小説『IS〜world breaker〜』
作者:山嵐()

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31:別離と再会

私にシリアスな話は無理なんだなぁ、とおもいました(;o;)



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 大地を震わすような、突然の爆音。そして、飛び立った鳥が森の木々を一斉に揺らし、辺りが騒がしくなった。

 いったい何事かと、少年は貨物室の外へと出てみる。遥か前方のほうで土煙が上がっているのを確認すると、早速回線を開いた。

「あ〜もしもし? オータムやられたっぽいぞ?」

『いいわ、放っておきなさい』

『いや、あの女にとどめを刺してきてもいいんじゃないか?』

「おいおい、『一応』仲間なんだからそういうこと言うなよ、M」

 くくっと短く笑い、少年はMに優しく囁く。 とりあえず彼らを運んで、とスコールが命令を下してきたので渋々貨物室の中に戻る。
 この少年の性格をおおよそ掴んでいたスコールには、そのまま待機などと言ったが最後、少年がオータムを殺しに行くのは目に見えていた。

 少年は十四、五歳ぐらいで、白髪である。その目は死んだ魚のように黒く、この世の闇が凝縮されたような色をしていた。しかし、その整った顔立ちと寂しげな印象を与える風貌は、どこか女性を虜にするものがあるのも事実である。

 少年はひょいともとの貨物車両の中へ飛び込む。
 貨物室で猿ぐつわをされ、手足を縄で結ばれている老人たちはなんとも言えない表情を向けていた。
 少年は薄ら笑いを浮かべながら、ゆっくりと近付いていく。

「よぉ。気分はどうだ?」

 二人の年老いた男女は何も言わずただ彼を睨み付けている。
 少年にとって、この男女が年を取っていようが、夫婦だろうが、科学者だろうが、研究者だろうが、関係ないことだ。ただ自分の好きにできる『玩具』が目の前に力なく横たわっているだけだった。

「なんか知らねぇけどさぁ、助けが来たっぽいぜ? オレたちのよーく知ってるやつが」

「〜〜!! ぅっーー! ーーぅ……!」

「落ち着けよ。俺はお前らには興味ねぇんだ。だから逃がしてやるよ」

 老夫婦が驚きのあまり目を見開き、体を起こす。数週間水だけしか与えられていなかったわりに頑張るじゃないか、と少年は耳障りな笑い声を上げた。

「どーせあのクソ女に全部押し付けちまえばいいからな。それにこのまま組織に引き渡したって『オレが』面白くない」

 少年は立ち上がり、近くにあった銃のようなものを手に取る。先端が槍のようになっている、何かの機械が銃口から覗いており、トリガーを引くとそれが発射される作りになっていた。

「変わりにあんたたちの研究結果、試さしてもらうぜ。あれは俺がもらう」

 少年は自分の身長の半分ほどはある異形の銃を携え、茂みの中に消えていった。















 俺はようやく列車の最後尾に到達した。

『さぁさぁ、待ちに待った時が来たね〜』

「すいません、ゆっくり話がしたいので通信切ります」

『ご自由に〜☆』

 用事とやらが終わったらしい博士が早速話しかけてくるが、俺は冷たく率直に気持ちをのべたあと、回線を切った。
 やけに素直なのは先の戦闘で俺を見捨てた罪悪感があったからだろうか。そんな考えが頭を巡ったが、すぐにそれは消えた。

 俺が貨物車両の横に回ってみると、一ヵ所だけ扉のような長方形の入り口がぽっかり空いていた。





 ――生命反応あり





 扉の脇で背中を車両に押し付け、横顔を中に向ける。
 するとそこには、拘束された体を必死に動かしている二人の老夫婦がいた。俺はすぐに車両に飛び込み、瞬光を待機状態のブレスレットに戻す。その様子を見て、老夫婦は驚いて動きを止めた。

「助けに来たから、もう大丈夫」

 そう言うと、すぐに縄をほどき始める。
 やがて拘束はとかれ、最後に二人は猿ぐつわを自分で外し、俺と向きあった。

「……」

 俺は無言で立ち尽くした。あまりにもやつれたその姿を見て、俺は腹が立った。
 一体何があったのだろうか?
 ギリギリと歯軋りをすると、すぐに目の辺りが熱くなり、視界がぼやけた。突然の涙に誰よりも驚いた俺は、誰にも見せるまいと二人に背を向けた。

「……ここに来るまで、男の子にあわなかったか?」

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、俺は首を横にふって否定の意思を伝えた。

「あなた……」

「ああ……よかった……」

 そんな会話が聞こえてきたとき、ようやく俺は顔を上げて再び彼らと向き合うことができた。そのとき俺はどんな表情をしていたかわからない。相手の二人はただただ、苦笑するだけだった。意味もなく重たい雰囲気が俺達の間に流れる。
 そんな沈黙を破ったのは、相手の方だった。

