小説『IS〜world breaker〜』
作者:山嵐()

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21 いたずらには最大限の警戒を
  

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目を覚ますと、俺はまたあの真っ白い場所にいた。
またか、と頭をかきながら起き上がる。
ふと右の方に顔を向けた。

「やぁ……」

穏やかな表情をして、あの白い少女が俺のもとに近付いてきた。
きっと俺も負けず劣らず、穏やかな顔をしていただろう。

「ありがとう。助かったよ……」

「ううん。私も助かったから、お互い様だよ」

俺たちはニッコリと笑う。

「そうえば……あの子は?」

「ほら、あそこ……疲れちゃったんだね」

指差された辺りを見ると、黒い少女が身を丸めて静かに眠っていた。
お疲れ様。
声に出さずに口を動かした。

「……あのさ――」

「記憶力や運動能力がずば抜けているのは元から君の持っていたものだよ……嘘を見抜いたりできるのは私の能力……心が視えるのも、ね」

「……あれか……」

福音との戦闘時に感じたあの感覚は、忘れようもない。
みんなが次にどう動きたいか、本能的に俺が理解した感じ。
心の扉を透かして、中身を見せてもらえたような感じ。

「なんか、変な感じだよな。あれってさ」

「ふふっ……そうだね」

少女は穏やかに笑い声をあげた。
透き通るように清んだその声を聞くと、俺の体は何だか軽くなった気がする。
そうえば、と言って少女は笑みを消し、表情を少し固くする。

「……君は私を受け入れてくれる?」

「もちろん」

即答だった。
いいえ、なんて答える気などさらさらなかった。
少女がとても嬉しそうに微笑む。

「……ありがとう。それなら安心だよ。力のコントロールは君に任せようと思う……」

「そっか」

俺はとても落ち着いていた。
この場所は俺を安心させる。
そのとき、女の子の足がガクンと折り曲がり、倒れそうになった。
少女をとっさに抱き抱えて支える。
近くで顔を見ると、とても疲れているのがわかった。

「悪いな……俺のせいで……」

「大丈夫……安心したら急に……眠くなっちゃったんだ……」

「……なら、疲れがとれるまで休んでくれ。俺は平気だからさ」

頭を撫でてやると、少女は気持ち良さそうに目を閉じた。

「うん……じゃあ、ちょっとだけ……おやすみなさい」

「ああ、おやすみ……」

そして、まばゆい光が辺りを包み込んだ。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



「……いてぇ……」

背伸びをして起き上がると、両腕と腹部に痛みが走る。
だがそれ以外はどこも痛みを感じなかった。
どれくらい寝ていたのだろうか、辺りは暗くなっている。
福音を撃墜したのが明け方だったから……。
ほぼ1日寝てたのか……。
もったいなかったなぁ……せっかくの臨海学校だったのに。

「それにしても……なんか動きにくいな……」

まだ眠気の残る目をこすると、何やら肌の感触ではないごわごわした感触がまぶたを伝わった。
見れば俺の腕には包帯がぐるぐるに巻かれていて、脇腹にも同様に包帯が巻かれていた。
拳を握ろうとするが、痛くて力が入らない。
しばらくは他人の助けが要りそうだ。
また一夏に頼むか……。




ぐぅ〜……。




腹の虫が盛大に鳴いた。
そうか、1日飯抜いてたのか。
通りで力入らないと思った。

「……飯、あるかな……」

すっと立ち上がり、窓際にかけてあった浴衣に袖を通し(メチャメチャ痛かったけど)、何とか着替え終えた。
ふすまを脚で開けると、目の前に思いもしない人が立っていた。

「あれ……?千冬さ……織斑先生?」

「『あれ?』じゃないだろう……お前怪我はどうなんだ?」

「腕とわき腹以外は……治ったみたいです」

しれっとそんなことを言う俺になかば呆れ顔の織斑先生が頭を抱える。

「医者が驚いていたぞ……『こんなデタラメな回復力、ありえない』とな」

「……えっと……誉められてるんですかね?それともけなされているんですかね?」

織斑先生が『さぁ?』と肩をすぼめる。
そのとき、食料をさっさと調達に行けと言うようにまた腹が鳴った。

「すいません、もう腹が減って……」

「ああ、今はちょうど夕食時だからな……」

ちょうど大広間で全員食事をしているところだ、と千冬さんは付け加えた。
どうやら暖かいご飯は俺を待ってくれていたらしい。
やったぜ。
それじゃあ、と軽くお辞儀をして廊下を歩いていく。
ちらっと横目で見た織斑先生はいつになく嬉しそうだった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
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大広間が近付くにつれ、いつもの賑やかな声が大きくなってきた。
ざわざわと騒ぐ声はなんだかやに懐かしく聞こえた。
ほんの数時間の間でも、俺はここから遠く離れたところにいた気がする。
またここに戻ってこれたことへの喜びで胸が震えた。
少し大袈裟かもしれないが。
扉の前に立つと、一際大きく声が聞こえた。

