小説『IS〜world breaker〜』
作者:山嵐()

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36:ちゃんとした情報を得てから行動する。落ち着いている第三者の意見を聞く。こうすることで、勘違いは未然に防げます。

「来たっ!」

 鈴が鋭い声を上げる。その目線の先には慌ただしく駆けてくる少年と、それを待つ一人の女性がいた。

「むう……あんな女のどこがいいのだ」

 ラウラは不機嫌そうに目を細める。
 信をしかりつけるように、楯無は腰に手を当てて頬を膨らませている。そんな様子を見てますますラウラは不機嫌になっていく。

「あんなにペコペコ……信さんももっとどっしり構えるべきでしょう!?」

 長い髪を世話しなく指でいじりながら、セシリアはもっとよく見ようと顔を前に出す。
 ちょうど楯無がコツンと信の額を小突いたところだった。信は何とも言えない表情をして額を撫でている。

「な、何あれ!? あ、あんなにデレデレしちゃってさ! 僕の前ではあんな顔全然してくれないのにさっ!」

 シャルロットはひとりほんのり赤くなりながらプンプンと怒っている。脳内では楯無のポジションを自分に置き換えて妄想を始めているのだろう。
 その時、楯無が急に振り返った。

「みんな! 伏せろっ!」

 箒が小さく叫ぶ。それに呼応し、全員が茂みに身を沈めた。
 しばらく不思議そうにこちらを見ていた楯無だが、信に聞かれたのだろうか、何でもないわとでもいうように首を振って、また向こうを向いた。

「……なんで俺まで」

 一夏は地面に体を押し付けながら、手に持った双眼鏡で二人の様子をうかがう。

 なぜこんなことになっているかというと、話は少しだけ逆戻ることになる……。


――――――――――
――――――
―――



「行こう」

「え?」

「そうね」

「ええ」

「僕も賛成」

「私もだ」

「ちょ、な、何を!? まさか信を尾行するとか言わ――」

「「「「「え? (今さら何言ってんだよそんなん当たり前だろうがぐだぐだ言ってっとぶっ飛ばすぞ)」」」」」

「……はい。何でもないです。どうぞお好きに……」

「安心しろ。私は腐っても軍人だ。尾行の心得ぐらいはある。装備も人数分あるからな」



―――
―――――――
―――――――――――

 

 と、いうわけである。

 知らないうちにこの事件に巻き込まれた一夏は、ため息をついた。人のメールは見るもんじゃないなと後悔の念がそうさせるのか、はたまた女子たちのあまりの気合いの入りかたに気圧されているのか。

(ていうかラウラは本当に日本という国を知っているのだろうか……)

 自分とみんなの格好を見比べてまたまたため息。
 それもそのはず。ラウラが持ってきたのはサングラスにマスク、茶色がかったロングコート。しかも全員同じ。
 正直、怪しすぎる。
 そのうえあんぱんと牛乳を用意しているところがまた……。
 『日本ではこのように尾行をするのだろう?』らしい。
 あんぱんと牛乳は張り込みじゃないだろうか、とかいう思いも気分を重たくする原因のひとつである。

(にしても楽しそうだなぁ……)

 一夏は双眼鏡の向こうで仲睦まじく話している二人をまじまじと見る。様子を見るに、交互にちょっかいを出しあってるらしい。
 信が焦れば、楯無が笑う。信が笑えば、楯無はちょっとふてくされたようにそっぽを向く。
 なんだか心がムズムズした。

「あ」

「どうした、一夏? 動きがあったのか?」

「いや、違うんだけどさ……あの2人って似てるなーって」

「なっ!? ど、どこがよ! 言いなさいよ!」

 鈴の声に賛同するように、セシリア、シャルロット、ラウラは一夏の方へ視線を向ける。
 一夏は相変わらず双眼鏡を除きこみながら、問に答える。

「うーん……どこって言われると……なんだろ。雰囲気、かな。いたづらっぽいとことか。妙に子供っぽいところとか。今思えば、楯無さんに初めてあった気がしなかったのはそのせいかもなぁ……」

 そこでやめとけば無事だったのに、一夏は自ら地雷を踏む。それは彼が織斑一夏たるゆえにである。
 ごくごく自然に、深い考えもなく放った独り言は、デリケートな乙女の心完全無視だった。

「ああいう似た者同士って恋人になりやすいのかなぁ……」

「「「「「……」」」」」


 ゲシッ!