「よし、じゃあ逃げるか。確か――」

 その瞬間、背中に何かが這うような嫌な感じがした。背筋が凍った、というよりも、背中を得たいの知れない気味の悪いもので撫でられるような、そんな感じが。
 そしてそれは、さっき戦ったオータムとは比べ物にならないほどの殺意を含んでいた。
 俺は反射的に瞬光を展開し、鬱蒼と茂る木々の方を振り返りながら、二人の前に手足を広げて立ちふさがる。

「「し――!!!」」

 二人が叫び声を上げる前に、大きさ四十センチほどの槍が俺の方に飛んできた。
 撃ち落とそうとするより早く、その先が四本に割れる。すぐにそれは体をガッチリと掴むように俺に取り付いた。見知らぬ機械のようなそれから、ワイヤーのようなものが茂みの向こうへと延びていた。

 それだけ確認した直後、訳がわからないまま体中に電撃のようなものが流れ込んできた。

「があああぁぁぁぁ!!」

 青白い電撃が瞬光と俺の上を駆け抜けていく。何が起こったのかわからぬまま、あまりの痛みに悲鳴を上げた。

 やめろ。やめてくれ。

 何回もそんな言葉を繰り返してる自分がいた。やがて永遠にも感じられる時間が過ぎ、俺は冷たい無機質な金属の床へと落ちた。

「う……?」

 甲高い笑い声が茂みの間から聞こえて、そのあとガサガサと遠ざかる音がした。

 そして俺は、それを最後に意識を保てなくなった。















「くくっ! あぁ……いいねぇ……」

 少年は何かにとりつかれたように手のひらで輝きを放つひし形の物体を見つめる。
 これがあいつが使っていたものか。
 少年は苦々しく、それでいて嘲るような表情を作った。

「これもオレにこそふさわしい……あいつのものは全て、オレの方がふさわしい……」

 ぶつぶつとうわ言のように繰り返す。
 きっとやつらは逃げてしまうが、これさえ手にいれれば少年は満足だった。喜びに顔を歪ませ、物体を隣に置いて仰向けに寝転ぶ。太陽が眩しい。少年は目を細める。

(オータム、死んでねぇかな……)

 少年は目をつむる。
 さて、あの二人を逃がした言い訳でも考えなければ。それらしい言い訳を探して深い思考の海へと落ちようとすると、顔に何か固いものがぶつかった。

「ってぇ!」

 少年は怒りと痛みに顔をしかめて飛び上がる。
 何がぶつかったのかと辺りを見回すと、缶ビールのようなものが転がっていた。彼は立ち上がり、それを拾った。






 バン!!!!!!!!!!





 何やら兎の絵がかかれた円柱型のそれは、手に持った瞬間、爆発した。
 少年は反射的に両手を交差するが、缶から吹き出した煙は少年の視覚と嗅覚を奪う。さらに同時に発せられた耳をつんざくような爆音により、聴覚も奪われた。

「クソがぁっ! 出てこいっ! 殺してやるっ!」

 少年は右往左往して、結局どうすることもできないまま待つしかなかった。

 やがて煙幕が晴れ、視界が開けてきた。嗅覚と聴覚も回復したとき、少年は気付いた。

「無い……! コアが……オレのISコアが無い……!」

 辺りを血走った目で見回すと、小さな足跡があった。明らかに人間のもので、そこから予測されること、それは――。

「クソったれがぁぁぁぁ!!」

 ひとつの結論に至ると、少年は怒りのあまり、右足が折れるのも気にせずに近くにあった巨大な岩を思い切り蹴り抜いた。
















 男は太陽の眩しさに目を細めながら、救助ヘリに向かって手を振っていた。
 彼の妻は地上からの救援部隊に何やら話しかけていた。大方彼らの謝罪の言葉を受けているのだろう。
 男はため息をついた。
 これは、当然の罰なのかもしれない。何もかも黙っていた、自分たちが悪かったのだ。

