小説『IS〜world breaker〜』
作者:山嵐()

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40:まだまだ続くよ学園祭!

「うほー! あかんあかん! 女の園や!」

 IS学園に迷い混んだ変態――もとい、エロ魔神、御手洗数馬はスキップに近い足取りで敷地内を進んで行く。
 見渡す限りの女子、女子、女子。しかも美人、美少女盛りだくさんである。

(ほんま、これはあかんな。いるだけで興奮するわ〜)

 よくもまあ一夏と信は溢れ出すいろいろな気持ちを制御していられるものだ、と関心半分、呆れ半分である。

「あいつらと僕を一緒にしたらあかんでぇ〜。ガッツリガツガツ肉食系、それが御手洗数馬っちゅー男や!」

 そんなことを呟きながら、さっそくターゲットを探し始める肉食系男子。一人一人品定めするようにじっくりと見つめていく。

(うーん……胸が足りんな……おっ? ……あかん、背ぇ高すぎるわ………)

「ちょっとそこのあなた」

「わひゃ!?」

 後ろから声をかけられて、数馬は飛び上がる。
 振り返ってみれば、そこにはいかにもお堅い役人風の女子が。

(おおっ!? なかなか!)

「あなた、ここの生徒じゃないでしょ? チケットは?」

「あ、はいはい……これです」

「……あなた、チケットを入り口で見せてないわね?」

「え? ダメでしたか?」

 やれやれと言いたげに女性はため息をつく。
 数馬はその息を吸い込むのに必死で、彼女の少しイライラした表情を見てはいなかった。

(うーん! ナチュラルハーブのお味!)

「あなた、ここはIS学園だってわかってる? 他の学校とは違うの。下手をしたら不法侵入で警察に通報されてたかもしれないのよ?」

「はあ……大変ですね」

「……っ! ……はぁ……もういいわ。招待人に免じて今回は見逃してあげる」

「え?」

 受け取ったチケットをしげしげと眺めながら、数馬は聞き返す。

「真宮くんよ。あなた、彼の知り合い?」

「はい! 大親友です!」

「……大変ね、彼も」

「へ……?」

「何でもないわ。今後は振る舞い方に気を付けなさい」

 ピシャリと言い放ち、役人女性はすたすたと行ってしまう。
 数馬は何か機嫌が悪い人だな、と首をかしげた。

「まぁいいや!」

 数馬は再び歩き出す。彼のお目当ての女性を探すために。

「巨乳で、メガネっ子で、年上なんだけどパッとみ年下っぽくて、美人って言うよりもかわいい系で、エロい言葉とか聞くとすぐ顔赤くするような純粋な人はいないかな〜」

 なんともまぁ欲張りな条件をひっさげで、彼は学園を再び歩き回り始める。周りの女子が白い目でこちらを見ているのにはまったく気付かないのだった。

 ……そして、約三十分後。

「あー……」

 現在の成績。全敗。
 話しかけるもことごとく軽く受け流され、時には警察呼ばれそうになったり、キレられたり、散々な目に遭った。
 流石の数馬もこれは堪えたようで、今は沈んだ空気を身に纏いながらベンチで休憩中である。

「くっ……思ったよりガード固いわー……」

「あ、あのー……どうしました? 気分でも悪いんですか?」

「ん……? お、おおおおおおお!?!?!?」

 ノロノロと顔を上げた数馬の目に飛び込んできたのは巨乳で、メガネっ子。
しかもパッと見年下っぽい。第一、二、三段階クリアーである。

「な、なんでしょうか?」

「すいません、つかぬことをお聞きしますが……僕より年上ですか?」

「え? え、えーと……君は高校生、かな?」

「はい! 御手洗数馬! 15歳! 趣味は楽器を弾こうとすることです!」

「そ、そうですか……そ、それじゃあ、私の方が年上ですね………はい」

 第四段階クリアー。数馬のテンションは一気に回復する。

「ひとついいですか!?」

「は、はい?」

「おっぱい」

「え、ええっ!? と、突然何を言ってるんですか!? そ、そそ、それは年頃の男の子として興味を持つのはし、仕方のないことですが……しょ、初対面の女性にいきなりそんなこと……!」

 顔が真っ赤だ。
 オールクリアー、ミッションコンプリート。
 数馬のテンションはマックスを越える。
 興奮して荒い鼻息をたてながら、女性の手をギュッと握る。

「ふ、ふぇっ!?」

「結婚してください!!!!!」

「え、えええええええええ!?!?!?!?」

「好きです! 惚れました!! ぜひ!」

「で、でも、その……まだ自己紹介もしてませんし……」

 女性はうろうろと視線をさ迷わせる。

「そうですか! ではお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか!?」

「あ……は、はい。や、山田真耶と申します……」

「ぐはっ! か、かわええ……!」

 ペコッと頭を下げる真耶を思わず抱き締めたくなる数馬だったが、そろそろ人が増え始めたので、もう少し静かな場所に移動することにした。
 もちろん、変な意味ではない。ただ連絡先を交換したり、子供は何人欲しいか聞くだけてある。

