっ、とフローラの顔に笑みが広がった。

「ありがとうございます!」

 嬉しそうな表情にアランの顔から迷いが抜ける。暑さと目の前に広がる光景に萎えそうになっていた気力が再び満ちていくようだった。

 それから一行は斜面を降り、溶岩の手前まで進んだ。フローラがチロルの背に乗り、膝に乗ったスラリンとともに呪文を唱える。

「――、トラマナ!」

 呪文の光が弾け、雪のようにアランたちの足元に降ってくる。やがて白く淡い光が集まり、小さな絨毯のように広がった。先頭を行くアランが一歩を踏み出すと、トラマナの光もまた先へと延びる。アランが後ろを振り返ると、フローラは両手を握りしめ目を瞑り、一心に呪文を唱え続けていた。
 早く行きましょう、とばかりチロルが小さく鳴いて急かす。アランはうなずく。

「行こう。この白い光を踏み外さないように。それから敵襲には十分注意するんだ。フローラとスラリンの集中を途切れさせないように守るんだ」
「了解」

 ピエールたちが応え、アランは溶岩の上を歩き始めた。
 足裏から伝わってくる熱気、決して広くはない安全地帯――不安要素は少なくないが、アランは腹をくくった。フローラを信じると決めたのは自分だ。彼女の力があれば、きっとうまくいく。

 果たして、対岸に辿り着くまでフローラたちは見事に呪文を唱えきった。一行が安全な岩場に上がったとき、脱力して崩れ落ちたフローラをアランが横から支える。互いの顔が間近に迫り、一瞬見つめ合った後、二人は慌てて視線を外した。

「んんんー?」
「なによ、変な声だして」

 羽を器用に折り曲げて頭を掻くメッキーにメタリンが尋ねる。彼は何の気なしに言った。

「いやあ。アランはんもフローラはんも、何であんなに恥ずかしがってんやろなあと思て」
「はあ?」
「だっておふたりさん、つがいなんやろ?」

 びくり、とアランとフローラが体を震わせる。それからますます気まずげに顔を逸らした彼らに、メッキーはすまなそうに言った。

「あ、すんまへん。人間で言うと夫婦でした」
「ああ、いや。別に謝る必要はないよメッキー。うん」

 誤魔化すように言うアラン。フローラは赤くなって俯きながら、時折アランの方をちらりと見ていた。


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