39:学園祭を開催する側の人間は学園祭を楽しめずに過ごすことがあるからあらかじめ気を付けておかないと 終わったあとすごくむなしい気持ちになる
ついに、学園祭当日。
どのクラスも最終チェックが進み、なかなか慌ただしい空気が漂い、廊下にバタバタと足音がこだまする。
そんななか、一年一組では二人の執事が互いに身だしなみを整え、準備を終えていた。
「そろそろ学園祭始まるな」
「……」
信がやけにボーッとしている近くの女子に話しかけるも、返事が帰ってこない。
明らかに目はこちらを見ているのに、全く気付いていないようだ。誰か助け船を出したりしないのかと目をやるが、全員が全員、熱っぽい視線をこちらに向けるだけで同じようにボーッとしていた。
一夏と信は互いに顔を見合わせて首をかしげる。
とりあえず信はまるで壊れやすいものを触るように、人差し指で肩をつついてみる。
「お、おーい?」
「ふひゃい!? ひゃひかにゃ!?」
「か、噛みすぎだって……緊張しないでリラックスしていこうぜ? な?」
「あ、う、うん! そ、そうだね! み、みんなー! こっ、声だしてこー!」
「「「「「「「おっ、おおーー!!」」」」」」」」
女子一同で拳を天高く掲げるが、目線は執事二人組に向いたまま微動だにしない。まるで『他のものを視野にいれている時間がもったいない!』と言いたげである。
そのなかでも一際そう思っているのは、おそらく例の四人組だろう。箒、セシリア、シャルロット、ラウラは目を輝かせて二人を見つめ続けていた。
しかも彼女たちは接客担当として全員メイド服を着用しているため、他の女子よりもさらに目立っている。
視線に気付いてか、一夏が口数の少ない箒に話を振ってみる。
「にしても、箒のメイド服姿とか新鮮だなぁ……」
「な、なんだ!? 私が着ているのがそんなに変か!?」
「い、いや。そうじゃなくてだな……」
一夏がしげしげと幼馴染みの見慣れない服装を見つめる。
恥ずかしいのか、それとも怒っているのか、はたまた照れているのか、箒は一夏の視線から逃げるように顔を赤くした。
そんな様子を見てニヤニヤとしている信の近くでは、残った3人のメイドがそわそわと髪を撫で付けていたり、意味もなくヒラヒラのついたスカートをいじったり、カチューシャの位置を決めかねているふりをしていたりと、各々で自分を見てもらいたくて必死である。
念が届いたのだろうか、たまたま信の目が三人の姿をとらえる。
「「「あっ……」」」
「おっ……」
意味のない言葉の応酬が短くあったのち、メイドたちはドキドキしながら次の言葉を待つ。
だが、待てども待てども言葉がかからない。時間が止まったように感じた。
ついに痺れを切らし、セシリアが控えめに口を開いた。
「あ、あの、信さん?」
「な、なんだ?」
「なんだ、じゃないだろう? その……私たちは、なんというか……期待、してるのだが」
「し、信がなかなかこっち向いてくれないから……ね、ねぇ? ど、どうかな?」
「ど、どうって……」
執事は困ったように後頭部に手を回して、三人から目線を外す。
「うん、ま、まぁ……あれだ……に、似合ってるんじゃないか?」
「「「……」」」
無言の訴えかけ。『それだけ?』と言わんばかりである。
「う……あー……ちょっと見とれた……かわいくて」
「「「……あぅ……」」」
言った方も言われた方も、気恥ずかしくてうろうろと視線を動かす。
そんなこんなで、気付けば学園祭開始五分前。教室も不安と緊張の波にじわじわと飲み込まれ始める。
なんとも言えない微妙な空気が流れるが、そんな空気は読まない読めない、のほほんさんがいつも通りにのほほんとした声で叫んだ。
「じゃー円陣でも組んじゃおー!」
「お、おおっ! ナイスアイディア、本音! やろやろ!」