「じゃあ一緒に学園祭回りましょうか、真耶さん! いや、真耶ちゃん! ね? ね! ねっ!?」

「えっ、ええぇぇぇぇ!? あ、あの、私仕事が〜……」






















 虚が数馬にイライラさせられてから数分後。

「あら? あなたは織斑くんが招待したのね」

「え?」

「もしかして、真宮くんともお知り合い?」

「あ、ええ! も、もちろん! もちのろんですよ!」

 こちらはIS学園正面ゲート。
 五反田弾は緊張していた。
 まさか学園に入る前からこんなに美人な人に会えるなんて、と感動してしまっている。
 対してその美人な人、布仏虚も内心少しドキドキとしていた。
 先ほどあったメガネの男子とは違い、こちらの赤髪の少年とは、なんだかわからないが妙に緊張してしまい、つまらないやり取りしかできない。

「あ、あの! ところで!」

「え?」

「今日はいい天気ですね!」

「そうね」

 二人とも沈黙。
 弾は自分のセンスのなさに。虚はあまりにも淡白な自らの返事に。ほとほとがっかりした。

「……それじゃあ、楽しんでね」

「あ……は、はいっ!」

 虚にはそれしか次の言葉が思い付かず、弾もスタスタと立ち去ってしまう女性を引き留める言葉が思い付かなかった。
 独り気持ちが沈んでいるところに、執事服を着た一夏が走ってくる。

「おーい! 弾!」

「……一夏……」

「よっ。いやー信はいろいろあって迎えに来れな……って、どうした?」

「俺は自分が許せないぜ……」

「?」

 一夏に事情を説明する気にもなれず、弾は幽霊のようにゆらゆらとその歩をIS学園へと向けるのだった。





















 ちらり。
 簪は時計を盗み見る。
 そろそろかな……。
 もう一度ちらり。
 来るかな? 来るよね?
 誰に問いかけるまでもなく、簪はモヤモヤと質問を浮かばせる。

「簪ちゃーん! これ、向こうのテーブルにお願い!」

「あ……う、うん……」

 真っ白な着物に薄い水色の帯を閉めた簪は、まさに『雪女』にぴったりだった。
 周りの女子もなかなかの気合いが入った衣装で、吸血鬼や座敷わらしなど、グローバルなIS学園らしい様々な地域のいろんな妖怪やら何やらで店内はにぎわっていた。

 お化けの喫茶店、と言ってもあまり薄暗いと危ないので、雰囲気は完全にただの喫茶店である。本格的に暗くして……という案も一時は出たものの、その時に居合わせた信が何やら必死で説得し、最終的には前述の理由でみんな納得した。

「お、お待たせ、しました……『吸血鬼の血まみれドリンク』です……」

 ただのトマトジュースである。
 簪はペコリと一礼し、カウンターに戻って次の指示を待つ。

「ふいー……あ、簪ちゃん。大丈夫?」

「うん、平気……ジュリアさんは?」

「全っ然平気!」

 自称一年四組の元気印、ジュリア・エバンスは厨房から顔を覗かせて、ニコッと真っ白な歯を見せて笑う。
 それを見て、簪も少し微笑みを返す。

「ふふ。簪ちゃん、最近笑うようになったよね」

「そう、かな……?」

「うん。前はさー、ちょっぴり話しかけづらかったけど、今はへーき! 私、簪ちゃんとこうやってお話できるのとっても楽しいんだ!」

「うん……ありがと……私も嬉しい……」

 だって、みんな優しいから。
 簪はなんだか照れ臭くなる。
 やっぱり信の言う通り、全部自分が勝手に思い込んでいただけなのだと、思えるようになった。
 ニコニコとこちらを見つめているジュリアはとても楽しそうだった。