『それでそれで!?やっぱ織斑くんは歳上好きなの!?』

『え?いや……別にそんなことはないと思うけど……』

『本当に〜?』

『な、なんだよ……』

『だって先生たちと話すときに耳赤くなってるときがあるんだもん!』

『そ、それは……ま、まぁ置いといてさ!俺、信は歳上好きだと思うんだよな〜』

『『『『『本当!?』』』』』

『あ、ああ。ほら、信って大人っぽいだろ?だから、ちょっと上の人のほうが好みなんじゃないかなぁって』

『『『『『なるほど……』』』』』

『でも真宮くんってたまに子供っぽいところもあるよね!』

『そうなんだよ!あいつ、臨海学校楽しみで寝れなかったんだってさ』

『あはは!かわいいー!』

『それにこの前男友達と集まったんだけどさ、そのとき信が――』

「はい、どーん」

がこっという音がして、ふすまが部屋の中に倒れる。
この前は箒たちが無理な体重をかけたせいだが、今回は俺が足で思いっきり押し倒したせいだ。
外の暗闇に慣れていたので、きらびやかな大広間の光で一瞬目が眩んだ。
倒れたふすまを足で踏みつけると、下敷きになった一夏がびくりと動いた。

「いらんこと言うな」

「し、信!?信か!?」

「おう。だいたいあれは弾が……っとそうじゃなくて……」

大広間にはキョトンとした大勢の人が座っていた。
みんな不思議そうな顔して、俺を見ている。
そんな目で見られても……。
俺は腹が減ったからごく普通に食事に来ただけだぞ。
えっと、なんて言えばいいんだろうか。
…………。
…………。
…………。
…………これか?
思いついた言葉は何となく雰囲気にあっていない気もしたが、それ以外にピッタリの言葉が見つからなかった。

「た、ただいま?」

すると、キョトンとした顔がみるみる笑顔に変わっていった。

「せーーの!!」

「「「「「「「「おかえりなさいっ!!」」」」」」」

耳が割れるんじゃないかってぐらいの返事が返ってきて、それからはもう早かった。

「真宮くん!ほんとに心配したんだよ!」

「良かったー!怪我は平気?」

「ねえねえ!話聞かせて!」

「は〜い、どいてどいて〜!」

「1名様、ごあんな〜い!」

わいわいガヤガヤと質問攻めに合ったりしながら、やっとのことで部屋に入ることができた。
みんなもうほとんど食べ終えていたらしく、俺の食事の前に周りを取り囲むようにみんなが座わり、好奇心に満ちた目で俺を見つめている。

「あの……食べづらいんだけど……」

「いちいち細かいこと気にするんじゃないわよ」

そうは言いましてもね鈴さん。
さすがにじろじろ見られたら……。

「一夏、何とかしてくれ」

「そうしたいのはやまやまなんだが、俺にはそんな力がない。すまん、信……」

と言いつつ顔は楽しそうにニヤニヤしている。
あの野郎、絶対面白がってやがる。
一夏の裏切り者!

「さあ、料理が冷めてしまいますわ」

「信、私たちのことは気にするな」

「ほらほら、早く早く」

んなこと言われてもな……。
ふと箒と目が合った。

「往生際が悪いぞ、信。」

おい。
まだなにも言ってないだろうが。
どうやら助けは見込めないらしい。

「…………」

一応周りを見渡すが、みんな自分の席に戻る気配はない。
俺の目の前には鈴、セシリア、シャル、ラウラ。
そしてその後ろに一夏と箒。
あとのみんなは俺を中心に円になって立っていたり座っていたり。

「わかったよ……食べるよ」

それでいいと言っているようににっこりとみんなが微笑む。

「と、言いたいところだが……」

「どうしたの?」

「これじゃあ、箸持てないんだ」

腕が痛くて力が入らないため、箸をうまく扱えないのだ。
どこかにスプーンとフォークはないだろうか?
それだったら何とか………。

「食べさせてもらえば?」

「は?」

「いや、だから。誰かに食べさせてもらえば?」

なに言ってんだよ、一夏。
今度はふざけている様子はなく、素で言っている。
そんな馬鹿なことがあるわけないだろう。
恋人同士でもあるまいし。

「信、箸貸して」

「え?」

答える暇もなくシャルがお盆に置いてあった箸を取り、料理をひとつまみ、俺の口元に持ってくる。
え?
えええ?
ええええええ!?

