33:カリスマ性があればそれでいい
IS学園では実習の授業が終わると、女子のロッカールームは大混雑。今日だって例に漏れず、悶々とした熱気が空間を支配し、嬉々とした会話が飛び交っている。
「ねぇ! 織斑くんと真宮くんってどっちが強いのかな!?」
「あ、それ私も興味あるー!」
「う〜ん……今は真宮くんのほうが強いかもだけど、織斑くんだってなかなかだと思うわ。何せあの織斑先生の弟ですもの」
「えー!? あたしは真宮くん一択! ストライクゾーンど真ん中だもん! ちょーカッコいいじゃん!」
「ちょっとー!? 織斑くんもカッコいいでしょ!? 私は織斑派だかんね!」
そんな年頃の女子らしい会話で盛り上がりはさらに増していく。
しかし、角の方に一人だけ、その波に乗れない女子がいた。セシリア・オルコットである。
片手に持つ携帯電話は、本国イギリスのIS整備部門担当者と回線が繋がっている。
『実弾装備? セシリア・オルコット、あなたの役目は――』
「ええ、わかってますわ! わかってますとも! 『BT兵器の実働データのサンプリング』でしょう!? 耳にタコができましたわ!」
『ならばなぜですか? まさか、BT兵――』
「そうではありません!」
イライラが限界に達し、思わず強い口調で叫んでしまう。
ここまでセシリアが必死なのにはそれなりの訳がある。先程の実習で軽く調整という感じで一夏と戦ってみたところ、攻撃が一撃も通らなかったのだ。
それもそのはず、BT兵器はエネルギー兵器なのだから、雪羅がその全てを無効化してしまう。ブルーティアーズのメインウェポン、つまりBT兵器の無効化は戦力の無効化と同義なのだ。
『よっし! これでセシリアに勝てる!』と一夏が嬉しそうにガッツポーズしていたのが忘れられない。そんなに甘くはありませんわ、と表面上は強がってみたが内心は危機感で溢れかえっていた。
エリートのプライド、というのだろうか、それが警告のアラートを発していた。『次はないぞ』と。
「とにかく! 実弾装備を! BT兵器のデータも――」
『……セシリア・オルコット』
ひやり、と背中が冷たくなった。明らかに怒りがこもった冷ややかな声に、セシリアは背筋が延びてしまう。
『確かにあなたの成績は優秀です。ええ、優秀ですとも』
たっぷりと皮肉を含んだその声はセシリアの心を蝕んでいく。
『新装備を数日で大破させてしまうなんて、すばらしい限りです。開発費やこちらの苦労など考えずに、本当にすばらしい』
「あ、あれは……!」
『その調子で頑張って下さい。『BT兵器適正がA』なのは『あなただけ』なのですから……『今は』ね?』
あからさまに強調の言葉を残し、電話が切れた。後に残った無機質なトーン音が体に響き渡る。
しばらく呆然としていたセシリアだが、どこにもぶつけられない怒りで腕を振り上げる。
「ああっ! もうっ!」
携帯電話が手から離れる前に、後ろから声をかけられた。
「セシリア? どうかした?」
「あ……い、いえっ。なんでも、なんでもありませんわ」
慌てて手を下ろし、隠すように背中に持っていく。
シャルロットはそう、とにこやかに笑い近くのイスに腰掛けた。だがその笑顔がどことなく影を含んでいるのは、さっきの授業が原因だろう。もちろん、織斑先生が鬼畜だとかそういうことではない。それはいつものことである。
小さなため息をついて、シャルロットはできる限り小さな声でセシリアに話をふった。
「それにしても、急にISが動かせなくなるなんて……やっぱり信の中にあるコアが関係してるのかな?」
「そうですわね……箒さんと鈴さんは『気合だ』みたいなことを言ってましたけれど……」
「ラウラは何かきっかけがあればもとに戻るんじゃないかって」
二人はうーん、と悩んでしまう。思案しつつ、すでに制服へと着替え終えて髪の汗を拭いているシャルロットの姿をセシリアはじっと見つめる。
