23:出る杭は打たれる
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「り…鈴……?」
「………」
「せ…セシリア……?」
「………」
三人は水着に着替えを済ませ、プールへとやって来た。
が、鈴とセシリアは依然として機嫌が悪かった。
「な、何で怒ってんだ……?えと……」
バババッ!!
目が金色に変化したとたん、鈴が左、セシリアは右をそれぞれ隠した。
「あんた……それに頼らないとわからないわけ?」
「紳士としてどうかと思いますわ」
「……はい……」
手をどかすと目は元に戻っていた。
はぁ、とため息をつく信。
「「はぁ……」」
それとは別に女子二人もため息。
(せっかく二人きりと思ったのに……もう!)
(まさか鈴さんまでいるとは……)
互いの姿をちらっと見て、再びため息。
これからどうしたものか。
ここまで来てしまったら信と二人きりになるのは無理。
しかし、せっかくのデート(に近いもの)なのだ。
ならば………。
(やっぱり、ここは笑顔で接するべきね!)
(やはり、ここは笑顔で接するべきですわね!)
気持ちの切り替えを素早く行い、信の手を握る。
「……仕方ないわね、ほら、行くわよ!」
「信さん、参りましょうか!」
そうだ。
よく考えればこんな絶好のアピールチャンスはない。
二人は信の手を引いてプールへと一直線。
「………?急に機嫌なおったな、お前ら」
「そお?あたしは最初っから笑顔だけど?」
「わたくしも同じですわ」
えへへ〜、うふふ、と笑う鈴とセシリア。
機嫌がよくなったならいいかと信も表情をやわらかくする。
三人が駆け出そうとした瞬間、園内放送が響き渡った。
『では!本日のメインイベント!水上ペアタッグ障害物レースは午後一時より開始いたします!参加希望の十二時までにフロントへとお届け下さい!』
ペア、という言葉にわずかに反応し、足を止める。
『優勝賞品はなんと沖縄五泊六日の旅をペアでご招待! 』
(な、何ですって!?)
(ペアタッグでペアチケット……これは!)
この大会と、その景品の沖縄旅行。
信とこれに出場し、さらに沖縄旅行をゲット。
今度はチケットはペア、つまり二枚のみだから絶対に二人きり。
ということは……。
((……………))
鈴とセシリアの脳内ではすでにサクセスストーリーが出来上がっていた。
そうと決まれば。
「信!」
「信さん!」
「は、はい?」
「「目指せ優勝!」」
ガシッと腕を組んで信を引きずっていく。
「ちょっと!信はあたしと出場すんの!」
「いいえ、このわたくしとですわ!」
「ま、待てよ!どうしたんだ!?」
抵抗もむなしくずるずると引っ張られていく信であった。
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「で……」
「何でこうなりますの……」
「頑張れー。鈴ー、セシリアー」
参加を希望した男はことごとく受付で『お前空気読めよ』という無言の笑みに退けられたため、信も出場を断念(無理無理!雰囲気がもうダメ!)。
結果、まさかのライバル同士が組むという構図になったのだった。
『みなさんお待たせしましたっ!水上ペアタッーグ!障害物レースっ!開・催でーす!』
司会のお姉さんがそう叫ぶと同時に大きくジャンプをし、大胆なビキニから豊満な胸が思わずこぼれそうになった。
山田先生や千冬、その他大勢の巨乳を見てきた信にとっては特に喜びどころはなかったが、周りの男性陣はそうもいかないわけで、まさに男らしい歓声をあげて腕をブンブンと振り回していた。
信は苦笑いしながらレースの舞台となる巨大プールに立つ鈴とセシリアに目をやると、その視線に気づいたのか、二人は元気に手を振る。
(それにしても……あいつら仲良くなったなぁ〜……)
今でも喧嘩が多いような気がするが、信はそれを『喧嘩するほど仲がいい』の典型例としてとらえていた。
二人の妙に気合いの入った表情がおかしくて、信は微笑んで手振り返した。
そんな信の思いに気付かず、スタートラインに立つ鈴とセシリアはいつものように『今のは自分に向けてのものだ』と言い争いを始めようとしたが、すぐに聞こえてきた司会のお姉さんの掛け声に反応して渋々口を閉じることになった。
『いよいよレース開始です!準備はいいですか?それではっ!位置について!よ〜い ……!』
パァンッ!