「はい、あーん」

「ちょっと、シャルロットさん!?抜け駆けはいけませんわよ!」

「そうよ!信!次はあたしだからね!」

「私は口移しでも構わんぞ」

いや、俺が構うぞラウラ。
その間もシャルがぐいっと俺に箸を押し付けてくる。

「いいなー、私も真宮くんに食べさせたーい」

「私もー」

「じゃあみんなで食べさせたら?」

「「「「「本当!?」」」」」

やめろぉ!
これ以上面倒事を作り出すな、一夏!
だがもう遅い。
さっと女子が散らばったと思ったら、行列ができた。
みんな目が輝いている。

「ほら、早く食べてよ、信。ぼ、僕だって、恥ずかしいんだからねっ!」

顔をほんのり朱に染めて、そんなことを言うシャル。
俺は『じゃあやるなよ』と心のなかでツッコミを入れたが、ここまで来て逃げることも出来そうもないのであきらめることにした。
ということで、パクリと一口。

「わぁー!食べた食べたー!」

「いいなあ!早く私の番よ、来い!」

「真宮くんかわいい!」

……ああ、動物園の動物たちよ。
今ならお前たちの気持ちがよーーーーく理解できそうだ。

「はいはい、次あたし!あーん……」

鈴、なんかノリノリだな。

「信さん、あーん……」

セシリア、お前もか。

「………」

「口移しは却下」

ラウラが口にお茶を含んで『飲め』――確証はないが恐らく――と前に唇をつきだしている。

「むう……仕方ない」

「あちっ!俺は猫舌なんだ!」

「そ、そうか、悪かった。冷ましてやろう」

「な、なんですって!?そんなのもオッケーなの!?」

「やったもん勝ちよ!ああ!早く早く!私の番、私の番……」

なんだかどんどん窮地に追い込まれるような……。
ていうかいつまでかかるんだ、これ。
結局、一人で食べる時の倍以上の時間をかけて完食するはめになった。
食事くらい落ち着いて取らせてくれよ……。









(は、話って何かな……もしかして…もしかすると……)

鈴は心臓をばくばくさせて信の部屋に向かっていた。
満月の光でその頬が赤みがかっているのがわかる。

(すぅー……はぁー……。大丈夫、大丈夫!もしものために、そ、その……し、下着だって着替えてきたんだから!)

信の部屋の前で息を整え、できるだけ笑顔で扉を横に引く。
そして、そのとたんに鈴の期待は儚く消えた。
何せ専用機持ち全員がこちらを振り返って見ていたからだ。

「……はぁ……」

「鈴さん、みんな気持ちは同じですわ……」

どうやらみんな同じ期待を持って扉を開いたらしい。
その先に見当外れな現実があるとも知らずに。

「……なんで俺の部屋に来るたびにそんながっかりしてんだ?」

「いいわよもう……」

「それより信……話ってなんだ?」

一夏の質問ももっともだ。
何を今更かしこまって『話がある。部屋に来てくれ』なんだろうか。

「ええっと……ちょっとした新事実が、な」

「新事実って……なにが?」

「いや、あのさ……」

信が困ったように頭に手を回す。
いつになく歯切れの悪い信を一同は不思議に思った。
そして『何から話そうかなぁ……』と言ってしばらく唸ったあと、信は自分の胸に手を当て静かに口を開いた。

「実は俺、ここに――――」









「はぁ〜あ………白式には驚くなぁ〜」

束が崖に腰掛け、ディスプレイを眺めて嬉しそうに呟く。

「まさか操縦者の生体再生まで可能だなんて、まるで――」

「 まるで、『白騎士』のようだな。コアナンバー001お前が心血を注いだ一番目の機体にな」

束の背後から千冬が姿を現す。
お互いに顔は見えない。
だけど、何を考えているかはわかる。

「やあ、ちーちゃん」

いつもと変わらぬ挨拶。
友にかける穏やかな挨拶。

「今の話だが、白式だけじゃなく瞬光だって操縦者の生体再生が可能だろう?そうでなければ信があれだけ驚異的な回復をするはずがない」

束はクスクスと控えめに笑った。

「ちょっと違うかな。どっちかっていうと『自己再生』の方が正しいかも」

「……?」

「ところでなーに?ちーちゃん。私に話があるんでしょ?」

「……例えばの話がしたい。とある天才が一人の男子を高校受験の日にISがある場所に誘導できるとする。そこにあったISを、その時だけ動くようにしておく。すると男が使えないはずのISが使えたように見える」

「うーーん、それだとその時にしか動かないよね〜」

ふふふっと面白そうに話す束。
『そんなことできたらすごいよね』とでも言うように。

「実のところ白式『は』どうして動くのか私にもわからないんだよね〜」

「……まぁいい、今度は別の話だ。とある天才が大切な妹の晴れ舞台でデビューさせたいと考える。そこで用意するのは専用機とどこかのISの暴走事件だ。暴走事件に際して妹が乗る新型の高性能機を作戦に加える。妹は華々しくデビューというわけだ」

千冬は静かに話を続ける。

「だが、そこにはひとつ問題がある。他の高スペック機――いや『実験機』あるいは『試験機』か?それが簡単に事を片付けてしまう可能性が高い。そこでわざと偵察に向かわせ、通信を絶って足止めをすると同時に出撃不可能となるまで徹底的に痛めつける。二度と立ち上がれないほどに」