 すると、『そうそう!』とジュリアが話題を変えた。

「簪ちゃんってさー」

「?」

「真宮くんのこと、好きでしょ?」

「え……? えっ!? な、なななな……な、なんで!?」

「ビンゴ! いや〜やっぱりか〜。あ、私は織斑くん派だから安心して?」

 簪はパクパクと顔を真っ赤にして口を閉じたり開いたり。急激に上がった心拍数が、動揺の程度を表している。

「わ、私はそういう風に信を見てるわけじゃっ……!」

「じゃあ違うの?」

「そ、それは……」

「ね?」

 ジュリアはにんまりと簪に笑みを向ける。

「まあ? あれだけ真宮くんのことあれだけ見つめてたら誰だってわかるんじゃない?」

「みっ、見つめてなんかっ……!?」

「で? キスはした?」

「し、ししし、してないっ! そ、そんなことできないよっ!」

「あは。そりゃそうか」

 簪はますます顔が熱を帯びるのを感じながら、ブンブンと腕を振る。そうやって必死で否定するも、ジュリアはガシッと簪の手をつかんだ。
 彼女のやけにキラキラと輝く瞳が眩しい。

「簪ちゃん! 私、応援するよっ!」

「お、応援って……!」

 それってどういうこと、と聞く前にジュリアは厨房に下がってしまった。
 独り残された簪は必死で気持ちを落ち着かせようと、深呼吸をする。
 違う……信はそういう存在じゃなくて。
 簪は冷静さを取り戻した頭で状況を整理する。
 優しくて、強くて、ちょっと子供っぽくて。いつも一緒に笑ってくれる。それが、今だけじゃなくて、これからもずっとそうありたい。
 そう。
 ずっと隣にいてほしい。

(……だ、だからっ……!)

 何を考えているんだろうか。それではまるで、本当に信のことが好きみたいではないか。
 違う……。

(……でも)

 簪はゆっくりと息を吐く。

 信が、好き。

 そう思ってしまえば、すんなり受け入れてしまう自分がいて。その他のことは全部否定して、結局好きだという結論に至ってしまう自分がいて。
 簪はなんだか自分で自分がよくわからなかった。

「はぁ……」

「幸せ逃げるぞ?」

「うん……え?」

「よっ」

 ニッコリ。隣で信が笑っていた。

「ひゃぁ!?」

「ど、どうした? 驚き過ぎだろ……」

 信は不思議そうにこちらを見ている。
 執事服を着ている信はなんだかいつもより大人っぽく見えて、驚いたのもつかの間、簪はその姿に見とれるのだった。

「……? おーい、簪ー?」

「あっ……う、うん。なな、なに?」

「大丈夫か? そんなボーッとして……熱でもあるみたいだぞ?」

「へ、平気……か、考えごとしてたの……」

「ふーん……ま、いいや。それよりその格好、似合ってるな」

 信は白い着物と薄い水色の帯をじーっと見ながら、満足げに微笑む。
 なんだか恥ずかしくなった簪は、体をもぞもぞと動かした。

「そ、そんなに見ないで……」

「あはは。了解。簪は恥ずかしがり屋だなぁ」

 ポンポンと頭を撫でられて、簪はますます恥ずかしくなる。でも撫でられるのもちょっと嬉しくて。

「と、ところで……信は手伝いに来てくれたの?」

「おう! なんやかんや言ってさ、1年生の階が圧倒的に忙しいんだと。特に1組。楯無さんに2、3年生の方は任せてきたし、このままだったら自由時間もたんまり……ん?」

「……」

「どうした? なんか怒ってる?」

「別に……普通だけど……」

 嘘だ。普通の気分だったら、こんなに心がざわざわとするはずがない。
 どうにもおかしい。
 姉の名前を信が口にする度に、こういう気分になる。なんというか、腹が立つというより、悔しい。

