小説『接吻』
作者:東雲咲夜()

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 薄暗い通り道を、提灯の明かりが照らしていた。
 賑やかな雰囲気の屋台が並ぶ道に、鮮やかな着物の色が映えた。
 一つは、ゆったりとした足取りで、もう一つは今にもスキップしそうなもの。
 二人は離れないように歩きながら、お祭りの会場へと向かっていた。
 可愛らしいピンクの浴衣を揺らしながら、奈菜は歩いていた。
 本当は今にも走り出したいほどウキウキしていたけれど、姉を置いていくのが嫌だから歩いていた。
 奈菜より少し遅れるようにして友里が歩いていた。
 おしとやかな見た目とは違った赤い浴衣がとてもよく似合っていると思った。
 夏祭りなんて何年ぶりだろうか。前に来たのは、随分と幼い頃だった気がする。
「姉さん、前に来たのっていつだっけ?」
「そうね……小学生じゃなかったかしら?」
 おっとりと友里は答えた。
 そんなに昔だったのか……と思いながら、奈菜は歩いた。
 最初の頃よりも、歩く速さが増しているのは気のせいではない。
 久しぶりだと思うと、いてもたってもいられなくなったのだろう。
 そんな奈菜を見ながら友里は苦笑していた。
 小さい頃とまったく変わっていないと思いながら。その歩みは遅れぬようにと小走りになっていた。

 夏祭りの会場はとても賑わっていた。
 老若男女問わず多くの人が露店や屋台の周りに集まっていた。
 会場に着くと、奈菜は人混みの中へと走りっていってしまった。
 置いていかれる形となった友里は、何を買うでもなくゆっくりと見物をしていた。
 少し古くさい気もする、かき氷の機械。シロップが掛け放題となっていた。
 はしゃぎながら選んでいる子供の器をよく見ると、まっくろになっているものもあった。
 友里はそんなに多くは混ぜなかったけれど、奈菜がやっていたことがあった。
 奈菜いわく、見た目は悪いけど味はそこそこいいらしい。
 苦笑交じりに、歩いていく。
 色とりどりの水風船のヨーヨー。何があたるかわからないくじ。少し派手なアクセサリー。
 つやつやとして、とっても美味しそうなりんご飴。昔は不思議で仕方がなかったわた飴。
 大人になった今でも、お祭りは楽しいものだと思った。
 子供達の嬉しそうな笑顔やお店の人の気合の入っている顔。
 ふだんあまりはしゃがない友里でさえも、飛び跳ねたくなるような。
 中央にはやぐらの上に太鼓が置いてあり、いい音が聞こえる。
 その周囲では浴衣を着た人達が盆踊りを踊っている。
 友里はとりあえずとりんご飴を買って、会場の隅へと移動した。
 楽しいのはいいのだが、人混みは苦手だったから。
 あの頃ならば、関係なしにはしゃいでいたのだろうか、とふと考えた。
 今では子供に混じって騒ぐのが、恥ずかしいと思ったから。
 相変わらず、奈菜ははしゃいでいそうだったのだけれど。
 奈菜は何処へいったのかと、周りをきょろきょろと見渡す。
 浴衣の色で探そうとするものの、案外ピンク色というのは多かった。
 人が多すぎて見つけられないだけかもしれなかったが。
 探しに歩こうかと友里が考えていたときだった。
「あ、姉さんこんな所にいたの〜? ちゃんと楽しんでる?」
 そう話す奈菜の両手には、屋台の戦利品と思われる物が抱えられていた。
 くじ引きで当たったであろうぬいぐるみ、ふわふわのわた飴。
 腕から下げられている袋の中には、パックに入ったたこ焼きや焼きそばが入っていた。
 どれも二つずつあるから、きっと友里の分なのだろう。
 少し多すぎないかと心の中で苦笑しながら、奈菜に返事をした。
「奈菜はとっても楽しそうね? ねぇ、少し移動しない?」
「もう? 姉さんは他に食べ物とかいらないの? りんご飴だけ……?」
 友里の手に握られている、半分ほど食べられた飴をみて奈菜がいう。
「食べ物なら奈菜が持っているじゃない。それで充分よ?」
 そういうと納得したように軽く頷いて、奈菜は友里の手を取り歩き出した。