「博士!」

 下から声をかけられた。堅苦しい武装を身にまとった女性が自分を見上げていた。

「彼は大丈夫です。命に別状はありません」

 そうかと短く返事をし、貨物車両の上から梯子を使って降りた。地面に足がついたとき、グラリと体が傾いてしまう。
 すぐに先程声をかけてきた兵隊が肩を貸してくれた。

「博士! ……まったく! 無茶なさらないでください! ろくな食事も取ってないんでしょう!?」

「あ、ああ。すまない……大丈夫だ……」

「あ……い、いえ……すみません、つい……元はと言えば私共がふがいないせいで……」

 老人は笑い声を上げる。やけに快活なその声は辺り一面に響き渡った。

「何を言っているんだ。君たちはこうしてまた、私たちの救助に赴いてくれた。それで償いは済んでいるよ」

「ですが――」

「いくら君たちのような精鋭部隊でも、私たちのような老いぼれは守りきれなかったさ。あのとき私の妻が転んでしまったのは仕方の無いことだ」

「いえ! これは私たちの――」

「君は責任を感じ過ぎているよ。私たち夫婦はね、君たちにはもう感謝しているんだ。私たちへの武力的な干渉を秘密裏に退けてきたのはいつも、君達だったからね」

 二人は数十人の武装集団が周りを取り囲む車両の中にゆっくりと足を踏み入れた。中には彼の妻が静かに座っていて、そして信が横たわっていた。
 女性兵隊は老人を妻の隣に座らせ、短くお辞儀をするとすぐに警備に戻った。

「ふふっ……見て、この子。子供みたい」

「そうだなぁ……起きたら絵本でも読み聞かせてやればいい」

「そうね。うふふっ」

「まぁとりあえず、生きててよかったな」

「ええ」

 久しぶりに夫婦は互いに微笑みあった。

 そんな些細な会話をしていると、外がにわかに騒がしくなる。
 夫婦はまた敵襲かと身構えたが、それは取り越し苦労で済むことになった。

「博士!」

「あら! 久しぶりねぇ!」

「おお、君と会うのは1年ぶりくらいか?」

「ええ。そうですね」

 車両に入ってきた女性は美しいショートヘアーで、非常に上品な笑い方をした。どこか余裕を感じさせるそのたたずまいは十代のそれからかけ離れてはいたが、その笑みは若々しく、むしろ子供に近かった。

 だが彼女は急に神妙な顔つきになる。

「誠まこと博士、遥はるか博士。この度は私どもの不甲斐なさの所以で大変なご迷惑をおかけしました。私のような未熟者の言葉では謝罪の言葉も意味を持たないでしょうが、深くお詫び申し上げます」

 深々とお辞儀をする少女を見て二人は優しく微笑んだ。まだ年端もいかない娘だというのに、なんて仰々しい挨拶だろうか。
 無理をしているとは言わないまでも、形式を重んじることに捕らわれる必要は無いのにと二人は思った。

「私たちには謝罪の言葉など必要ないわ。謝らなければいけないのはこちらの方よ」

「いつかこうなることがわかっていて、それなのに君たちの警護に甘えていたのだからね。だからもう顔を上げてくれ」

 少女はありがとうございます、と言って顔を上げ、弱々しくはあったがニッコリと笑った。彼女の透き通った声はどこまでも清らかで、決意に満ちていた。

「17代目楯無の名に賭けて、二度とこのようなことは起こさせません」

「ええ。これからも信頼してるわ。更識家と、あなたを」

「さ、堅苦しい挨拶は終わりだ! 楯無ちゃん、すまないが腹が減ってしまったんだが……」

 誠の腹の虫が盛大に鳴いた。それによって、真面目な雰囲気は吹き飛び、三人は笑いあった。
 その声をうるさがるように、信が一瞬顔をしかめて寝返りをうった。
 楯無はそれを見て、また重々しく口を開いた。

「彼のISは全力で探していますが……」

「いや。もう探さなくてもいいよ」

「え?」

「もう耐性はできてると思うわ」

「耐性……?」

 楯無は不思議そうに言葉を繰り返した。

「この子が強く願えば、機械だって応えるってことさ……強く望めば、だがね」

 誠は信を見ながら、独り言のように呟いた。
 楯無はなおも意味のわからない言葉に困惑したが、あとで話してもらおうと決め、おもむろに扇子を取り出す。

「ところで博士。実に勝手ながら、お二人を更識家から別なところに移させてもらいたいのですが」

「別なところ……? 驚いたなぁ。あそこまでセキュリティが充実しているところは滅多にないと思ったが……」

「でも、確かにもう一度あの場所に戻るのは少し危険よね。相手側がどういう風にセキュリティを破ったかはまだわからないけれど……すでにあの場所のシステムに何らかの細工がされててもおかしくはないわ」

