小説『IS〜world breaker〜』
作者:山嵐()

しおりをはさむ/はずす ここまでで読み終える << 前のページへ 次のページへ >>

30:天才にして天災、再び

オリジナルのお話になります!

クオリティ?

いつもにもましてアレだよ(笑)



--------------------------------------------------------------------------------


 カタカタカタカタ……。



 今日もひたすらキーボードをたたく。自分の妹と、親友の弟と、そして彼女にとって特別な存在のために。
 彼女の手は機械のようにただ黙々と動き続ける。

「ん〜……」

 ここでやっと、束は一昨日から動かし続けていた手を止めて、先週から黙ったままだった口を開いた。

「でーきた!」

 束は部屋の電気をつけて、二週間ぶりの明るさに思わず目をしばたかせる。眩しさに慣れてくると、ガラスで仕切られた奥の部屋に置いてある塊の数々をモニター越しに眺める。

「量子変換して……っと」

 タン、と実行のボタンを押すと、塊が光を放って無数の粒子になり、一ヵ所に集まっていく。やがて光は穏やかに消え、部屋のなかにはただひとつ、手のひらサイズの白い箱が置かれているだけだった。
 束は部屋の中に入り、箱を取り上げるとそれをまじまじと見つめた。
 天才、篠ノ之束。彼女の作るものは完全無欠……いや、『ほぼ』完全無欠。

「ふふ〜ん♪」

 今回のこれだって、例にも漏れず。

 オートクチュール――専用機専用の後付けパッケージ。本来ならば『専用』の文字通り、ただひとつの機体への適合を考えて作るため、別の機体には例え適合しても100%の力は発揮できない。

 しかし、彼女はそれをよしとしなかった。改良に改良を重ね、目指したもの。

「見よ! これが『紅椿と白式と瞬光の3機に対応できる万能型オートクチュール』だぁ〜っ!!」






『ババーン!!』






「……いかがでしょうか、束様」

「うんうん♪ くーちゃんナイス効果音!」

 お褒めに預かり光栄です、と銀髪の三つ編みを前に垂らしながら深々とお辞儀をする少女。彼女の目は固く閉じられ、何も見られるはずがなかったが、それでも束がどこにいるかわかっているようだった。

「ところでいつからこの部屋にいたの?」

「1ヶ月前からです。ああ、でも食事を作りに1日3回、計93回出て行きましたが」

「えー!? 気付かなかった!」

「気付かれないようにしていましたから」

 少女はさらりと言葉を並べ、夕食の支度をします、と部屋から出ていった。
 名残惜しそうにドアの方をしばらく見つめていた束も、その視線を白い箱に戻す。
 さてさて、どうやって試そうか。
 完成品は一つ。ということは、渡せる人は一人。そのうち、おとなしく受け取ってくれそうな人、0人。

(箒ちゃんもそろそろ心を許してくれてもいいのに……私たち姉妹だよ?)

 だが福音の暴走事故以来、連絡の『れ』の字も書こうともしてくれないらしく、束の携帯は埃を被っていた。

(しーくんは、きっとちーちゃんが怒るし)

 一夏に変な真似をしたら、千冬が真剣を携えて地の果てだろうが地獄の底だろうが束を追い詰めるだろう。あの最強の親友を敵にするのは、賢いとは言えない。

「となれば……ただ一人だね! 消去法的に! それらしい『理由』もあるし!」

 うふふ、と束にしては珍しく、女性らしい笑いを浮かべる。
 親友とも、家族とも違う親近感。

 今まで、あんなあからさまな敵意を自分に向けた男性がいただろうか。
 今まで、噛みつくように自分に怒る男性がいただろうか。
 今まで、こんなにも誰かに謝りたいと思ったことがあっただろうか。
 互いに似ているから、こんなにも惹かれるのだろうか。

 『これって恋!?』とはしゃいだのがつい昨日のことのようだ。実際、はしゃいだのは昨日だが。
 しかし、束が喜んだのは、自分の知らない感情を身をもって『研究』できるからである。人を愛するということへのときめきからでは、ない。
 というか、『愛』なるものが何なのか、それがわからない。果たしてこの気持ちが『愛』なのか、彼女の場合、自分の理解できないものはすべて研究対象なのだ。

