小説『IS〜world breaker〜』
作者:山嵐()

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24:メイドin喫茶




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「買い物?」

「うん。一緒に行かない?」

「私は構わないぞ」

「じゃあ決まりだね♪」

寮の食堂で早めの昼食をとりながらラウラとシャルロットは話していた。
朝早い時間のため、ほとんど人がいない。
シャルロットはトーストを、ラウラはカレーを頬張っている。

「そうえば……最近カレー食べてるの多いね」

「うむ。カレーは食物繊維もとれるし、炭水化物も取れる。効率のよいエネルギー摂取が出来るからな。それに、食欲がなくても不思議と食べられる。毎日食べるのにこれ以上ピッタリなものはないぞ」

「……この前今のと同じこと信に聞いたら、ラウラとおんなじこと言ってた」

「当たり前だ。嫁から聞いたのだからな。それに、夫婦というのは似てくるものだろう?」

「あはは……」

かくいうシャルロットも週一くらいのペースでカレーを食べるようになっているのだが。
二人は朝食を終え、後片付けを済まして食堂を出る。
すれ違う級友に挨拶をして歩を進めながら、先程の買い物について細かいことを決めていくことにした。

「それで?何時にするんだ?」

ラウラが歩きながらシャルロットに話しかける。

「そうだなぁ……十時くらいがちょうどいいんじゃない?」

「ではそうしよう。しかしそれまでは何をするのだ?」

「何って……いろいろあるでしょ?出かける準備」

「準備?」

きょとんとシャルロットを見つめて、ラウラは首をかしげている。
その様子がたまらなくかわいくて、シャルロットは思わず抱き付きたい衝動に駆られるのだが、流石に公衆の面前ではそんなこともできるわけもなく、手を握ることで我慢した。

「ほら、ラウラも女の子なんだから服を着替えておしゃれしないと」

「服は学園の制服と軍の隊服しか持っていないぞ?」

「……」

「シャルロット?」

「はぁ……買う物の一つ目は決定だね……」

「……?まぁいい。それよりも嫁はどうする?」

「あ、そうだね。どうせなら誘っちゃおうか?」

さっそく二人は信の部屋へと足を向けるのであった。





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「むう……私に無断で外出とは……」

シャルロットに三度もピッキングはいけないと止められてから、ラウラは信の部屋の鍵穴から目を離して不満そうに口を尖らせた。

「うーん……案外部屋に居なかっただけで、寮の中にいるかもしれないよ?電話してみようか?」

「ああ、そうだな。頼む」

「うん。ちょっと待ってね……えっと……」



ピポパポ……プルルル……プルルル……ガチャ 。



「ただいま、電話に出ることが出来ません(裏声)」

お決まりのあの台詞が聞こえてきたが、声がいつもと違った。
男の人の声だ。
それもよく知っている人の。

「……信、何やってるの?」

「いや、何となく」

男の子ってよくわからないなぁ、とため息をつくシャルロット。
なんでこういうどうでもいいようなイタズラをしたがるんだろう?

「まぁそれは置いといて……あのね、今日ラウラと一緒に駅前に行くんだけど、信もどうかな?」

「今日?何時に行くんだ?」

「十時くらいにしようかなって言ってたんだけど……その時間は平気?」

うーん、と電話の奥で唸る声が聞こえた。

「ちょっと午前中は無理だけど、午後からだったら行けるぞ?」

「そう?無理しなくていいんだよ?」

「大丈夫。せっかくシャルが誘ってくれたんだし、俺も一緒に行きたいからな」

「ほ、本当?ありがと、信。じゃああとで駅に着いたら電話して?」

「わかった。じゃあな」

「うん。それじゃ、また……えへへ、一緒に行きたいかぁ……」

パタンと携帯を閉じてラウラと向き合うと、信がこれるかどうか、そわそわと期待の目をシャルロットに向けていた。
優しく笑顔を作って、シャルロットはラウラを安心させた。

「信ね、午後からだったら来れるって」

「なに!?本当か!?あ……い、いや………本来なら初めから来るべきだろう、私の嫁なのだからな!まったく、仕方がないやつだ……」

一瞬とても喜んだラウラは、恥ずかしかったのだろう、わざとらしく咳をして顔を赤らめている。
そんなラウラを見て、いっそう優しい笑顔を広げるシャルロット。

「それじゃ部屋に戻ろっか♪」

シャルロットも信が来てくれると思うと心が弾むのであった。











「はぁ〜……」

『ため息とはこういうものだ』というようなため息をつく一人の女性。
お昼にはまだ少しだけ早いが、オープンテラスのカフェでペペロンチーノを食べている。
もっとも、ほとんど手をつけていないのだが。