 ゴスッ!

 バキッ!

 ドカッ!

 グシャッ!

「あ! 動いた! 行くわよ!」

 女子が一斉に茂みから飛び出す。
 残されたのは背中に靴跡が付いた一夏だけだった。







――――――――――
―――――
――







「どこに向かっているんでしょう……」

「あ、待って! あのお店に入るみたいだよ!」

「む……花屋か」

「学校に花屋があるとは……」

「なんか偉い人の思い込みらしいわよ。『女性は花が好き』っていう」

 遠くで楽しそうに花を選ぶ信と楯無を見ながら、一同は短く会話をかわす。
 流石、IS学園。女子にはとことん気を使うらしい。品揃えもそんじょそこらの花屋ではない。

「いてて……」

「なんだ、生きていたのか」

「その発言はいくらなんでも酷いんじゃないですか箒さん」

 一夏が顔をしかめながら再びみなと合流する。身体中が痛むのだろう、動きがぎこちない。

 その時にちょうど、二人が花屋から出てきた。楯無は鮮やかなピンクと黄色の花が入った、小さめの籠を持っている。いわゆるフラワーアレンジというやつだ。

「あれ、何のつもりかしら……」

「ちょ、ちょっと! 一夏! それ貸して!」

 シャルロットは半ば奪うように一夏から双眼鏡を受け取る。しばらく見つめていたとおもうと、プルプルと震えだした。

「へ、へぇ〜……」

「ど、どうした!? 嫁に何かあったのか!?」

「違うよ。あの花、ガーベラっていう種類なんだ」

「それがなんなのよ?」

「……はっ!? た、確か花言葉がありましたわね……!」

「うん……希望とか、神秘ってほかに……ピンクは『崇高な美しさ』、黄色には『究極の美しさ』って意味が……」

「なっ……!? そ、それはつまり……信が生徒会長を美しく思っているということか……!」

「なるほど! シャルロットは物知りだなぁ。ま、確かに楯無さんは美人だけどな」

「「「「「……」」」」」


 ゲシッ!

 ゴスッ!

 バキッ!

 ドカッ!

 グシャッ!


「次! 行くぞ!」







――――――――――――
――――――――
―――







「くっ……なんで俺が蹴られたり殴られたり踏まれたり間接技決められたり潰されたりしなきゃならないんだ……」

「一夏、うるさい」

 箒が目の前に広がる巨大な建物を見ながら、一夏を黙らせる。

「シャルロット、あれはなんだ?」

「病院、だね。IS学園付属の」

「最新設備が揃っていて、腕利きの医者が各国から集められていると聞きましたが……納得の大きさですわね」

「ふーん。ま、あたしは風邪とかひかないし、病院なんて無縁の存在ね」

 ここまで来て、薄々感付きはじめた一夏と箒だったが、話し出すタイミングが中々見つからない。

(あれ? これお見舞いだよな?)

(花を持って病院に入る……見舞いか?)

 もっとも、他の四人は思い込みが激しすぎてまともな思考ができないため、言ったところで何も変わらないのだが。
 いつもは冷静な代表候補生も恋のことには熱を帯びてしまう。さらに加速する恋心には、ブレーキなど存在しない。

「しまった!!」

「な、何よ……ビックリするわね……」

「ラウラ、どうしたの?」

「昔……聞いたことがある……男はナース姿や巫女姿なと、神聖なイメージをもつ女に興奮を覚える、と……」

「そ、そうなんですの!? では病院に男女で入って行くということは……!」

「恐らく……」





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





『そ、その格好は……!』

『じゃじゃん♪ 看護婦さんでーす。あなただ・け・の』

『た、楯無さん……! お、俺……!』

『うん……実はね、私もなんだか体があっついの……』

『ほ、本当だ……楯無さんの体、熱いですね……』

『だから……ね? 私のこと、思う存分……検査……して……?』





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





「「「「……ふわぁ……!!」」」」

(おい、箒……なんか色々やばい方向に進んでないか?)

(と、ということは……な、夏祭りの時の私の姿を見て一夏も……? ……ふ、ふわぁ……!!)

(あれ!? お前もかよ!!)