「しーくんと仲直りしたら〜♪ あーんなことや、こーんなこと、さらには〜」






『わぁ〜お&#9829;』






「な、ことまで〜♪ ありがとね、くーちゃん」

 いつの間にかドアの間から顔を出していた少女は再びドアの外へと消えていった。

「よ〜し! この前は嫌われちゃったから、今度は仲直りするぞ〜!」

 束はひとりガッツポーズを決めるのだった。













 夏休みも残すところあと三日。
 俺はまだ家に居て、ソファに寝転がっていた。
 こういう長期休暇でしか帰ってこれないから、かれこれもう1週間以上家でゆっくりしている。あの女子だらけの寮に比べて、ここは気を使わなくていいから、その点は助かるのだが……。

「あーつーいー……」

 なんともまあナイスタイミングというか、しばらく使ってなかったエアコンがバッチリ故障しまして。
 くっ……大誤算だ……。
 ということで、俺はうちわを使用して何とか体を冷やしていた。ちなみにIS学園は冷暖房完備、自室はもちろん廊下もガンガン冷やされている。

「しっかし、平和で何より……」

 笑みがこぼれた。これだけ平和だとついついそれに甘えていたくなる。
 ああ、こういうのっていいなぁ。ISを動かせるなんて最初はうんざりだったけど、今は――





 ピンポーン。





 俺の思考タイムに電子音が水をさす。渋々立ち上がってモニターの前に行くと、何やら大きな物体が置いてあった。辺りに人がいるような感じはしない。

「なんだよ……まったく……」

 首をかしげながらも、俺はうちわをもって外へと出て、物体をさっさと回収すると、夏の日差しから逃げるように家の中へ戻った。

「……」

 俺は取ってきた物体、まぁダンボールだが、それをテーブルの上に置くと、疑いの眼差しを向ける。
 なかなかの大きさで、この前ラウラが入っていたものよりも大きい。さすがに開けたら全裸の美少女が飛び出してくるようなイベントはもう無さそうだが、どうしても身構えてしまう。
 なにせ差出人の名前がないのだから、怪しいったらありゃしない。しかしこのまま箱とにらめっこするわけにもいかないので、仕方なく開けることにした。ただし、慎重に。
 ピリピリとテープをはがし、ゆっくり上を開いていく。
 すると……。

「……箱?」

 中には一回り小さな箱が。まさかと思いつつその箱を開けると、また一回り小さな箱が。さらにそれを開けるとまた一回り小さな……と、それが続く。

 『マトリョーシカか!』と、ツッコもうとしたとき、初めてダンボールではない箱と携帯電話が出てきた。
 出てきた箱は白く、大きさはいわゆる手のひらサイズ。俺は両手に箱と携帯を持って交互に見比べる。

(怪しい……怪しすぎる……)

 俺は何となく嫌な予感がしていた。この箱は爆発物で、携帯は要求を伝えるために……とか、変な想像に浸る。

 そして、なんの前触れなく、予想外の声が。

『あーあーテスト、テスト。ま、する必要もないんだけどね♪ この天才である私が作ったんだし』

 俺はそのまま携帯をつかむとゴミ箱に向かって放り投げた。バスケットボールだったら間違いなくスリーポイントシュートだ。
 見事ゴミ箱という名のゴールに入った携帯はなおも面倒事を起こす元凶の声を流し続ける。

『ちょっと!? 今の音はなぁ〜に〜!? まるでダストシュートされたみたいな音だったけど』

「無視無視……ただでさえ暑いのにやってられるか……」

『じゃいいや。しーくんが聞いてると思ってお得な情報を流しちゃおうっと♪ 実はねー! 一緒に入っていた白い箱、私特性のオートクチュールなんだよ!!』

「せいっ!」

 光の速さで白い箱もゴミ箱へ。観客がいたらまさかの長距離シュート二連続にわいただろう。

『んん〜!? 何かまた変な音がしたよ! オートクチュールがダストシュートされて携帯にぶつかったみたいな音が!』

「どんな耳してんだ……」

『ウサミミ!』

 何で聞こえてんだよ、腹立つ……。
 この調子だとゴミ箱と会話している奇妙な図になるので、俺はゴミ箱から携帯と箱を取り出してテーブルに置いた。

 臨海学校のときほどではないが、言い知れぬ恐怖が俺の心を蝕む。やはりこの人とかかわり合いにはならない方がいいような気がした。

『さてさて〜、それは置いといて! 今日はしーくんにお願いがあるんだよ♪』

「……」

『実はね、助けてほしい人がいるの!』

「嫌です」

『ふふ、そうはさせないぜ☆』

「そうさせてもらいます」

『無理無理〜♪ 今から言うこと聞いたら絶対助けに行ってくれるよ、しーくんなら!』

 電話の向こうの篠ノ之束は楽しそうに鼻唄なんか歌っている。対して俺は、暑さのせいではない嫌な汗でびっしょりになりながら、淡々と話を聞いていた。
 ふと浮かんだ打開策をダメもとでぶつけてみる。