「私、織斑くんの隣ね!」
「真宮くんも早く早く!」
それが良い方向にはたらいたのか、みんながキャッキャッと騒ぎ出す。
しばらく男子二人の隣の席を取り合ったりしていたが、時間がなかったのですぐさま終結した。ちなみに一夏の隣には箒と信、その信の隣はのほほんさんに決まった。
「じゃ、クラス代表! 掛け声よろしく!」
「え、ええ!? そ、そんな!」
一夏が驚きと非難の声をあげる。
隣の男子に助けを求めるが『手短にな』という無言のメッセージを受け取っただけだった。
「え、えっと……と、とりあえず、た、楽しんでいけきましょー!」
「「「「「「「「おおぉぉぉっーーー!!」」」」」」」」
そして、その声が天井すら突き抜けて響き渡ったとき。
『IS学園学園祭、開催です!』
全校放送のアナウンスが鳴り響く。心なしかその声も楽しげである。
しかし、クラス代表は全く楽しそうにない雰囲気で両手で顔を隠していた。
「一夏」
「……何?」
「噛んだよな?」
「言うなよ……」
◇
「いらっしゃいませ♪ こちらへどうぞ、お嬢様」
シャルロットの楽しげな声が聞こえてくる。
店内には人、人、人。
ラウラの考案した『ご奉仕喫茶』は大成功だった。いざ学園祭が始まってみると、一年一組の前には長蛇の列。しかもすべて女子。
このままいくとこの階の廊下を埋め尽くしてしまうんじゃないかというばかりの長さだった……と、いうのを俺は小耳に挟んだ。
ま、廊下から聞こえてくる声もあるから、何となくそんな気がしてたんだけどね。
「えー!? あと2時間も待つの!?」
「でも待つわ! あの2人の執事姿が見られるならやすいもんよ!」
「くっ……! もっと早く情報を仕入れていれば……!」
列からは不満の声もちらほら。
接客班と調理班の忙しさもさることながら、雑務班のスタッフはその声をなだめるのに一番大変そうだった。
まったく、これには頭が下がる。あとで労ってやろう。とにかく今は目の前の仕事に集中、集中。
そう思いつつ、ついつい一夏が心配になる。さっきの精神的ダメージが残ってなければ良いんだが……。
「いらっしゃいませ、お嬢様。席にご案内します」
「はいぃ……」
うん。特に問題無さそうだな。立ち直りが早くて良かった。
最初の方こそ慣れていなかったものの、一夏はすでに接客のノウハウを身に付けていた。まだつたない点もあるが、そこは持ち前のイケメンパワーで補っている。
ただし、一夏が客の指名を受ける度に箒はムスッと顔をしかめるのが欠点と言えば欠点である。
俺が『笑顔、笑顔!』と口パクで伝えても箒はプイッとそっぽを向くばかりである。
やれやれと思いつつ、こちらの仕事をおろそかにはできないので、テーブルに案内した客の注文を訪ねた。
「メニューはお決まりですか、お嬢様?」
補足だが、メニューは客には持たせてはいけないらしい。だから俺たちはこうやってメニューを開いて手に持っているわけだ。
まったく、疲れるなぁ。
「あ! えっ、えっと……ま、真宮くんは彼女いますか!?」
「お嬢様、滅相もございません。俺の……じゃない、私のような者にはそのような方は……それに……」
「?」
「お嬢様がいますから」
「「「「「はうっ!!!」」」」」
たまに全く関係ない話題などもあるが、学園祭で浮き足立っているから仕方がないと割りきってさらっと流していたり。
ちなみにこの受け答えは以前のバイトで店長から教わったものだ。
元気かな、店長。今度遊びにいくか。
そんなことをちらりと思ったりしていると、あっという間に開店から一時間くらいたった。
区切りもよかったので、はてさてどれくらいの人が並んでいるのかと、俺と一夏がひょっこり廊下に顔を出したりしたのだが、『混乱度合いが上がるから戻って!』とすぐ押し戻されてしまった。