ふと、悩み事繋がりで、先程の実弾装備の話が頭をよぎったのだ。
(シャルロットさんに頼むのも一つの手、かもしれませんわね……)
そんな考えがふとよぎる。
拡張領域に途方もない数の実弾装備を積んでいるシャルロットに頼めば、何とかしてくれるかも……。
だがセシリアは自分の考えを一蹴した。いくら友達とはいえ、他国の武装を借りる訳にはいかない。それこそ本国の方から何を言われるか……。
なんとなく、セシリアはISのデータを呼び出す。そこにはBT兵器の稼働率が表示されていた。
『BT兵器稼働率37%』
つまり、まだ四割弱しか性能を引き出せていない。
(最大稼働時はビーム自体を自在に操れる、なんて言われてますけど……)
嘘ではないだろうか。たとえ本当だとしても、実現できなければ無意味だ。思うような結果も出ていないし、このままでは……。
「はぁ……」
「セシリア?」
「はい……」
「なんか元気無いみたいだけど……あ! このあと学食カフェ行こうよ!」
「そうですわね……」
「し、信も誘おう!? ねっ!? ほ、ほら!! 信が今後どうするかの対策会議ってことで!」
「信さん……」
その瞬間、ピンときた。
体に電撃が走ったかのようにセシリアは顔を勢いよくあげた。
「そうですわ……朧火だってエネルギー兵器なのですから……しかもあれだけ複雑な形態変化をやってのける……BT兵器にも通じる何かが……」
「あ、あれ? セシリア? おーい……」
「シャルロットさん! ぜひ! ぜひ!! 行きましょう! そうと決まれば早速!」
「あ!ちょっとセシリア!? まだ着替えてないよね!? ね、ねぇ! 待ってってば〜!」
意気揚々と歩を進めるセシリアを止めに、シャルロットはあせあせと出口を目指すのだった。
◇
放課後、職員室。
俺は織斑先生と向かい合っていた。
「で?」
「ISを動かせなくなりました」
先生は目頭を押さえる。
いや、なんかすいません。
「俺だって困ってるんですよ。うんともすんとも言わないし………」
俺は不服そうに口を尖らせた。
「理由はわからんのか?」
「さっぱり」
互いにため息をつく。完全にお手上げ状態だった。
「どうしてお前はこうも面倒なことを起こすんだ……」
「ひどいなぁ。俺だって好きで起こしてる訳じゃないですよ」
これこそ正に率直な意見だ。進んで人に迷惑かけるようなやつなんていないんですよ、先生。
そんなことを思っていると、織斑先生はふと思い付いたように俺を睨んでくる。疑うような目で。
うっ……なんか胸に突き刺さるものがあるな……。
「まさか誰かに言ったりはしてないだろうな?」
「え?」
「……誰に言ったんだ?」
「えー……先生の弟さんに」
実際はあと五人、知れ渡っているんだけど。織斑先生の呆れたような視線に思わずそう言ってしまった。
ま、俺が『直接』言ったのは一夏にだけだから、あながち間違いではないだろう。
話を聞いた一夏が、まずなんでも知ってそうなシャルを呼び、それにラウラが付いてきて、妙に人が集まっているなと箒が追加。鈴が面白そうだと寄ってきて、セシリアが何となくそれに続く。
芋づる式に集結した専用機持ちがその技術を結晶して何とかしようとするも、まったくもって事態は好転せず。
授業終了まで試行錯誤して最終的に出た結論は『織斑先生に報告』だった。
そして放課後になり、今に至っている。
目の前の織斑先生は腕を組んで顎に手を当てた。
「仕方ない……まぁ、あいつは口の固い方だからな」
その時、職員室の扉が音をたてて開いた。
書類の山を両手一杯に抱えて、職員室にのそのそと誰かが入ってくる。その束の後ろから顔を出したのは、のほほんさんだった。
危なっかしく書類を運び、ドスッという音を立ててそれを山田先生の机におろした。その振動で織斑先生の机に置いてある紙の束が崩れ落ちた。
ん? 織斑先生は片付け苦手なのだろうか?
