小説『ドラゴンクエスト? 〜天空の花嫁〜 《第二部》』
作者:wanari()

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 山間部に作られたためか、村の中には緩やかな傾斜があちこちに見られた。建物は斜面を削るか土台を工夫し、うまく床が水平になるように作られている。
 アランを先導する男は、村に入ってすぐ右手にある建物に向かった。そこが村長の家なのだという。
 高床式のため家の戸口は階段を上った先にある。男は扉を叩き、「村長さーん」と呼びかけた。すぐに初老の男が姿を現す。

「おや。ガルトンさんじゃないか。今日もお勤めかい? あの山を越えてくるのは大変だっただろう」
「いやいや、お気遣いなく。こうして取引ができるだけで大感謝なんですから。もう山だろうと谷だろうとじゃんじゃん越えますよ、俺は」

 調子のいいことを言って笑いを誘う。アランもつられて笑った。ただどうやらピエールはあまり気に入らなかったようで、さっきからむっつりと黙したままアランの背後に立っている。一方のチロルはどこか感慨深そうに鳴いている。村の空気に懐かしさを感じているのかもしれない。

 一通り取引の話を終えた村長がアランに顔を向ける。すまなそうな表情だった。

「待たせたね。君がガルトンさんの連れかい? 私はこの村の長をしているジキドという。よろしく」
「初めまして。アランです」

 アランが会釈すると、ジキドは鷹揚にうなずいた。その様子を見たガルトンが言う。

「じゃ、あとはよろしくやりなよ」
「え? もう行くのですか?」
「他にも大事な商談があるんだよ。行かなきゃ」

 そう言い残し、ガルトンはその場を後にした。後ろ姿を半ば呆れたように見つめ、隣に立つジキドと苦笑し合う。アランは話を切り出した。

「実は、サラボナのルドマンさんから伝言を受けて、河の水門を開けてもらいに来たのです。上流の湖へ向かうには、どうしても水門を通らなくてはならなくて」

 ルドマンの知り合いと聞いて、ジキドはわずかに目を見開いた。

「それはそれは。しかし珍しいなあ。ルドマンさんはいいお人だが、誰かひとりに肩入れするようなことはなかったのに」

 じーっ、と見つめられる。値踏みするようなその視線に、アランはわずかに身じろいだ。すぐにジキドは「すまんすまん」と手を振った。

「水門だったな。今の時期ならば水をせき止めておく必要も無いから、開けようと思えばすぐにでも開けられる……あ、だがしまったな」

 ジキドは何かに気づいて頭をかいた。困った表情でアランに言う。

「今、村の若いのがちょうど外に出ているんだ。船から乗り移って操作しないといけないから、扱える人間はこの村でも多くないんだよ。見ての通り山の中だから、水に不慣れな者がほとんどでね」

 そうですか、とアランは相づちを打った。背後のピエールたちをちらりと見る。忠実な魔物の騎士はひとつうなずきを返した。「貴方の思う通りで良いでしょう」という合図だ。
 今日は皆と野宿にするか、とアランは考える。水のリング探しは重要だが、そこまで急ぐ旅でもない。村人が戻ってくるまで待たせてもらおうと彼は思っていた。

 するとジキドがこんな提案をしてくれた。

「もし良かったら、私の知り合いの家を紹介するよ。今日はそこに泊まらせてもらうといい」
「そんな、その方に悪いですよ。野宿でも構いませんし、宿があればちゃんとお金を払って――」
「確かに宿はあるが、今日はガルトンさんがいるからね。宿の親父さんとたぶん、ずっと話し込んでるはずさ。悪いことは言わないから、言う通りにしなさい。ルドマンさんが目に掛けた人なら、放っておくのは忍びない。彼にも悪いしね」
「は、はあ」