 一夏のツッコミも虚しく、女子たちは妄想の世界へと旅立っていく。

「何考えてるか知らないけどさ、絶対違うと思うのは俺だけですか?いいえ、誰でも」

「「「「「古い」」」」」

「あ、戻ってきた」

「むっ!? い、いない!? ど、どこに行ったのだ!? あの二人は!!」

「みんながぼーっとしてたときにもう中に入っていたぞ」

「なぁっ!? は、早く言いなさいよ!」

「鈴さん! そんなことより早く追いかけなければなりませんわ!」

「でもこんなに大きい病院なんだよ!? 迷っちゃうよ!」

「ふっ。安ずるなシャルロット。これを見ろ」

 ラウラがコートのポケットから何やら小型のテレビのような物を取り出す。その画面の中では、ゆっくりと上方に上がっていく赤色の印が点滅していた。

「こんなこともあろうかと! 嫁の靴に発信器を付けていたのだ!」

「「「「「て、天才!!」」」」」

「……あれ? でもさ、だったら尾行とかしなくてよかったんじゃないか?」

「「「「「……」」」」」


 ゲシッ!

 ゴスッ!

 バキッ!

 ドカッ!

 グシャッ!


「さ、さぁ! 行くぞみんな!」

「「「「おおーー!!」」」」

 女子ズはコートを脱ぎ、サングラスを放り投げ、マスクを捨て去る。怪しげな集団が美少女に突如変身するさまはなかなか絵になる光景だった。

 そのあと、這いつくばって出てきた少年が不憫すぎるのは抜きにして。





















「お〜い! こっちこっちー!」

 楯無さんが笑顔で俺を呼ぶ。今日は休日なので、二人とも私服である。
 晴天の効果もあるのだろうか、どこか上品で清楚な服装をした楯無さんはとても眩しかった。直視できないほどに。
 この人本当にレベル高いな……。

「す、すいません! 待たせちゃいましたか?」

「うん。すっごく退屈だった」

「これでも結構急いで準備したんですけど……」

「じゃあ、ちゃーんとエスコートしてよね? 初デートなんだから♪」

「初デートが病院ってどんな趣味ですか……」

 俺は遅れてきた引け目もあり、弱々しくツッコむ。
 数十分前に送られてきたメールの内容は俺にとっては嬉しくもあり、同時にどこか緊張するところもあった。



『ご両親との面会許可、出たわよ。一緒に行きましょ♪ 待ち合わせはタワーの前! 私服で! それじゃ、よろよろー☆』



 もちろん、私服姿の楯無さんを想像して嬉しくなったり緊張したりしたわけではない。
 絶対そうじゃない。うん。絶対そうじゃないんだ。あくまで俺は両親と話ができるということについてにそういう風に思ったのだ。
 ま、とりあえず確かに美人度がアップさせている服を誉めとこう。

「その服すごく似合ってますね、楯無さん」

「あら。おねーさんのこと好きになっちゃった?」

 また俺をからかう……そういうのは結構ドキドキするからやめてほしいなぁ……。
 さらっと流しとこう。俺は少し口許を緩めて、肩をすくめる。

「もう少しおしとやかで上品で落ち着いていてくれれば、運命の人とかに出会えるんじゃないですか?」

「む……! まるで私がおしとやかじゃなくて上品じゃない上に、落ち着きが無いみたいな言い方ね」

「あれ? そう言ったんですけど、伝わりませんでした?」

「もう! いじわるっ!」

「冗談ですよ。楯無さんって子供みたいですね」

 プイッとそっぽを向いたままの楯無さん。ちょっぴり拗ねたような素振りを見せるその姿は、やっぱり子供っぽかった。こういうところも魅力のひとつに入るんだろうか? さっき言ったところを治せば、世のイケメンがほっとかないだろうに………。
 いや、逆に治さないほうが魅力的か? うーん……わからん。
 ただ言えるのは、治してくれないと俺が困るんだよな。振り回されるから。
 そんなことを考えていると、突如として扇子で額を小突かれた。

「ていっ!」

「痛っ!」

「おねーさんの体ジロジロ見ないの。信くんはえっちぃな〜」

「別に見てないですよ……」

「私のことは心配しなくてもいーの。どうせ誰かと結婚するんだから。なんなら信くんとでもいいよ」

「あ、あはは……その冗談はきっついですよ……」

「ふふ〜ん。冗談じゃないも〜ん」

 俺は痛みと苦笑いで少し顔を歪めつつ、けれどもなんだか不思議な感じで額をさする。そんなやり取りをしているうちに、いつもの笑顔が戻っていたので、楯無さんは気分を直してくれたのだと思う。