それでも、かなりの人数がワイワイと騒いでる状況を確認するのには充分だった。
俺たちは肩をすくめて苦笑い交わした。
「すげー並んでたな」
「一夏、俺もうすぐ学園祭手伝いキャンペーンでいなくなるからな。頑張ってさばけよ?」
「マジでか……」
マジでだ。そろそろ他のクラスに行かなきゃならないんだぞ、こっちは。
「織斑くーん! こっちのテーブルにおねがーい!」
ため息をつき終わる前に、一夏に注文が入る。
はいはいと少し急いだ返事をして駆け足でテーブルへと向かっていく一夏。
その様子を『大変だなぁ』と他人事のように俺が眺めていると、聞き覚えのある元気な声に呼ばれた。
「ちょっとそこの執事! テーブルに案内しなさいよ!」
「はい、失礼しま……なんだ、鈴か」
「なっ、なんだとはなによ! わざわざ来てあげたんだから感謝しなさいよ!」
振り返ると、さすが本家本元、大胆に入ったスリットが目をひくチャイナドレスを身に纏った、鈴が立っていた。
真っ赤な生地に金色のラインが走っていて、髪にはシニョン(ボンボン?って言うやつ?)がついている。意外や意外、いつもは男勝りなあの鈴が着るチャイナドレスがあまりにも似合っていたので、思わず俺は見とれてしまう。
メイド服もいいけど、チャイナドレスもいいな……変な意味じゃなくて。
しげしげと眺めていると、鈴が困ったように体を動かし始めた。
「な、なに? あ、あたしの服装……へ、変?」
「い、いや……似合ってるなって……」
「そっ! そ、そうよね! ま、まぁ!? 中国人として当たり前っていうか!? これが本当のあたしっていうか!?」
先ほどとうって変わって突然自信満々になった鈴は、やっぱりいつもの鈴だ。やたら服装が似合っていたので、変に緊張してしまった。
鈴の外見と中身のギャップに、しなくてもいい緊張してしまった自分に、思わず俺は笑ってしまう。
笑われたのが不本意だったのか、鈴は顔を真っ赤にし、今にも飛びかかってきそうな勢いで俺に詰め寄ってくる。
「な、なによっ!? 何が面白いのよ!?」
「はは。いえ、お嬢様。お気になさらず」
「おじょっ……!?」
お嬢様と呼ばれるのに慣れていないのか、いや、普通慣れていないから、鈴は驚いたように目を見開いて顔を赤くしたままオロオロしている。
そんな様子が面白くて、俺はついつい鈴をからかいたくなった。
ニヤニヤとした笑みを浮かべつつ、鈴にそっと耳打ちをした。
(那个衣服,特别相称。可爱〈その服、すごく似合ってるぞ。かわいいな〉)
「へっ!? なっ……ななな……! な、なんでっ!?」
「人間、向上心が大事だっていうことだ……さ、席にご案内しますよ、お嬢様?」
わざとらしく深々とお辞儀をしてみる。
「え、えっと、その……あ、ありがと……」
「え〜? なんだって〜? 日本語じゃあよくわかんないな〜」
「も、もう!! 谢谢!!〈ありがと!!〉 こっ、これで満足!?」
「ん。よくできました」
からかって悪かったよ、という意味も込めて、鈴の頭をポンポンと撫でてやる。
ちょっとだけ驚いた顔をした鈴は、なにか言いたそうに口を動かしたが、結局ふてくされたようにプイッと横を向いてしまった。
「……笨蛋〈ばか〉………」
「え?」
「う、うっさい! さ、さっさと案内しなさい!」
「いてっ!? た、叩くことないだろ!?」
「うるさいうるさいうるさい!! さっきから下げずんでんのか敬ってるのかわからないのよっ!! 敬語くらい使いこなしなさいっ!! このダメ執事っ!!」
バシバシと叩かれつつ、俺はなんとか鈴を席に案内する。
……あれ? そうえば、心なしか周りから視線を感じるのだが……。
あっ!? 話し込みすぎってことか?