束は動かない。
静かに耳を傾けているだけだ。

「しーくんはね、すごーく面白いんだよ……ねぇ、ちーちゃん。ISのコアが、今世の中にある全部のコアが、『1から数えて』の数だったら、どうする?」

「……何が言いたい?」

「コアナンバー・+000とコアナンバー・−000。正真正銘、一番最初のコアにして、限界を無視して作られたプロトタイプ・コア。2つで1つ、そして始まりを現す『000』であり、互いに引き合うプラスとマイナス、すべてのコアの雛型にして、常に自己進化を続けるコア………」

風が2人を優しく撫でた。

「プロトコア・プラスの方はいろいろあってね、今までずーっと音信不通だったんだけど、最近突然反応が出たんだ。それでね、その反応はなぜかIS学園を『動きまわって』いたんだ。それも、しーくんと『全く同じ軌道』で」

何も動かない夜の静寂。
音を立てるのは風と、岸壁にぶつかって砕ける波だけ。

「あとね、プロトコアはひとつじゃうまく稼働しないみたい。『2つ同時に』作ったからかな?瞬光にプロトコア・マイナスを使っていて正解だったかな?どうかな?」

「……お前、真宮をどこまで知っている?」

「彼はね、プロトコアと『一緒に』進化してるんだよ。それ以外にもいろいろされてたりするんだけど……もうわからなくなっちゃった」

ディスプレイをカタカタとたたく。
先程から様々な方法で何とかしようとするのだが、表示されるウィンドウは結局同じ。



――プロトコアへのアクセス、拒否されました



「まったく、ひどいよね。まさかそのコアを作ったこの束さんを閉め出しちゃうなんて」

その声は、出てきた言葉のわりにとても嬉しそうだった。

「私が知ってるのは、しーくんがいろんな規格外の兵器……まぁ、彼自信が規格外だけど……それを使いこなすために、実験と改造を繰り返し受けていた過去を持っているってことだけ」

「なんのためにそんなことがされていたんだ?」

「簡単だよ。『最強の兵器』を作るため。なんでかな、人は力を求めるみたい。使い道があやふやだとしても」

さらさらと風に揺られた木々の木の葉たちが音を立てる。

「現最強の兵器はIS。でも、ISは女性にしか使えない。権力を握っていた男の人たちはそれが面白くなくて、何とか男にも使えないかと考えたんだよ」

「……」

「結論はこうだよ、ちーちゃん。『男がISに乗れないのなら、ISが(・・・)男に乗ればいい』。過去に一度だけ、成功したきりだけどね」

「そんなバカなことが―――」

「信じられない?目の前にしーくんがいるのに?体にプロトコア・プラスを埋め込まれた本人がいるのに?」

千冬は言葉がなかった。
束は満月を見上げ、微笑んでいた。

「すごいね、彼は……あんなにボロボロになって、それでも戦いにいこうとするなんて……誰かの笑顔を守りたいって思うのは、こうまでしーくんを必死にさせるんだね……」

「……なぜだ?何があいつをそうさせるんだ?」

「強さを持ってしまったゆえに抱える、誰かを助けなければいけないという一方的な責任感、かな?それとも、呪縛……かな」

再び夜の静寂が2人を包む。
沈黙は夜の闇のように深く長く続いた。
もしかしたら、そう感じるだけで、とても短いものだったのかもしれないが。

「信をその呪縛とやらから助けるにはどうすればいい?」

「うふふ……質問ばっかりだね、ちーちゃん。私もわからないよ、そんなことは。でもね、そういう風にしーくんを助けようとしてくれる人がいれば……大丈夫なんじゃないかな」

千冬は足下に視線を落とした。
束はずっと足をぶらぶらとさせている。

「科学者としてはこれほど魅力的な研究対象はないよ。人と機械のハイブリット。常に予想を越える能力。これから楽しみだな〜♪」

束が見つめる満月は不吉なほど丸く、明るく、そして美しかった。

「それにしても、すごい天才がいたものだね〜」

突然話題が代わる。
意図的なのか、それとも唐突に思い出したのか。
だが千冬は全く動じず、落ち着いて答える。

「ああ。すごい天才がいたものだ。かつて12ヶ国の軍事コンピュータをハッキングした天才がな」

「……ねぇ、ちーちゃん。今の世界は楽しい?」

「そこそこにな」

「そうなんだ……」

「束……おまえは……」

「―――――――――」

崖からの風が、少し強く吹き上げた。
束は何かを呟いたが、その言葉は風の中に消えて誰の耳にも届かなかった。
そしてその場所から風が連れ去っていったかのように、束は忽然と姿を消した。











「――と、いう感じなんだ」

俺はみんなにすべてを話した。
俺の過去に何が遭ったか、そしてどうなったか。
そして、俺の中に何があるか。
6人全員が口を閉じる方法を知らないように唖然としていた。

「ないみたいだな。じゃあ、解散。お疲れ様でした」

「ちょっ、ちょっと待て!真面目か!?真面目に言ってんのか!?」

嘘なわけないだろう。
わざわざついて何になるんだ?