「これ電源どこですか?」

『残念! スイッチはこっちにあるのだ! 勝手に消させたりしないよ☆ ぶいぶい!』

 ということは、向こうが満足してくれるまでこの会話は終わらないらしい。
 俺は悪態をつきたい気分だったが、そうするとまた話がややこしくなる気がして、かわりにため息をついた。仕方ない、博士が満足するまで我慢しよう………。

「聞くだけですよ? 聞いたら二度と電話しないでください」

『いいよー。私からはしないから!』

「俺からもかけませんけどね」

『ぶーぶー!』

 このときの俺の決意は言うまでもなく『徹底抗戦』で、博士のお願いなんて受けるつもりはまったくなかった。

 しかしこの数分後、その決意は俺自身の手で跡形もなく崩されるはめになる。













 まったく、なぜこんなことをしているのだろうか。

「ちっ……」

 窓の外を眺めながらオータムは舌打ちをする。日本という国に来てから、どうも扱いが悪い気がする。気が滅入る原因も多々ある。よくもまぁ、スコールは文句も言わず働いているものだ。
 だが自分にはスコールのように黙って働くような忍耐力はないし、組織に対する海より深い忠誠心もない。

 物心ついた頃から短期で、自分を怒らせたやつにはたとえどんなやつだろうと殴りかかった。いつの間にか周りには敵しかいなくなった。両親でさえも怯えと嫌悪の目を向けるようになった。
 しかし、オータムにとってそれは好都合でしかなかったのだ。なぜならまた、八つ裂きにできる『何か』が増えたのだから。ISを与えられたとき、どれだけオータムが喜んだことか。力を得た者が、力のない者を踏み潰すあの快感。思わず口元が邪悪な笑みにねじ曲がる。

『おい。順調か?』

「何にもねぇよ。ガキは黙ってろ」

 気が滅入る原因その一。新入りの子ども。
 素性も何もかも一切不明。が、どうやらISの腕前だけはいいらしく、こともあろうにあのスコールでさえ一目置いている。ISのオープンチャネルを概して聞こえてくる新入りの冷ややかな声は、明らかに他人を見下したものだった。

『貴様がもう少しできのいい人間なら、私も黙るさ』

「あぁ?」

『やめなさい。二人とも』

 スコールは静かに、けれども威圧感のある声で通信に割り込み、二人をしかりつける。肩をすくめて、ふんと鼻をならすと、オータムはまた流れ行く景色を眺め出した。

『まったく……Mもオータムも仲良く出来ないの? 特にM、『彼』とはとても仲がいいのにどうして?』

『あいつは――』

「はっ! つまんねぇ『おままごと仲間』だろ?」

『貴様……!』

『オータム。彼に聞かれるわよ』

「安心しろ。私のとなりでガキらしくおねんねしてっからよぉ」

 気が滅入る原因その二。隣の席で寝ているもう一人の子ども。名前はまだ聞いていない。
 この子どもも組織に入ってきたばかりだからである。新入りは二人ともそれはそれは腹立たしいやつらだが、一番腹立たしいのはこの少年がISを操縦できない『男』のくせに自分と行動していることだ。

「ふん……こんなガキ、役に立つとは思えねぇがな」

『おい、気を付けろ。本気で血祭りにあげるぞ。私の伴侶を侮辱するな』

 気が滅入る原因その三。新入り同士の色恋沙汰。ベタベタベタベタ……Mとこの少年がいちゃついてるのが目障りでたまらない。今寝ているのも大方昨日の晩いろいろあったためなのだろう。

『ふふふ。披露宴にはちゃんと私も招待してね、M?』

『考えておこう』

「あー! うるせぇな! 大体よぉ! なんで私がこんな任務を担当しなきゃならねぇんだよ!」

 気が滅入る原因その四。老人の輸送の付き添いという退屈な任務。
 現在、オータムと熟睡中の少年の二人は日本国内の山地を列車で移動中である。列車には自動制御装置がついていて、運転は完全自動。