「!!」

 すると突然、楯無さんが後ろを振り返る。茂みの向こうに向ける視線は、なんだかとても警戒しているように見えた。
 しかし、しばらくするとすぐに肩の力を抜いて、ほーっと息をはいた。

「どうかしました?」

「何でもないわ。気にしないで」

「そうですか……じゃ、早速行きましょうか」

「ええ。じゃ、はい」

 手を差し出された。
 握手? いや、違うよね。そういや一夏が言ってたな。『女の子は迷子になると危ないから手を繋いで歩くべきだ』って。
 あいつの場合はまったく意味が異なると思うが……確かに一理ある。何かと物騒な世の中だからなぁ。なんだ、楯無さんも以外と女の子っぽいところあるじゃないか。

「なんか物凄く勘違いしてない? あと少しバカにされた感があるんだけど」

「いえいえ。そんなまさか。それじゃ、行きましょうか」

 俺は笑いながら、楯無さんの手をとる。
 ちょっとひんやりしている華奢な手は、紛れもなく女の子の手だった。少しだけ鼓動が早くなったのも仕方がないことだと思う。







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――――――――
―――







「てか学校内に花屋とかありなんですか?」

「うん。実際、役に立ってるでしょ?」

 楯無さんは店内の花を見定めながら、ゆっくりと奥に進んでいく。
 しかしよくもまあ、これだけの種類の花が置いてあるもんだ。
 俺は見渡す限りの色鮮やかな花たちに圧倒されてしまう。まったく、こっちは居づらくて仕方がない。いくらお見舞いの花を選ぶとはいえ、なんか男が花畑にいるようでちょっと……。

「うん! これでいいわね。見て見てー!」

 しばらくすると、後ろから声がした。花を選び終えたのだろう。
 やっと店を出ていけると思って安堵しながら、振り返った。

「あ……」

 俺の目の前で、楯無さんは嬉しそうに花束を抱えてはしゃいでいる。
 花の香りを楽しむように大きく息を吸って、大切なものを抱えるように花束を持っていた。そのどこまでも美しい笑顔は、とてつもなく魅力的で、思わず見とれてしまう。それこそ周りにあるどんな花よりも美しく、高貴で、強い輝きを放っていた。
 う……やべ……目が離せない……。

「信くん? どうしたの?」

「え!? い、いえっ! びょ、病室に花瓶がないと花って飾れないんじゃないかな〜と思いまして……あ、あはっ、あはは……」

「そうえばそうね。じゃ、花籠にしてもらってくるわ。ちょっと待っててね〜」

 そう言って、店員に何やら相談しにいく楯無さん。
 な、何とか誤魔化せた……か?
 ほっと一息ついたのもつかの間、楯無さんがこっちを向いてニヤニヤしているのに気付いた。そして、声を出さずに口の動きだけで俺に伝えてきた。

『惚れちゃダメよ?』

 くっ! ダメだったか……!
 俺は顔を赤くして、頭を抱えた。







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―――――――
―――







「うーん……いい香り〜! 今日は信くんとデートも出来たし、万々歳ね♪」

「だからデートじゃないですって……」

 俺は一時間にも満たない時間でかなり疲れていた。
 この人は人を振り回す天才なんだ。そうとしか考えられない。恐ろしい……。
 それは仕方のないことなのだが、ひとつ気になることがあった。

「で? わざわざ俺と一緒に見舞いに行く本当の理由は何ですか?」

「ん〜? 信くんとデートするのに理由が必用?」

「楯無さん?」

「もー! すぐにわかるから焦らないの! 今は私だけを見て?」

「あーはいはい……」

 ツッコみを放棄。もう疲れるだけだ、これ……。

「ま、『将来も』私だけを見てることになるかもしれないけどね♪」

「は、はぁ!? ま、またそんなことを……!」

「うふふ」

 楯無さんの意味深な言葉と微笑みに、俺はドキッとしてしまう。
 反応に満足したのか、楯無さんは握っていた手を離し、病院入り口の階段をタタタッと素早く駆け上がる。
 俺は疲労困憊で肩を落としつつ、ノロノロとその後を追う。自動ドアをくぐり、ロビーに入ると、一足先に到着していた楯無さんは正面にあったエレベーターを指差して、ニッコリと笑った。