のほほんさんは、さしてかいてもないくせに、額の汗を拭う。
「ふぃ〜! まやまや〜頼まれた書類持ってきたよ〜……って、なんだ留守か〜……あれ? みーやんどしたの?」
「ん……ま、ちょっと……」
「そういえばIS動かせなくなったんだって〜? おりむーがみんなに言ってたよ〜? 私たちに手伝えることあったら遠慮なく言ってね〜」
「「……」」
それじゃ、と手を降りながら相変わらずのんびりとした足取りでのほほんさんは去っていく。その後ろ姿を目で追いながら、俺は苦笑いを浮かべていた。
目を向けなくてもわかる、織斑先生の黒いオーラに縮こまってしまった。それ教師の出すものじゃないんですけど! 怖い!
「……織斑を呼んでこい」
「いや、殺人の片棒担ぐわけにはいかないので……」
「大丈夫だ。できる限り手加減する」
「先生の辞書に『手加減』って項目ないでしょ?」
「はぁ……まったくお前は……もういい、戻っていいぞ……」
それ以上長居する用もなかったので、失礼しました、と外に出る。そして振り返り、一礼してからドアを閉めた。
誰もいない廊下で一人、息を吐く。
「どーすっかなー……」
ポツリ、と言葉が漏れる。その呟きに答えるものはいない。
瞬光を失った上、ISまで動かせなくなるとは……。
このままでは何となくまずい気がした。
対策を練るべく、とりあえず部屋に戻ろうと俺は歩き出そうとしたのだが――
「わっ!」
突然、目の前に女子が現れた。
「うわぁっ!」
「あは、いいリアクション♪」
俺は驚いて後退りしたが、謎の女子は面白そうに微笑むだけだった。
一歩下がってみると、目の前の人物の全体像を捉えることができた。
まず、IS学園の制服を着ている。だから間違いなくここの生徒だ。
ん? リボンの色が違うから、学年は上か……。
しっかし、なんでこうもIS学園で出会う人は美人ばかりなのだろうか?
目の前の女子もそれはそれは美人である。しかも俺の知ってるどの女性よりも……なんか、こう……上品で、不思議? な感じだ。
口元を隠すように広げられた扇子がその雰囲気を加速させる。ちなみに扇子には『再会』と書いてあった。
さて、ここまで状況説明をしたわけだが、ぶっちゃけよう。
俺、この人知ってる。
「えと……あのときの人……ですよね。助けてくれた……」
「そ。覚えててくれたんだ〜。おねーさん嬉しいな」
「いや、まあ。見たものは忘れないものですから」
目の前の美少女はパチンと扇子を閉じる。
「私は更識 楯無さらしき たてなしっていうの。学年は2年生。よろしくね、真宮信くん」
「え? なんで俺の名前……」
「もー、信くんはもうちょっと自分がどのくらい有名なのか知らなきゃダメね」
あれ? 怒られたか?
