小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第二部》』
作者:wanari()

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 ルドマンの執務室を出たアランは、そこで廊下を歩くデボラに出逢った。

「ふわぁ……お? アランじゃない。やっほ」
「デボラ……」

 アランは半ば呆れながら彼女の名を呼ぶ。それもそのはず、デボラは寝起きそのままのあられもない格好だったからだ。半透明の薄衣を片肩に引っ掛け、素足に室内用の履き物をつっかけて、彼女は自らの見事な黒髪を品もなく掻いている。だらしのないこと極まりないが、なぜか不快には感じなかった。

 アランの姿を見つけたデボラは「にやり」といつもの笑みを浮かべた。

「聞いたわよアラン。無事炎のリングを見つけたようね」
「ああ。これもデボラや皆の協力がなければ手に入らなかったよ」
「そう? じゃあ目一杯感謝してもらわないとね」

 悪びれもなくそう言い切るところが彼女らしい。

 デボラは再び、「ふわぁ」と大あくびをした。ずいぶんと眠そうだ。聞けば、彼女は最近ルドマンと遅くまで話をすることがあるという。話の内容は教えてくれなかったが、「おかげで日中は眠たくて仕方ないのよね。おまけに暇だし」と彼女は言った。短い間だが旅を共にした気安さで、アランはひとつ提案してみる。

「僕たちはこれから水のリングを探しに北の湖へ行く。デボラも来るかい?」
「あたし? うーん」

 と何かを考えるような仕草をし、

「やめとくわ」

 とあっさり断った。

「あんたとの旅はもう十分楽しんだし。それにまだフローラの仕込みが終わっていないからね」
「フローラの仕込み? 何のことだい」

 アランが尋ねてもデボラは意地悪くにやつくばかりで何も教えてくれなかった。

「ま、とにかく早く帰ってきなさい。待たせる男は嫌われるわよ」

 そう言って彼女は自室へ歩いて行った。





 それからアランは宿に戻り、待っていた仲間と旅支度を始める。水のリングの在処は滝の洞窟。火山洞窟でリング探索の困難さを肌身で感じていたアランは、いつもより念入りな準備を行った。ただ、あらかじめピエールたちが下準備をしてくれていたおかげで作業は思った以上に手早く完了する。
 一通り確認を終えたアランは、ふとアンディの家に行くことを考えた。少し考え、思い直す。アンディはまだ病み上がりだろうし、看病するフローラを邪魔してもいけない。結局アランはその日の内にサラボナを発った。

 街から河まではそう離れていない。だがルドマンの素早い手回しにより、アランたちが河に到着する時にはすでに船の出港準備はおおかた整っていた。
 河沿いにサラボナ以外の大きな街がないためか、川岸に設えられた船着き場はごくごくささやかなものだった。係留されている船も、吃水が短い中型船だ。アランたち全員が乗って少し余裕があるほどの大きさである。上流へ上っていくのに、こちらの方が都合が良いのだろう。地図で確認する限り基本的に目的地までは一本道で、特に急流も存在しないせいか、船には案内役もいなかった。

 川岸に足を踏み入れたとき、唐突にマーリンがフローラの話を持ち出してきた。ここのところずっと蚊帳の外だったせいか、いつもよりよく話しかけてくる。

「そういえばチロルたちに聞いたのじゃが、フローラ嬢は何やら不思議な力を持っとるようですなあ」
「あの白い光のこと? うん、そうだね」

 溶岩原人との戦いを脳裏に蘇らせながら、アランはうなずいた。

 あのとき、フローラはたったひとりで火炎の息を受け止めた。そのとき体から溢れていた力はまた呪文とは違う強さ、輝きを持っていた。彼女の後ろ姿を思い浮かべたアランはなぜか胸が高鳴るのを感じ、口元に手をやってごまかす。

「あの光は呪文のそれではありません」

 アランの隣でピエールが意見を述べた。

「むしろもっと崇高な、神々しい波動に感じます」
「ほう。それは興味深い。ぜひ詳しく話を聞きたいものじゃ」

 アランたちが帰還してからおおよその事情は知っているはずなのに、マーリンは敢えてそのようなことを聞いてくる。

「古来、呪文の力とは別の、強い力を宿した者たちが人間の中にもいたという。もしかしたらフローラ嬢はそういった類の人間なのかもしれんのう。そう、それこそ勇者の家系とか」
「勇者の家系……ですか」
「あのねぇマーリン。そんな都合の良い話が転がってるわけないでしょ」

 アランの頭の上でメタリンがため息をつく。

「そんな簡単に勇者の末裔が見つかるのなら、アランのお父さんが苦労するわけないでしょうが」
「確かに。私もメタリンの意見に同意です。あれほどの傑物が心血を注いで探し求め、なおその手がかりの一端しか掴めなかった存在。容易に見つかるものではないでしょう」

 ただ、とピエールは言う。

「それでもなお、フローラ嬢がそういった力の持ち主であるならば、これは運命がアランを導いていると考えるべきです」
「ほっほ。ピエールよ。お前さんにしてはずいぶんと夢のある話をするじゃないか。のう?」

 マーリンが冷やかすが、ピエールは自分の意見を変えるつもりはないらしい。いっそ微笑ましいやり取りをする仲間たちの傍らで、アランはふと表情を引き締めた。
 河の上流、アランたちがこれから向かう先を見つめる。

 ――何だろう。胸がどきどきする。

 奇妙な胸騒ぎだった。さらに不思議な事に、この胸騒ぎはサラボナを初めて訪れたときの感覚ととてもよく似ていたのだ。

 水のリングがある場所に、一体何が待っているのだろうか――

「アラン?」
「何でもない。さあ、準備ができたようだ。皆、行こう」

 首を振り、アランは仲間たちに声をかけ船に乗り込んだ。
 目指すは河の上流、湖にあるという滝の洞窟だ。そこに入るためにはまず、山奥にひっそりと佇むという小村を目指さなければならない。



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