しまった……これじゃ本当にダメ執事だ。
仕事、仕事。ごほん。
食い入るように俺の持っているメニューを見つめている鈴にお決まりの台詞を投げた。
「じゃ、鈴。ご注文をどうぞ」
「えっと……ていうかあんた、ほんとに敬語はどうしたのよ。こっちはお客様よ?」
「ああ、鈴なら大丈夫かなって。くだけた感じで接客できるの鈴だけだからさ」
「そ、そう? あ、あたしだけ……あたしだけかぁ……」
「で? 注文は?」
「え? あ、ああ! そ、そうね……じゃ、じゃあ、これ!」
ズビシッと指差したメニューは『執事にごほうびセット』。
俺の頬にタラリと冷や汗がたれる。
「お嬢様、お気を確かに。もう一度よくお考えください」
「な、なによ、急にかしこまって……」
「そんなことございません。俺……私はいつも通りですよ」
「……へぇ?」
鈴の目がキラリと光る。さながらネズミを見つけた猫のようだ。
いや、もっとすごい。特上牛カルビを見つけたライオンのようだ。
……それすごいのか?
何にせよ、鈴はやけに猫なで声で俺に話しかけた。
「ふふ〜ん? 頼まれたら困るの〜?」
「……ソンナコトナイデスヨ」
「じゃ、こ・れ・を。お願いできる?」
詰んだ。
鈴は勝利の笑みを浮かべている。俺とは対照的だ。
はぁ……後悔すんなよ、鈴。
一応俺も笑みを返したが、たぶんひきつってたと思う。
「かしこまりました……執事にご褒美セット、ですね……?」
「そうよ〜」
「はぁ……少々お待ちください……」
「はいはいー♪」
くっ……そんな楽しそうな顔すんなよ……。
俺はカウンターに『執事にごほうびセット』一式、すなわち冷えたグラスに入ったポッキーとハーブティーを取りに行く。
注文は開店前に渡されていたネクタイピンに仕込まれたマイクで復唱した声を拾っているらしい。
ちなみにこのアイディアもラウラが出した。しかも作ったのもラウラだ。ドイツ軍ってすごい。
「はい、お待たせしました」
「……? 別に普通じゃない」
「失礼します」
「へっ!?」
ストンと向かい合う形で逆サイドの椅子に腰かけると、鈴の余裕の表情がすぐに崩れ去った。
鈴の言いたいことは大体わかる。何をする気か、だろ? 口で言うより見せた方が早い。
「お嬢様、あちらをご覧ください」
俺は丁度隣のテーブルで『執事にごほうびセット』を注文された一夏を指差した。
どうやら二年生の先輩だろう、少々照れ気味にポッキーを手に持って、一夏の口元へ運んでいる。
「そ、それじゃあ……あ、あーん……」
「失礼します……あむ……」
「くっ……!」
一夏がポリポリとポッキーを食べると、箒がますます仏頂面になった。
対して、こちらの女子はポカーンとしている。
「……とまあ、あのように……俺に食べさせるメニューなんだよ、これ」
「なっ、なによそれ!?」
「いや、だから止めたじゃん」
またまた顔を真っ赤にする鈴。チャイナドレスも真っ赤だからちょうどいいのか?
