小説『IS〜world breaker〜』
作者:山嵐()

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20 思い、様々に

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「逃がしませんわ!」

セシリアは手に持ったスナイパーライフル『スターダスト・シューター』の引き金を再び引いた。
しかし福音の速さに翻弄され、まったく狙いが定まらない。
強襲用高機動パッケージ『ストライク・ガンナー』を装備しているため、6基のビットは射撃機能を封印し、完全にスラスターとして使用している。
福音の高弾がセシリアに向けて発射され、なんとかそれをかわして反撃に転じるも、やはり相手の機動力とこちらの連射力の少なさが影響してか、放った弾丸は雲を貫くばかりである。


『お前は気負い過ぎだよ。肩の力抜いて、勝ち負けだけじゃなくもっと大切なものを見ろ』


あのとき、自分は確かに気負い過ぎていた。
『勝ち』にこだわっていた。
それが一番大切だと思い込んでいた。
しかし、信はそれが間違いだと気付かせてくれた。
だから、今度は自分が気付かせる番。
信だけが辛い思いをする必要はないと。

「すぅ……はぁ……」

引き金を引きながらセシリアは深呼吸をした。
また、気負い過ぎているだろうか。
信に気付かせなければ、と。
………いや、違う。
絶対に。
なぜなら。
セシリアはまた引き金を引いた。

「大切なもの、あのときからずっと見えてますもの―――」







「本当に嫌になるわね………!この機動力……!」

そう言いながらも鈴は攻撃の手を緩めない。
しかし福音はまるで踊っているようにそのすべてを避け続ける。
軍用ISだけあって、速い。

「それでも!」

自分は知っている。
信はもっと速い。
そして、強い。


『泣いてる女ほっとくよりマシだ!』


鈴の頭のなかに信の声が響く。
そうえば、初めて信に助けてもらった時、泣いてたんだっけ。
今だって悲しい。
信に何もしてあげられなかった気がして。
気付くと戦闘中だというのに視界が涙で曇った。

(信………泣いてる女の子、ほっとかないでよ………)

グイッと涙を拭い、再びはっきりとした視界が上昇して行く福音を捉える。
信と一緒にいられる時間はまだまだ有る。
絶対に。
何もしてあげられないなんて思わない。
思っちゃいけない。
信にはたくさん心配をかけた。
これ以上は心配なんてさせない。
この戦いが終わったあとに信にしてあげられることは、ただひとつ。

「あたしを泣かせた責任、取らせてあげるわ―――」







無数の弾丸が迫ってくる。
シャルロットすぐさまそれを防御パッケージ『ガーデン・カーテン』を展開して防ぐ。
すぐさま左手にアサルトライフル『ガルム』を呼び出し、敵に向かって弾丸を浴びせる。
福音もまるで対抗心を燃やすようにエネルギー弾を連射し始める。
ライフルを持ったまま、再びそれをシールドで防ぐ。

「くっ……!でも!」

シャルロットは決して退かないのは、ただ単にシールドがあるからではない。


『絶対……絶対に、お前を助ける』


信がそう言ってくれたとき、とても気持ちが楽になった。
しかし、いつの間にか自分の中に甘さも作っていたのかもしれない。
『どんなときも信が助けてくれる』と、どこかで思ってしまったのかもしれない。
それでも、信が隣にいて守ってくれることが本当に嬉しくて。
こんなに心から笑える日々が来たことが嬉しくて。
でも、命に関わるような怪我をしているにも関わらず、他人の笑顔を見るためにボロボロの体で戦いに行こうとする信を見て、思った。
自分は信を笑顔にできていただろうか、と。
正直、自信がない。
だからこれからは。

(僕はね、信………)

シャルロットは福音が手を休めたわずかな隙を見逃さず、両手にマシンガンを展開して弾丸の雨を降らせる。

「信にも笑っていて欲しいんだよ―――」









『お前を独りになんかしない!!』

ラウラはレールガンで絶えず福音を狙い撃ちにしながら、信のことが頭から離れなかった。
信は言葉通り、自分を孤独から救ってくれた。
それまでは一人でいることが当たり前で、それは自分が強いからだと疑うことをしなかった。
しかし、信は違った。
信の周りには必ず誰かがいて、それでも信は強かった。
自分の中にある強さの定義に当てはまらない信が不思議だった。

(……そうか……)

ラウラにとって強い者の勝利は当たり前のものであり、特に感情を抱くことはなかった。
少なくとも今までは。
しかしあのとき。
信が大怪我をして帰って来たとき。
悔しかった。
そして、悲しかった。
信は勝ったというのに。
それが今、やっとわかった。

「今はお前が独りなのだな………」

独りで偵察に行き、独りで戦って、独りで勝って、独りで怪我をして、独りで生死をさまよって。
知らず知らずのうちに信を独りにしてしまったことが悔しくて、悲しかったのだと。
今度は自分が信を救う。
信が自分を救ったように。

「私にはお前がいて、お前には私がいる。異論は認めん―――」









力とは何か。
箒はわかっていたつもりだった。
かつての過ちから学んで、同じ過ちを二度と繰り返さないはずだった。

(それなのに……私は……!)