「それで? どこなんだい?」

 楯無はうなずき、まず病院で入院して検査を受けてもらいますがと補足した後、 二人に向かって扇子をパッと開く。そこには『招待』の二文字が。

「ご家族ともども、IS学園へとご案内させていただきます」

「「……え?」」

 二人が同時に聞き返す。

「う、う〜ん……」

 ちょうどそのとき、信が目を擦りながら起き上がった。まだ寝ぼけているのか、半開きの目で辺りを見回している。
 そしてその目が、二人の博士をとらえた。

「……久しぶり」

 信はゆっくりと立ち上がり、数ヶ月ぶりにその単語を本人たちに向けて発した。このようにして目と目を合わせるのは、本当に久しぶりだった。

「父さん、母さん――」


















 久々に外に出た束は、風というメロディに載せるように鼻唄を歌っていた。
 時刻はすでに日を跨ごうとしている。
 まだかまだかとウズウズしていると、後ろから聞きなれた声がした。

「束様、お待たせいたしました。映像、報道関係のものに届けて参りました」

 束は勢いよく振り向く。そして、にっこりと笑った。

「やーやー! わりと早かったね、くーちゃん! 流石私の娘だよー☆」

「ありがとうございます。あとこれを」

 少女は手に持った物体を束に渡す。
 束は光輝くそれを受け取り、ほーっと息を吐く。その輝きはほかのどんなものより温かく、優しく、そして力強く闇夜を照らした。

「いかがなさるのですか?」

「これ? 返すよ♪」

「そうですか」

「でもね、まずは聞きに行こうかと思ってるんだ。どう思う?」

 少女は肯定も否定もせず、ただ無言で束の隣に寄り添った。
 夜風が瞬光のコアを撫でて、果てしなく遠くへとその旅を続けた。
















「どういうことだ! 何で私だけ……!」

 オータムは鉄格子に噛みつくような勢いで、向こう側に立っているスコールに問い詰める。

「私は『ほどほどに』と言ったはずよ? 引き際を間違えたあなたが悪いわ」

「あのガキだ! あのガキが悪いんだ!」

「子供のせいにするのはよしなさい、オータム」

 ピシャリと言い放ったスコールはそのまま振り返ることなく出ていった。
 オータムは行き場の無い怒りを鉄の棒にぶつけた。が、残ったのはただ右手の感覚が無くなるほどの痛みだけだった。
 何で自分だけ独房に入れられなければならないんだ。確かに失態を侵したのは事実だ。だが、なぜあの少年だけ何事もなかったかのように組織は迎え入れたんだ?
 するとそこで、鉄格子の向こう側のドアが開いた。

「よぉ、随分と荒れてるみたいじゃないか」

「テメェ……!」

「あーあー、臭ぇ、臭ぇ。負け犬の臭いだ。お前から臭うけど、どしたよ?」

 少年は鼻をつまみ、空いた手をヒラヒラとオータムに向けて振る。あからさまな挑発。わかっていても腸が煮えくり返った。

「殺す!! 殺す!! 殺してやる!! 八つ裂きにしてやる!!」

「うるせぇよ。まぁ落ち着け」

 少年はギプスをしている右足を引きずりながら、近くのテーブルに腰かける。そこにはオータムの専用機『アラクネ』がメリケンサックの待機状態で置いてあった。
 少年はその上に手を置き、哀れんだような目をオータムに向けた。そして、まるで残念がるように顔を伏せ、目を閉じた。

「はぁ……機体がよくても中身がこれじゃあな」

「な――!!」

 そこまで言いかけて、オータムは黙らざるを得なかった。なぜならオータムはすでに、鉄格子から二メートルほど後ろのコンクリートの壁に思い切りぶつかっていたからだ。生身の体には強すぎるその衝撃に、オータムはかろうじて意識はあるものの、その頭が力なく垂れ下がる。
 奥の部屋には、認識するまもなく彼女を突き飛ばした八本の脚がゆらゆらと動いていた。部分展開されたそれは役目を終えると、メリケンサックとして少年の手のひらの下でおとなしくなった。
 目をゆっくりと開け、少年はゾッとするほど冷たい人を見下した声を出す。

「こっちもイライラしてんだよ……殺すはこっちの台詞だ」

「が……ふっ……なん……だ……お前……わ、たしの……アラクネ、に……」

「気にすんな。お前はオレに殺されないように日々恐々として生きていればそれでいい」

「お、前も……ISに……乗れる、のか……?」

「オレがISに乗ってるように見えたのか? だったらお前の目は節穴だな。穴らしくその目、くりぬいてやるよ」

 返事は返ってこなかった。オータムが遂に気絶したからだ。
 少年は苦々しく舌打ちをする。その顔はひどく残念そうだった。

「もう一言喋ったら、殺そうと思ったのに……殺しそびれちまった」

 気絶したことを報告しに、彼は部屋を出ていった。
















 俺はIS学園に戻ってきていた。学生寮の自室で、独り天井を見上げ、今日の出来事を振り返ってみる。



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『私が助けてほしいのはね、しーくんのお父さんとお母さんなんだよ』