「しょうがないだろ? キャンセル不可だし。ああ、でもやらないっていう――」
「やるっ!」
ガタン、と鈴が勢いよく飛び出してきた。椅子にバネでも仕込まれてたのか?っていうぐらい凄い勢いで。
俺が面食らっていると、鈴はゴホゴホとわざとらしい咳をしてもう一度椅子に座り直す。
「ま、まぁ? し、しし、仕方ないわね? 頼んだ以上はご、ご褒美……あげるわ」
「え?」
「あ、あたしが! あげるって言ったらあげるのっ! 黙って受け取りなさい!」
鈴が顔を赤くしたまま、なんともまぁお嬢様らしからぬ口調で言い放つ。
なんで怒ってるんだよ。変なやつだな。
俺がため息混じりで頬杖をついていると、ポッキーが目の前にやってきた。
「そ、それじゃあ……あーん……」
「……なぁ、やっぱりやめないか?」
「な、なんでよ!」
「なんて言うか……恥ずかしい」
「あっ、あたしだって恥ずかしいわよ!? こんな恋人みたいな――」
「ばっ……!」
「あ……」
「……」
互いにきまりが悪くなって目をそらす。
あー、もう。なんで直接的に言うかな。
そんなことを思いつつ、鈴に続いて俺の顔も赤くなったと思う。
「……ご、ごめん……」
「い、いや……別に……気にすんな」
「……信は、さ……あたしにこういうことされるの、い――」
「好きだ!」
「えっ?」
鈴が一瞬不思議そうな顔をして、みるみる真っ赤になっていく。
反射的に言った言葉をもう一度脳内再生させると、向かい合っている俺もつられるように顔が熱くなっていた。
な、なに言ってんだ、俺!? これじゃあ告白みたいじゃないか!
「あ……い、いや……別に恥ずかしいだけでだな、嫌なわけじゃないってことだ……」
「そ、そう……」
「と、とにかくだ。鈴が言ったからにはちゃんと食べてやる。だから安心しろ」
何に安心しろっていうんだ、俺。
鈴はまだ恥ずかしそうに横を向いているが、どうやら決心したらしい。再びポッキーが目の前に現れた。
「そ、それじゃあ……」
「お、おう……」
「あーん……」
ぱくっ。ポキッ。
商品名に違わずいい音だ。
程よい甘さが口に広がり、消えていく。
恥ずかしさもどこへやら。俺は改めてポッキーの素晴らしさを実感したのだった。
「ど、どう……おいしい……?」
「ん? ああ。そりゃうまくなけりゃ売れないしな。うまいよ」
「……鈴に食べさせてもらってるからかな、とか気の効いたコメントは言えないのね……」
なんだ? なんでそんなに不満そうなんだよ。
ボソボソと何やら呟いた鈴はひどくガッカリしたような表情をしていた。
もしかしてポッキー食べたかったのか?
俺はグラスに入った菓子に手を伸ばす。
「そんな顔すんなよ。ほい」
「えっ!? く、くれるの!?」
「くれるもなにも、鈴が注文しただろうが」
「そ、そういうことじゃなくて! あ、あたしにも……その……たっ、食べ――」
「「「お・きゃ・く・さ・ま?」」」
「「うわぁ!?」」
湧いて出たように現れるメイド三人に驚き、俺たちは悲鳴に似た声をあげる。
ほ、本当にいつからいたんだ……? それに、なぜだか知らないがみんな不機嫌そうだ。
セシリアとシャルは笑顔と呼ぶにはギリギリの線で、ニコッとではなく、ニゴッと笑っている。ラウラに関してはイライラ丸出しだ。
「鈴さ……お嬢様?」
「申し訳ありませんが、当店では」
「そのようなサービスはしていない」
「う、うん……ご、ごめん……」
今にも潰されそうなプレッシャー。これには鈴も引くのが正しいと判断したのだろう、大人しく席に座り直した。
なにこのメイド。怖い。
よほど怖かったのだろう、鈴は心なしか小さくなったように見えた。
その姿を見て安心したかのように、地獄のメイド三人衆はさっさと仕事に戻っていった。
なんか接客でストレスでもたまってたのかな……あのシャルまでもがあんな顔するなんて……。
鈴にちらりと目をやる。なんだか酷く残念そうだ。
そのうつむいている様子を見て、俺はいたたまれない気分になった。
まったく……客にこんな顔させちゃダメだろ。
「鈴」
「え?」
「あー」
「あー?」
俺につられて口を開ける鈴。
いただき。
鈴の口に素早くポッキーを突っ込む。
「むぐっ!?」
「ごめんな? なんかあいつらイライラしてるみたいでさ……あとで言っとくよ」
「……もぐ……ん……べ、別にもういいわよ……その……目的は、達成したし……」
口をもぐもぐと動かしながら、鈴は何かを小さく呟いて少し笑っていた。
その顔を見てほっとしていると、ポケットで何かが動いた。
鈴にことわってから携帯を取り出してみると、例の生徒会長からの呼び出しメールだった。
