小説『鎌の骨が鳴るとき』
作者:ぽてち()

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◆『出会い』




私がこの世から去ったのは、二一三八年、私がまだ二十二歳だった真冬の事だ。
暴力団同士の争いに運悪く巻き込まれ、流れ弾を額に食らって私は即死した。
その当時、私が住んでいたオーバルという赤道付近の国は、まだ独立したばかりで、治安があまり良くなく、暴力団などの本部が集結するような場所だった。
そんな国を夜中にふら付いている私も悪いかもしれないが、私が路地に入った途端に銃撃戦を始める彼らも悪いと、死んだ今でも思っている。
死後、私はフラフラと漂っているうちに天国ではなく冥界に辿り着き、現世から溢れる無駄な命を刈り取る死神にならないかと冥界を統一する王オシリスから誘いを受けた。
どういった流れでこうなったのかは私にもわからないが、特に行く宛が無かった私は、興味本位で話を了承し、死神として第二の人生を送り始めた。
冥界の掟によると、死神は基本的に二人一組で行動を共にするらしく、私は享年が近い熟練の青年とチームを組む事になった。

その彼と会う約束をした七月の末。
夕方、待ち合わせ場所として言われたオーバルにあるエスティの丘に私は一足先に到着した。
よりによって命を落とした母国で待ち合わせとは少々気が引けたが、行かないわけにもいかず、私は渋々ここにやって来たのだ。
死神の正装は足を隠すほど長い黒いローブに、背丈ほどある大きな鎌だ。
実際、死んでいるため地面に付く足など無いが、何故か足が無い事を気にする死神が増えたため、冥界王オシリスが長いローブに変えたという話をここに来る前に聞いた。
鎌については、私もよく知らないが、中には刈り取った人間の頭を白骨化させ、アクセサリー感覚で鎌からぶら下げる者も居るらしい。私には到底出来ないが、きっと深い意味があるのだと思っている。
しばらくの間、丘に吹く優しい風に当たっていると、ハッキリした若々しい声が背後から聞えた。

「すみません、遅れてしまって。貴方がエドガーさんですよね?」

私が振り向くと、そこには私と同じ格好をした者が立っていた。
まだこの時点で青年とは言い切れない。
何故なら、鼻から上の顔が目が無い仮面で覆われているからだ。血で染めたかのような真っ赤な長髪に、痩せこけて剥き出しになった鎖骨と青白い不健康な肌。
そして何と言っても一番印象深かったのは、頭から突き出す灰色の二本の巻き角。
一瞬、死神ではなく悪魔ではないかと私は思った。彼と会えば、きっと誰でも私と同じ気持ちになるはずだ。

「はい。そうですけど……」

私が返事をすると、彼は鎌からぶら下がった二つの頭蓋骨を鳴らす。
そして、私の気持ちを見切ったかのようにクスクスと笑って言った。

「俺の名前はアルフレッド。享年は二十歳。今から二十四年前にゴルゴンで起こった内戦で、地雷を踏んで一瞬で終わりでしたよ。
この道既に二十四年ですが、どうも年上には敬語を使ってしまうようです。すぐに慣れると思いますけどね。
エドガーさんはどういった経歴をお持ちで?」

彼は目を輝かせながら私に質問をする。どうやら彼は、他人の経歴を聞くのが好きなようだ。
私はアルフレッドの頭から生える角に興味をそそられながら、今までの出来事を隠さず話した。
全てを聞き終えた彼は、何度も軽く頷いて私が先程から注目している角を掴んで言った。

「これ、気になって仕方がないでしょう?」

「よくわかりましたね」

「当たり前ですよ。さっきから貴方の視線が俺の角ばかりに行ってましたから。まあ、気になっても仕方がないですよね。死神に角なんて普通じゃありえませんし。
これはオシリス様が遊び半分で俺の頭に生やしたんですよ。特に深い意味とかはありません。
あ、この仮面ですか? 実は俺、両目が無いんですよ。昔からのコンプレクッスでしてね。今じゃ目玉が無くても見えますけど、さすがに目玉が無い空洞を見せるわけにはいかないでしょう? だからこの面をかぶって隠しているんです。
ああ、この頭蓋骨はですね……互いに恨み合った少年の頭です。別々にしておくのは何か可哀想で、一緒に鎌から吊るしてるという事です」

「すみません。質問してばかりで」

「いえ、いいんです。聞かれて当たり前のものばかりですから」

彼は私の質問に全て答え、ハハッと笑い、口元が緩む。凄く自然な笑顔で、目が見えなくて笑っているかどうか確認できなくても、彼が心から笑っている事がわかる。
アルフレッドは辺りをキョロキョロと見回し、東の方向に体を向けた。

「では、早速仕事をしましょうか」

しかし、私は彼の言葉に首を傾げてしまった。
私は死神になったが、まだ仕事はしていない新米死神だ。話も何も聞いていないし、どういった内容の仕事を主にするのかなどもわからない。
私がその事について質問すると、彼は教師のように説明をし出した。

「我々死神は、溢れた命を刈る事です。でも、今は特にオシリス様からは依頼を受けていません。
そこで、そのような暇な時に俺は副業をするんですよ。大きな殺人が起きる前に、最小限の犠牲者だけで済ましたり……簡単に言えば、無駄な殺生を食い止める事ですかね」

「本業とは全く正反対な仕事じゃないですか。私は死神は人を殺す事ばかりしていると思っていたんですけどね」

すると、私の言葉にアルフレッドは大きな笑い声を上げた。

「まあ、それが普通なんですよ。ただ、俺はお人好し過ぎるんです。だからついつい救いの手を差し伸べたり……というのが多々あるんです。やりすぎてオシリス様から説教を受けた事もありますよ」

彼は笑いを抑えながら話を続けた。

「じゃあ、行きましょうか。東からまた悲痛な心の叫びが聞える。まだ若い少年のものですかね……」

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