 貨物室に積んでいる老人たちはどこだかの研究者だか科学者らしいが、オータムにとってはそんなことどうでもいいことだ。上層部直々の命令とはいえ、IS乗りがつくような任務では無い気がしたが、スコール曰く『それほど大切な人材なの』らしい。

『いい? 輸送中のあの二人は『やつら』が必死で探してるわ」

「だからって取り返しに来るか? 私たちの本部まで」

『血に飢えた獣ほど手に余るものはいないのよ、オータム。餓死するまで獲物を遠ざけるのが今回の任務』

 老人が獲物だと獣も気分が乗らないだろうよ、とオータムは吐き捨てる。
 列車はただひたすらに前に進み、ガタガタと独特の振動をする。かれこれもう何時間も列車に乗っているが、一向に止まる気配はない。いい加減外の景色も見飽きてきた。

(あー……私も血に飢えた獣だ……)

 敵がほしい。思う存分切り裂ける、敵が。この鬱憤をぶつけられる、的が。
 オータムが深いため息をつくと、ちょうど差し掛かった峡谷の底にそれが落ちていくようだった。
 
「あーあ、やっぱ退屈だ――」

 ガタン、と列車が揺れた。そして突然、耳をつんざくようなかん高い金属音が辺りに響く。急ブレーキのおかげで、体が前に飛びそうになる。

「ぐっ!? ってぇ……!」

『どうしたの!?』

 オータムが外へ顔を出して前を見てみると、列車が渡るはずだった橋が壊れ、瓦礫が深い谷底へ消えていくところが見えた。

「……自動制御装置が作動したっぽいな。前方の橋が崩れてる」

『やつらか?』

『多分そうね……オータム』

「あ?」

『……ほどほどにね』

 オータムは口が裂けるほど釣り上げ、渇いた唇を舌でなめた。
遂に来た。そんな浮かれた気分だったのは仕方の無いことなのかもしれない。

 スコールの『ほどほど』がいかがなものか、オータムにはわからなかったが、そんな些細なことはどうでもいい。戦闘が許可された直後、オータムの専用機『アラクネ』が上空の未確認ISをとらえた。

 それはつまり、待ちに待った戦闘開始の合図なのだ。















 俺は天才特性オートクチュール『騎神』(きしん)を装備した瞬光を身に纏い、貨物列車を上空から見ていた。谷を横切るように掛けられた橋が途中で崩れたため、現在列車は停止中している。

『どおどお!? すっごいでしょ! 朧火と併用すれば、大剣一振りで橋も崩しちゃうんだよ!!』

「こんなの作るからいつまでたっても友達少ないんですよ」

『いいもーん! 量より質だもーん!』

「はぁ……こんなことしたのバレたら逮捕だ……」

「だいーいじょうブイ! 私がちょこちょこーっと情報いじれば万事オッケーからオーケー!」

 博士は相変わらず人の神経を逆撫でするような甘ったるい声で反論してくる。ここに到達するまでの間、博士のどうでもいい話を延々と聞かされて、俺は気付いた。

 しかし、慣れ、なんだろうか。
 この前ほど怖くはないが、どうもこの人、俺の苦手なタイプらしい。なんというか、苦手意識からくる恐怖とでも言おうか、そんな感じだった。
 しかし相変わらず、心は許してはいけないと俺の中の何かが警鐘を鳴らしていた。

「ここまでやらせといて『やっぱり嘘』とか言わないでくださいよ」

『束さん嘘つかなーい! ホラホラ、『要求助者』は一番後ろにいるよ!』

 車両から三十センチほどの辺りまで高度を下げて、なるべく木の影に隠れるようにする。事前情報では『要求助者』以外は無人ということだが、もしも騒ぎを聞き付けて誰か来たときに見つかってしまうとやっかいだ。

 俺ができるだけ目立たないように列車の最後列へと行こうとしたとき、瞬光が警告を発した。





 ――下方向から攻撃





 タッチの差だった。俺が反射的に金眼になり、急上昇するのと同時に、細長い槍のようなものが二本、車両の天井を紙切れのように引き裂いて飛び出してきた。
 槍は何かを探るかのようにクネクネと動くと、ゆっくりと中へ戻っていった。