なになに? そろそろスーパーお手伝いタイムを開始しろ……どこの日曜朝の特撮ヒーローものの時間帯だよ。
ため息をついて事情を説明すると、多少不服そうだったが、鈴は最終的に首を縦に振ってくれた。
「あとで鈴のクラスにも行くからな。そのときはよろしく頼む」
「う、うん! 遅れたら許さないから!」
「おう」
元気を取り戻した鈴の言葉を笑顔で受け取った。
その後、クラスで一番しっかりしている鷹月さんに出掛ける理由を説明したのち、早速指示された教室へと移動するべく、一年一組をあとにした。
廊下の女子に軽く手を振りながら、楯無さんからメールで送られてきた今後の予定を確認する。
えーと……順序は三年生からで……。
あれ? 今気付いたけど、ものすごい数だよな……マジで自由時間ないぞ……。
しかもIS学園広いし……って、これ無理だろ。一日中駆け回っても終わんないぞ、たぶん。
そうするとまた筋肉痛になるし……。
「……よし」
パタン、と携帯を閉じる。
「サボろう」
そう決心して踵を返した。
「ところがぎっちょっん!」
「ぐはっ!?」
そこには最強の門番が。
そう、更識楯無その人である。
「さっ! 行くわよ!」
「いっ、嫌だぁぁぁー……」
ぐいぐいと引っ張られる力は思いの外強く、俺はただただ引きずられるしかなかった。
ああ……自由をください。
◇
さて、ここはIS学園正面ゲート。様々な苦難を乗り越え、そこにたどり着いた2人組がそこにいた。
「ついに」
「ああ、ついに」
「俺が」
「俺たちが」
「IS学園に」
「「キターーーーーーーーーーー!!!」」
両手を天高く伸ばしてバンサイのポーズ。気合いが入りすぎて軽くのけぞり気味である。
端から見れば何が来たのか不思議に思うことだろう。
ことわっておくが、決して宇宙は来てない。
「いやぁ! 持つべきものは友やな! 弾!」
「全くだぜ! 数馬!」
「この喜びを歌にしました! エントリーナンバー1! 御手洗、いきまーす!」
「よっ! お前が優勝だぜ!」
「ンッン〜、ズンチャズンチャチャチャチャ……イヤッフゥゥゥゥー!!」
「オーイエ! ウーイエ! ル〜ルルル、バッチコーイ!!」
かなりテンション高めな男子二人組、そう、五反田弾と御手洗数馬である。
なぜ彼らがここにいるのか? それは2週間前に遡る……。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「いやー……ギター弾けるようにならへんな〜」
「ったく、数馬が『楽器を弾けるようになりたい部』を自分でつくるとか言ったんだろ? 付き合わされた俺の身にもなれよ。おかげで小遣い3ヶ月分がパァだ」
「そりゃすまん。指輪の金でギター買わせてしもうて」
「それは給料3ヶ月分」
うだうだと文句ばかりで肩から掛けたギターがやけに重い。
二人は何もしてないくせに疲れたようなため息をつく。
「あ〜……楽器弾けたらモテると思ったんやけどなぁ〜……」
「ていうかまず出会いがほしいです、御手洗先生……」
「諦めたらそこで試合終了やねん、五反田くん」
ピロロ………ピロロ………。
弾の携帯の着信音が鳴る。
条件反射のように、弾は机においていた携帯を開き、通話ボタンを押す。
「はい、もしもーし……」
『おう。弾か? 俺だけど』
「ん? 一夏、どうした?」
『いや、ほら。前にIS学園の招待券どうのこうのって言ってたよな?』
「ああ〜! そういや言ったなそんなこと。マジで欲しいんだけど、やっぱ無ぇの?」
『いや、ある』
「だよな〜そんな都合の……え!? あるのか!?」
予想外の返答に驚く弾。
それもそのはず、あのときのあれは八割冗談のつもりだったのだから。
『ああ。IS学園の学園祭のチケットが1枚だけあるんだけど、これがあれば学園に――』
「くれ! マジでくれ! ください! で! で!? いつ!? いつなの!? 学園祭!!」
『お、落ち着けよ……とりあえず日程とかはチケット一緒にあとで送るから』
「一夏……! 心の友よ!」
『な、なんだよ、気持ち悪いな……それじゃ、またな』
ピッ……。
「ああ……時は見えないけど、薔薇色の未来が見える……数馬?」
弾は部屋の隅にうずくまっている数馬に気付く。彼が先程まで肩に掛けていたギターは放り投げられていた。
見るからにどよーんとした空気が数馬を包んでいるので、弾も話しかけ辛い。
「なんで僕やなくて弾なんや……僕やて日頃の行いはいい方やで? バイトの給料を全部エロ本に費やすくらいいい方やで?」
(それはいい行いに数えていいのか?)
