小説『鎌の骨が鳴るとき』
作者:ぽてち()

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◆『死神の意地』

・死神の希望は……



ベルク国の山奥に逃げるようにやって来た私達。既にこの時、頭の中は複数の情報でこんがらがってしまっていた。
もう何十年も使っていなさそうな古い山小屋に入るが、部屋の状態はまともに話ができるものではなかった。
仕方なく私達は掃除をし、傷んだベッドの布団や埃がかぶった床、蜘蛛の巣を清掃してそれぞれ椅子や床に座り、火を灯した暖炉を囲む。
しばらくの間、頭の中を整理するために沈黙が続いた。
パチパチと薪が燃える音が鳴る中、ようやくの事でアルフレッドが口を開いた。

「冥界で誰も出歩いてなかったっていうのは、本当は出歩いていないわけじゃなく、アレクサンドラに殺されていたんだな……。
何も知らないで……何もしてやれないまま俺が生き残って……なんて情けないんだ……」

組んだ腕に顔を埋めるアルフレッド。フェリックスが暖炉で燃え盛る炎を見つめながら言う。

「過去をどうこう言っている場合じゃないぞ。今、この状況をどうやって打破するか。どうやってアレクサンドラの陰謀を打ち消せるか。
今はそんな事より、こっちの方を考えるべきなんじゃないのか? 過去を悔やんでも、過ぎた事だし、その時間に戻れるわけじゃないしさ」

「過去は過去。今は今」とジョシュアが呟く。「冥界と死神の希望を託されたんだ。俺達はそれに応えなければいけないと思う」

ギルバートが話を受け継いで続ける。

「冥界と死神だけじゃなくて、人間界と人類の希望も含まれてるんじゃねぇのか? ほら、アズレイなんてあの有様だったしよ……。
もう俺達の選択肢は一つしかない。やるしかねぇんだ。ジムとエドガーもそう思うだろ?」

そう彼に聞かれ、私とジムはゆっくりと頷いた。確かにギルバートやジョシュア、フェリックスの言う通りだ。もう逃げ道は無いし、泣き言は許されない。
それから私は、先程の零ノ使徒の五人が気がかりだった。彼らの言っている事を聞けば、これまで冥界をうろついていた者達は全員、変装した天使という事になる。
そして彼らは命がけで私達を逃がした。少しだけ見えたが、あの大軍はデス・サターンを目の前にするよりもずっと恐ろしいと思った。
彼らが命がけで私達を守ったのだから、私達も命がけで冥界を救わねばならない。それが今の私達の使命であり、託された重要な任務だと、私は思う。

意見が一致したものの、その後、何も行動を起こさずに夜が来るのを待っていた。
足りなくなった薪を運び、食料を探す。本当なら他の世界では食べ物などいらないのだが、何故か実体化したままのため、食べなければいけない。
読者は、どうして幽霊が食べ物を? と思うかもしれないので、私が少し説明しよう。
私達死神は人間界の住人でなくなっただけであって、今は冥界の住人だ。死んだといえど、人間が人間界で食事をするように、私達も冥界で食事をする。
だが、他の世界に行くと本当の肉体が無いため、人間界では幽霊として見えてしまうのだ。
簡単に例えるなら、人間界に住む人間……みたいなものか。肉体は無いが世界が全て同じわけではないため、冥界にいる間だけ肉体が実体化し、血が出たり、空中に浮いたりする事ができなくなる。
人間の幽体離脱のように、肉体がある時はできなくても、魂だけなら何でもできるのと同じだ。

日が落ち、徐々に辺りが暗くなり始めた。フクロウの鳴き声やコウモリが羽ばたく音が聞える。
三日月が真っ黒な空で輝き、その周りで星が誰が一番輝けるかと言っているようにそれぞれ競争するように強く光る。そろそろ秋かな……。
食事を終えた私達は、別れ際にこっそり渡された一枚の大きな地図を広げ、六人で囲むように座り、作戦を練っていた。
その地図は天界の地形や建物が記されたもので、北側の建物にバツ印が一つ、東の建物にもバツ印が一つ書かれていた。