『あちゃー……』

「何ですかあれ……」

『敵……かな? テヘッ☆ あ、あっ!? 用事思い出したからしばらく通信切るねー! バイバーイ!』

 博士の言葉にイラッとしていると、今度は車両の屋根が半分ぶっ飛んだ。峡谷に鈍い金属音を反射させながら、先程まで屋根だった金属板は落下していく。
 ぽっかりと空いた穴からユラリと、また槍が出てくる。その槍は器用に動き、まるで生き物のようだった。

「ぎゃははははは! やるじゃあねぇか! この私の攻撃をかわすなんてよぉ!」

 ひとつ訂正。槍じゃなくて脚だった。
 ISを纏った女は、八つの細長い脚を背部から露にしながら、狂ったように笑っている。その姿はまるで毒蜘蛛のようだ。あと口の悪さから察するに、心も。

「こっちはずいぶんと暇しててよぉ! ちょうど何かを八つ裂きにしたい気分だったんだ! お前で憂さ晴らしでもしてやるよ!」

 言い終わるか言い終わらないかのうちに、女は八本の足の先を俺に向け、その先端を割れるように開かせる。その中では銃口が鈍い光を放っていた。





 ――敵、射撃体勢に以降。発砲開始までおよそ1.02秒





 俺はすぐさま回避行動に移る。同時に、八つの砲門からの実弾射撃が開始された。
 一つの照準を外しても、残り七つがそれぞれ別個に俺を捉えて発砲してくる。
 このままでは近付く間もない。

「ぎゃははははは! よく踊るじゃねぇか! いいねぇ!」

「ていうかあんた誰!?」

「これから死ぬやつにそんなこと教えてどぉすんだよぉ!?」

 砲撃を止め、今度は近接戦闘用のブレードを手に展開した謎の女は、瞬時加速で突っ込んできた。
 俺はそれを迎え撃とうと、大剣を展開して目の前に構える。刹那、ぶつかり合った互いの剣が火花を散らした。

「いただきぃ!」

 女はそう叫ぶと、ブレードを支えている手の代わりに、空いている脚を俺に向かって突き刺してくる。

「くっ!」

 俺はかろうじてそれを回避すると、力任せに相手を突き飛ばした。
 相手は空中を三メートルほど滑り、停止した。
 俺たちは互いに敵を睨み付ける。

「はっ! やるじゃねぇか! このオータム様と戦えるな……ん?」

 オータムと名乗った女はそこまで言って言葉を止め、俺の姿をまじまじと見る。どこかで見たことがあるぞと、記憶を探っている目だ。
 俺は突然襲われた動揺から立ち直りつつ、いつでも対応できるように大剣を構える。
 しばらく向き合っていると、オータムはニヤリと笑った。

「へぇ……なんだ? 英雄気取りか?」

「……」

「さしずめ『黒騎士』ってとこか? 伝説の騎士の色違いさんよぉ?」

 一番嫌なところをついてくる。

 実はこの『騎神』、装備してみると、かの有名な『白騎士』にそっくりになるのだ。顔にはバイザー、武器は強制的に大剣などなど……ただ色は瞬光にあわせてなのか、黒である。恐らく完全に博士の趣味。

 各パラメーターが向上するとはいえ、この姿をさらすのは気が引ける。俺はすでに、今後二度とこれを装備しないと決めていた。

「どうだっていいだろ……」

「ひひっ! だなぁ。むしろ嬉しいぜぇ」

「なに……?」

「あの伝説の騎士をこの手で殺せるんだ。ま、偽物だけどなぁ………くくっ。いいねぇ、わくわくするねぇ……」

 オータムがユラリと肩を落とし、脱力した姿勢になる。
 俺は剣をより強く握りしめた。
 相手のISの展開脚の先が敵の顔の前に集まっていく。

「ひひひっ……八つ裂きの前に串刺しにしてやるよ……」

 一点に集まった鋭利な脚先から、気味の悪い緑色の閃光が発せられる。それはやがて鋭く細い切っ先を形作り、一本の槍になった。

「こっちは急いでるんだ。退けよ」

「あぁいいぜぇ。私に勝てたらなぁ!」

 緑の光を放つ槍が消え、オータムが何かに突き飛ばされたかのように後ろに飛び、空中で一回転する。
 瞬間、俺の横を風が通り過ぎたかと思えば、爆音と共に後ろ壁面の一部がががらがらと崩れ落ちた。