競技用ピストルの音が響き、二十四名、総勢十二組の参加者が一斉に駆け出す。
先に断っておくと、実はこのレース『妨害OK』なのである。
しかも具体的にどこまでがセーフでどこまでがアウトか明記されていないため、完全に参加者のテンションとスポーツウーマンシップによってレースの行方が左右される。
ただ、そのルールは代表候補生二人組にとって有利なだけである。
なぜなら彼女たちには思いの男子とのデートを勝ち取らねばという義務にも似た強い意思が働いているので、爽やかにみんなで勝利だ、なんて青春をしてる余裕はまったくない。
その証拠に、スタートから数秒後………。
「ふん!」
「きゃっ!?」
ドボーン。
「せいっ!」
「へっ!?」
ドボーン。
鈴とセシリアは迫り来る敵を足をひっかけて水面へと落としている。
敵が水の中から這い上がろうとしているうちにどんどん先へと進む二人は、心なしか生き生きしているように見えた。
しかし活躍しすぎるというのも考えもの。
案の定、他参加者から怒りをかったIS学園組はレース後半になるにつれ、集中砲火を浴びるようになった。
後ろからしがみつかれたり、足を引っかけ返されたり、プールの水を目にかけられて視界を封じられたり……。
試合は、プールで行われているのに、泥沼化していった。
「ああもう、うっとうしい!」
「邪魔ですわ!」
徐々に後続の組が追い付き、追い越し。
ついには半分より下の順位まで落ちてしまった。
鈴とセシリアの妨害もさることながら、やはり他もすさまじい妨害行為を仕掛けてくる。
だんだんとエスカレートした妨害行為はもはや終息不可だった。
がっつりと組み合った腕でラリアットを仕掛けてきたり、足を引っ張って転ばせたり。
なにがそうまでさせるのか、信は不思議でしかたなかったのだが。
そしてついにビリまで下がってしまった鈴とセシリア。
「はぁはぁ……くっ!まさかここまで人間が汚い生き物だったなんてっ……!まだあたしたち十五の女の子なのに!」
「鈴さん!立ち止まっていたらまた差が開いてしまいますわ!速く!」
「……」
「鈴さん!さぁ!」
「……セシリア……もうなりふり構ってられないわよね……?」
「え?」
「……」
「……仕方ありませんわね。多少のことではこの差は挽回できませんでしょうし……」
「じゃあ……行きますかっ!」
「ええ!」
目をキラリと輝かせた鈴とセシリアは一番近くを走る二人組に迫る。
(……なんだろう……すごく嫌な予感がする……)
そんな思いを抱いている信のことなど、レースに夢中の二人が知るよしもなく。
鈴とセシリアは最初の頃の勢いを取り戻して駆け出していた。
しかし流石に警戒していたのか、二、三歩近付いたところでその二人組が振り返り、腰を低く落としてすぐにやって来るだろう攻撃を受け止めるべく身構えた。
「来たわね!」
「そうやすやすと負けらんないのよ!私たちもね!」
しかし。
恐らく一般の方々であろう二人が、国の威信を背負って訓練の日々に明け暮れた特別待遇の女子高生に勝てる訳もなく。
「「やぁっ!」」
「「くっ!」」
鈴とセシリアの息のあったコンビネーションで一蹴。
プールに落とされると同時に二つの水柱が上がり、観客のところにまで水飛沫が飛んでくる。
すぐさま水面に顔を出し、もう一度這い上がろうとするが。
「あら?よろしくて?」
「え?」
「見えちゃってもいいなら止めないけどね」
「見え……?」
結果として、信の嫌な予感は当たった。
ひらり。
鈴とセシリアの手には女性が上半身に身に付ける水着が。
「「きゃあああ!?」」
「ふっ……勝たなきゃダメなの、あたしたち!」
「ごめんあそばせ!」
「ば、バカ!鈴!セシリア!そ、そういうのはダメだろ!」