「この印……もしかしてこれがオシリス様とデス・サターンの居場所じゃないか?」

アルフレッドが指で示した。ジムが頷く。

「ダミアン達の話が本当だとすれば、お前の言うとおりだな。だが、どちらがオシリスなのかデス・サターンなのかはわからない。
当たりを引くか、ハズレを引くか……どちらを選ぶか、これは慎重に考えねばな。
今日一日はゆっくり休んで、明日の朝に全員に意見を聞く。それでいいな?」

ジムの提案に全員が同意し、それぞれ動き出して寝床についた。
その中、私は座って机に向かい、蝋燭の光を頼りに持ってきていた道具で物語を書いていた。
皆が寝静まった頃に、アルフレッドが毛布に包まったまま横から顔を覗かせた。

「何書いてるんだい、エドガー?」

「小説だよ。書き始めたら止まらなくってね」

「どんな内容の?」

「私が死神になった時から、今までの全てさ。多分、この会話もいずれ書く事になると思うよ」

「へえ! 面白いじゃないか。でも、俺達の行動じゃつまらない小説になるんじゃないか?」

「それは絶対に無いよ。世界同士がぶつかり合うなんて、まず現世じゃ有り得ない話。これほど奇怪な話は滅多に無いよ」

「まあ……確かにそうだけどね。きっと俺達の事をそのまま書いているのなら、現世ではファンタジーとかいうジャンルに入るね。
いや、それともシリアスかな? 微妙なところだなあ……。
どっちにしろ、今日は早く寝た方がいいよ。明日から休む時間すら取れなくなるかもしれないからさ」

私が頷くと、彼は安心したように自分の寝床に戻って横になった。数分たらずで寝息が聞えてきた。
それから私も蝋燭の火を吹き消して、毛布に包まり眠りについた。




――ドンッ、ガンッ。




……騒がしいな……。




――バンッ、ドサッ。





「エドガー! エドガー、早く起きろよ!」

何かがぶつかった音の後に、私を呼ぶ小さな声が聞えた。
まだ重たい目蓋を無理矢理開けてみると、いかにもヤバイ、といったような表情をしたアルフレッドが私の体を揺すっている。

「何があったんだい?」

「……ゆっくりドアの方を見てごらん。冥界の裏切り者がいるよ」

私はアルフレッドに言われるがままドアの方に視線を移す。
そこには死神と何も変わらない、黒いローブ、大きな鎌を持った黒髪の男が私達を睨むように立っていた。
少々長めの前髪から覗く血色の瞳と目付きが、あの恐ろしいデス・サターンを想像させる。
しかし、ここで私は疑問に思った。
確か、零ノ使徒と私達以外に死神はいないはず。どうしてここに死神が……?

「……よくこの戦乱の中、生きていられたな。褒めてやる」

男は見下した口調で言った。そして、目を細めて歩き出し、壁にぶつかったと思われるフェリックスの目の前に立って胸倉を掴み上げた。

「雑魚が指揮を執ると雑魚しか育たない。冥界はいい代表例だな。……弱者が粋がって死神とは……笑止!」

掴み上げたフェリックスをそのまま放り投げた。ジムとギルバートが下敷きになって転ぶ。なんて腕力だ。
すると、アルフレッドが鎌を持って男の目の前に立ち、百九十はあるであろう男を見上げる。コツン、と彼の鎌からぶら下がる頭蓋骨が鳴った。

「今更、何の用だ? アレクサンドラに命令されて、俺達を殺しに来たのか?」

「馬鹿を言うな。貴様らに殺す価値など無い。まあ、たかが六人の死神が集まったところで冥界を救う事などできん。
零ノ使徒も消えた、オシリスも瀕死状態、デス・サターンは我らの味方。絶体絶命と言ったところだな。面白い」

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