この紅椿で得た力は箒の力ではなかった。
自分は弱いままだった。
それが許せない。
福音を倒すことで自分を許すことも、一夏たちに許してもらえることも無いことはわかっている。

(ただ自己満足かもしれない!だが、これがせめてもの償いだ!!)

刹那、福音に斬りかかる。

「もらったぁぁ!!」

雨月と空裂を福音の両肩に叩きつける。
バチバチと火花が散り、刃が福音の装甲に確実に食い込んだ。
しかし。

「ギ……ギギ……」

「なっ!」

福音が刀をつかみ、無理矢理引き離そうとする。
手の装甲が焼ききれることも構わず、二つの剣をつかんだまま、福音は箒と共に上昇していく。

「箒!武器を捨てて離脱しろ!」

「「箒!」」

「箒さん!」

みんなの声がオープンチャネルから聞こえる。
敵の羽にバチバチとエネルギーが集まっていくのを間近で感じていた。

「くっ……!」

2度目の福音撃墜に参加すると決めた時、どうしようもなく怖かった。
命令違反を犯すことではない。
再び自らの力を過信して、誰かを傷付けてしまわないか、それが怖くて怖くてしかたなかった。
だが、思い出した。


『怖がってたらずっとこのままだ。それだけは間違いない』


信が言いたかったのは、ただ怖がらなければいいというのではなかったのだと思う。
怖がって怖がって怖がって。
何もできない、失敗してしまうと考えて自分の殻に閉じ籠って。
それでも、その恐怖を抱え込んでも、克服しよう、挑戦しよう、再び立ち上がろう。
きっと、そういう風に覚悟を決めることに対して怖がるなと教えたかったのだ。


『力を手にしたら弱いやつのことが見えなくなるなんて………どうしたんだよ、箒。らしくない。全然らしくないぜ』


自分らしさなんてはっきりとはわからない。
でも一夏が。
あの一夏が見つけてくれた自分らしさがあるなら。
力を手に入れて、その『らしさ』を失ってしまったとしたら。
一夏が隣で笑っていてくれるのなら。
一夏と共に戦えるのなら。
私の『らしさ』を。

「もう一度取り戻す!!はぁぁぁぁ!!」

箒の強い意思に呼応したかのように赤椿の足部の展開装甲から赤いエネルギーの刃が現れる。
それを踵落としのようにして、福音の左翼を切り落とす。
片翼を失った福音は海へと落ちていった。

「箒!大丈夫か!?」

「私は……大丈夫だ……」

福音が落下した点にはすでに何もない。
最初から何も無かったように静かな波が月明かりを反射している。

「みんな………」

「どうしたの?」

「あいつらは……一夏と信は、やはり強かったのだな……」

誰も答えない。
少しだけ冷たい夜風が吹き抜ける。
一夏も信も、理解していた。
自分のためではなく、他人のためにあるのが力だと。
それを特に知っている信には、これから先もずっと、本当の意味で勝つことができないかもしれない。
力とは何か、今度こそ少しわかったかもしれない今であっても。

「それでも……」

箒は空を見上げる。

「それでも、私は……信に追い付きたい……!」

振り向くと、4人は笑っていた。
それにつられて、箒も自然と笑顔になった。

「できるわよ、あんたなら。絶対」

「そうですわ。わたくしたち全員、信さんに追い付けますわ」

「うん!できると思うよ、僕たちなら!」

「シャルロット、できるできないの問題ではない。やるのだ。私たちは」

確かな絆がそこにあった。
これさえあれば、何者にも負けない。
箒は柔らかい微笑みを浮かべる。

(そうだ。必ず追い付く。そして私は一夏と共に――――)

その瞬間、異変が起こった。
静かだった海面が爆ぜ、巨大な水の柱が立つ。
それはすぐに消えて、中にいる物体がその姿を現す。
福音は再び胎児のように体を丸めてそこにいた。
戦い始めた時と同じように。
ただし、違うのはそのエネルギーの量。
放出されるエネルギーは海水を蒸発させ、大気を震わせる。
一番最初に状況を把握したラウラが叫んだ。

