小説『鎌の骨が鳴るとき』
作者:ぽてち()

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◆『苦痛な心の傷』

・うろつく監視役



アルフレッドと私はグリウ・デ・ロから何とか生還した翌日から、自分達の部屋があるウール湖のほとりの死神荘ではなく、ジュリル海が見渡せる死神荘で暮らす事になった。
主に弐ノ使徒の位を持つ死神が住むこの死神荘は、なんだか強いオーラに守られているような感覚がする。きっと私の錯覚だと思うが。
フェリックスの提案で彼らの部屋に一時的に住まう事になった私達。今の冥界では二人より四人の方が心強い。
今回の仕事の報告書はアルフレッドが書いた。フェリックス達の言うとおり、『何も異常は無し』と記入したみたいだ。
そして私達は今、報告書を提出するため、オシリスの目の前に立っている。
もう既に私は帰りたいと思っていた。こんな尋常じゃないほど張り詰めた空気に長時間耐えられるわけがない。
漆黒と言える黒衣に全てを隠したオシリス。金や宝石がふんだんに使われた派手な玉座に腰を下ろし、無表情の顔で私達を見る。
私に死神の誘いを持ちかけた頃のオシリスとは大分印象や雰囲気が変わっていた。あの時はもっと明るい印象を受けたのだが……。
オシリスはアルフレッドが差し出した報告書に目を通し、低くて脅すような声を発した。

「本当に何も無かったのか……?」

「もちろんです」とアルフレッドが軽快に答える。「俺はまだ『貴方にだけ』嘘はついた事はありませんよ」

「ほう……。ならば行ってよいぞ」

薄笑いを浮かべ、オシリスは私達を追い払うように手を払った。
アルフレッドと私は顔を見合わせて頷き、デストリーヌ宮殿(オシリスの宮殿)から逃げるように出た。
死神荘に戻った私達は精神的にかなり疲れ、それぞれ窓側の椅子に座って溜め息を吐いていた。
そんな様子を面白そうに眺めていたフェリックスは、肘をテーブルについて笑い声を上げる。

「お前達、大丈夫か? ただ報告書の提出に行っただけなのに、やけに疲れてる顔してんな」

「当たり前だ。あんなに緊張感漂う場所に行くなんて、これから一生御免だよ」

アルフレッドはもう一度溜め息を吐き、フェリックスへ視線を移す。

「なんだか……確かに様子がおかしかったな。以前とはオーラが違うというか……」

「だろ? もう少しでジョシュアが偵察から戻って来る。……ほら、噂をしていれば帰ってきたぞ」

ガチャン、と部屋のドアが開き、いつもの様子と変わらないジョシュアが戻ってきた。
「どうだった?」とフェリックスが問うと、彼は水差しからグラスに水を注ぎ、一気に飲み干してから口を開いた。

「全然、誰も外を出歩いてない。壱ノ使徒の死神でさえも、監視役でうろつく零ノ使徒に恐れている。
だから、もし外へ行く用事があるなら、できるだけ人目のつかない場所や道を選んだ方がいい。万が一の事を考えると、外は出来るだけ出ない方がいいかもしれないけど」

「なるほどね……」とフェリックスが頬杖をついた。「確か、零ノ使徒ってアンドリューやライアンがいたよな? 全員で何人だっけ?」

「アンドリュー、ライアン、クリストファー、ドナルド……あと一人いたよね。うーん……思い出せない……」

アルフレッドが頭を抱えて悩む。
彼らの会話が進む中、私はただ黙って聞いていた。死神になってから一ヶ月。さすがに全ての死神事情を知る事なんてできない。
やはり、二十年以上の熟練の死神達の会話を聞いていると、知らない名前などがポンポンと出てくるので、聞いているだけでも勉強になる。

「そうだ、ダミアンだ! ダミアン・ドイル! 三年前に来た新参者のくせに、一気に零ノ使徒に這い上がった奴だよ!」

アルフレッドが思い出したように突然叫んだ。

「ダミアン……ドイルだって?」

彼の口から飛び出した名前に、私は思わず呟いてしまった。どこかで聞いた事があると思えば、あの人の名前だ。

「どうしたんだい、エドガー? 知り合いだとか?」

アルフレッドが聞いてくると、私は首を縦に振った。

「ああ。生きていた頃の親友の兄だよ。まさか亡くなっていたなんて……全く知らなかった」

「他人との遠い人間関係なんて、そんなもんだよ。さて、今回の事件の仮説を立てるために、皆で推理ゲームでもしようじゃないか」

アルフレッドは私の話に全く興味を示さず、勝手にゲームを始めようとした。私は少し落ち込んで肩を落とす。
私の気分をへこませた当の本人はというと、右手の人差し指を立て、いつものおしゃべりを開始する。