 ――高密度エネルギー、背部から検知





 俺は振り返るまでもなく、その情報を受け取った。

「ちっ……反動がでかくて照準が定まらねぇのがこいつの欠点だなぁ」

 独り言のようにそう呟き、一瞬顔をしかめたものの、オータムはまたニヤニヤとした汚い笑顔を浮かべて俺に話しかける。

「おいおいどしたぁ? 怖くて一歩も動けなかったかぁ?」

 俺はやっと、こいつは敵だという事実を受け入れ始めていた。今のは確実に、俺を殺そうとした一撃だった。この感じは臨海学校の時と同じだ。

 朧火を展開し、その光が大剣の周囲を包む。パラメーターが上がるのと引き換えに、朧火がこんな感じでないと展開できなくなるのは気に入らない。
 本来朧火は自由に形を変えて臨機応変に戦うのが長所、と少なくとも俺自身はそう思っているのだが、なのにこれではそれが死んだも同然だ。

 でも、今はそんなこと言ってる場合じゃない。

「いいから退け。退かないなら、無理矢理にでも俺は助けに行くぞ」

 オータムは狂ったように冷たい高笑いをした。

「あんな老いぼれ、この世界に要らねぇんだよ! どうせ大したこともしてねぇんだからさぁ! あいつらも老い先短けぇんだから助けたって死ぬだけだっつーの! ごしゅーしょーさま! ぎゃははははは!」

 その言葉で、俺の心に火がついた。
 大したことしてないだって? 老い先短いから助けても無駄だって?
 ふざけるな。お前に何がわかる。

「そぉれ!」

 オータムが緑の槍を飛ばすのが速いか、俺が大剣を片手で振り上げるのが速いか。
 結果はすぐにわかった。
 反動を受けるより前に、飛んできた朧火の斬撃で後ろの崖にオータムが激突していたからだ。
 咳き込みながらもめり込んだ体を起こし、再び上空へと浮かび上がって、オータムは俺を睨み付けた。

「てめぇ!」

「どうした? 自分だけ一方的に攻撃できるとでも思ってたのか?」

 俺は瞬時加速で一気に間合いを詰める。
 予想外の速さにオータムは目を見開いて、眼球が飛び出しそうになっている。すでに懐へと到達していた俺にはその顔がよく見えた。
 見開かれた目が閉じる前に、大剣の横一閃をくらって、オータムは吹き飛んでいく。体勢を崩したところで朧火の斬撃を飛ばし、さらに追い討ちをかける。
 八つの脚を組み合わせて防御体制をとるが、衝撃は殺しきれない。崖際まで追い詰められた相手は、顔を醜く歪める。

「っちぃ! この野郎……急に動きが……!」

「ああ、悪いな。手加減してたから」

 そう言った時にはもう、俺はオータムの真下にいた。こちらの声に反応する前に、下方から剣の柄で敵の顎を突く。ゴスッという鈍い音が響くと、蜘蛛女は数メートル上方へと打ち上がっていった。
 痛みに呻き声を上げながら空中でこちらに向きなおるが、俺はすでにそこにはいない。本能的にオータムは振り返るが、それよりも速く俺はみぞおちに強烈な突きを放つ。あまりの衝撃にオータムの意識が揺らいだのがわかった。

「落ちろ!」

 思い切り剣を振り上げ、斬りかかる。

「くっ……そがぁぁぁぁ!!」

 オータムはハッキリしない意識のなかで、俺の目を装甲脚で貫こうとピンポイントでバイザーを狙ってくる。
 しかし、俺にはその動きが止まっているかのごとく緩やかに見えていた。
 スラスターを開放し、上半身を反らすようにして攻撃をかわす。目の上を鋭い刃が通りすぎていく。
 そのまま両足を起点にして縦に回転し、勢いを保ったまま、斜め上方向に剣を振った。

「がっ……ぎ……!!」

 無念そうな呻きを上げて壁面に叩き付けられたオータムは、その衝撃で壊れた自らのISと岩との瓦礫に巻き込まれ、深い谷底へと落ちていった。





 ――敵IS、操縦者保護機能発動。





 ――敵IS、推定活動停止時間およそ3時間。





 ――敵IS、操縦者生存確率100%。





 俺はその情報を受け取るとすぐに踵を返し、列車の後部へと向かった。
 こんなことになるなんて思ってなかった。

 一体何なんだ? 俺は何も知らないままなのか?

 不安と不満を抱えつつ、俺は滑るように上空を飛んでいく。

-32-
Copyright ©山嵐 All Rights Reserved 
<< 前のページへ 次のページへ >> ここまでで読み終える