確かに言われてみれば『ISを動かせる男子』は珍しいから、多少名が知れるのも当たり前か。
「あー……すいません……」
「うん。わかればよろしい。で、今日は君にお願いがあって来たの」
「お願い?」
「立ち話もなんだし、場所を変えましょうか。おねーさんに付いてきてね」
そう言うと、更識楯無と名乗った美女はくるりと背を向けて歩き出した。別段早く部屋に戻りたい訳もないし、断る理由も無かったので、俺は深く考えずに付いていくのだった。
―――――――――
―――――
――
「はーい、とーちゃくー!」
しばらく歩いたのち、巨大な扉の前でそんな声が発せられる。楯無さんは嬉しそうに微笑んだ。
目の前に広がっている扉を見て、俺は唖然としてしまう。
うわ、すげぇ高そう……。
「ここが私の……うーん……仕事場?」
「いや、俺に聞かれても」
「ま、そんなことは置いといて。ささ、入って」
俺は楯無さんが開けてくれた扉をくぐり、部屋に入ってみる。内装もそれなりに豪華で、ソファやテーブルなど、客をもてなす準備もバッチリだ。
だが一番目を引くのは正面に置かれたデカイ机と椅子である。
あれって偉い人が座るやつじゃないか? 社長とか。
近くのソファに腰掛け、じっと椅子を見ていると、楯無さんが扉を閉めて面白そうな声で話し出した。
「ふふ、びっくりした? 私ね、こう見えても生徒会長やってるの」
「へぇ……そうなんですか。なんか、納得です」
「あらそう?」
「あ、それよりお願いってなんですか?」
楯無さんは俺と向かい合う形でソファに座る。その表情は柔らかく、どこかイタズラっぽかった。
「そうそう。まず確認ね? IS学園における生徒会長の条件って知ってる?」
「はい?」
「生徒会長っていうのはね、とどのつまり全生徒の長ってことなの」
楯無さんは笑顔を崩さない。
「『生徒会長は最強であれ』……それが生徒会長の条件」
「はぁ……」
「ま、それは関係無いんだけどね」
「関係無いんですか!?」
「ナイスツッコミ♪」
なにこれ。
俺が驚いていると、目の前に扇子がパンと突きつけられる。そこには『助手』の文字が。そして、この際理由は省くわね、とさらっと言い放つ美少女。
一番重要なのはそこなんですけど。
「私のお手伝いさんになってほしいの」
「俺に?」
「ほら、この学園ってかなり大きいでしょ? いくら私でも一人じゃ限界があるのよ。だから、信くんには『生徒会長補佐官』っていう役職についてもらいたいの」
「それってつまり……」
「生徒会に入って♪」
いや、ウインクされても……話も唐突過ぎるし……。
俺が戸惑いの表情を見せると、楯無さんはわざとらしく目を右上に動かした。
「そーだなー、もしも生徒会に入ってくれたら……信くんがIS動かせなくなった――」
「え!?」
「ふっふっふ。生徒会長の情報網をなめちゃダメよ?」
「な、なん――」
ピタッと唇に指が当てられる。反射的に口を閉じると、楯無さんがクスクスと笑った。
「『入ってくれたら』ね? 教えてア・ゲ・ル♪」
「ぐっ……!」
「あともうひとつ。君のご両親のこと、教えてあげるわ。どう?」
「……それは……それは、自分で本人たちから聞きます」
自然と気持ちが落ち込んだ。
自分の両親のことなのに、他人のほうが俺よりも二人をよく知ってるなんて。こればかりは人から聞くわけにはいかない。それではダメな気がした。
楯無さんは探るような目で俺を見たあと、クスリと笑った。
「ふふ。いい目ね……ますますあなたのこと気に入っちゃった。生徒会、入ってくれない?」
「うーん……」
俺は腕組みをしていろいろと思案してみる。
生徒会だろ? 学園のより良い生活のために云々……めんどくさそう。
よし。断ろう。正直、すでにめんどくさいこと総動員されてるからな。
口を開こうとすると、楯無さんがすっと音もなく俺の隣に移動してきた。『?』という表情をしていると、こともあろうに腕を絡めてきた。
俺の腕がすぐさま感知した胸の柔らかい感触が、脳に伝達される。稲妻より速く、強力に。
「え!?」
「じゃあ……今ならおねーさんのと・く・べ・つレッスンも付けちゃおっかな」
そう言って体をさらに密着させてくる。当然、俺の意識は腕に当たる柔らかい感触にさらに集中してしまうわけで。
この人……巨乳だ……って、ヤバイ! このままだと大変なことに……! 俺の学校における立場的なものが。
だが男の性というものか、頭ではわかっていてもこれがなかなか……しかもこんな美女の特別レッスン? 何するの? あれだよな? ISの〜的なオチですよね。
いやでもそういうエロい感じのもいい……はっ!? イカンイカンイカン!