「本当だ」

そう。
これは真実であり、現実。

「し、信さん?どうして、そんなに大事なことを今まで黙っていらっしゃったのですか?」

「忘れてたからだ」

セシリア、俺だって今日思い出したんだ。

「ではあの目も実験で?」

「ああ、多分な。ラウラの右目のやつと同じやつだと思う。きっと、試作段階で俺に試したんだ」

ラウラは割と落ち着いてるな。
さすが軍人。

「なるほど、だからあれだけISをうまく乗りこなせるのか……」

箒は納得したようにうなずく。

「信は今まで何とも無かったの?」

「特に痛いとかは無かったな」

俺の心配してくれるなんて、シャルは優しいな。

「で、今は力使い過ぎて休んでるわけね」

「ああ……今回は無理し過ぎたってことだな」

鈴もどうやら理解してくれたらしい。
一通りの質問に答えると、なんだか変にじろじろ見られてる感じがして居づらくなった。

「えーっと……他にあるか?ないなら終わりだ」

「……信、なんで俺たちに話してくれたんだ?」

一夏がようやくまともな質問をしてくれた。
俺はゆっくりと微笑んだあと、話を始める。

「……1つは、怖かったから。誰かに話して安心したかったんだ」

そう、怖かった。
自分が何なのか、見失いそうだったから。
でも。

「でも一番は、俺も助けて欲しくなった。助けるだけじゃなくて、みんなに助けてもらいたいと思った」

お前らがそれを気付かせてくれた。
いつの間にか俺は助けられていたのだと。
それなのに、今までずっと見て見ぬふりをしてきた。
俺だけが助ける側の人間としてあるべきだと考え続けてきた。
でも、違った。
だから今度は『しっかりと』助けられたい。

「よろしくな」

みんなは笑っていた。
それがひどく嬉しかった。
俺が腕を前に出すと、全員がそれにならって拳をつくる。
そして、部屋に拳を合わせるコツンという快音が響いた。

「言われずとも……」

「最初っから……」

「ずっと……」

「僕たちは……」

「そのつもりだ……!」

「信、ありがとう。俺たちもお前に負けないように頑張るからな」

俺たちはニヤリと笑った。
ここからだ。
ここからまた、スタートなんだ。









信の解散の号令で、一夏と女子たちが自分たちの部屋に戻ってから約30分。
もう夜はすっかりふけ、あたりの草木すら物音を立てない。
もうすぐ日付も変わるかという頃、廊下には2つの人影が。

「……む?シャルロットではないか」

「あれ?ラウラ?どうしたの?」

旅館の廊下でばったりと出会う2人。
お互いに約束していた訳でもなく、全くの偶然だ。
そして、また2つ、人影が増える。

「あんたたち、なにしてんのよ」

「あら?皆さんおそろいでどうかなさいましたか?」

そこにまた2人、鈴とセシリアが加わる。
4人が出会ったのは偶然なのだが、理由からしたら必然だった。

「嫁の部屋に行こうと思ってな」

「えっ!?信の部屋?僕もだよ」

「あたしもよ!」

「わたくしもですわ!」

全員『本当は2人きりで……』と思ったが、ここまで揃ってしまったら隠し通すのは無理だと判断し正直に言う。

「こういうときこそ隣にいてやるのが理想の夫婦だと聞いたからな」

「僕も信に元気を出してほしくて」

「まあ、ね。ほっとくわけにもいかないし」

「信さん、大丈夫かしら」

それぞれが信のことを気にかけて、何とか助けようと頭を働かせた結果『そうだ、信の部屋に行こう』となったのだった。
例にならって、こんこんとノックしてみる。
しかし。
返事がない。
諦めずにもう一度。
こんこんと、今度は強めに叩いてみる。
しかし。
やはり返事がない。

「信?入るよ?」

扉を開けて中を見ると、部屋に信はいなかった。
それどころか、布団すら敷いていない。
どこへ行ったのだろうか。

「……探してみる?」

4人には、どうしても信に聞きたいことがあった。









砂浜に立って、空を見上げる。
空には満月がひとつ、眩しいくらいの輝きを放って浮かんでいた。
だが、その光は俺を心地よい気分にさせた。
俺は右手を見て、握ったり閉じたりしてみる。
もう痛みは無かった。