「ほら、最上階まであれで一気に行きましょ……密室だからってえっちぃ想像しちゃダメだぞ?」

「だっ、誰がそんな想像……!」

「あら? してないの? おねーさんちょっと残念」

 何でだよ。俺をそんなに欲望まみれの男にしたいんですか。
 ていうか、あなたがそういうこと言っちゃダメだろ。生徒会長という肩書きに恥じないように行動しなさい。

「ほら、いつまでも顔赤くしてないの! エレベーター、来たよ!」

 楯無さんに手を引かれ、俺はほぼ無理矢理にエレベーターに乗り込む。

 ……あれ? 先程階段をかけ上がってたからだろうか? 楯無さんは少しだけ顔が赤くしているように見えた。



















 ドアが二回、何か固いもので叩かれた。その音を待ち構えていたかのように、すぐに返事を返す。

「どうぞー」

 遥は読んでいた小説を閉じ、誠はテレビでもつけようと伸ばした手を引っ込めた。二人とも栄養状態もよくなり、まだ少し顔色が悪いにしても、最初に比べたらとても元気になったと言えるだろう。
 実は救出直後、彼らはほとんど気合いに近いレベルで活動していた。アドレナリンって恐ろしいなぁ、なんて検査医が笑っていたぐらいである。
 圧縮空気がプシュッと音を立てて解放されると、ドアが勢いよくスライドした。

「博士、お久しぶりです」

「なんだ。元気そうじゃないか」

 楯無と信は病室に入ると、近くにあった丸椅子に腰かけた。

「ふふ。楯無ちゃんも信も、とっても久しぶりね」

「あ、これお花です」

「まぁ! 流石楯無ちゃんね〜。センス抜群だわ」

「いえいえ」

 楯無さんが花籠を手渡すと、遥は嬉しそうに笑った。

「父さんも母さんもいつも通りで安心したよ。この前は一気に老け込んだ顔してたしなぁ」

「なぁにぃ!? 私たちはまだまだ若いもんには負けんぞ!」

「いや、その発言がもう年寄りだから」

「くっ……! 母さんみたいなこと言いおって……!」

 信は少し微笑みながら、誠が悔しがる様を見ていた。二人は並んだベットに横たわってはいたものの、今にも立ち上がって踊り出しそうな勢いだった。
 七十過ぎなのに元気すぎるだろ、と信は思いつつ、嬉しかった。

「あっ、そうそう! ニュース見たわよ〜! 黒騎士、大活躍だったわね!」

「まったくだ! 一気に有名になってしまったな! 我々が!」

「笑い事じゃないだろ……」

「うふふ。その分なら退院も近そうですね」

 そんな談笑がしばらく続く。
 本当に下らない会話だった。

 カレーの素晴らしさについて語ったり、朝に果物を食べると調子がよくなるとか、IS学園での学校生活の様子とか、千冬が鬼の末裔なのでは、などなど……。
 四人は笑い、頷き、そしてまた笑った。