「ちょっ、ちょい、ちょっと離れてください!」
「生徒会、入ってくれる?」
「そ、それとこれとは――」
「へー……じゃあ……」
楯無さんの顔がゆっくりと近付いてくる。
な、なんだ? 何する気だ!?
「私の虜になってもらうしかないかな?」
え? って、近い近い! 顔が! うわ、すっげぇ綺麗だ……じゃなくて!
こ、これはもしや……唇と唇とが合わさっちゃうんじゃないですか!?
それはダメだ! いや嬉しいけれども! そういうことはちゃんと好きな人とやるべきだろ!?
阻止!! お互いのためにも!!
「は、入る! 入ります! 入れてください!」
「え、本当?」
パアッと顔を輝かせる美少女は、先程の大人な対応と比べて、少し子供っぽかった。楯無さんはすぐさま腕をほどき、さっと立ち上がると鼻歌なんか歌いながら自分の席に戻っていく。
……なんかまんまとしてやられた気がする。
「じゃあよろしくね、生徒会長補佐官☆」
「……うう……なんだこの敗北感……」
「うふふ、言ったでしょ? 生徒会長は最強なのよ?」
「あ、そういうこと……」
「でね、早速何か頼みたいんだけど……何がいいかしら」
そのとき、楯無さんの目がキラリと輝いた。完全に策士の目だった。
この人……俺がどう反応するか計算済みだったな……。
(胸当ててきたり、キスしようとしたのも作戦の内ってことかよ……)
悔しいが、楯無さんの思惑通りにドキドキしている自分がいるのも確かであり。
と、ここで楯無さんと目が合った。
「あら? おねーさんのこと好きになっちゃった?」
「え!? い、いや!? そんなわけないでしょう!?」
「じゃあ、おねーさんが信くんに惚れちゃおうかしら?」
「んなっ!?」
「冗談よ♪」
くっ……! 何だよ、この小悪魔は……! 本当に補佐とかいるのか? ……絶対、何か裏あるんだろうなぁ……。
「じゃ、信くんの最初のお仕事は……」
「もうどうにでもなれ……」
扇子でパタパタと顔をあおぎながら、楯無さんは考えるように上を向く。
「よし! こうしましょう」
数秒思案したあと、突然扇子を閉じて俺に向けた。楯無さんはメチャクチャいい笑顔をしていた。
その笑顔を見た瞬間、確信した。俺はとんでもなく面倒な人の補佐になってしまったのだと。
◇
信がISを動かせないとわかった次の日、夏休み明け最初の全校集会が行われた。この前の始業式と比べて、今回は生徒会が式・を仕切る・・・ので――
「つまんねぇぞ、一夏」
「心を読むなよ! しかも狙ってないし!」
俺は反論するも、信は少し笑うだけだった。
……あれ? 心なしか疲れているように見えるのは気のせいか?
ま、そりゃあんなことになれば疲れるか……。
それにしても、なぜこうも俺の思考はよみとられやすいのだろうか。
ああ、思案がそれた。それで、まぁこの式は大雑把に言うと『この前よりラフでOK』ってことだ。このことは暗黙の了解らしく、そろそろ式が始まるというのにまだ女子たちはペチャクチャお喋りに夢中だ。
『皆さんお静かに……それでは、生徒会長から挨拶、および学園祭についての説明をしていただきます』
先程までの騒がしさが嘘のように、女子たちが一斉に静まり返る。背筋が延びるような静寂のなかに、コツコツと足音が鳴り響く。
そして、前方の壇上に女子が現れた。
あー……美人だ……って! あの人この前の謎の美女じゃないか!