「……休んでていいって言ったろ?」



――わかってるよ。これで最後。



そんな答えが返ってきた気がした。
波の音がとても静かで、ここだけ別世界のようだった。
と、その音に混じって足音が聞こえてきた。

「……どうした?みんな」

振り返ると鈴、セシリア、シャル、ラウラが立っていた。

「あんた、無理とかしてないでしょうね?」

「夫婦の間に隠し事は許さんぞ」

「気をつかわなくていいんだよ、信」

「わたくしだって力になりたいですもの」

みんながこちらを真っ直ぐに見る。
強い意思のこもった瞳に月光が反射して、とても美しく見えた。

「ありがとう。本当に大丈夫だ。ただ、まだ少し戸惑ってるだけさ」

風がさらさらと全員の髪を揺らして通り過ぎていく。
俺が笑顔を向けると、みんなが照れたように下を向いて赤くなった。

「と、ところでさ、信」

シャルが先程とはうって変わって言いづらそうに目線を泳がせて話し始める。

「その……あの事なんだけど……だ、誰に言ったのかなって……」

あの事?
どの事だ?
変なこと言った覚えは無いのだが。
状況がわからないでいると、今度は鈴が口を開く。

「あ、あんた言ってたじゃない……『俺を支えてくれ』って……」

「よくよく、か、考えてみると、信さんがおっしゃったのって……」

「その、あれか?わ、私たちの誰かと……正式に……その……ふ、夫婦になってほしい、ということか?」

セシリアとラウラも顔を赤くしながら鈴に続く。
ラウラの最後の言葉は小さくて聞き取れなかったが。

「ああ、あれか?あれはみんなに言ったんだぞ?」

きょとんとしている4人に構わず俺は話を続ける。

「だってそうだろ?あのときはみんな揃ってたし……」

「じゃ、じゃあ深い意味は………」

「……?深い意味?」

「「「「……………」」」」

「そんなことよりさ、見ろよ。すごくきれいな星空だ。その上、満月だし」

「「「「……『そんなこと』……?」」」」

「あ!ほら!今流れ星が――――」

その時突如、青い光が俺をかすめた。
……あれ?
流れ星がここにも?
いや……違うよな。
これはあれだ。
そう、セシリアのビーム兵器だ。
……え?

「へぇ……そう、そうだったんだ………」

「……よし、殺そう」

「いくら嫁といえどもこれは少し仕置きがひつようだな」

「うふ、ふふふふふ……」

え?
ちょ、なに?
なんでIS展開してんの?
なんで武器構えてんの?
嫌な予感がする。

「あ、あは、はは……」

気付くと俺は笑い声を上げていた。
大量の汗と共に。

「ま、待て!お、落ち着け!ど、どうしたんだよ!」

「別に?普通だよ、僕たちは。ねぇ?」

「そうね」

「そうだな」

「うふ、ふふふふふ……」

目が怖いんですけど。
どうする、俺。
……決まってるじゃないか。

「……じゃ、おつかれ!」

こういうときは逃げるに限る!
古来から人々にはこういう素晴らしい言葉が伝わってきている。
『逃げるが勝ち』………と。

「「「「待てー!!!!」」」」

でも逃げ切れねぇ!
まずいまずいまずいまずい!!
あ、当たるって!
当たるって!
うわぁーーーーー!!!


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――
――――――――――


翌朝。
俺はバスの備え付けのトレーのようなものに頭を押し付けていた。

「あー……」

「お、おい、信?大丈夫か?」

「おー……なんとかー……」

昨日はあの4人に追いかけられて全力疾走だった……。
俺、怪我人だからね?
みんな覚えてる?

「いーちかー……飲み物くれ………」

「悪いな。今持ってないんだ」

なんということでしょう。
辺りを見回すと、セシリア、シャル、ラウラにそっぽを向かれた。
ちなみに、鈴は2組だからいない……のだが。
うしろのバス――2組のバス――から妙に殺気を感じるのは何でだろう。
あと箒は……。
なんか頼みづらいな。
昨日俺を助けてくれたのは一夏と箒だった。
ただ俺に気付いたとき、2人はいい感じの雰囲気の中、お互いの顔を近付けていた。
あれって、キス……できたよなぁ。
悪いことした。
あとで謝っとこう。
今は水、水を下さい。
つーか俺はなぜ昨日追い回されたんだ?
そしてなぜみんな機嫌が悪いんだ?
とりあえず機嫌をなおしてもらおう。

「セシリア〜……」

ぷいっ!

「そんな顔すんなよ〜……笑ったほうが美人なんだから〜……眩しいくらいの美貌だぜ……」

「そ、そんなことで騙されませんわ!」

撃沈。
がっくり。
仕方ない……次。

「ラウラ〜……」

ぷいっ!

「なあ、俺はお前の嫁だろ〜……ホント、ラウラみたいなかわいい女の子の嫁でよかったよ……」

「ふ、ふん!調子のいいことを言うな!」

撃沈・その2。
がっくり。
今度こそ……次。

「シャル〜……」

ぷいっ!

「怒ってもかわいいな、シャルって……もうずっと見てても飽きないよー……」

「お、おだてたって許さないんだからねっ!」

撃沈・その3。
がっくり。
完全に沈没……。
うう……俺が何をしたっていうんだ……。

「あー……俺の喉が砂漠化していく……」

みんな……今こそ俺を助けてくれよ……。









(うーん、ちょっと可哀想だったかな………?)