「まずい!『第二形態移行』(セカンド・シフト)だ!」

福音はエネルギーでできた翼を広げた。
翼が放つ光が5人を照らす。
それは戦いが再び始まりを告げることを知らせるのに充分なほど、冷たく鋭い光だった。









俺は砂浜にいた。
そこには少女が独り、空を見上げていた。
俺はゆっくりと少女の隣に歩み寄る。

「呼んでる……行かなきゃ……」

「えっ?」

空に向けた視線は青空と白い雲をとらえるだけで、他に何もない。
不思議に思ってまた視線を少女のもとに戻すと、誰もいない。
しばらく呆然として辺りを見回すが、やはり人の気配はない。
どこに行ったんだろうか?
首をかしげると、一気に周りは夕焼けの光景になった。
あれ?
今さっきまで青空だったのに……。
次から次へと変わりゆく状況を理解できないまま、俺は立ち尽くす。
すると、突然後ろから声が聞こえた。

「力を欲しますか……?」

振り向くと、白く輝く甲冑を身に纏った騎士の姿をした女性が立っていた。
その顔はバイザーに隠されて半分しか見えないが、妙に見覚えがある気がした。

「力を欲しますか……?何のために……?」

「ん?んー……?難しいこと訊くなぁ」

しばらく考える。
女性は答えを催促するわけでもなく、ただそこにいた。
何回も波の音を聞きながら、俺はようやく答えを出した。

「うーん……そうだな……友達を、いや仲間を守るためかな」

「仲間?」

「ああ。なんていうか世の中って結構色々戦わないといけないだろ?道理のない暴力って結構多いぜ?そういうのから仲間を助けたい。この世界で戦う仲間を」

「そう……」

「それに……さ」

俺は目を閉じる。


『必ずお前を助ける』


女性騎士の表情はまったく見えなかったが、俺が何を思っているのか、そのすべてをわかっているような感じがした。

「それぐらい言えなきゃダメだろ?」

女性はうなずく。

「だったら行かなきゃね」

「えっ?」

俺の隣には、白いワンピースの女の子が立っていた。

「ほら、ね」

俺の手を握り、引っ張る。
そして、世界が白い光に包まれた。









「キァァァァァ!!」

福音は獣のように咆哮する。

「逃げ―――」

ラウラの言葉は最後まで聞き取れなかった。
福音のあまりの速さに反応できず、ラウラが両腕を捕まれる。
そして福音が光弾を放つ。
捕まっているラウラにそれを避けるすべはない。
ラウラは冷たいエネルギーの雨を浴びて、海へと落ちた。

「ラウラ!よくも!!」

鈴が衝撃砲で福音を狙うも、当たる当たらないの問題ではなかった。
速すぎて狙いなどつけることができず、『撃てない』のだ。
そして、鈴の視界から福音が消えた。

「――――!!」

振り返りざまに防御体勢を取ったのは本能だろうか。
それとも過去の経験がなせる反射的なものだったのか。
どちらにせよ、鈴の判断は正しかった。
無慈悲に放たれた無数の光弾が鈴に当たり、爆発する。
鈴も眼下に広がる海へと落下していった。

「鈴!」

「ァァァァァ!!」

「!?」

福音が箒に向けて撃ったのは一点突破を追求した、エネルギーを集合させて放つ光線だった。

「ぐっ……!」

箒は驚愕のあまり、ほんのわずかな間動きを止めてしまう。
体に衝撃が走り、気付いたときには逆さまになって落下していた。

「箒!」

「箒さん!」

間髪いれずに第2射がシャルロットへと放たれる。
シャルロットはシールドを展開してそれを防ぐも、それは一瞬だけで、すぐに福音の放った光はシールドを破ってシャルロットを吹き飛ばした。
4人目を撃墜するやいなや、目標を変えた福音は両手両足の計4ヵ所のスラスターを同時に使って瞬時加速。
通常の瞬時加速と比べ物にならない速度でセシリアに迫る。

「なっ……!」

とっさに銃口を向けるも、その砲身は真横に蹴られてしまう。
そして素早く福音の翼がセシリアを包み、ゼロ距離で攻撃を受ける。
また1人、まるで敗者を受け入れるかのような広さを持つ海へと落ちていった。









箒は暗闇の中にいた。
光の見えない、ただひたすらに暗い闇。
そこで思ったことは単純だった。



―――会いたい。



―――一夏に、会いたい。



―――会いたい……会いたい……。



―――……一夏……。



『箒』



そのとき、光が見えた。
白く、明るく、闇を照らす決して消えない光が。

「い……ちか……?」

痛みで顔を歪めながら、目を開ける。
落下した所は小島のようなところで、箒の周辺は落下の衝撃でクレーターのようになっていた。
そして、ぼんやりとした視界がとらえたのは、紛れもなく一夏本人だった。