「は?」

『しーくんはさ、おかしいと思わない? いくらなんでも、子供に連絡先も教えずに旅行にいく両親なんて』

「何が言いたいんですか?」

『まーつまりだね、しーくんのパパとママはまだISから離れてないんだよ。君をこんな風にしてしまったことを引きずってね、研究を続けてたの』

「……!」

『いろいろ説明は省くけどあの人たち、結構危ない状況にいるかもよ?』

「俺は助けられるんですか? 父さんと母さんを」

『座標や詳しいアドバイスはこっちからするよ。ただし……』

「ただし?」

『そのオートクチュール――あ、『騎神』って言うんだけど――の稼働データがほしいんだ』

「装備しろと?」

『そういうことー♪』



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 俺は天井に向かってため息をついた。
 何だかあの兎博士にしてやられた気がする。そこは腹立たしいというか、悔しい。
 しかし、博士のお陰で両親を助けられたのは間違いないし、そこは…………感謝しなければいけないのかもしれない。が、こうやって恩を感じさせるということに、博士の何らかの計画があるのかもしれないと思ってしまう。
 ……ダメだダメだ。人として誰かに感謝するのを忘れてはダメなんだ。例え相手が博士でも。
 そんなことを考えていると、俺は自然と右手を天井へと伸ばしていることに気付いた。

「……」

 俺は何もない右手首を見る。いつもはここに、当たり前のように黒いブレスレットがあった。でも今は無い。
 感覚的に、あの妙な機械が関係しているのだろうとはわかっていた。両親には休養が必要らしく、俺は無理にすべてを聞き出そうとはしなかった。それを今は少しばかり後悔している。例え二人がIS学園内の病院にいるとしてもだ。きっと面会が許されるのはしばらく先だろう。
 それよりも、瞬光を突然失って、正直どうしたらいいのかわからない。
 探せばいいのか?
 違う。
 悲しめばいいのか?
 それも、違う。
 どうすればいい? 

「……わからない……わからないんだ……」

 俺は泣くつもりもなければ、騒ぐつもりもなかった。
 両腕を交差して目に押し付けていると、近くに置いていた携帯が鳴った。

「……もしもし」

『やっほー♪』

「博士……」

 恐いと思うほどの元気もなく、俺は力の無い声を出した。

『あれー? 元気無いなー? あれでしょ? 瞬光のことでしょ?』

 ぐさりと心に何かが刺さった気がした。俺は何も言わず、いや、言えず携帯を握りしめた。

『大丈夫! こんなこともあろうかと『騎神』にはどんなことがあっても居場所が特定できるシステムを搭載していたのだ!』

「……」

『あ、あれ? そこは『本当ですか!!!!!!』ってくるところじゃないの?』

「本当ですか」

『元気無いなぁ、もう! あのね、もう場所は特定できてるんだけど、ちょこーっとややこしいところでね、しばらく時間をくれない?』

 何というか、この人は本当にわからない。
 俺はパクパクと餌をねだる金魚のように口を動かすだけだった。
 ふとそのとき、俺は前々から自分で疑問だったことの答えを見つけた気がした。そしてゆっくりと、今度は何かを伝えるために、口を動かした。

「博士」

『なぁーに?』

「……まぁ、臨海学校のときのこととか思い出すとまだまだ怖いけど………」

『はい?』

「ありがとう。瞬光を、よろしく頼みます」

 それだけ言って、俺は通話を終了した。天井に鏡があれば、俺はかつて無いほどの穏やかな微笑みを自分で見ることができたかもしれない。






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 ドサッ!





「げふっ!?」

 俺は腹部に強烈な打撃を受けた。
 もしや新手の目覚まし時計……はないな。そんなん市販されないか。

「起きろ。朝だぞ」

「ラウラ……」

 俺は朝から強烈な洗礼を受けることとなった。
 IS学園の制服姿のラウラが俺の上に乗っかっている。なんかこれに驚かない自分に軽くびっくりだ。

「一応聞くけど、誰にこういう起こし方聞いたの?」

「クラリ――」

「ら、ラウラ! 信がいないのに勝手に入ったら――あれ!? 信!? いつの間に帰ってきたの!?」

「あ、シャル。おはよう」

「お、おはよう……じゃなくて! 何してるの!」

 シャルはアワアワとしながら部屋に入ってくる。
 その反応は正しい、シャル。
 状況を説明しようと俺はラウラをベットから下ろす。
 その時、開け放たれたドアの前を鈴が通った。何気なくこちらを見たのだろう、目が合う。