俺が困惑していると、後ろから肩を叩かれた。
「一夏、先謝っとく……ごめん」
「は?」
「いや、俺も止めたんだけど……結局巻き込まれたし……ま、お互い運が悪かったってことで許して。な?」
「あ、ああ……なんかわかんないけど別に気にすんな」
『ほら、そこの男子二人。話、始めるわよ』
俺と信はまさかの注意にビクッと体を飛び上がらせる。
壇上にいる美女はさして怒ってる様子もなく、ちょっと笑っただけだった。
『さてさて、今年はちょっと驚くことばっかりでしっかりした挨拶ができてなかったわね。私の名前は更識楯無。君たち生徒の長よ。以後、よろしく』
にっこりとした生徒会長は誰の目にも魅力的に映ったらしく、あちこちから熱のこもった視線が浴びせられていた。
「あれでもうちょっと大人しければ完璧なのに……」
「は?」
信の呟きに疑問を覚えるが、すぐさま会長は話の続きを始める。
『私の挨拶は終わり。だらだら長いのも嫌でしょ? さ、今月の一大イベントの説明に移りましょうか。今日は皆さんに重大な発表があります』
ざわざわと話声のさざ波が広がる。
なんだって? 重要な発表?
女子たちのざわめきに混じって、俺も期待と不安の気持ちを抱えながら次の言葉を待つ。
『安心して。悪い知らせじゃないわ。むしろいい知らせだと思う』
またしてもにっこりと微笑んで、会長は閉じられた扇子をゆらりと取りだし、横へ動かす。
その瞬間、壇上に空間投影ディスプレイが浮かび上がった。
『名付けて! 『各部対抗織斑一夏争奪戦』!』
「……はい? はい!? お、俺!?」
『その名の通り……』
横に伸ばした手の先に持っていた扇子をパンッという音と共に開く生徒会長。
同時に俺の超巨大顔写真が写し出された。
『この子、争奪しちゃいなさい☆』
「「「「「「「「「「なにぃぃぃぃぃぃぃぃ!?!?!?!?」」」」」」」」」」
思わず耳をふさぐ。
こ、鼓膜が……。
やっと声が止んだと思えば、今度は四方八方から視線が俺に集中する。
『さて、学園祭では毎年、各部活ごとの催し物を出し、それに対して投票を行って、上位組には特別金が出る仕組みでした。しかし! 今年はそれじゃつまらないわ! そうでしょ!?』
うおーっと歓声が上がる。
女子がそんなはしたない声出しちゃいけません。親が泣くぞ……。
『よって! 織斑一夏を、一位の部活に強制入部させます!!』
盛大な拍手と完成が沸き起こる。
「すぅぅぅばらしぃぃぃぃ!!」
「何がなんでも! 1位よ!」
「もともと特別なオンリーワン? 否!! アイアムナンバーワン!!」
変な人いるんですけど。怖い……ていうか俺なんかがそんなに役に立つことも無いような……何が嬉しいんだろう、この人たち……。
すると、女子の大騒ぎのなか、のほほんさんがビシッと手をあげた。
『ん? そこのあなた、何か意見があるのかしら?』
俺に集まっていた視線が今度はのほほんさんに集中する。
「はいは〜い! おりむー……あ、織斑くんが来てくれるのはありがたいんですが〜」
『うんうん』
「みーや……真宮くんはどうなるんですか〜」
ピタッと完全に静まり返る全校生徒。
のほほんさん、そこに気づくとは天才ですか?
そうだ! まだ信という仲間がいたじゃないか!
