小説『鎌の骨が鳴るとき』
作者:ぽてち()

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◆『満月の復讐劇』

・復讐の根拠


静寂が漂う満月の夜。
優しい風が闇を運び、更に不気味さを増していた。
その中、アルフレッドと私は東の小さな国キルームに来ていた。
キルームは三本の指に入るほど面積が少ない国だが、面積だけが大きいオーバルに比べて遥かに治安が良い、素晴らしい所だ。私も生前に一度だけ訪れた事があるが、自分の家にいるよりよっぽど安心できた。
風が強くなり、木々がざわめき出すと、今まで黒雲に隠れていた満月が姿を現し、上空に浮く私達の背中を照らす。
月光に照らされた西洋風の大きな城。その東側に建つ塔の真っ暗な部屋に少年の姿が見えた。
アルフレッドはその少年を指差し、言った。

「あの少年だな……。恐ろしいほど巨大な憎しみという感情が感じられる……。この年で憎しみと言ったら、復讐でも考えてるかもしれない。じゃあ、行きましょうか」

アルフレッドと私はこっそりと部屋の窓に近付き、耳を澄まして中から聞えてくる声を聞く。

「ダインがドライズを殺したんだ……アイツが殺したんだ……! 自殺なんかじゃない……全部アイツが仕組んだものなんだ……!」

少年の震えた小さな声が聞えてくる。いかにも憎しみが込められた声だ。鮮明に聞える事から、窓が開いているのかもしれない。
私が黙って聞いていると、アルフレッドが満月を遮って窓際に移る。

「どうも、こんばんわ。夜更かしすると体に悪いぞ」

彼がそう言っている間、私も隙間から顔を出して部屋の状況を確認する。
毛布に包まった少年が、目を丸くしてこちらを見つめている。茶髪から覗く青い瞳が、目の前のありえない光景をどうにか理解しようと忙しくアルフレッドと私を交互に見て動いている。
その様子が可笑しくて私は笑いを堪えきれず、笑い声を漏らしてしまうとアルフレッドの軽い平手打ちを額に食らい、少々反省して黙り込んだ。
アルフレッドはお構いなしに部屋の中に入ると、少年を上から見下して言った。

「どんな事情があるかは知らないが、復讐……とか考えているだろ? だったらやめておけよ。良い事なんて何もないぜ?」

アルフレッドが優しく言ってみたが、どうやら少年の怒りに火を点けてしまったらしく、少年は動揺するどころか、アルフレッドを激しく睨み付けて怒鳴った。

「うるさい! 見ず知らずのお前に……事情も知らないお前に言われてたまるか!」

少年は平均以上の度胸を持ち合わせているのだろうか。
少年は近くに立てかけてあった剣を手に取り、刃を抜いてアルフレッドに剣先を向ける。
慌てて彼は二、三歩後ろに下がり、鎌の刃を向けて説得する。

「だから、事情は知らないって言っただろ。おっと、剣で脅したって無駄だぜ。俺達は死神だ。もうとっくに死んでるから、殺せないぞ。
それでもっていうのなら……お前の頭を貰う事になるが、いいのかな?」

後半は脅迫っぽい口調になっているが、本人はあまり気にしてないらしい。
反対に少年は死を意味する言葉に恐怖を感じたらしく、剣を下ろして鞘に収めた。
そして、顔を隠した恐ろしい面とアルフレッドが持つ鎌、更にカツン、カツンとぶつかって音を鳴らす頭蓋骨に視線を向け、首を傾げた。

「お前達は誰なんだ?」

「よくぞ聞いてくれた」

アルフレッドはヌッと少年に顔を近づけ、不気味な笑い声を漏らした。

「俺の名はアルフレッド。そしてこちらが相棒のエドガーさん。本業は首を刈る事だが、今回は副業という事で、本業とは全く正反対の事をするためにここに来た。
さあ、悩みの種を全て話せ。事情を知らないと何も助言はしてやれないからな」

彼は窓枠に腰を下ろし、悪魔のような仮面をかぶったまま少年の方をじっと見つめた。普通なら恐くて話す気にもなれないが、人並みはずれた度胸を持つ少年は、全く動じずに口を開いた。

「俺はジャズ。このキルーム国の第三王子なんだ。実は二日前、俺の兄に当たる第一王子のドライズが、城の最上階から飛び降りて亡くなったんだ。
殺人という証拠は何も無くて自殺って事になったんだが……葬式が終わった後、俺は聞いたんだ。次男のダインがキルームに潜伏する殺し屋と繋がりがあるっていう話を。そこで俺は確信したんだ。ダインが殺し屋を使ってドライズを殺したんだと!」

「……確証できる証拠が無いのに、勝手に確信してどうする」

ジャズと名乗った少年の話に呆れてしまったアルフレッドは、立ち上がって鎌からぶら下がった頭蓋骨を揺らし、私の方を向いて溜め息を吐いた。

「こりゃ、まずは証拠を掴まないとどうにもならないようですね……。思い込みの仮説だけで動いてしまったら、真実を知った後のショックが大きいので。じゃあ、早速……」

アルフレッドはジャズに向き直ると小さく、そして低い声で彼に囁いた。

「俺がもう一度ここに来るまで、絶対に何も騒ぎを起こしたりするんじゃないぞ。それから、俺とエドガーさんの事も誰にも言うな。言ったら……わかるよな?
よし、いい子だ。それではおいとましましょう」

彼は窓枠に飛び乗ると、ためらいもせずにそこから飛び降りて上へ向かう。慌てて私も彼の後を追う。
死神になってから特別な能力が身に付いたらしく、足は無いが空気を蹴って塔の屋根に辿り着いた。
青い石の屋根は、澄んだ月光に照らされて更に美しい青色となっている。
塔の中央から突き出す避雷針を掴み、アルフレッドは再び溜め息を吐いた。

「こりゃまた面倒な話に首を突っ込んでしまいましたね。兄弟内での揉め事か……エドガーさんはどう思います?」

「そうですね……やはりあの少年は次男が殺したと思い込んでしまっています。しかしまだ確信はできない。まずは彼の心の中のその思い込みを解消させる必要があるんじゃないですかね」

「さすがエドガーさん。良い線いってますね」

「ありがとう。でも、なんかその敬語がぎこちないかな。どうぞ、普通に喋ってくれて結構ですよ。私も敬語はあまり慣れないので窮屈で仕方がない」

「ならばお構いなく喋らせてもらいますね」

アルフレッドはゴホン、と一度咳払いをして話を続けた。

「なんだか敬語からすぐに切り替えるとぎこちないな……。
えっと、まずはエドガーが言った『思い込みを解消させる事』、それは何よりも先にしなければいけない。だけど彼が言っている事が本当かもしれないから、とにかく情報収集をして検討してみよう。
そうだな……、一番気になった『殺し屋』について調べてみようか。確かキルームには殺し屋集団があるはずだから、そこから探ればどうにかなりそうだ」

それから私達は城の近くにあった誰も使わない空き家に移動し、丁度そこの窓から見える城の裏側を見張り始めた。
アルフレッドはじっと凍ったかのように何も無い城の裏側を見つめ、私と口を利いたのは四時間ほど経った早朝の事だった。

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