「おう。待たせたな」

「一夏………一夏っ!一夏なのだな!?体は、傷はっ……!」

「大丈夫だ。みんなには止められたけどな」

箒は目の前に一夏がいるのが信じられなかった。
でも、いる。
元気な姿でまた戻ってきてくれた。

「よかった……!本当に……!」

「なんだよ、泣いてるのか?」

「なっ、泣いてなどいない!」

一夏が優しく箒を撫でる。

「ほら、これ使えよ。やっぱり、いつもの髪型の方が似合ってるぞ」

「え……?」

一夏の手にはリボンが握られている。

「誕生日、おめでとう」

「あっ……」

今日は七月七日。
箒の誕生日だ。
そんなことなど頭から吹き飛んでいたから、箒は驚きの声をあげる。

「じゃあ、行ってくる。まだ終わってないからな」

そう言って、白式第二形態・雪羅(せつら)を纏った一夏が福音の元へと飛び立っていった。









福音が新たな機影を見つけ、迎撃行動に移る。
無数の光弾が放たれ、空を明るく照らす。
避けきれないが、そんなこと問題ない。
俺は左手に新たな武器を得た。

「雪羅!!『シールドモード』に切り替え!!」

左手を突き出すと零落白夜を利用したシールドが展開され、福音の攻撃を防いだ。
これで、福音の攻撃をすべて無効化できる。
俺が福音のあとを追おうとすると、みんなが集結した。

「すまん。回復に手間取った」

「さぁ、反撃のお時間ですわよ」

「ラウラ、セシリア……」

「一夏さっさと片付けちゃうおうよ」

「エネルギーは充分。僕たちの心配はいらないよ」

「鈴、シャルロット……」

頼もしい仲間が、俺にはいるんだ。
これほど心強いことはない。

「よーし!行くか!!」

俺たちは決着をつけるべく、福音のもとへ向かっていった。









「一夏……」

飛び立っていく一夏の後ろ姿を見て、箒は願った。

(私は、一夏と共に戦いたい。あの背中を守りたい!)

すると、紅椿の展開装甲から赤い光に混じって黄金の粒子が溢れ出す。

―――ワンオフ・アビリティー『絢爛舞踏』(けんらんぶとう)

ハイパーセンサーに表示されたエネルギーがみるみる回復していく。

「行くぞ!紅椿!」

一夏から渡されたリボンで髪をまとめ、みんなのあとを追う。
もう迷いはなかった。









「うおおおお!」

「キィィィィ!!」

俺と福音がぶつかってははなれ、防御しては攻撃しを繰り返す。



――エネルギー残量20%。予測稼働時間、3分。



「くそっ!このままじゃ……!」

焦りで俺はじわじわと追い込まれていく。

「一夏!」

「箒!?」

「話はあとだ!これを早く――――」

箒の手が俺の手に届くというその時。

「キァァァァァ!!!」

福音の全方位攻撃の体勢に入った。
まずい!

「箒――」








ズバッッッ!!







「「「!?」」」

俺たちと福音の間の空間が明るい光を放つ斬撃で切り裂かれる。
俺と箒を含め、鈴も、セシリアも、シャルロットも、ラウラも、それに福音も衝撃波が飛んできた方向を見る。

「まさか……!」

ハイパーセンサーが遥か彼方から超スピードでこちらに向かって飛んでくるISをとらえる。
闇に溶け込むような真っ黒な機体。
だけど、誰よりも強い希望の光を纏っている。
するとオープンチャネルで声が聞こえた。

『水臭いぞ。俺も誘えよ』

いつものあの調子だ。
変わらない。
だからこそ、なんだろうか。
こんなに安心できる。

「「「「「「信!!」」」」」」

喜びと驚きと。
感情のままに名前を叫んだ。

「箒!一夏のエネルギーを回復させろ!俺が福音を止める!」

信はそう叫んで福音にぶつかっていった。









俺は体が軽かった。
全ての痛みと不安が消え去っている。
俺の中のモヤモヤしていたものにすべて納得がいった。
それは今回、『伝えられた』ことがいくつかあるからだ。


まず瞬光について。
もともと『第一世代』として開発されたこの機体は『ISの兵器としての完成』をコンセプトにしてあるので、現行のISにはない実験的な装甲、武装、能力がある。
それらは『ある科学者』の興味本位で創られたもので、それにより操縦難度がケタ違いになり、普通の人間には使いこなせなかった。
だから『特殊な』俺を待っていたのだ。



そして、朧火がなぜ『種別:その他』の武器なのか。
答えは、ある一定の決まった種類に『分類できないから』ではなく『すべてに分類されるから』だ。
一は全、全は一。
朧火はすべての武器であり、すべての武器は朧火なのだ。
いつだって、俺のイメージが朧火に反映された。
だから、俺がイメージすれば『なんにだって』なれる。


最後に、自分の視力が極端に上がっていることだ。
今、俺の眼は残像ができるぐらい金色に光っていた。
闇夜を照らすこの眼は、ただ単純に遠くがよく見えるだけじゃなく、動体視力や視野の範囲が大きく広がっている。
そして他人を捉えると数秒で心を読める。
いや、心が『視える』。