『こ、これはすごい!二人は高校生ということですが、何か特別な練習でもしているのでしょうか!?』
信の叫び声も実況の興奮した声にかき消されてしまう。
観客の男性陣も大喜びのハプニングがさらに数回続き、あまりの喜びに鼻血を出すひともいれば、鈴とセシリアを涙を流して拝む人もいた。
そして遂になみいる強豪の水着を奪い二人はトップに帰り咲き、レースは終盤へ。
「ぜっ、ぜっ……へ、へっへーん!甘いあまーい!」
「か、かんた……はぁはぁ……簡単!過ぎますわ!」
『おおっと、トップの木崎・岸本ペア!ここで得意の格闘戦に持ち込むようです!』
「「え?」」
『ご存じふたりは先のオリンピックでレスリング金メダル、柔道銀メダルの武闘派ペアです!仲がよいというのは聞いていましたが、競技が違えど息はぴったりですね!』
完全に一般人とは別な骨格の持ち主が、がっしりと肩を組んで二人の前に迫ってきていた。
トップの座を危ぶめて後ろのIS学園組に妨害を仕掛ける意味があるのかというのは最もな疑問であるが、それは恐らく、それだけ警戒しなければいけない相手であり、度重なる妨害により体力を消費した鈴とセシリアを仕留めるのは今しかないと判断したのだろう。
国家代表候補生と言えどもまだまだ子供。
それなりの厳しい訓練を積むとはいえ、あまりに厳し過ぎれば体が壊れてしまうし、成長にも関わってくる。
やはり成人女性の上、オリンピックという世界の舞台に立って結果を残してくるような鍛え方をした人に正面からやりあって勝つのは難しい。
つまり、トレーニングの量と質はオリンピック組の方が上なのだ。
筋肉的にも勝てないのに、まして著しく体力を消費した今ならなおさらだ。
このままだと、負ける。
それは信から見ても、もちろん参加している二人からでも、はっきりとわかった。
だけれども。
そこは負けるわけにはいけない恋する乙女たち。
「せっ、セシリア!」
「な、なんですの!?」
「はぁ、はぁ……あたしに策がある!突っ込んで!」
「へっ!?わ、わたくし……ぜぇ、ぜっ……わたくしが!?前衛!?」
「そう、よ!はっ、はっ……迷って、る暇……ないから!」
「し、仕方、仕方ありません……!勝てる策、ですのね!?」
「あっ、あったり、あったり前!で、でしょ!?」
「わ、わかっ、わかりました!はぁはぁ……!信じますわよ!鈴さん!」
セシリアはそう言うと、目の前のマッチョたちに向かって特攻を仕掛ける。
そのとき、鈴の目がキラリと光った。
「……はぁ……」
それを見て何となく。
本当に何となーくだが嫌な予感がした信は、人がいない広い空間へと出ていく。
ちらりと最後に見えたのは、思いっきり顔面を鈴に踏みつけられたセシリアだった。
「へぶっ!?り、鈴さ――」
「サンキュー、セシリア!でも前方不注意!」
「「うおおおおっ!」」
「え!?きゃあ!?」
「ほっ!」
ゴールに指定された浮島に鮮やかな着地をした鈴は、犠牲になったセシリア&キン肉ウーマンの立てた水柱をバックにして決めポーズを取っていた。
背中にぺちぺちとあたる冷たい水飛沫をしばらく感じると、鈴はニヤニヤとした顔で振り返る。
鈴の作戦とは、いたって簡単かつ合理的。
勝つためにセシリアの顔を踏み台にし、一気に勝利の証たるフラッグを掴み取る、というなんとも本当に自分本意の考えだった。
しかし当の本人は悪びれる様子もなく、水泡が浮かぶ水面を見下ろして笑った。
「ルールに書いてなかったでしょ?『ペアを騙すのは禁止』って!ふふん!」
『しゅ、終了でーす!なんとなんと!最後の最後で味方を使って勝利を勝ち取る!勝利に貪欲な女子高校生参加者が――』
ドッパァーーーーーーーーーン!!!!!!!