 これはまた、カボチ村とずいぶん違うなとアランは思った。ルドマンの名声も、まさかこんなところにまで広がっているとは。ただただ感心してしまう。

 結局――半ば押し切られる形で、アランたちはその『知り合いの家』に厄介になることになった。
 件の家は村の一番奥、最も小高い丘の上にある大きな建物らしい。昔取った杵柄で、ゆくゆくは立派な宿として開くつもりのようだと聞いた。

「名前くらい聞いておくべきだったな」

 あの後すぐ、ジキドは「ガルトンさんに言い忘れたことがあった」と言って足早に出かけてしまったため、世話になる人の名前も聞きそびれたアランは申し訳ない気持ちになった。

 途中、道の傍らに小さな墓がいくつか立っているのを見た。この村の習慣なのか、とても綺麗に掃き清められている。誰かが供えた後なのか、摘んで間もない瑞々しい花が墓の根元に輪を描くように置かれていた。
 自然と足を止め、祈りを捧げる。アランにとって死者は特別な存在だった。とりわけ、こうして墓を作ることができて、なおかつ大事に大事に扱われている魂は、それだけで尊いものに思える。

 きっといい人だ――直感で、そう確信できた。

 それからさらに村を歩くと、すぐにジキドが紹介してくれた家が見えてきた。太くしっかりとした柱に支えられた高床の上に、立派な平屋建ての家が建っている。今立っているところから屋根の天辺まで、アランの身長の四倍はありそうだった。きっと上からの眺めも素晴らしいだろう。
 どことなく気持ちが沸き立つことを自覚しながら、アランは入口に続く階段を上る。木製の板は踏みしめる度に「たん、たん」と小気味よい音を立てる。戸口の前に立ち、扉を叩いた。

「すみません。誰かいらっしゃいますか?」
「……ああ、はいはい」

 返事はすぐに聞こえて来たが、どことなく元気がない。しばらく待っていると「開いているから、どうぞ入って構いませんよ」という声が聞こえてきたので、アランは遠慮がちに扉を開けた。

 温かい空気が頬を撫でる。

 正面奥には台所があり、その手前に部屋の扉が開いた状態になっているのが見えた。やがてそこから手縫いの布を肩にかけた男性が出てくる。笑顔が柔らかいが、病を患っているのか顔色はあまり良くなかった。

 ――男性の顔を見たとき、なぜかアランの琴線に触れるものがあった。

「お待たせしました。このような姿で申し訳ない。えっと、どちら様で?」
「あ、すみません。ジキド村長からこちらの家に宿を取らせてもらうよう言われて来ました。アランと言います」

 我に返り、慌てて告げる。だが男性から返事はない。アランが訝しんでいると、不意に男性がこちらに近づいてきた。

「アラン……? いま、アランと言ったかい?」
「え、ええ」
「………………おお、確かに、よく見れば……おお、何と言うことだ……!」

 感極まったように言葉を切らす男性。戸惑うアランに、男性は言った。

「覚えていないかい? 私だよ、ダンカンだ。アルカパでパパスと……君の親父さんとよく話をさせてもらっていた!」

 その満面の笑みが、幼少の頃パパスの背中越しに見たダンカンの表情と重なった。アランは思わず声を大にしてしまう。

「ダンカンさん! 本当にダンカンさんなんですね! ああ、お久しぶりです! アルカパから引っ越したと聞いて、心配していたんです!」
「そうか、君はアルカパに行ったのか。それはすまなかった。まさか私もここに越すことになるとは思っていなかったからなあ。いや、それにしても大きくなったねえ。立派になりすぎて見違えたよ!」

 記憶よりもずっと小さな手でダンカンがアランの腕を叩く。懐かしさと、若干の寂しさを感じつつ、アランはうなずく。

 ――そして、当然の疑問に、ふと、思い至る。

「あの、ダンカンさん――」

 ビアンカはどうしていますか、と尋ねようと口を開きかけた、そのとき。




「ただいまっ、お父さん!」




 その、大輪の花が咲くような華やかな声を、アランは耳にした。



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