そんな言葉をグッと飲み込み、弾はできるだけ声のトーンを押さえて励ましの言葉をかけてやる。
「ま、まぁ、そんなときもあるさ、気を落とすなよ。なっ?」
「くっそぉ! この勝ち組め! なんでこの御手洗数馬はチケットもらえないんですか!? 僕、気になります! チクショー! 古典部作ったるぞワレ!」
涙目の数馬が逆ギレしだした、その時。
オーウ……イエース、プリーズ……オオーウ、カモーン……イエァ、アアァン……。
「あ、僕にも電話や」
「どんな着信音? え? どこから取ったの? むしろ撮ったの?」
ピッ……。
『あ、もしもし? 数馬?』
「おおー! 真宮ん! どした?」
『いや、昨日一夏とIS学園のチケットの話しててさ。あいつ数馬じゃなくて弾にやるって言ってたから――』
「そうなんや! ちょっと聞いてくれーな! あんのバカ一夏のやつ、僕にIS学園のチケットくれんかったんや! ひどいやろ!?」
『なんか数馬はなにやらかすか知ったもんじゃないからって言ってたぞ?』
「失礼な! さすがの僕も人様の学校ではナニもせんで!」
『お前なぁ……ま、いいや。数馬だってIS学園、来た――』
「行きたいです!!」
『あはは。即答かよ』
「あったりまえやろが! 悪いか!?」
『いや、安心した。もうそっちにチケット郵送したから。学園祭、ちゃんと来いよ?』
「まーーみーーやーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!!!!!!もう好きやーーーーーーーーーー!!!!!!!!!」
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今日この日、つまりIS学園学園祭にそなえ、前日は夕方五時から睡眠を取っているので元気百倍。
気合いの入った私服選びは一週間前から行っていたので、バッチリ。
余談だが、彼らは決して女性にモテないわけではない。むしろモテる方だ。
しかし、流石に一夏や信と一緒に歩いていると、どうにも女子の目には止まりづらいのである。おかげさまで『年齢=彼女いない歴』の記録を絶賛更新中。
その因縁の方程式をぶち壊すべく、今日は秘めたる闘志が真っ赤に燃えていた。
「弾、大丈夫か? ちゃんとかわいい子はアドレス聞くんやでぇ?」
「わかってるさ! やるだけやってやろうじゃないか!」
「おっ、あの子かわいいやん」
「マジで!? ど、どこ!? どこどこ!?」
「あー! もう待ってられへん! 僕先行ってるわ!」
「どこどこ!? なぁ、どこ!?」
「じゃな、弾! 一夏たちと合流したら電話してや〜! 僕は新しい出会いを求めて旅立ちのときや!」
「あっ! あれか!? ……あ、違ぇ。あれ木だ……って、数馬!? どこ行った!?」
前途多難を絵にかいたような二人は、いったいどうなるのか。
それは誰にもわからない。