さっきはつい冷たく返したものの、シャルロットは信のぐったりとしている様子を横目で見て、良心の呵責を感じていた。

(結構真剣に考えてたことだったからあんな風に言われて怒っちゃったけど……許してあげてもいいかな……)

荷物からお茶のペットボトルを取り出す。
乗り込む前に自販機で買っておいたのが役に立ちそうだった。

(みんな動かないみたいだし……よしっ!)









(さすがに冷たかったかしら……?)

セシリアはため息を吐き、突っ伏している信を見て少しそわそわとしていた。
かわいそうに、みんなにそっぽを向かれたせいでぐったりしている。

(……あら?みなさんが信さんにアプローチしないなら、チャンスなのでは?)

自分だけ優しく振る舞うことで、好感度をぐーんとあげる。
そうすれば次からも自分のところに助けを求めてくる。
自然、距離も縮まり……。
ほんのりピンク色の妄想も膨らんでしまう。

(そうと決まれば……!ここは笑顔ですわ!)









(か、かわいい……だと……?)

相変わらず誉め言葉にまったく耐性のないラウラはまた顔を赤くしていた。
頭のなかでがんがんと響く『かわいい』という信の声が、なんだかとても嬉しい。
今まで女としての魅力がどうだこうだなど興味はなかったが、こうなれば話は別だ。
信に魅力的だと思ってもらえるような女になりたい。
恋する乙女の一途な思いだった。

(そうだな……男というのは優しい女に弱いとクラリッサが言っていたような……)

ラウラはちらりと横に置いてあるペットボトルを盗み見る。
と言ってもそれは自分の持ち物なので、盗み見たって誰も文句はいわないし、気にはしない。
朝起きてすぐに一口飲んだだけのお茶の中身は、ほぼ開封前と変わらない。
これを信に渡せば、優しさを示すことができるし、うまくいけばだが、間接キスもできる。
ラウラの心臓をばくばくさせながら、手にペットボトルを握る。

(さ、さりげなく隣に座って渡せば……よし……作戦開始……!)









「うー……水〜……」

「「「し、信(さん)!!!」」」

「へ?」

3人の声が同時に聞こえて、俺は振り向く。
それとほぼ同時に見知らぬ女性が車内に入ってきた。

「ねえ、織斑一夏くんと真宮信くんっているかしら?」

「あ、はい。ここにいますけど」

「はーい……あれ?」

「君たちがそうなんだ。へぇ……」

どうやら俺と一夏を見に来たようだ。
その瞳は興味深そうに俺たちを見つめていた。

「怪我、大丈夫ですか?結構堪えたでしょ?」

「あら?私のこと知ってるの?えっと……」

「ああ、俺が真宮信で、こっちが織斑一夏です」

一夏が『?』となっているが気にしない。
大方、『知り合い?』みたいなこと考えてるんだろう。

「そう。信くん、あなたは心配されるがわの人じゃないかしら?」

俺の左手に巻かれた包帯を指差して面白そうに微笑む。

「ところで、なんで私のこと知ってるの?」

「そりゃ覚えてますよ。あなたを受け止めたのは俺なんですから。『銀の福音』(シルバリオ・ゴスペル)の操縦者さん?」

「えっ!ほ、本当か!?」

一夏が驚きの声を上げた。
俺も落ち着いて見えるが、これでも驚いているのだ。
まさか俺たちにわざわざ会いに来るとは。

「うふふっ。私はナターシャ・ファイルス。あなたの言う通り、『銀の福音』の操縦者よ」

へぇ、ナターシャさんっていうのか。
美人だな。
ISの操縦者はみんな美人なのか?
それならIS学園が美女揃いなのもわかる。
一夏と二言三言かわしたナターシャさんは、すっと手を一夏の頬に当てた。

「これはお礼。ありがとう、白いナイトさん」

そう言って、ナターシャさんは一夏にキスした。
おお〜……!
一夏、御愁傷様です。
というのも、後ろを振り返ったときに箒から『ゴゴゴゴ……』という凄まじいオーラが出ていたからだ。
それはそれはもう……。
相当な強さで……。
……一夏、墓石は何がいい?

「さてと―――」

「俺は遠慮しときます」

だろうね。
流れからいくと今度は俺ですよね。
ナターシャさんのキスを阻止しようと両手で顔を隠す。

「なんで?それくらいはいいでしょ?」

「いや、そういうのは照れるんで」

キスとかされたら顔が爆発しかねない。
ラウラの時はいきなりだったから、照れよりも驚きが勝ったが、今回は別だ。
今だって近くに女性の匂いがして、心臓の鼓動が早いのだから。

「そう……残念……」

「へっ!?」

「そうよね………私なんか…………はぁ………」

「ちっ、違いますよ!?ナターシャさんってすごい美人だからキスされたら嬉しいですから!キスされたくないってわけじゃ全然無いんで!むしろされたいんで!」

急にしゅん……と今にも泣き出してしまいそうな悲しい顔をされたので、何とか元気を出してもらおうと焦っていろいろ言葉を繋げる。

「そう……嫌なのね……」

「だ、だから違いますって!な、なんかすいませんでした!」

「……あ」

「あ?」

ナターシャさんは窓の外を見て、何かに気づいたような声を出す。
俺はつられて窓の外を見るが、何もない。
……あっ!
まさか!?