 奈菜に友里が連れられてきたのは、祭り会場から少し離れた所にある公園だった。
 離れたせいで、祭りの様子がより賑やかに見える。
 家へと向かう人が時折通り過ぎるくらいで、静かな場所だった。
 置いてあるベンチに腰掛けたところで、友里はあることに気が付いた。
 この場所にも、ずいぶんと昔に来たことがあるような気がしたのだ。
 なんだか、とっても懐かしい感じがするわ。いつだったかしら……
 昔の記憶を手繰り寄せようとしていると、隣に腰掛けた奈菜が言った。
「ここさ、前にも来たことあるの覚えてる、姉さん?」
 友里の記憶は間違っていなかったらしい。さらに深く記憶を辿ってみる。

 確かあれは――小学校くらいの頃だった。
 今日みたいに夏祭りのある日で、少し疲れてこの公園で休んでいた。
 その時も今みたいに、虫の声だけが響く中、二人でいた。
 あの時はまだ、私も大げさにはしゃいだりしていた気がする。
 思いっきり遊んだり、はしゃいだりしてもいい年齢だったから。
 二人で休んで帰ろうとした時に、奈菜が履いていた下駄の鼻緒が切れてしまった。
 だから私が、奈菜を背負って帰った記憶がある。
 妹よりは年上だったけれども、すごく大変だったのを覚えている。
 でも無理に歩いて、転んだり怪我をさせるのも嫌だった。
 おぶっている帰り道、後ろから申し訳なさそうに奈菜は謝っていたっけ。

「覚えているわよ。鼻緒が切れて、大変だったもの」
 友里がそういうと、奈菜は懐かしそうに笑った。
「そうそう。帰り道が大変だったよね。あの時は結構悔しかったよ」
 それは、人に面倒を見てもらった事が悔しかったのだろうか?
「歩けるっていったのに、姉さんったら背負うんだもの〜」
 そういえば説得するのが大変だった気がする。歩けると駄々をこねていたから。
 座ったまま足をぶらぶらとさせて奈菜は言う。
「でもね、姉さんには感謝してるよ? あたし一人だったらたぶん泣いてそうだし」
「そう? 奈菜は強いから、泣いたりしないでしょう?」
「それは姉さんがいるからなんだけどな〜まあいいか」
 そういうと奈菜はベンチから立ち上がった。それを見て友里も腰を上げた。
「そろそろ帰ろっか? これは家に帰ってから食べようね」
 手にぶら下げた袋をぶらぶらと揺らしながら奈菜がいった。
 いわれたから気が付いたのだけれど、結構な時間休んでいた気がする。
 先に歩き出す奈菜の後についていこうとしたときだった。
「あ……」
 思わずでてしまった声に、何事かと奈菜がくるりと後ろに振り向いた。
 歩いたとたんに、下駄の鼻緒がぷつりと切れてしまったのだ。
「鼻緒が切れてしまったみたい……でも、これくらいなら――」
 大丈夫と、いうよりも早く奈菜が隣に来ていた。
「切れてると、結構歩きづらいでしょ? 肩貸すよ」
「ありがとう」
 確かに、とても歩きづらいから本当に助かった。
「ありがとうね? 奈菜」
 友里がそういうと隣で奈菜は元気よく笑った。
「だって、あの時は姉さんに助けてもらったもの。今度は、あたしの番だよ」
 その言葉を聞いて、無性に嬉しくなった。
 こんな妹をもって、私は幸せ者だわ。
 二人でゆっくり歩きながら、そんなことを友里は考えていると。
「あ、姉さん。ちょっとこっち向いて?」
「何……」
 友里は言われたとおりに振り向くと、頬に何か柔らかい感触を感じた。
 頬に、奈菜がキスをしているのだと気づくのに数秒かかった。
「ちょ、ちょっと、何なの?」
 おかしいくらいにうろたえる友里を見て、奈菜は少し恥ずかしそうに笑った。
「あたしから姉さんへの、感謝の気持ちだよ」
 驚きが嬉しさと、誇らしさへと変わった。
「そう……ありがとうね、奈菜」
 しあわせを噛み締めながら、友里は家へと向かって歩いていく。
 姉妹そろって、二人で歩いていく。


 強かな絆 結ばれることはあれど 解けることは決してあらず
 刹那の祭りごとなれど 告げられた思いは永遠に
 密やかに 美しく 胸の奥で瞬き続ける




 
 頬の上なら厚意のキス
 
 

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