―――コアシンクロ率上昇、98.48%



―――エネルギー増大。敵機補足。朧火、展開。



「全力でいくぞ!出し惜しみはしない!」



――了解



福音が獣のような叫び声をあげ、無数のエネルギーの弾丸を飛ばしてくる。
俺はそれがひどく遅く見えた。
これならかわせる。
手足のスラスターを使い、弾幕のあいだを縫うようにしてそのすべてをかわす。

「キィィアァァァァ!!」

「くらえ!」

朧火から出た斬撃が敵に向かって飛んでいく。
福音は直撃こそ避けたものの、エネルギーでできた翼の片翼を切り落とされてバランスをくずす。
さらに、回避行動を優先したために俺を見失った。



バキィッ!!



ふっとわいて出たように、後ろから回し蹴りをくらわす。

「遅いぞ!手加減してんのか!?」

「ギ、キ……キァァァァ!」

失った翼が一瞬で生える。
その瞬間、オープンチャネルで通信が入った。

「信!援護する!」

ラウラの砲撃が福音をかすめる。

「ラウラ――ッ!逃げろ!」

目標を変更し、ラウラに向かって光弾を飛ばし始める福音。
砲撃に集中しているラウラがそれから逃れるのは不可能だ。
なら……!

「一夏!箒!福音を頼む!!」

「ああ!」

「任せろ!」

福音を2人に任せて俺は瞬時加速でラウラの元へ一気に近付く。

「くっ!」

「ラウラ!」

弾があたった大地が爆発する。
ラウラを抱えた俺はすでにその場所にいなかった。

「ふぅ……危ない危ない……」

「し――」

「この目か?お前の右目と一緒だ。なっ?こうしてみると綺麗だろ?」

ラウラが口を開く前に話を続ける。
会話をしなくても、考えていることが手に取るように分かった。

「安心しろ。本当に大丈夫だ。なんてったって、俺はお前の『嫁』なんだろ?」

笑って再び戦場を見ると、福音の攻撃が
まさに一夏たちに放たれようとしていた。

「力を貸せ!瞬光!」

俺の肩にレールガンの形の朧火が展開される。
ふと、束博士の言葉を思い出した。

『霞がかった朧のように変幻自在、そして不透明。燃え上がる火のようにその勢いはとどまるところを知らず、知らぬ間にすべてを焼き尽くす―――』

「なるほど………改めて納得だ」

表示されるカーソルの中心に、福音を捉える。
そして、放った砲撃は見事に敵の腹部を貫いた。

「よっし!じゃ、行ってくる!」

金色の眼光の残像を残して、俺は眼の端に映ったセシリアを助けに向かう。
すでに福音は一夏と箒を退け、新たな攻撃対象としてセシリアを選んだのだった。
そして今、奴がエネルギーのチャージを終えて極太レーザーをセシリアに放つ。

「!?くっ……!」

「セシリア!」

間一髪、セシリアを片手で引き寄せて光線の放たれたエリアを離脱する。

「信さ――」

「わかってるよ、セシリア。大丈夫だ」

しかしそこへ福音が連続して光弾を撃ち込んできた。
どうやら些細な会話も許してくれないようだ。

「ちっ……!セシリア、武器借りるぞ!」

左手でセシリアを抱き寄せ、朧火が空いた右手にスナイパーライフルを、周りに小型ビットを構成する。
ビットによる射撃が福音の反撃の機会を奪うと同時に移動範囲を狭め、機動を予測しやすくする。
俺はスナイパーライフルの引き金を引き、福音を撃ち抜いた。

「キァァァァァ!!!」

怒ったように身を震わせ、福音が最大出力で全方位射撃を行う。
ハイパーセンサーが海上の鈴とシャルをとらえた。
このままでは2人があの光弾の雨をもろに浴びてしまう。

「信さん!あちらを!」

「ああ!」

セシリアを離し、すぐさま瞬時加速で2人のもとに駆けつけて、飛んでくる光弾を楯のように変形させた朧火で防いだ。
光弾は朧火のエネルギーで相殺され、ダメージは皆無。

「無事か?2人とも」

「信!僕――」

「お前が心配してくれたのはわかってるよ。ありがとな。言ったろ?必ず守ってやるって。それに鈴も」

「なんかあたしは――」

「ついでみたいだって?そんなわけないだろ。鈴、お前も守ってやる。あと武器借りるぞ、2人とも」

両肩に衝撃砲、両手にはマシンガンを二丁かまえ、同時に攻撃を始める。
どちらも朧火が形を変えたものだ。
福音の回避先をうまく誘導し、『ポイント』に誘い込む。
この誘導した『ポイント』は別に最初から決めていた訳じゃない。
俺たちの位置関係から最も適切で、有効な一撃を与えられる所を今判断したのだ。
そして、その有効な一撃を与えるのは――――