「どうしようかしら……」

頭を抱えていると、新たに三人の客が入ってきた。

「ちょっと!いい加減信から離れなさいよ!」

「鈴さんこそ!信さんに迷惑をかけてはいけませんわ!」

「だぁー!もう!静かにしろって!」

楽しそうね……。
いいわね、悩みがないって。
再び大きなため息がでる。




ピロリロリン♪




女性の気分とは正反対の楽しげなメロディが聞こえてきた。

「あ、電話……うげっ!お、織斑先生……!」

「「えっ!?」」

「ふっ、二人とも静かにしてくれ……」

「え、ええ……」

「了解ですわ……」

カチャッと携帯を開く音が聞こえた。

「も、もしもし……はい、いますけど……はい、はい……はい……言っておきます。え?俺はなんにもしてませんよ!?……はぁ、心臓に悪いから止めてください……」

ピッと通話を終了する男子。

「鈴、セシリア……さっきの騒ぎ、学校に連絡来たって……」



ビシ!



何かがひび割れるような音が聞こえた気がした。
ちなみに女性は三人のやり取りを耳で聞いているだけで、目はまったく別方向を向いていた。

「織斑先生がすぐ戻ってこいってさ……遅れたら……」

「じ、じゃね!信!こ、ここ、今度は絶対にごちそうになるからね!」

「し、信さん、ご、ごきげんよう!」

二人は店を出るとあっという間に見えなくなった。
残された男子が案内された席に腰を下ろす。
別に見るつもりも無かったが、斜め向かいに座ったため、嫌でも目に入った。

(え?うっ、うそ……こんなところにこんな逸材が……!)

刹那、長年の経験から『この子はかなり期待できる!』と女性が感じる。

(きっと神様がくれたチャンスだわ!)

見つめ過ぎていたからだろうか、ふと、少年と目が合う。
わずかに首をかしげるも、すぐにニコッと笑顔を見せた目の前の男の子に思わずドキッとする。
すると、席から立ち上がり、自分の向かい側に座ったではないか。
まばたきをした一瞬で、少年の目が金色になった。
何かのマジックだろうか。

「バイトですか?うーん……」

「えっ!?な、何で……?」

「見ればわかりますよ……あー、でもすいません……今日は―――」

ヤバイ!
このチャンスを逃してはいけない!
素早く手を伸ばし、がしっと相手の手を握る。

「お願いします!」

「え?あ、あの――」

「そこをなんとか!」

「いや、ちょっ――」

「バイト代弾むから!」

「だか――」

「お願い!本当にお願い!私の運命がかかってるの!」

「え、えぇ〜……」

十分後、『話しかけるんじゃなかった……』と思いつつ、信は押し負けたのであった。











ピロリロリン♪






「はい、もしもし」

『あ、シャルか?』

「あっ、信。もしかして駅前についた?」

『その事なんだけどな……悪い!急用が入っちまって……また今度な?』

「……」

「しゃ、シャル?……あれ?シャル……ロット……さん?」

「……そう、そうなんだ……よっぽど大事な用事なんだろうね……女の子二人を期待させといてさ……」

『ご、ごめん!埋め合わせはしっかりするから!なっ!?』

「ふぅ〜ん……楽しみにしてます。真宮くん」

『怖っ!』

ちょこっとだけ強めに通話終了のボタンを押し、携帯をしまった。

「はぁ……信のばか……」

「どうした?」

「信、来れないって。僕たちとの約束より大事なことがあるんだってさ」

「なに!?あの裏切り者め……」

ちょうど時間は十二時を過ぎたところで、ふたりはラウラの服を一通り買った後、オープンテラスのカフェでランチをとっていた。
そこそこ混んではいるが、息苦しいほどに人がつまっているわけではなく、店内も清潔な雰囲気でさすが駅前の一等地というところである。

「帰ったら夫婦がどうあるべきか、じっくり教えてやろう……」

ラウラが手に持ったスプーンとフォークを固く握りしめると、金属製のはずなのに、ギギギッと何かが曲がるような音がした気がした。
だが怒っても仕方ないと、ふぅーっと息を吐いて、ラウラは話題を変えた。