「オシリス様の様子がおかしくなったのは天界から使者が来た日から。なら三週間以上も前の事になるね。
使者との密談を聞いていた人の話によると、使者がオシリス様にデス・サターンの捜索を依頼していた。
そして、その日からオシリス様は死神達に本業とはかけ離れた人捜しのような依頼を任せるようになった……ここまでは合ってるよね、フェリックス?」

「ああ。その通りだ」

「なら、一つ不思議な部分があるよね。それは何か。
オシリス様は女嫌いだ。それから、天界からの使者ならば必ず女のはず。何故、オシリス様は使者を冥界に易々と入れて密談し、話を受け入れたのか。
それからもう一つ。天界からの使者ならば、天界の神アレクサンドラがその命を伝えるよう使者に命じたはずだね。
でも、何故アレクサンドラがデス・サターンの捜索をわざわざオシリス様に頼んだのか? それもどうして冥界の追放者を捜さなければいけないのか?
……ダメだ。仮説を立てるには情報が少なすぎるし、頭には疑問文しか浮かんでこないよ。こりゃ参ったな……」

推理ゲームをやりだした本人がゲームを中断する。いけない事だが、私は思わず心の中で笑みを浮かべてしまった。
アルフレッドが眉間にシワを寄せてまで深く考えていると、今まで黙っていたジョシュアが珍しく口を開いた。

「確か、昔から天界と冥界って敵対してるよな。もしかして、デス・サターンを使ってアレクサンドラは冥界を滅ぼすつもりだとか……」

アルフレッドはジョシュアの発言に耳を傾け、何度も頷いた。

「まあ、それも一理ある。天界と冥界の敵対は、女と男の敵対みたいなもんだし、オシリス様の女嫌いもそこからきてるしさ。
それに冥界には子供もいない。全ては子供も苦手なオシリス様が決めた事……。
だが、何でオシリス様は女か子供かもしれない使者と簡単にも密談したのかが問題だ! こりゃ、使者の素性を調べる必要があるかもね……」

「なら話は早い!」とフェリックスが立ち上がった。「さっさとソイツを調べて、天界の真意を探ろうぜ」

「死にに行く気かい、フェリックス?」

アルフレッドが首を横に振り、彼に座れと手を上下に振った。

「今回の事件はそう簡単に解決できるものじゃない。それにジョシュアが言った事が本当ならば、きっと天界は厳戒態勢のはずさ。
そこにたった四人の死神が行ったらどうなると思う? 一瞬で成仏さ。そんな事態にならないためにも、まずは作戦をきっちり組み立て――」

彼がそこまで言ったまさにその時、部屋のドアが思い切り開き、あちこちに傷を作って血を流したギルバートが焦った様子で飛び込んできた。
そして私達四人の顔ぶれを見回し、叫んだ。

「ちょっと手、貸してくれねぇか! 早く行かねぇとジムが危ないんだよ!」

何がどう危ないのかわからなかったが、彼が必死で助けを求めにくるほどだ。きっと相当危険な状態なのだろう。
私達は有無を言わず鎌を持ち、部屋を飛び出してギルバートの後を急いで追った。
五分ほど経った頃だろうか。金属がぶつかり合う鋭い音が響き渡る中、二人の死神が激しい戦闘を草地で繰り広げていた。
口元以外を黒いローブで隠した長身の男と、息が上がり、頭から出血しているジムの二人。最初から見ていなくてもジムが押されている事は一目瞭然だ。

「決闘……? いやでも、剣じゃないし……どうして?」

私はアルフレッドに聞いてみると、彼は謎の男を睨み付けて言った。

「大方、任務を断ったところだろう。そしてアイツは……断った死神を始末する零ノ使徒だ」

言い終えたアルフレッドは鎌を持ち直してジムの元へ向かって行った。同様にフェリックスやジョシュアも応戦する。
一人取り残された私。鎌は持っているが、戦い方を知らない。困った。どうすればいいのだろう。まともな戦闘経験が無い私が行ったら、邪魔になるだろうか。
頭の中で悩みに悩んでいると、あの男が私の方へ突撃してきた。アルフレッドが叫ぶ。

「そっちに逃げたぞ、エドガー! 殺せ!」

男は五対一で分が悪いと思ったらしい。迫ってくる男に私はとにかく鎌を横に振った。

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