「あっ!」

「どうしました? 鈴さ――ああっ!? 信さん! 帰って来ていましたの!?」

 後ろからセシリアが顔を出す。

「あんた朝っぱらから何やってるのよ!? 女の子を部屋に、つっ、連れ込むなんてっ!」

「帰って来るときはわたくしに連絡をしてください!」

 二人がドシドシと部屋へ乗り込んでくる。わりと大きめの声に、何事かと一夏が走りこんできた。

「な、なんだ!? どうしたんだよ!?」

「よっ、一夏」

「ん? ああ、信。帰ってきてたのか」

「騒がしいな……一夏、どうかしたのか?」

「お、箒。いやなんか信が帰ってきてたから」

 朝食を食べに行くのだろう、いつものように長い髪をポニーテールに結っている箒が一夏と一緒に入ってきた。
 いつものメンバーがいつものように騒がしく、けれども楽しく揃った。

「みんな朝早いな……もうちょっと寝かせてくれよ……夏休みなのに……」

「何を言っている。連絡があったろう? 夏休みは昨日までだぞ」

「……え?」

 いやいや。エイプリルフールにしてはまだ早いですよ箒さん。
 あれ? 遅いのか?
 まあいいや、とりあえず今日はそういう日じゃないから。
 俺がそう言う前に一夏たちが口を開き始めた。

「学園側のミスで1日多く夏休みって公表しちゃったんだってさ」

「みんなわかってたから、もう朝ごはん食べちゃったんだよ?」

「あら? 信さん、顔色が悪いですわよ?」

「まさか……連絡見てないとか……」

 俺は携帯に手を伸ばす。急いでメールボックスを見ると、今日の午前五時の日付でのほほんさんから新規メールが。



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 From のほほんさん
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 みーやんへ。
 連絡遅れちゃった( ̄∇ ̄)
 ほーんとごめんね〜(´・ω・`)
 夏休み昨日までだから〜。
 よろしく〜q(^-^q)
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 携帯をゆっくり閉じ、俺は弱々しく微笑んでみる。心中を察してか、みんなも俺に苦笑いを返す。

「……今……何時?」

「8時50分……」

「始業式開始は?」

「9時ジャストだ」

「……もし遅刻したらどうなるかな?」

「「「「「……」」」」」

 そこから先はあまりに忙しすぎて覚えてない。
 瞬光のことはあの天才に任せるしかない。そう思った俺は、そのことを考えるのを一旦やめた。あの人は腐っても天才だ。何とかしてくれる……はず。
 別に心を許した訳じゃないし、怖くなくなった訳じゃない。でも、両親を助けてくれた礼として、一度くらいは信用してやっても罰は当たらないだろう。
 とりあえず遅刻して千冬さんに叩かれないよう、廊下を全力で駆け抜けるのが先決だった。







 ――忙しい日々が、また始まる。
















 変更後の夏休み最終日、その夜の話になる。
 誠と遥は病室のベットに横たわりながら、深い闇の中にいた。
 月は雲に隠れ、星の光は細く頼りない。

「何も聞かなかったな……」

「私たちに気を使ったのよ。けれどもう『聞かれないから』ではダメね」

「……そうだな」

 二人の顔に夜の闇より濃い影が落ちる。

「結局私は信を騙して、また傷付けたのかもしれない。剥離機(リムーバー)など……」

「あなただけが悪いんじゃないわ。『私たち』が悪いのよ」

「ああ」

「はぁ……これじゃ傷の舐め合いね」

 そこで会話が途切れる。病室は静寂に包まれた。
 IS学園付属病院は最新鋭の医療機器、設備、その他もろもろ間違いなく世界中のトップだった。その病院を運営する側のIS学園も、実際来てみればなるほど、確かに更識家以上のセキュリティだ。しかも国家の干渉を受けないから、なおさら安心だ。
 だが二人の心に横たわる不安はそんなものでは拭えない。
 いい加減寝てしまおうと短く言葉を交わし、二人は目を閉じた。しかし、ほぼ同時に病室のドアがノックされた。

「入ってもよろしいでしょうか?」

 その声には聞き覚えがあった。
 誠はどうぞ、となるべく押さえめに声を出した。すでに時刻は草木も眠るなんとやらだったからだ。
 病室のドアが圧縮空気を解放する音とともに開かれる。入ってきた男は柔和そうで、どこか威厳のある姿をしていた。少し白髪が混ざった髪はこれまでの苦労を象徴しているのだろうか。
 誠は呆れたような、でも嬉しいような表情を浮かべた。