「頼むぞ一夏ぁ!」

「うおぉぉぉぉ!」

俺の呼び掛けに答えて一夏が瞬時加速で福音をとらえる。
だが紙一重で攻撃をかわされ、再び距離が開く。
さすが軍用ISだけあって、機動力がとてつもない。

「はぁぁぁぁ!」

今度は箒が近付き、鋭い一振りを叩き込む。
だが福音はそれを掴み、逆に箒を逃がさないようにした。
福音の羽に集まったエネルギーが青白い光を放つ。

「貫け!朧火!」

槍に変形した朧火が福音のもとへ伸びていく。
その途中で何本にも分岐し、360度死角なく福音を襲う。
箒に当たらないよう細心の注意を払い、俺は朧火にイメージを伝えた。
だが危険を察知したのか、すぐさま箒を離して回避行動した福音は上昇、俺たちと距離をとった。

「待て!」

一夏がそれを追って行く。
俺も後に続こうとしたその時。

「信!」

振り向くと、鈴、セシリア、シャル、ラウラが空中に立っていた。

「わかっ――」

「ダメ!最後まで言わせて!」

シャルの必死な声に少し驚く。

「あんたずるいのよ!いつも!」

「わたくしたちのことはいつも助けてくださるのに!」

「私たちにはお前を助けさせてくれない!」

「僕たちだって、助けたいんだよ!」

みんな……。
今だったらわかる。
どれくらいみんなが心配してくれていたのか。
不安だったのか。

「ごめん………それよりお前らは――」

「ほら!また自分のことなんて考えないで僕たちのこと心配してるでしょ!」

「わかったよ……そうだな。そうだよな」

織斑先生の言葉が頭に響いた。



『誰かを助ける人間は必ず、誰かに助けられている。お前だけが特別な存在じゃないんだ―――』



金色に輝く目でみんなの顔を一人ずつ見る。
俺が助けた人たち。
そして俺を助けてくれる人たちでもある。
俺は……。
うまく言葉にできなかったが、それでも、言いたかった。

「俺を助けてくれ、支えてくれ、そばにいてくれ。これからも、ずっと。だから、俺も守り続けるよ、ずっと……」

全員がニッコリと微笑む。
今までで一番いい笑顔だった。

「「「「もちろん!」」」」

俺も微笑みを返し、何度もぶつかり合って火花を散らす銀と白と赤を見つめ、オープンチャネルの回線を開く。
すでに3機のISは、ハイパーセンサーの補助なしではとらえられない距離まで離れていた。

「一夏!俺が隙を作る!お前はとどめの一撃だけに集中してろ!箒、一夏の守りは任せた!」

『わかった!』

『了解!』

もう一度、振り返る。

「援護、頼めるか?」

「はい!」

「うん!」

「もっちろん!」

「任せておけ!」

俺たちは明るくなりつつある夜空を目指して、高く飛翔した。









「キィィィィ!!」

まっすぐに延びていく光線が雲を貫き、闇を切り裂く。
そのままどこまでも進んでいくだろうというような勢いだったが、突如福音の攻撃が何者かに起動を変えられ、海面に水柱を立てながら吸い込まれていった。

「!?」

「お前の相手は俺だ」

淡い光を纏った右手を横に伸ばして、信が福音と向き合い睨み合う。
福音は悟った。
こいつはすぐさま撃墜すべきだと。

「アァァァァァ!!」

「……武器、借りるぞ」

信の背中に朧火の粒子が展開される。
暖かい光を纏ったそれは巨大な翼の形に収束し、まるで最初から生えていたかのように瞬光と調和した。
溢れるエネルギーが光の雪のように翼から落ちる。
見るものを圧倒するほどの存在感は、オリジナルの武装のそれを遥かにしのいでいた。

「キァァァァ!!!」

「迎え撃つ!」

福音が次々と撃ち込む弾丸を、信の意思に答えるように背中の翼から発生した無数の弾丸が1つ残らず相殺した。
まばゆい光は戦場を明るく照らし、辺り一体が朝になったような錯覚を引き起こす。
空中でお互いのエネルギー弾がぶつかり合い、1つ1つの爆発が集まって、巨大な爆発になる。

「ギギギィィィィ!!」

先程の連射とは異なり、翼から放たれた一本の太いエネルギーの本流が視界を遮っていた爆煙を貫く。
ビームの通ったところの爆煙が晴れて、向こう側にいる信も同じようにエネルギーの束を発射しているのが見えた。
互いの光線がぶつかり合い、再びまばゆい光が空に満ちる。