天井に届くぐらいのあまりにも高い水柱が、強烈な破裂音のような音をたててプールから現れた。
試合を観戦していた観客も、実況をしていた巨乳のお姉さんも、そして鈴も。
全員が口を開けてそれを見上げていた。
やがて立ち上った柱が逆再生のようにプールに吸い込まれていくと、柱の中から現れた、ポタポタと髪の毛と青い機体から水を滴らしながら宙に浮いている修羅が見るものすべてを震え上がらせた。
「ふっ、ふふふふふふふふふふふふふ……りーんーさぁーんー……!」
「ありゃりゃ……ごめんねーセシリアー!でもルール読んでなかったあんたが悪いのよー?」
「今日という今日は!もぉぉぉぉ許しませんわ!我慢の限界ですっ!」
「なに?もしかしてあたしと戦う気?」
鈴も甲龍を展開し、ブルー・ティアーズを纏ったセシリアと同じ高さまで上昇して不適な笑みを浮かべた。
「わたくしの顔を!思いっきり!素足でっ!」
「なかなかいい踏み台だったわよ?跳び箱の踏みきり台くらいに、ね!」
「鈴さん!」
「はんっ!いいわ!いつかの決着、ここでつけてやるっ!」
『うおーっと!これはどうしたー!?まさかまさか!まさかまさかまさかの急展開だぁー!』
実況のお姉さんは自分のやるべきことを悟ったのか、それともことの重大さを理解してなんとか誤魔化そうとしているのか、鼻息荒く今度はIS同士の決闘の模様をお伝えすることにしたようだ。
セシリアは近接ブレードを展開、鈴はその手に双天月牙を持ち、互いに瞬時加速。
「やぁぁぁぁ!」
「はあぁぁっ!」
互いのブレードがぶつかり合い、火花を散らす。
鋭い金属音がドーム状に作られた施設に反響し、ぐわんぐわんといつまでもなり続けた。
「くっ!やはりここは射撃で迎え撃ちますわ!」
「そんな暇与えてやるわけないでしょ!」
「そこまで」
「「!?」」
二人が再びぶつかり合う寸前、突如としてプールの周りを縁取るように水柱が上がり、観客の視界が遮られた。
鈴とセシリアは機体を急停止させて予想外の事態に目を見張らせる。
「「な、何!?」」
「『何?』じゃねぇよ、バカ」
すると鞭のような光輝く何かが二人の身動きを封じ、その操縦者へと引き寄せる。
もっとも、その様子は水のカーテンに遮られ、誰にも見られていなかったが。
『う、うぅ……はっ!し、試合は!?……あれ!?』
そして、水柱が消えた時には二人の姿は消えていた。
もう一人、観客としてその場にいた長身の男子と一緒に。
◇
「ったく……IS展開まではやりすぎだろ?お前ら代表候補生なんだから、むやみやたらに展開するのはまずいって」
その前のレースもなかなかやりすぎだったけど。
そんな言葉をグッとこらえ、俺はむすっと不機嫌そうな顔をした鈴とセシリアに挟まれながらゲートから出た。
あんなことしでかしといてプールで遊ぶとか無理だし。
はぁ……俺全然泳いでねぇ……。
「せっかく勝ったのに……」
「顔まで踏まれましたのに……」
不満たらたらの二人はまったく自分のやったことへの自覚なしのようだ。
「お前らあのまま戦ったら確実に器物損壊で訴えられてたぞ」
「こ、壊さないように気を付けるもん……」
「はいはい。まず学校の外でISを展開させないよう気を付けてください」
「むー……!信さんの意地わるぅ……」
俺はケタケタと笑って、時計を見る。
まだ時間は早いが……。
ま、いっか。
『あいつら』とも約束したし……。
「二人とも、飯食いに行こうぜ」
「「…………」」
まだふてくされている。
そんなに行きたかったのか、沖縄。
確かにあの海のキレイさは半端ない。
機会があればぜひとも旅行にいきたいな。
ま、それは置いといて、とりあえず機嫌をなおしてもらうためもう一押し。
「デザートもつける」
ぱぁっと顔を輝かせる二人。
反省の色が見えないのが気になるが……。
「じゃあさ、じゃあさ!@クルーズ!」
「期間限定の一番高いパフェをお願いします!」
「わかった。それってうまいのか?」
一番高い値段のパフェなんて俺だったら絶対に食べないが、二人がとても嬉しそうだったので興味がわいた。
俺も食べてみようかな。
それにしても、女子組の切り替えは早い。
さっかまでの不機嫌な気持ちなどどこかへ捨てて、喜色満面の笑みで俺の腕に自分のを絡めてくる。
……胸が当たるんだが……。
これは得してるのか?
「さ、行きましょうか!」
「ほら信!ちゃっちゃと歩く!」
「いてて!二人とも引っ張るな!ていうか、腕組むのって必要な―――」
「「必要!」」
ふたりの妙に息のあったコンビネーション攻撃が炸裂し、俺は仕方なく腕を組んだまま歩き出す。
目指すは駅前。
「ま、今回はこのくらいで勘弁してあげるわ」
「でも、次はありませんわよ?」
「……なんで俺が怒られたみたいになってんだ?」
とりあえず喜んでいるらしいし、まあいいか。
両脇の女子につられて、俺は笑っていた。