「この短時間でよくもまぁこれだけ懐かしい人に会うものだ」

「はは。そうですか。お元気そうで何よりです」

「でももう少し早い時間にいらっしゃっていただきたかったわ。今何時だと思っているの?」

 遥はそう言いながらもクスクスとイタズラっぼく微笑む。そして『冗談よ。会えて嬉しいわ』と微笑んだ。

「楯無くんから聞いていると思いますが、しばらく安静にしてもらいますよ? こう言っては失礼ですが、もうお体を大事にするお年ですからね」

「なぁにぃ? まだまだ若いもんには負けないぞ」

「あなた。その発言がもう年寄りですよ」

「だから念を押しますが、絶対安静です」

 二人は肩をすくめた。やれやれまたか、とでも言いたそうに。

「君が『念を押しますが』と言うときは必ず裏があるよ」

「はは。やはり勝てませんね、誠さんには」

「そうやってすぐ白状するのもあなたの癖よ」

「ええと、今はこう呼べばいいのかな? IS学園学園長、轡木 十蔵くつわぎ じゅうぞうくん?」

 お二人には勝てませんね、と繰り返して十蔵は微笑んだ。その表情を崩さず、十蔵は話を切り出す。

「お察しの通り、実はお二人に会っていただきたい方がいまして」

「今からかい?」

「よろしいですか?」

「私たちは構わないけど……」

「ありがとうございます。ああ、私は一度席を外しますが、お気になさらずに……ではまた」

 十蔵は席を立ち、軽く一礼して部屋を出ていった。それと入れ替わるように、夜の闇に溶けてしまいそうな漆黒のスーツを纏った女性が入ってきた。その立ち姿は何事にも動じない強い芯があり、誠と遥は驚いた。
 今の世の中にこんなに美しい人がまだいたのかと。
 女性は一礼して、きびきびと話し出した。

「息子さんの担任をさせていただいています、織斑千冬と申します」

「君が世界最強の……」

「それで? ブリュンヒルデが、私たちにどんなご用件かしら?」

 千冬は一瞬ためらったが、まるで押し出すように少し早口で言葉を紡いだ。

「ご無礼を承知の上ですが、私の友人に会っていただけないでしょうか?」

 月の光が部屋に細く差し込んだ。
















 束はいつになく機嫌が良かった。頭のなかで、信の『ありがとう』が反響する。
 たまに奇声をあげながら顔を隠して身悶えする姿は、何だか奇妙だった。
 IS学園のアリーナ地下区画。災害時の避難用シェルターとして作られたそれは、通常時には固く閉じられている。
 しかし今日は束がこっそりお邪魔するのに申し分ない大きさだったし、何より今からすることは場所をとるのでちょうど良かった。と、いうことで旧友に頼みこんで何とか今ここにいる。
 そして、その旧友はいつの間にか、身悶えしている束の横にいた。

「束……」

「あ、ちーちゃん! ……と、あんたたち誰?」

「お前が呼べと言ったんだろう……」

 千冬が深く深く突き刺さるようなため息をつく。
 束はしばらく考えていたが、ピンと指を弾いて顔を輝かせた。

「ああ! しーくんのお父さんとお母さん!」

 誠と遥は戸惑いながらも何とか笑みを作った。
 束の服装は未だに『不思議の国の〜』だったから、それは仕方の無いことかもしれない。

「ええっと………私たちに何の用かな?」

「まー詳しい説明は省くけどね、これどうしようか聞きたいの」

 束は空中ディスプレイを呼び出し、いくつか指示を入力する。すると薄暗い室内が一瞬明るくなり、ちょうど束の後ろ側にISが表れた。

「これは……!」

「白騎士……」

 千冬は苦々しくその名を口にする。

「残念、ちーちゃん! 実はこれ『騎神』装備っていってね、また説明は省くけど『ちーちゃんの乗った白騎士』のスペックを、装備したISのスペックに上乗せしちゃう優れものなのだ☆」

「つまり、これはオートクチュールを装備した状態であり、本来の姿ではない………ということだね?」

「そこの男の人せいか〜い☆ ピンポンピンポーン♪」

「ちょっと待って。あなたの言う『ちーちゃん』っていうのは千冬ちゃんのことよね? ということはあなたが……?」

「ええ、まぁ……」

 千冬は困ったように笑う。
 遥も誠も、この事は言及されたく無いんだな、と無意識に理解した。

「で、これを解除すると……ジャジャーン♪」

 『騎神』が解除され、ベースとなっていた瞬光がその姿を現した。
 三人は驚きで言葉を失うが、千冬以外の二人はやがて遠くを見るような目をして、瞬光に手を伸ばし、ゆらりと近付いていく。その手が瞬光に触れると、装甲を優しく撫でた。