「ギキッ!?」

「くっ……!」

互角。
俺と福音の距離の中点で大爆発が起こり、互いに爆風で吹き飛ばされる。

「鈴!セシリア!」

「任せなさい!」

「了解ですわ!」

「!!」

衝撃砲とスナイパーライフルから放たれる弾丸がバランスを崩した福音に命中。
福音は攻撃方向に反転し、反撃を試みる。

「ラウラ!シャル!」

「了解!」

「任せて!」

シャルが福音の攻撃から2人を守り、ラウラが攻撃で動きを止めた福音にさらにレールガンの弾丸を撃ち込む。
たまらず福音が上昇し、空域を離脱しようと試みるが。

「チェック・メイト!」

すでにその進行ルート上には信が待機していた。
最高速度で離脱を試みた福音は急には止まれない。



ガキィィン!



かかと落としが炸裂し、福音は真下に飛んでいく。
なんとか体勢を立て直し、睨むように見上げて攻撃を仕掛けようとするが、福音が注意すべきは上ではなく後ろだった。

「はぁぁぁぁ!」

「!?」

振り向いたときにはもう手遅れ。
福音の両翼が箒の刀で切り落とされる。
これで、反撃は封じた。
チャンスは今しかない。
あとはあいつ次第。

「外すなよ!!一夏ぁ!」

「任せろぉぉぉぉ!」

刹那、福音に零落白夜の刃が突き立てられる。
福音が押し返す力と白式が押しきろうとする力が釣り合い、空中で静止する2機。

「うおおおおおお!!」

そのまま一夏がブースターを最大出力まで上げる。
だが福音も一夏の首に手を伸ばし、その鋭い指先を食い込ませる。
同時に、雪片弐型がその切っ先を福音の装甲に沈ませた。

「「「「「「いっけぇぇぇぇぇ!!」」」」」」







ギギギ……バキィ!







何か砕けるような音がして、福音が停止した。
アーマを失い、スーツだけの状態になった操縦者が海へと墜ちていく。
それはすなわち、戦闘の終了の合図でもあった。










「っと!」

俺は海面ギリギリで操縦者をキャッチする。

「!?痛っ……!」

人の重みを受け止めた両腕が鋭い痛みに襲われる。
どうやら無理がたたって腕が折れたようだ。
しかも痛み具合からすると、両方。
意識し始めると身体中が痛みに悲鳴をあげ始める。
腕、腹部、足………。
俺も無事ではないらしい。
ふと海面に視線を落とすと、俺の姿が映っていた。
目はいつもの黒い瞳に戻り、頬には絆創膏、その他体の広範囲に包帯が巻かれている。
なるほど、みんなが心配するのもうなずける。

「信!よかった……」

みんなが俺のもとに集まってくる。
一人一人の顔を見渡し、不思議なことに気付く。

「あれ?みんな、なに考えてんだ?」

「は?」

さっきまで何もかも手に取るようにわかったのに、今はその感覚がない。
それどころか、みんなの心が読めない。
おかしいな。
いつもなら内容まではわからないにしろ、何を考えてるかぐらいはわかるのに。
近くにいた鈴に福音の操縦者を手渡し、改めて首をかしげる。
すると、不思議そうな顔をしていたみんなが一斉にため息をついた。

「それぐらいで済んだら安いもんじゃない」

「どうせ、心が読めたって信はどこかずれてるしね」

「本当、信さんには手を焼かされましたもの」

「うむ。自業自得だな」

「何だかんだで良かったのではないか?信」

みんながニヤニヤして口々にそんなことを言う。
……女子ってひどい。
俺は身も心もボロボロですよ、ホント。

「要するに、信はバカだってことだな」

「いや要してねぇよ!ただ俺をバカ呼ばわりしたいだけだろ、一夏!」

「さあ?心を読んでみたらどうだ?」

「わかんないって言ってんだろ!なんかみんな俺に冷たくない!?」

俺以外の全員が声をあげて笑う。
しばらくむっとしていた俺も、気付くと笑っていた。
夜の暗い闇を切り裂いて差し込んできた日の光に包まれた世界で、俺たちの笑い声はとても清んで響いていた。









「いてて……一夏、もうちょい丁寧に扱えよ」

信が顔を歪めながら文句を言う。

「充分丁寧だろ?お前の怪我が酷すぎるんだって」

「そうだったな……」

一夏たちは今、旅館へ帰る途中だった。
信はISを解除すると自力では立っていられないほどに怪我が酷く、疲労もたまっていた。
怪我についてはシャルロットが分かりやすく説明していたが、信はまるで知らなかったようで、全部聞き終えたときには『なんで生きてんだ?俺……』とひきつった笑いを浮かべていた。