「ところでシャルロット……その、まぁなんだ……あの服は私に似合っていたか?」

「もちろん!あ……もしかして……気に入らなかった?」

「い、いや!そうではない!……私は今までおしゃれというものに疎くてな……なんというか、嫁が気に入ってくれるかと……」

「あ〜……なるほど。それなら大丈夫!絶対に大丈夫!保証するよ!」

「そ、そうか……?」

「うん!」

「……わかった。なら平気だな……そうだ、午後はどうするんだ?私は特に見たいものはないぞ?」

「生活雑貨を見て回ろうよ。ちょっとしたインテリアグッズとか……あ!僕腕時計見たいな〜」

「腕時計?なるほど、日本のものは性能がいいと聞くからな」

「うん。ラウラは?欲しいものとかないの?」

「ふむ、欲しいものか……そうだな、『ドス』というものが欲しい」

「『ドス』?」

「本国の部下がな、なにやら日本の映画で『ジンギ』がどうのこうのと……『ドス』がなんなのか私もよくわからんのだが」

「うーん、聞いたことないなぁ……」

「あとは『ポントウ』とか『チャカ』というものがあるらしいぞ」

「へぇ〜……調味料かなにかなのかな?」

そんな日本文化の話に盛り上がりつつラウラとシャルロットはしばらく楽しい時間を過ごし、結局わからずじまいだった疑問は信にでも聞いてみようという結論になった。
会話を小休止し、二人が食後の紅茶に手をつけていると、ぶつぶつと念仏のような低くて暗い声が聞こえてきた。

「……あと、もう一人……いえ、欲をいえば二人……」

年の頃は二十代後半で、がっちりとしたスーツを着ている。
何か悩み事があるらしく、注文したであろうペペロンチーノは冷め切ってしまっている。
本当にいつから手をつけていないのだろうか。
完全に乾燥している。

「……ラウラ、あの―――」

「お節介はほどほどにな」

「え?」

「お前のことだ、あの女の話だけでも聞いてやりたいんだろう?」

シャルロットは静かに紅茶をすするラウラに驚きの目を向ける。
そして、すぐに嬉しくなった。

「ラウラ、僕のことちゃんと見てくれてたんだね」

「……嫁の癖が移ったのかもしれんな」

「ふふっ……ありがと。とりあえず話だけでも聞いてみるよ」

「なら私も一緒に聞こう。あの女のことがまったく気にならないわけでもないからな」

二人は席を立ち、シャルロットは女性に声をかけた。
その横でラウラが、もちろんそれが彼女にとって普通の眼差しなのだが、少々冷ややかな目線を女性に向けていた。

「あの、どうかされましたか?」

「はぁ……え?えぇぇぇぇ!?」

カフェ中の人が会話をやめて振り向くくらいの大きな声を上げて、女性はイスが倒れるのも気にせずに弾けるように立ち上がった。
予想以上に驚かれたので、逆にシャルロットとラウラも驚いて少し後ずさりしてしまった。
女性は腕を獲物を見つけた蛇のようにしなやかに素早く伸ばして二人の手を掴み、キラキラと輝いた目を向ける。

「あなたたち!」

「は、はい?」

「なっ、なんだ?」

「バイトしない!?」

「「……え?」」






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「と、いうわけ………」

「はぁ……駆け落ちで人で不足、ですか……」

「ふむ……まぁ愛のためだ。仕事を突然やめるのも仕方ないだろう」

「でもね!今日は超、超、超、ちょーー!重要な日なのよ!本社からね、今回の視察は給与明細のあれやこれに関わるぞって言われてて……」

「わかりました。お力になれるなら、今日だけ」

「シャルロットがやるのなら私もやるぞ。『旅は道連れ、世は情け』だろう?」

ありがとうと拝むようにお礼をしながら、女性はこうした時間ももったいないとばかりに仕事の内容を説明し、それが終わると安堵のため息をついた。

「でも助かったわ〜!三人も手伝ってくれるなんて!」

「三人?」

「私たちの他にもう一人いるのか?」

「そうなのよ!それがね、すごく優しくて、かっこいい男の子なのよ!もー本当にびっくり!背が高くて、笑顔が素敵で!ああ、でも女の子二人と待ち合わせしてるって言ってたから、悪いことしちゃったわね」