「ちょ、ま―――」







チュッ……。







「……ふふっ、どう?私女優になれるかしら?」

振り返る前に頬にキスされてしまった……!
ニッコリと満面の笑みを浮かべるナターシャさん。
しまった!
こんな古典的な方法に引っ掛かるとは……!

「な、ななな、なにやってるんですか!!」

動揺を隠せず、言葉が震える。
間違いなく顔が真っ赤になってる。

「うふふ……信くんってかわいい♪ありがとう、漆黒のナイトさん」

「うう……なんか悔しい……」

「じゃあまたね。バーイ」

ひらひらと手を振ってバスから降りるナターシャさんを一夏はぼーっと、俺は悔しさで顔を歪めて見送った。
うー……顔が暑い……。





ヒヤリ…… 。





あれ?
なんか一気に寒くなった。
特に背中が。
冷房入れてくれたんですか?

「……そんなわけないか」

後ろを振り向くとオーラが3つ、増えていた。

「私の前で堂々と浮気とは……いい度胸だな」

「信はモテモテだから大変だね」

「あらあら……随分と見せつけてくれますわね」

すたすたと歩いてくる3人。
ああ、なんで俺がこんな冷たい目で見られなければいけないんだ……。

「「「はい、どうぞ!」」」

「あべしっ!」

投げつけられるペットボトル×3。
こいつらはいつ、機嫌をなおしてくれるのだろうか……。


















「…………」

バスから降りたナターシャは、目的の人物を見つけてそちらへと向かう。

「勘弁してくれ……バスのなかで騒がれてはうるさくて仕方がないんだぞ……」

そう言ってきたのは、千冬だった。
ナターシャは、その言葉に少しだけはにかんで見せる。

「思っていたよりもずっと素敵な男性達だったから、つい」

「やれやれ……それより、昨日の今日でもう動いて平気なのか?」

「ええ、それは問題なく。私は、あの子に守られていましたから」

ここで言う『あの子』とは、つまり暴走によって今回の事件を引き起こした福音のことを指していた。

「そうか……では、やはり……」

「ええ……暴走も二次移行もすべて強引に引き起こされたこと……あの子にはなんの罪もない……それなのに、誰も信じない。世界がこうも醜いなんて、今までわからなかったわ」

言葉を続けるナターシャは、さっきまでの陽気な雰囲気 など微塵も残さず、その体に鋭い気配を纏っていく。

「あの子は泣いていた。私にはわかるの……必死で助けてと叫んで叫んで……それなのに助かったのは私だけ」

「あまり自分を攻めるな……お前のせいじゃない」

「正直ね、怒りで気が狂いそう……なぜあの子が、あの子だけが、こうまでひどい仕打ちを受けなければいけないの?あの子はただ……ただ空にいるだけで幸せだったのに……!」

「……」

「だから、思い知らせてやるわ……どんなに深い闇のなかに潜んでいようと、必ず元凶を引っ張り出して……私がこの手で、裁く……!」

暴走事故。
世界を危険にさらすISにとって、あってはならないことだ。
福音のコアはすべての装甲、武装を剥ぎ取られ、凍結処理が施された。
期間は無期限。
すべてを奪われて隔離された福音のコアは、何も語らないし、誰も話を聞こうとしない。
ナターシャは唇を強く噛んだ。

「……私たちはただ……!この空に一緒にいるだけで良かったのに……!もうあの子に翼はない……私たちは……独りじゃ飛べないの……!」

「……気持ちはわかる。だがらあまり無茶なことはするな。この後も査問委員会があるんだろう?しばらくはおとなしくしておいたほうがいい」

「……それは忠告ですか、ブリュンヒルデ」

IS世界大会『モンド・グロッソ』、その総合優勝者に授けられる最強の称号・ブリュンヒルデ。
千冬はその第一回受賞者であったが、正直その名前で呼ばれることは好きではなかった。

「アドバイスさ。ただのな」

「そうですか。それでは、おとなしくしていましょう………しばらくは、ね」

一度だけ鋭い視線を交わしあったふたりは、互いの帰路につく。

「そうそう……話は変わるけどね。信くんって面白い子ね。私、頑張っちゃおうかしら……」

「なんっ……!ん、んんっ……!」

一瞬、ほんのわずかだけ千冬が反応を見せる。
例えごまかしの咳払いを入れたところで、ナターシャはそれを見逃さなかった。

「あら?どうしたのかしら?」

「……からかわれるのは嫌いだ」

「うふふ……ごめんなさい。そうよね。あなただって女の子ですものね」

優しい顔を見せたナターシャも、顔を少しだけ朱に染めた千冬も、再びその1歩を踏み出したときには険しい表情に戻っていた。
―――またいずれ。
そんな言葉が、2人の背中にはあった。








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