「……懐かしいな」

「あなたが子供みたいなこと言うから、私が無理やりシステムを組み上げたのよ?覚えてる?」

「ああ……結局、置き去りにしてしまったが……」

 二人は静かに話し込む。それを見ながら得意そうに胸を張る束に、千冬は尋ねる。

「どういうことだ?」

「どうもこうも、開発者・・・として考えるとこがあるんじゃない?」

 千冬はまたしても言葉が無かった。そういえば、束は瞬光を『作った』とは言わなかった。
 千冬が黙っていると、束がなおも話し込んでいる二人に声かける。

「もしもし? そこの男の人と女の人。今日はね、それをどうするか決めに来たんだ。やっぱり作った人の意見を聞きたくてね」

 二人はゆっくりと振り返る。その表情は複雑すぎて、どうとも表現できなかった。

「これは私たちの息子の……信のものなんだね?」

 束はニコニコしたままだったが、千冬は真顔で頷いた。
 誠は自分の身長よりやや高い瞬光を見上げ、誰に話しかけることもなく、物語の語手のように話し出した。

「複雑な気分だな……こいつがなければ、息子は……」

「あった方が幸せそうだったよ?」

「それは所詮表面上だけさ。結局私たちは――」

「逃げただけ?」

 束の言葉を誠が引き継ぐ。そして、真剣な顔で束と向き合った。

「私たちがこれをどうしたいか、聞きに来たんだね?」

「そーだよー」

「……なら、君に任せるよ。もう私たちが口を出すことでも………出せることでも無い……」

「ふぅ〜ん……結局また逃げるんだね。そうやって他の人に丸投げ?」

「束」

「ジョークだよ、ちーちゃん。そんな怖い顔しないで?」

「……」

「しーくんの親だからもしかしたらって思ったけど、期待した束さんがバカだったね。今のしーくんにとって何が幸せかくらい考えたら?」

「……どういう意味だい?」

「あんたらが思っていることと、しーくんが思っていることは違うよ。きっとね」

 束はそう言うと、出口を指差した。
 さっさと帰れというあまりの無礼な態度に千冬は束をしかりつけようとしたが、構わないよ、と言われたので開けた口を閉じた。

「では病院まで私がお送りします」

「あ、ちーちゃんはここにいてね」

 束が瞬光の周りをぐるぐるジロジロ見ながら、そっけなくそう言った。
 千冬はますます眉間にシワを寄せた。

「帰り道はわかってるから大丈夫よ。あなたも何か話したいことがあるんでしょう?」

 千冬は躊躇いながらも無言で頷いた。流石信の母親といったところか、人の心をよく見ている。
 やがて二人が地上へ上がる階段を上ったあと、束と千冬だけが広い空間に投げ出されるようにして立っていた。
 束は瞬光になんらかの配線をして、作業を始めた。

「……束、お前は何を考えている?」

「瞬光ってさ、もうダメだと思わない?」

「……?」

「時間が経つのは早いね〜」

「何が言いたい?」

 答えは返ってこなかった。代わりに瞬光から何かが抜けていくような音がして、束が満足そうにその手を掲げた。その手には光輝く瞬光のコアが乗っていた。

「これさえあれば充分だね♪ もういーらない」

 束は突然、瞬光を蹴った。
 すると、まるで積み木のようにコア・マイナスを失った瞬光の装甲は力なく崩れ落ちた。床に落ちた衝撃で、いくつかのアーマーが砕け散る。

「私しばらくここにいるから♪ あ、みんなには内緒ね☆」

 無邪気な笑顔を見て、千冬は束が何を考えていたのか、わずかに垣間見えた気がした。
 この天才は、ただすべてを自分の思い通りにしたかったのだ。臨海学校のときの戦闘で、信という人間が自分の障害になりうる、そうわかったのだ。だから、ある程度操作できるようにしたかった。
 自分が描いたシナリオ通りに恩を売って、信の心に確実に近付いた。それだけに留まらず、彼の分身とも、一部とも言える専用機を、瞬光を手にいれた。
 これで、もし束がなんらかの事件を起こしたとき。そう、例えば福音のときのようなことをしでかしたとき。
 信がそれを阻止できるかできないか――ISを使えるか使えないか――は、束が決めるのだ。
 千冬には体がなんだか急に寒くなったような気がした。

「お前……信に何を望んでいるんだ?」

「へ? うーんとね……全部、かな」

 束は満足そうだったが、けれどもその深淵は誰も垣間見ることはできない。瞬光のコアだったものさえ、彼女の心の底を照らすことはできない。
 広げた手のひらの上で、コア・マイナスの光はわずかに揺らいだ。束はニヤリと不敵に、しかし魅力的に笑った。







「気を付けてね。君は私の手のひらの上にいるんだから――」








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ツッコミどころ多々ありのお話にお付き合いいただき、本当にありがとうございますm(__)m

まぁ……無理矢理だよね……。

反省はしている!でも後悔はしてない!(笑)

これからもよろしくお願いします!!

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