「「……」」

「あら?どうかした?」

「あ、いえ……特に」

「でね、何にも言ってないのに、彼は考えてること何でもお見通しなのよ!『見ればわかるんですよ』ですって!それに……って、もう着いちゃったわ!ここよここ!」

嬉しそうに自分の店を指差して、女性はにっこり笑った。
女性は店のドアを静かに、けれども意気揚々と開ける。
カランカランと扉に着いたベルが透き通った音をたてると、すぐにパタパタと女の人が駆けてきた。

「あっ、店長!見つかりました?」

「ふふーん!期待以上よ!じゃじゃーーん!!!」

そう言ってラウラとシャルロットを見せつける店長。

「わぁ〜……!かわいい!!すごいですね、店長!」

「まあね〜!あ、ところでさっき連れてかせたあの子、どう?」

「とにかくすごいですよ!教えたことは何でもすぐできるし、人見知りもしないし!笑顔も素敵ですしね!」

「「……」」

ラウラとシャルロットの頭にはよーく知っている男子が浮かんでいた。
恐らく間違っていないだろう。
というか、他にいるわけがない。

「先輩、何騒いでんすか?あっ!店長!おかえりなさ……え?」

「やっぱり……」

「ほう………」

奥から出てきたのは、燕尾服に身をつつんだ信だった。




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「そっか。お前らもスカウトされたのか」

「もう!一言いってくれれば僕たちもすぐ手伝いに来たのに!」

「そうだぞ。何故言わなかった?」

「な、なぜって……そりゃあ……」

メイド服に着替えたシャルとラウラが信を壁際まで追い詰め、非難の目を向け続けていた。
このお店、いわゆるメイド喫茶というやつで、従業員は全員メイド服着用。
ただ、男性客ばかりでなく女性客にも受けがいいように、男性は執事の燕尾服を身に付けて接客するのだ。
生まれて始めて着たにしてはやけに執事姿がさまになっている信は、意図的に二人を見ないようにしているらしく、天井や真横など、一向に正面を向く気がない。

「まぁ、ほら……な?いろいろと……」

「信!ちゃんとこっち向いて!」

「なんだ?何か後ろめたいことでもあるのか?」

「な、ないって!あ、あっ!?し、仕事仕事!」

逃げるようにそさくさと準備室から出ていく信を膨れっ面で見送る二人のメイド。
いくら人助けのためとはいえ、約束をすっぽかされた側にしてはバイトを優先させたことが少し不満なのである。
すると、信と入れ違いで店長がクスクスと笑いながらスタッフオンリーの準備室に入ってきた。

「うふふっ。そう、あなたたちが……」

「「え?」」

「彼にね、知り合いでかわいい子いない?って聞いたら、『メイド服なんて着たらかわいすぎて、そいつらに客持ってかれますよ』って」

「「な……!」」

二人は一気に顔を赤くし、うつむいてもじもじと恥ずかしそうに手をいじる。
店長は『その時はわからなかったけど、今納得したわ』と言って優しく二人を見つめた。

「それに、お給料もらったらその子達に何か買ってあげるんだって言ってたわ。なんでも、『約束破っちゃったからその埋め合わせ』らしいわ」

店長は本当に面白そうにウインクして、クスクスとこらえきれなくなった笑い声を上げる。
シャルロットとラウラは嬉しいやら恥ずかしいやら照れるやらで気を抜くとすぐ、にやけた顔になってしまう。