「信さんは本当に人に心配をかけるのがお得意ですわね」

「ごめんごめん」

「本当よ!て言うか、あんた脚折れてるんじゃなかった?なんで歩けんのよ?」

「知らん知らん」

「信?腕も折れてるよね?さっき両腕って言ってたと思うんだけど、本当に大丈夫?」

「言った言った」

「驚異的な回復力だな。流石、私の嫁だ」

「違う違う」

「信……?返事が面倒だと思ってないか?」

「ないない」

「そうだ、信!白式がセカンドシフトしたんだ!今度戦うときは負けないからな!」

「すごいすごい」

「「「「「信(さん)!!」」」」」

あまりにも適当な返事にみんなが叫ぶ。
でもみんなはとても嬉しそうな顔だった。
いつもの日々がまた戻ってきた気がして。

「悪い悪い……なんかさ……あれ…?川が見える……」

その発言にみんながぎょっとする。

「信!?その川は絶対渡るな!戻ってこい!」

ふっと、目を閉じた信があのイタズラっぽい、でも優しさが溢れているあの微笑みを浮かべる。

「冗談だ……」

みんながほっとして胸を撫で下ろすなか、信がまた話し出す。

「……お前らにはもう、充分助けられたよ……ありがとな…」

「やめろよ。なんか死にかけみたいじゃないか」

「確かに死にかけてるな……ほら、鬼が地獄門の前で仁王立ちしてるぞ…」

信が指差す先には、千冬が立っていた。
確かに旅館の入り口の門の前で腕を組んで立っている。
隣には喜びに満ち溢れた表情をしている山田先生が立っていた。
ゆっくりと歩いていき、2人の前に整列する7人。

「……作戦完了……と言いたいところだが、お前たちは重大な違反を犯した。帰ったらすぐ反省文の提出と懲罰用の特別トレーニングを用意してやるから、そのつもりでいろ」

「……はい」

戦士たちの帰還はそれはそれは冷たいものであった。

「特に真宮。お前にはより厳しいものを用意してやる。下手をすれば命が危なかったんだ。それがどれ程のものかわからせてやる」

「そりゃないですよ……俺、今も死にかけてるんですよ……」

千冬が全員に背を向ける。

「だが……まあ、よくやった……」

突然誉められたことを、いや、なぜ誉められたのかを理解できず、みんなが顔を見合わせる。
くすくすと信が笑った。

「本当に……素直じゃないですね……」

「信?」

なんだか急に信の声が小さくなった。
みんなが信の顔を覗きこむ。
意識は辛うじてあるようだが、今にもなくなってしまいそうだった。

「真宮?」

「真宮くん?」

千冬と山田先生も異変に気付く。
信の表情は穏やかで、同時にいつになく弱々しかった。

「ま、でも……みんな無事なら……よ……かっ……た……」

ガクン、と信の首が垂れる。
腕の力が抜け、脚からも体重を支える力がなくなる。
一瞬、時が止まったと思うほどの静寂がその場の全員を包んだ。

「信……?おい……おい!!嘘だろ!なぁ!」

一夏が必死で信を揺するが、反応がない。

「山田先生!医療班をすぐ呼んできてください!」

「は、はい!」

千冬の指示が出るとすぐに山田先生が飛んでいった。
信を寝かせて、みんなが涙声で名前を呼ぶ。

「信!俺はお前にまだ何にもできてないんだよ!起きろ!」

「まだ言いたいことが私たちにはたくさんあるのだぞ!こんなの……こんなのずるいではないか……!」

「信……!またあたしの料理食べてよ……!ねぇ……!」

「目を……目を開けてください……信さん…!」

「僕のこと守ってくれるんでしょ……!?お願い……お願いだから……!信……!」

「信!私もお前を一人にしない……!私の嫁はお前だけだ……!」

「真宮!起きろ!戻ってこい!……信!」

全員が一声に叫ぶ。

「「「「「「信(さん)!!!!」」」」」」

……………。
……………。
……………。
……………。
…………ぴくっ!

「え……?」

確かに。
確かに今、手が動いた。

「し……ん……?」

…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。
…………。

「………ZZzz……」

「へ?」

「……うるさい……ムニャムニャ……」

信がふふっと柔らかな笑みを浮かべて寝返りをうつ。
全員がその場にぺたりと座り込む。

「…………」

「せ、先生!織斑先生!呼んできま…………あれ?どうしたんですか?」

山田先生が息も絶え絶え、医療班と共に駆けてきた。

「山田先生……そのディスプレイを貸して下さい」

「はい?……これ、ですか?」

千冬は携帯用ディスプレイを受けとると、寝ている信の頭に振りかざす。
そして。








……ぺしっ






やさしく頭を撫でるように、それを押し付ける。

「そんなことだろうと思ったぞ……馬鹿者が……」

「……信らしいな……ふふっ……あはは!」

一夏につられてみんなが涙目で笑い出す。
今度は、嬉し泣きだった。

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