 そんなこんなで一時間が経過すると、話題もつきてしまった。

「いや〜でも、ほら。あれだな。お前……友達はいるのか?」

「ん? ああ、いるよ。って言っても、俺がそう思ってるだけかもしれないけど……」

「こら! なに寂しいこと言ってるの。おねーさんが怒るわよ」

「楯無ちゃんはお友だちじゃなくて、お姉さんなのね〜。嬉しいわ〜」

「誠さん、遥さん。安心してください。信くんにはたっくさん、いい友達がいますよ」

 楯無はそう言って信を小突く。
 身をくすぐったそうに捻るも、信はそれほど嫌そうな顔をせず、むしろ照れ笑いを浮かべているようだった。

「ほう……それじゃあ今度連れてきてもらおうかな。ぜひとも話しがしたいよ」

「あら。それならよかった。もう来てますよ」

「「「え?」」」

 楯無がクスリと笑って立ち上がり、病室のドアの横まで歩いていく。
 そして、ちょうど胸の辺りの高さにある開閉スイッチを人差し指でポチっと押した。
 すると――

「「「「「「え!?!?」」」」」」

 ドサッという音を立てて、例の専用機持ちたちが雪崩のように倒れ込んできた。

「い、いてて……!」

 女子たちはわずかによろけつつ、それぞれ肘や膝をさすりながら立ち上がる。
 そして少し遅れて、下敷きになっていた一夏も壁に体を寄せながらなんとか立ち上がる。

「……なにしてんの?」

「あらあら」

「ほう……」

「うふふ」

 バツの悪そうな顔をして微笑んでいる尾行組はただただ愛想笑いを帰すばかりだった。



















「あのなぁ……」

 俺は頭を押さえながら、床に正座している六人に呆れたような声を出す。

「な・ん・で! 揃いも揃ってこんなことしてるんだよ……」

「いや! 俺は止めたんだけどさ、みんなが聞かなくて……」

 一夏は横に並んだ五人に目をやりつつ、必死で弁明している。
 俺はため息をついて女子たちに目線を投げるが、誰一人として目を合わせようとしない。

「で? それは本当ですか?」

「う、うん……でっ、でもほら! 決して僕たちも悪気があったわけじゃないよ!?」

「しゃ、シャルロットのいう通りだ。私だけはただ剣道の稽古をだな………あ、いや、居合いの練習……違うな……」

「んんっ! で、ですから、箒さんが言いたいことはですね、わたくしたちが訓練をしようと集まったときに。たまたま! たまたま! 信さんと生徒会長が一緒に歩いていたところを見つけて……」

「尾行してきた、と」

「あ……はい。申し訳ありません……」

 セシリアがガックリと肩を落とす。

「ていうかあんたが悪いんでしょ!? 逃げるようにあたしたちの前からいなくなるんだもん! そ、そりゃああたしだって、ふ、不安にもなるわよ!」

「だ、大体! 私に断りもなく他の女と出歩くやつがあるか! 私の嫁らしくお前はわたっ、私と一緒にいればいいのだ!」

 こちらの二人に至っては開き直っていらっしゃる……。
 俺はますます頭を抱えながら、なんと怒ろうか言葉に困ってしまう。すると、クスクスと笑いながら楯無さんが隣にやって来た。

「うふふ。もしかしてみんな、私たちがデートしてるように見えたのかしら?」

「そんなわけ――」

「はい。見えました」

 おい、一夏。なぜそんなにキラキラした目で即答なんだ。
 そしてなぜその他は怒ったような、緊張したような表情で赤くなっているんだ。
 それはなに? 肯定か? デートしてたように見えたんですけど実際はそこんとこどうなんですか詳しく聞かせてくださいという肯定の意思を示しているのか?

「はぁ……ほら、よく見ろ。俺と楯無さんをどこからどうみたらそういう関係に見えるんだ。俺なんかがこんな美人とデートなんてできるわけないだろ。月とスッポンだろ」

「いや、けっこうお似合――ひぃ!? う、うん! そうだね! 見えないよ! 全くもって見えないよ! デートなんて滅相もないね! だからごめんなさい!許して!」

 ……? 誰に謝ってるんだ? そして心なしか一夏に向けられる眼差しが鋭い気がする。
 なんかあったのか?

「……」

「なんでそんな目で俺を見るんですか楯無さん……」

「別に見てないわよ。そうよね。私と信くんじゃどうせ釣り合いませんよーだ……」

 何やら楯無さんはちょっとご機嫌斜めになってるし。別にそんな要素一つも無かったと思うんだけどな……。

「まぁ、来ちゃったものは仕方ないじゃないの。私たちは全然構わないわ。むしろ嬉しいぐらいよ」

「そうだぞ。いや〜まさかお前の友達がここまで美人揃いだとはなぁ〜」

 両親が俺に微笑みながらそんなことを言ってくる。どうやらもう許してやれってことらしい。
 俺としてもそこまで怒るつもりもないからいいんだけど……でもあとでちゃんと言っておこう。俺に行動の自由をくれ、と。

「ささ、皆さん座って? 足痺れてない?」

 いつの間にやら準備してある人数分の丸椅子を示して、母さんは着席を促す。
 セシリアはよろけたものの、なんとかみんなは遠慮がちに席につく。そういや正座苦手だったな、セシリア……。
 なんか罪悪感。