「そ、そうだったんだ……」

「ふ、ふむ。まあ、あ、あれだな。反省していたようだし、ゆ、許してやるか……」

「店長!?何か今余計なこと言ってた気がしたんですが!?」

「ぜーんぜん!なーんにも〜」

客席の方から聞こえてきた信の声に、間延びした声で首だけを後ろに向けて返事をすると、店長はそっと、シャルロットとラウラの耳元で囁いた。

「ほら、早くいってらっしゃい?あなたたち、あの子のこと大好きなんでしょ?」

二人の顔からボン!と湯気が出た。
再び店長がクスクスと笑う。

「うふっ、青春ね〜。頑張って、二人とも!いつもよりもっとかわいくなった自分を見せつけてあげるのよ!」

そう言って店長はにわかに混み始めた店内に出て行った。
しばらく無言で立ち尽くしていると、信が部屋に入ってきた。

「なんで出てこないんだよ。恥ずかしがってるのか?」

「ね、ねぇ、信?ぼ、僕たちのこの格好……」

「こ、これは……かっ、かか、かわいい…のか?」

上目遣いで、しかもメイド服を着た顔の赤い美少女二人にそんなことを言われて、信は思わずドキッとする。

「あ、当たり前だろ。つーかお前ら、もとからかわいいし……」

「「……あぅ」」

「と、とにかくだ!シャルもラウラもメチャクチャかわいい!わ、わかったか!?だからさっさと出てこいよ!」

ほんのり顔を朱に染めた信が再び店内に戻っていく。
残された二人はというと、心のなかでずっと『メチャクチャかわいい』が反響していた。
しばらくその幸せに浸ると、先に帰還したシャルがラウラを呼び戻す。

「……はっ!?ら、ラウラ、僕たちも行かなきゃ!」

「……か、かか、か、かかか、かわ、か、かわいい……め、めめ、め、メチャクチャ……」

「ら、ラウラ!?しっかり!」
「う……ん……?……はっ!?あっ、ああ、すまない。そ、そうだな、そうだった。行こう」

「ちょ、ちょっと待って!」

店内に一歩踏み出したラウラをシャルロットがひき止める。

「ラウラ、挨拶は大丈夫?」

「挨拶……?ああ、あれか。問題ない」

「じゃあ一回だけ練習。せーの……」

「「お客様、@クルーズへようこそ」」











「ラウラ、お前はあっち。あ、これ持ってけ。えーと、シャルは四番テーブルに紅茶とコーヒーを頼む」

「了解した」

「うん、わかった」

すでに信は単なるバイトではなく、職場での中心的存在へと成長していた。
フロアリーダーも『嘘!?彼、この仕事初めて!?』みたいな感じである。

「お嬢様、大変お待たせいたしました。こちら、デザートになります」

@マークの刻まれたトレーからチョコパフェを下ろす信を熱い眼差しで見つめる女性客。

「お嬢様?」

「いっ、いえ!!な、なんでもないです!」

思いの外顔を間近に近付けられて焦り、手をぶんぶんと大きく振る。

「ではごゆっくり」

照れているのを見透かしたような小さな笑いを残し、颯爽と去っていくイケメンの後ろ姿を名残惜しそうに眺める女性客であった。
もちろん周りの女性はすでに信を知らず知らず目で追ってしまい、彼が笑顔を見せるたびに言い知れぬ胸の高鳴りを感じるのだった。

「ねぇ、あの人超かっこよくない!?ヤバイんだけど!!」

「ここでバイトしようかな……」

「わ、私……運命の人に会っちゃったかも……」

店内はすでに信に好意を寄せる女性で溢れかえっていた。
対して男性客の方々はというと、きれいに二つのグループに分れていた。
ひとつは、シャルロットの暖かな微笑みの虜になっているグループ。

「お待たせしました。紅茶のお客様」

「お、俺です……」

「はい。コーヒーのお客様」

「は、はい!」

「では、ごゆっくり」

シャルロットはその一つ一つの仕草に品があり、内面の優しさが垣間見えるようだった。
が、それがなんでも許してもらえるように見えたのだろうか、男性客の一人がシャルロットの腕をぐいっとつかんで、自分の方へ引き寄せようとする。

「ちょ、ちょっと!も、もう少しお話しようよ!」

「えっ!?や、止めてください!」

シャルロットが助けを求めて少し大きめの声を出し、一層腕に力を入れて鼻息荒く迫ってくる男性客を拒む。
すると、横から伸びてきた別の手が男性客の腕を掴んで、シャルロットの腕から無理矢理引き剥がした。

「お客様、当店ではそのようなサービスはいたしておりません。申し訳ないのですが、このまま騒ぎを起こすのなら、お引き取り願います」

「な、なんだよ!おま――って!?痛っ!いててててて!!」

信が握る力を大きくすると、とたんに客が悲痛な叫びを上げて必死にその手を振りほどこうとするが、びくともしない。

「答えは『はい』、『わかりました』、『イエス』、または『ごめんなさい、もうしません』の中からお選びください」

「は、はい!わ、わかりました!イエス!!ごめんなさい!もうしません!」

それを聞いた信はパッと手を離し、解放されてほっとしているシャルロットと一緒にカウンターへ戻りながら、彼女に優しく声をかけた。

「ったく……怪我ないか?」

「う、うん。平気。ありがと」

それを聞き、優しく微笑んで美少女メイドの頭を撫でるイケメン執事がどうしようもなくかっこよく見えて、再び女性客が熱い眼差しを送る。
男性客も照れて赤くなる美少女メイドを見て『あの子を撫でたい!』と思うのだった。