『ふふふ……よく気付いたわね。そう! もう一人の男子! 真宮信くんについてのことを説明しましょう!』
周りの女子がごくりと唾を飲んだ。つられて俺も緊張してしまったり。
『題して! 『学園祭期間中真宮信助手制度』!』
俺の顔写真が信のに変わった。
「「「「「「「「「キターーーーーーーーーーーー!!!!!」」」」」」」
またしても耳をふさぐはめに。
やめて。本当に鼓膜破れる。
『皆さん、やっぱり学園祭中は模擬店とか、いそがしいですよねー!?』
「「「「「「「「「「そーですね!!」」」」」」」」」」
『猫の手も借りたいくらいですよねー!?』
「「「「「「「「「「そーですね!!」」」」」」」」」」
『でもー!? 借りるなら真宮信の手のほうがいいですよねー!?』
「「「「「「「「「「そーですね!!」」」」」」」」」」
『というわけで! 真宮信くんを貸しちゃっていいかな!?』
「「「「「「「「「「いいともぉぉぉぉぉぉ!!」」」」」」」」」」
会長、今午前中ですよ。できればお昼にやってくれませんか。サングラス付けて。
「俺はよくないんだけどなぁ……」
そんな信の呟きも、歓声に押し流されて俺しか聞こえない。
『え? でも? それじゃあ物足りない?』
誰も言ってないですけど。何となくだけど、この人すごいカリスマ性を持ってる気がする。
『ああ〜。なるほど。みんなの気持ちはよーくわかるわ。織斑一夏くんを手にいれるため、真宮くんを独占して使いたいっていうところもあるわよね』
マジでか。なんかごめん、信。俺のために使われてしまうなんて……。
ついでに言うと、もう嫌な予感しかしない。
『そんなこともあろうかと! こんな企画が! 『真宮信から強奪!? ジャンケン勝負』!!』
「「「「「「「「「イィィィィヤッフゥゥゥゥゥゥ!!!!!」」」」」」」」」
もう耳をふさぐのが当たり前になったきた。
もうやだ……早く終わんないかな……
ていうかもう学園祭関係無くね?
『まず全学年全クラスから毎日1クラス、代表を決めてもらいます。もちろんジャンケンでね?』
みんなの目が真剣だ……千冬姉の授業の時みたいだぞ……。
『そのクラスの人たちは1人につき1回だけ! 信くんとジャンケンをできる権利を与えます! 勝った人はなんと! 何でも!! 何でも好きなものを!! 信くんから強奪できちゃいます!!』
すると、またしてものほほんさんが手をあげた。
「はいは〜い。それって〜、みー……信くん『から』奪うんですか〜?」
「そうよ。彼をこき使っちゃいたいときは人権とか奪っちゃっていいのよ〜」
ひでぇ……ほら、信の顔見てくださいよ。もう魂抜けてますよ。燃え尽きてますよ。
「具体的には〜、どういうのが奪えるんですか〜?」
『うーんそうね〜……服とか、ペンとか、ストローとか……あ』
ピンときたように会長が微笑んだ。というか、ニヤリとした。その目が信を見ていたのは言うまでもない。
信はその時何を感じたのだろうか。
会長を制止しようと口を開きかけたように見えたのは俺だけか?
伸ばした手が慈悲をこうているように見えたのは俺だけか?
どちらにせよ、本能的に信が声が出すより先に、壇上にいる美少女は静かに、けれどもハッキリと言い放った。
『ファーストキス……とか?』
静まり返る女子たち。
空気までもがその静寂を受け入れ、まるで世界が音という概念を失ったかのように思えるほどの、無音の時間。
息をすることすらためらわれるような、そんな場所が一瞬で出来上がった。
ただこの空間はひどく脆い。脆くて儚い。そして、持続することがない。
みんなが無意識に千冬姉の顔を見る。たぶん、これが事実なのか、果たして許されるのか、そういう最終確認だったのだろう。
千冬姉が許すのなら、それは絶対なのだ。この学園に生活する生徒たちの暗黙の了解である。
世界最強の女教師の、しぶしぶ吐いたため息が、生徒たちの緊張を優しく絶ちきった。
「「「「「「「「「「うおっしゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」」」」」」」」」」
歓声は天を超え、地を這い、大気を揺らした。恐らく、世界中でこの声が届かない場所なんてないだろう。
――――――――――――――――――――――
このとき、織斑一夏は自分に言い聞かせたという。
『これは学園祭じゃない、戦争なんだ』
と……。