「じゃ、紹介する。俺の父さんと母さん」

「「「「「「……え!?」」」」」」

「……父さんと母さん」

「信くん、そこはみんな聞き取れてるわよ」

 楯無さんにツッコまれた……だと……! しかも苦笑いしてやがる。
 俺が少し不意を突かれていると、みんながこっちを見て『説明求ム』みたいな顔してた。

「あー……何て言うか……ほら、黒騎士? に救出された2人の科学者いるって言ってたろ? それだよ」

「……は? ……え!?」

 一夏がますますパニックに。他のみんなは口をあんぐりと開けて俺と両親を見比べている。

「つまりね、彼のご両親は先日黒騎士に助け出された、IS関連の研究者兼科学者なのよ。それも凄腕の」

 楯無さんが助け船を出してくれる。
 へぇ〜……この2人凄腕だったのか。それは知らなかった。

「ちょ、ちょっと待ってくれよ! は、初耳だぞ!」

「落ち着け、一夏……」

 俺もそうなんです。みんなもそんな『秘密にしていたな……』みたいな目で俺を見るのをやめてくれ。心が痛い。

「だ、だって前に信のお父さんとお母さんは旅行中って言ってたじゃない! う、嘘だったの!?」

「さぁ?」

「『さ、さぁ』って……信! ちゃんと話してくれないと僕怒るよ!」

「いや……だからな、シャル。俺も嘘つかれてたんだって」

「……え? ど、どういうこと!?」

 シャルの言葉に耳を傾けていた一同は、また俺と両親の間で世話しなく視線を動かし始めた。しかし、俺と楯無さんだけはしっかりとただ一点を見つめていた。
 父さんと母さんはそれに答えるように、真剣な顔で俺を見つめ返していた。

「ここに来たのは、自分達の息子に……俺に黙って今まで何してたのか、それを聞くためなんだよ」

 部屋が静寂に包まれる。
 外から射し込む、沈み始めた太陽の光がやけに鬱陶しかった。ベトベトと湿った暑さがとても気持ち悪い。

「俺は昔のこともわかってるし、ここにいる人にはその事ももう話してある。今更隠すことなんて、俺にはないよ」

 俺は静かに、けれどもできるだけ力強く、両親に言い放った。
 父さんと母さんは少しだけ微笑み、そしてまた真顔になった。どこか陰があるその顔はなんだか俺をとても悲しくした。

「……そうだな、まず何から話せばいいだろうな……」

 夫婦は目配せをした。

「私たちの一番の目標は剥離機(リムーバー)というものを開発することだった 。人為的にISと人を切り離すものだ」

 父さんは俺の目を見ずに、床に目線を落として話し出した。

「信の中にISコアがあるのは……知っているようだね。それを取り外すために、私たちは研究をしていた」

「研究のための施設は更識家で用意したわ。私の父と誠さんはお知り合いなのよ」

 楯無さんが補足説明を加える。
 だが俺は目をそらさず、ただただ父親たちをを見るばかりだった。

「この際だから言うが、お前を息子にすると決めたときから定期的に研究はしていた。ずっとだ。そうやって、昔から基礎理論は創っていたのだがね……やっと完成に近付いたのはついこの前だ」

「でもね、どこからか更識家に私たちがいるっていう情報が漏れてしまって……すべての研究データと一緒にとある組織に誘拐されてしまったの」

「とある組織とは?」

「君たちは知らない方がいい」

 少し強めの口調に、質問したラウラはたじろいでしまう。
 すまない、と断りを入れると、父さんはまた話を始める。

「最初は組織の支部のようなところに連れていかれたが、そのうち本部に運ぶようにお達しがきたらしい。そして、そこに運ばれる途中――」

「『黒騎士が』助けてくれた……ってことだよな?」

「……そういうことだ」

 俺のアイコンタクトに気付いてくれたらしい。
 黒騎士が世間に認知された今、正体がばれてしまってはいろいろと面倒だ。それに、みんなに無駄な心配はかけたくない。

「そのあと更識家のほうに連絡が来て、私たちが保護に向かったの。そのときには黒騎士はもういなかったわ」

「我々は衰弱していてね、そのまま病院送り。何度か検査されたあと、今に至る……というわけだ」

 父さんはベットに体を預け、長く息を吐く。
 その様子は酷く俺を不安にさせた。なぜだかはわからない。

「で? その剥離機とやらを作るために、俺に黙って研究してたわけ?」

「ああ。そうすれば、お前は普通に暮らすことができる……そう思った」

「せめてもの償いとして……あなたの幸せのためにも、それが一番だと決めたの」

「……ってことは、あれか? 俺が幸せじゃないとか思ってた?」

 二人は何も答えない。肯定の沈黙は長く長く、時間を引き延ばしているようだった。
俺はため息のような、一気に気が抜けるような、そんな感じで肺の中の空気を吐き出した。両親を含め、その場にいる全員が何かを待っているように体を強ばらせた。