「あ、あの女の子、かわいいなぁ……」

「ちょっと恥ずかしがってる表情が……もう!」

「俺もあんな風にしてあげたい……!」

一方、もうひとつの派閥を作っているラウラ。
ドンッと置いたグラスから何滴かコーヒーが飛び出し、テーブルに黒い点々をつけた。

「コーヒーだ。気がすんだら帰れ」

「え、えっ?まだ来たばっかなんだけど……」

「知ったことか。あとが詰まっているんだ。さっさと飲んで帰れ」

「え、あ……は、はい……」

ドイツの冷氷と呼ばれたラウラの一面は、今でも健在のようだった。
ただ彼女はカウンターに戻ると、また違った一面を見せるのだ。
ある一人の執事に対してだけ。

「どうだ?接客とはこのようなものか?お前に言われた通り、客は喜ばせてきたぞ」

「うーん……確かに客を喜ばせるのがいいとは言ったが……」

信はチラリとその『喜んでいる』テーブルを見る。
先程ラウラが注文されていないコーヒーを運んだ、あのテーブルである。

「罵倒されるのがこんなにいいなんてっ……!」

「靴!靴をなめたい!」

「踏まれたいぃ!」

接客なんてしたことがないと言うラウラに『接客で一番大事なのは客を喜ばせることだ』と教えたのは間違いだったのかもしれない、信はそう思って頭を抱えた。
というか客の反応が間違ってる。

「いや、でも喜んでるし………難しいところだが………合格、かな」

ポンポンとラウラの頭を撫でる。
そうすると銀髪のメイドはとても幸せそうな柔らかい表情になるのだった。
そこのギャップがまた、一部の男性客を刺激し、盛り上がっている一角をより一層盛り上げる。

「「「萌え〜!!」」」

ほんの数分間でラウラに追い出された客が、店を出ていくときに興奮気味に話していた内容を小耳に挟んでという客を始め、どんどん広がるイケメンと美少女の噂はあれよあれよと店内を埋め尽くす人をかき集めた。
気付けば席は満席、立ち飲みでも構わないという人が出てくる始末。
騒がしくなった店内には三人を指名する声があちらこちらから飛び交っていた。

「すいませーん!追加の注文お願いしますっ!イケメン執事さん!」

「コーヒー!キリマンジャロで!金髪のメイドさん!」

「銀髪のメイドさん!僕を蹴って!」

様々な要求が四方八方から寄せられるも、店長が間に入り滞りなく三人をテーブルに向かうように調節し、信が状況に応じてスタッフの最適な配置を指示したおかげで、通常時の八割増し以上の客数がスムーズにさばかれていく。

「あなた本当に始めて?すごいわね!うちで働かない?」

「いやいや、そんな」

「バイト代弾む――」













バタン!!!















「全員動くんじゃねえ!殺すぞ!」

突然の出来事に、店内が凍りつく。
ドアを破らんばかりの勢いで雪崩れ込んできた男が三人。
その手には黒く鈍い光を放つ拳銃が握られている。
それを理解するためのほんの数秒間の静寂のあと、誰が発したのか、叫び声が周辺に響き渡った。

「きゃあああっ!?」

「騒ぐんじゃねえ!静かにしろ!」

三人のうちの一人が拳銃を天井に向け、何発か発砲する。
男達の格好といえばジャンパーに、ジーパン、そして顔には覆面、手には銃。
背中のバックからは何枚か紙幣が飛び出していた。
『私たち、強盗です』アピールが激しすぎる三人組。
こんなにも分かりやすい強盗もそんなにいないだろう。
珍しい。
もう珍し過ぎてギネスブックに載るんじゃないかぐらいのレベルである。
『世界一懐かしい強盗の格好』とかで。
たぶん絶滅危惧種だ。
生きているうちにまた会えるかどうかわからない。

(……サイン、もらえないかな……)

本気でそんなことを思う信であった。

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