「な……!」
絶句するアランたち。
溶岩原人との戦いは、これまでは確かにアランたち有利に進んでいた。だがそれはあくまで、戦い方と数の面で勝っていたからだ。
今、三体もの溶岩原人を一度に相手することになると、とてもではないが今までと同じように戦うわけにはいかないだろう。
――どうすればいい。
緊迫した場面、気を抜くと千々に乱れそうになる思考を鎮め、アランは考えた。溶岩原人には全員を巻き込む『火炎の息』という強力な武器がある。もし仮に、三体同時に『火炎の息』を放たれたのなら、炎に弱い仲間はひとたまりもない。だが逆に言えば、それ以外の攻撃方法はアランたちでも十分に対処できるものだ。
そして、先ほどの台詞――『試練を続けよう』。溶岩原人たちはアランを試すような戦い方をしている。現に一体目の溶岩原人は、アランたちを打ち倒そうと思えばもっと激しく攻撃することができたのに――例えば攻撃の届かない溶岩の海の上から火炎の息を吐き続けるとか――どこか悠然と構えているところがあった。
だが、さらにもう一歩踏み込んで考えれば。アランたちを試そうとするが故に、三体揃った今度は容赦ない攻撃を仕掛けてくる可能性もあった。厳しい窮地に立たされたアランたちがどのようにして対処するか、それを見届けようと彼らが考えているのだとしたら。
それにしても――ふとアランの思考が飛ぶ――このような知性のある魔物が三体も潜んでいるとは、『炎のリング』とは考えている以上に大事なものなのかもしれない。
「がるる」
アランの思考が戦闘から離れたことを敏感に察したチロルが鋭く声を出す。アランは気を取り直し、武器を構えた。
三体の溶岩原人は今のところまとまって動く気配がない。
数だけでいえばアランたちの方が有利だが、それをもって敵を攪乱できるほど戦闘可能領域は広くない。仮に道幅一杯に散開したとしても『火炎の息』は全員を飲み込むだろう。
やはり、長引かせるわけにはいかない。短期決戦だ。
負けない。絶対に。
アランは決断した。
「ピエール、皆を集めて。もっとも効果のある密集隊形を指示して欲しい」
「密集、ですか?」
「全員の力を集結させる。確実に、できるだけ素早く一体を倒すんだ」
「敵の攻撃に晒されやすくなりますが」
「もともとここは動き回れる場所が少ない。散開して攻撃の手が弱くなるより、危険はあっても一丸となった方が良いと思う。それに」
アランは額の汗を拭った。
「もし仮に攻撃が通じなかったとしても、密集していればリレミトで全員を緊急避難させることができるかもしれない」
「賭けですね」
いつも通りの口調でそう言ったピエールにアランはわずかに苦笑する。「どちらを選ぶかってことだよ」と応える。
優秀な魔物の騎士はうなずいた。
「わかりました。あなたの指示に従いましょう。それと、フローラ嬢もあなたの考えについてきてくれます。心配は無用なので、あらかじめお伝えしておきます」
アランの内心の不安を一言で切って捨てたピエールは、仲間たちを呼び、密集の隊形を指示する。互いが互いを守れるように、ひとつの塊となって突き進めるように。
目指すは弱っている正面の敵。
『それもまたいいだろう……』
ふと、正面の溶岩原人が言った。アランたちが隊形を整えるまでじっと見つめている。それは、いっそ慈愛を感じる口調であった。
『何としても勝つ……生き残る……その心意気良し……』
「全員、突撃!」
溶岩原人が両手を広げたことを見たアランは、仲間たちに突撃を命じた。次の瞬間、正面の溶岩原人が大きく息を吸い込む。口元に炎がちらつき、火炎の息を吐こうとしていることがわかった。
最前線のサイモンが盾を構え、呪文が使えるメンバーは各々攻撃呪文を唱え始める。下手に避けるより、正面から火炎の息を打ち破る方法を取ったのだ。全員が集まり、突撃の勢いのある今なら、それも可能だと信じる。
左の溶岩原人が『火炎の息』を吹き付ける。渦巻く炎はアランたちの呪文の力とぶつかり、激しく拮抗する。最初の突撃の勢いがあった分、わずかにアランたちの方が勝った。
火炎の息を貫いたアランたちは、そのまま正面の溶岩原人に突撃する。剣、呪文、爪――各々の攻撃が一斉に決まり、溶岩原人の体が細かく波打つ。
『おおお……』
苦痛とも感嘆とも取れる声を上げ、攻撃を受けた溶岩原人は光の粒子と消えていった。
だが息を付く暇はない。
光の粒子を押しのけるように、残ったニ体の溶岩原人たちが腕を振るってきた。前衛にいたアランたちがとっさに防御姿勢を取るが、強烈な攻撃を二重に浴び、アランたち全員、まとめて吹き飛ばされる。
「きゃあああっ」
体重の軽いフローラは一際大きく飛び、道の端、溶岩の海の上に体を乗り出す格好になる。
「フローラ!」
駆け寄ったアランの手が、何とか彼女の細い手首をつかむ。軽い脳震盪を起こしていたフローラをコドランとメッキーが下から押し上げる。
道の上には、吹き飛ばされた仲間たちがかすかにうめき声を上げながら膝を突いている。しかし、その瞳の闘志は萎えていない。
二体の溶岩原人はアランたちに近づき、道の上に身を乗り上げてきた。アランたちの攻撃が届く範囲だ。まるで「やれるものならやってみろと」と言わんばかりに。
アランは唇を噛んだ。
「まだ、終わらない!」