「あー……なんて言うか……俺は幸せだよ。いつも」

「「は?」」

 両親は目を丸くして俺を見る。

「だってそうだろ? 誰かに幸せになってほしいって思ってもらえるって、幸せじゃないか」

「……え?」

「ていうか、そんなくだらないことしてる暇あったら家帰って来いよ。埃だらけになってたぞ、洗濯機とか」

「……く、くだらないって……」

「だってそうだろ? むしろ安心したわ。俺はてっきり『ISに代わる兵器を開発したぞー』とか言い出すんじゃないかとヒヤヒヤしてたぜ……」

 やれやれ。鳩が豆鉄砲食らったような顔してるし。とても凄腕とは思えないマヌケ面だな。
 でも、そっちのほうが落ち着く。
 俺は少しだけ笑った。

「あー……ま、ひとつだけ怒ることがあるとすれば……俺は今充分幸せだから余計なことすんなってことぐらいだな」

 不思議そうにこちらを見ている同級生と先輩にチラリと目線を向けて示す。

「俺だってもう子供じゃない。そりゃ最初は戸惑ったけど、心の整理はついてる。こいつを受け入れるって決めたんだ」

 胸に手を当てて目を閉じる。
 再び開けたとき、きっと俺は何か探し物を見つけたかのような清々しい顔をしていたんじゃないかと思う。

「無理に背負うなよ。これからは俺も背負うから」

 できるだけ笑顔で、俺は両親と向き合った。
 時間が経つのも忘れて、二人は俺を探るように見つめていた。
 すべての力が抜けたようなため息をつくと、二人は笑い出した。

「ははは……そうか。もう子供じゃないか……お前がそんなことを言う日が来るとはな」

「昔は夜中に独りでトイレにも行けなかったのに……随分成長したわねぇ……ふふ」

「あら、そうなんですか? 信くんも意外とかわいいとこ有ったのね」

「か、からかわないでくださいよ。楯無さん。子供の頃の話ですから」

 楯無さんはニヤニヤとしながら俺の顔を覗き込んでくる。
 くっ……なんか弱味を握られた気がする。何てこと話してくれたんだよ、母さん。
 ていうか結構感動的な流れじゃなかった? 少し自負があったんだけどぶち壊しかよコノヤロー。

「信は、夜中に、独りで、トイレに行けないっと……」

「おい。何メモってんるだ一夏。昔の話だぞ。昔の話だからな」

 どこからともなくメモ用紙とペンを取り出す一夏。
 やめて。なんか恥ずかしいから。

「ふん。男子たるもの暗闇が怖くてどうする! 情けないぞ、信!」

「義父様、義母様、ご安心を。今は私が嫁……いえ、信の隣で寝ていますので」

「えっ!? ら、ラウラ!? たまにいなくなってると思ったらそんなことしてるの!?」

「ちょっと! あんたもそういうこと許してるってことよね!? 表に出なさい! 半殺しで見逃してあげるわ!」

「し、信さん! い、いい、一緒に寝ているということはつまり……! よ、夜中に何をしていらっしゃいますの!?」

「ラウラちゃんだけずる〜い。私も信くんと添い寝したいな〜」

「ちょっ!? 物騒なこと言わないでくださいよ、楯無さん!」

 女子は女子であらぬ想像をしてるし。さっきまでのいい雰囲気が……って、あの雰囲気のままいられても気まずいだけか。
 最初にそのことに気付いた楯無さんが敢えてぶち壊してくれたのかもしれない。
 そうかもしれない。うん。そうかもしれない。ほんのわずかな確率で。

「あらあら。これは思ったよりも早く孫の顔が見れそうね〜」

「安心しろ、息子よ! 名前はもう905個ほど考えてある!」

「あっ!? 今新しい名前が浮かんだわ!」

「なんだって!? でかした!! これで906個目だ! 良かったな、信!」

 なんだそのサムズアップは。ブルーな気持ちから立ち直るの早すぎだろ。親にこんな暴言吐くのもどうかと思うが、その親指をへし折りたい。
 なんでドヤ顔なんだよ。入院期間延ばすぞ、アホ。
 そんなことを思いつつも微笑んでしまうのは、やっぱり幸せだからだろうか。

「……今充分幸せ……か」

「信?」

「ん? いや、なんでもない」

 一夏の呼び掛けに答えながら、俺は無意識に右手首を撫でていた。黒いブレスレットがあったはずの、その場所を。




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