『彼女』の容姿は、眩いばかりに可憐だった。
橙色の外衣が柔らかに揺れ、その下に着た深緑の衣服が持ち主の躍動に合わせて陰影を作る。目を惹くのはその見事な金髪だ。三つ編みに結って背中に流した髪は、戸外からの陽光を受けてそれ自身が輝いているような印象を受ける。
それらはすべて、アランの記憶の中にある『彼女』を彷彿とさせるものだった。それでいて、今まで出逢った女性たちにも負けないくらい鮮烈で、新鮮な印象を受けた。
アランの姿を認めた『彼女』は、アランと同じく動きを止めた。愛らしく、それでいてどことなく負けん気の強そうな瞳がアランをじっと見つめてくる。
二人は、同時に口を開いた。
「ビアンカ……?」
「アラン? アランなの?」
息を呑んだのも束の間、破顔一笑したビアンカが歓声を上げながら抱きついてきた。
「わあっ、本当にアランなのね! 良かった、無事だったのね! 逢いたかった!」
「ビアンカ! うん、僕も逢いたかった!」
再会の余韻に浸る二人。十年前、サンタローズの自宅で再会したときとは比べものにならないくらいの感動が全身を巡る。
ずいぶん長い時間抱き合っていただろう。次第にアランの方が気恥ずかしさを感じ始めたとき、ようやくビアンカは離れた。
「でも本当にびっくり。アラン、すっかり逞しくなっているんだもの。一瞬パパスおじさまと見間違えちゃったわ」
微笑むビアンカ。彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいた。一方のアランは嬉しさの中に微かな憂いを秘めた笑みで、十年ぶりに再会できた幼馴染を見つめる。
ふと、ビアンカの視線がアランの足元に下りる。そこで大人しく控えていたキラーパンサーを見つめ、またも笑顔が弾けた。
「あっ、もしかしてこの子……チロルちゃん?」
「なぁご」
「うわぁっ、嬉しい! あなたとも再会できるなんて! 今日はすごく素敵な日だわ」
そう言ってビアンカはチロルの頭を優しく撫でた。チロルは気持ちよさそうに目を細める。
「いい子ね。でもすっごく立派になってて驚いた。そっか、ずっとアランと一緒に旅をしているのね」
「なごっ」
「あはは、くすぐったいってば!」
かがんだビアンカの頬をチロルが舐める。この気高いキラーパンサーが、アラン以外の人物にこれほど懐くのはいまだかつてなかった。
「良きご友人を持たれましたね」
ピエールの言葉にアランはうなずく。
ビアンカとチロルがじゃれ合う傍らで、ダンカンもまた笑みを浮かべながらアランに声をかける。
「そういえばパパスの奴はどうしたね。サンタローズの件があってずっと心配しとったんだが」
「そう、それよ!」
ビアンカが父の話に同乗する。
「サンタローズが襲撃されて、その原因がパパスおじさまだって聞いたときは、そんなの絶対嘘だと思ったもの。でも、こうしてアランがここにいるってことは、無事おじさまの疑いは晴れたってことよね?」
「となると、サンタローズで復興の手伝いか、悠々自適に隠居でもしているか、かな?」
軽やかに笑うビアンカ親子。だがすぐにアランの表情が曇っていることに気づき、笑みを消す。
「何か、あったの?」
「父さんは……亡くなったよ。魔物に殺されて」
チロルを撫でるビアンカの手が止まり、ダンカンが全身を硬直させる。小さく鳴き声を上げながら、チロルが彼らを心配そうに見上げた。
重苦しい空気が下りる。二人はしばらく声も出せないようだった。やがてひとつ息を吐いたダンカンが奥の台所を指差した。
「とにかく、座って話そう。ビアンカ、飲み物を用意してくれないか」
「あ、はい」
我に返ったビアンカが台所に走る。その後ろ姿を見つめ、アランは申し訳ない気持ちになった。
ダンカンに促され、台所の横にある居間に入る。木目が味わいを感じさせる椅子に腰掛け、ダンカンと対面した。彼の顔は先ほどと比べ一気に老け込んだように見えた。
「十年前、アルカパを出た後、僕たちはラインハットへ行きました」
飲み物を運び終えたビアンカが席に着くのを見計らい、アランは事情を話し始める。
ラインハットでヘンリー王子――今は王兄だが――が誘拐され、パパスとともに救出に向かったこと。その先で強大な力を持った魔物に襲われ、無惨にもパパスが殺されてしまったこと。何もできなかった自分はそのまま魔物に連れ去られて、以後十年、奴隷として働かされていたこと。その後自由を得てサンタローズへ帰還、そこでパパスの意志を受け継ぐ決意を固め、今に至ること――
話の途中から、ビアンカが慰めるようにアランの手を握ってくれた。その温かさに、忘れていた涙が込み上げそうになる。
すべてを聞き終えたビアンカたちは、静かに祈りを捧げた。「ありがとうございます」とアランは二人に頭を下げた。
重い空気を変えようとしたのだろう。ビアンカが努めて明るく言った。
「それで、アランがこの村に来たのはどうして? ここはいいところだけど、温泉以外は基本的に何もない村よ。……あ、でも最近鉱物が有名になっているかな。知ってる? 『秘湯の花』っていうんだけど」
「あ、うん。それは知っているけど、この村を訪ねたのはそのためじゃないんだ」
口ごもってしまう。どうしてか、ひどく悪いことをしているような気分になった。その理由がわからぬまま、アランは目的を告げる。
「ここに来たのは、村の人に水門を開けてもらうためなんだ。北の湖にある『水のリング』を探す旅の途中なんだよ」
「水のリング? 聞いたことないけれど、何に使うものなの?」
「……。結婚指輪、かな」
「……え?」