「でも顔かたいぞ?」

「生まれつき……」

「……ったく……」

 ムニュッ。

「ひぇ?」

 拒む暇もなく、両頬がつねられた。
 信が強すぎず弱すぎず、絶妙な力加減で簪の頬っぺたをひっぱっている。
 そしてそのまま、ぐりぐりと円を描くように手を動かす。

「きーげーんーなーおーせーよー」

「ひゃひ……ひゃ、ひゃひふ……! ひゃめへ……!」

 信が手を離したあと、簪は頬を自分の手で撫でながら、ちょこっと避難の目を向ける。

「も、もう……! な、なに考えてるのっ……!」

「ん? 簪のほっぺは柔らかいなーとか」

「そ、そういうことじゃないっ………!」

「まぁまぁ」

 信は少しだけ口元を緩ませながら簪をなだめる。
 なんだか子供扱いされているように思って、ますます簪は仏頂面になった。

「あ、真宮くん!」

「え!? あーっ! 本物だー!」

「やったー! ラッキー!」

 さらにテーブルから信にかけられる声援も簪を不機嫌にする要因に。それに、ニコニコ手を振る信もなんだか気に入らない。

「……人気者だね……」

「そうか?」

「……ふん……」

「?」

 まるで意味がわからないとでも言いたげに、信はただただ首をかしげるだけだった。

「ほーら! 2人とも話し込まない。働いてー」

 厨房から再び顔を出したジュリアはやれやれといった口調で2人を注意する。

「あ、ごめんごめん。で? なに手伝えばいい?」

「そうね〜……特に厨房も接客も大丈夫だし……あ!」

 ジュリアの頭の上にピコン、と電球が見えた気がする。

「簪ちゃんと学園祭回ってきてよ!」

「「え?」」

「ほら、疲れた従業員を労うのだって充分手伝いでしょ?」

 ジュリアは信にウインクを投げる。
 自分にはとても恥ずかしくてできないことをやってのけるこの女子は、ある意味尊敬に値するのかもしれない。
 そして、信はちょっと考え込むような素振りを見せた。

「なるほど……一理ある」

「な、ないよっ! そ、それに私、疲れてなんかいないもん!」

「まったまた〜! 真宮くんがいつ来るか楽しみで楽しみで時計気にしながらずーっと接客して立ちっぱなしだったくせに〜」

「え?」

「なっ……!」

 簪は顔から火が出てるんじゃないかと思うくらい赤くした。
 こちらを向いた信と目が合うと、心臓が爆発したのかというくらい大きく音をたてた。
 とっさに視線を外すと、今度はジュリアと目が合った。

(頑張って!)

 口の動きがそう語っていた。

「こっちは任せて! 真宮くんだってゆっくり学園祭楽しみたいでしょ?」

「まぁそりゃあ……でもそれでいいのか?」

「いーのいーの! いってらっしゃーい!」

 簪が反論する暇もなく、ジュリアはクラスから二人を追い出すように送り出す。なし崩し的に二人きりになってしまった。
 クラスの外で立ち尽くす信と簪。執事と雪女というなんともまぁ珍しい構図である。

「うーん、本当にいいのかなぁ……」

 信は困ったように頭をかく隣で、簪が店内を振り返ると、ジュリアがまた『ガンバ!』とガッツポーズを見せていた。
 そう言われても……。
 ちらっと信の横顔を見ると、まだ困ったような顔をしていた。
 もしかしたら本当は行きたくないんじゃないか、という良からぬ不安が頭をよぎる。

(わ、私となんかじゃ、楽しくない……かな……)

 そう思って肩を落としていると、信が『よしっ』と小さく叫んだ。

「ま、いっか。考えても仕方ない」

「い、いいの……? その、別に私は疲れてないし……信は別の人と回った方が楽しいんじゃ……」

「なに言ってんだよ。簪と一緒なら俺だって楽しいんだから」

「ほ、本当……?」

 ああ、と信は微笑む。その笑みに偽りなどない。
 信は自分の隣にいて、知らない世界を見せてくれる。
 でもきっと、この微笑みは自分だけが独り占め出来るものじゃないのだろう。
 そうだとしても、今は……今だけは。
 なけなしの勇気を振り絞り、簪は手を差し出す。

「そ、それじゃあ……連れて行って……」

「ああ。どこでも好きなところに連れてってやる。簪が満足するまで、とことん」

 信が笑って簪の手を握る。
 その手は大きくて、暖かくて。簪は言い知れぬ安堵に包まれ、心地よい気分だった。
 この人となら、どこにでも行ける。なんにだって打ち勝てる。雪女なのに、これじゃあ溶けちゃうかも。

 そうして、二人はそろった足並みで廊下を歩いていく。各クラスを覗いてまわるが、どこも忙しそうだ。
 特に一年一組には長蛇の列。信は『戻りたくないなぁ……』と苦笑していた。

「ていうか、簪はどこか行きたいとこないのか?」

「え?」

「せっかくなんだし、簪が行きたいところに行こうぜ?」

「い、いいの……?」

「もちろん! ていうことは、あるんだな?」

「あ、あるけど……わ、笑わない……?」

「……多分」

「そっ、そこは『うん』って、言ってよっ……!」

 冗談だよ、と信はまた笑う。
 簪はちょっと不安になりながら、学園祭ではこっそり見に行こうと計画していた場所を明かす。

「……けきぶ」

「え?」

「えんげき、ぶ……」







――――――――――
――――――
―――







「くらえぇぇぇぇ!!」

「ぐわわわわわぁぁぁーーーー!!!!」




 ドカァァァァァーーーーーン!!!!!!




「や、やった……!」

「これで……終わったんだよな……」

「うん……」

「……いや、まだ鬼たちの驚異は去っていない……まだまだ強い鬼がこれからも村を襲うだろう……」

「も、桃太郎さん……!」

「だから、犬、猿、キジ……これからも、俺と戦ってくれるか?」

「「「……はい!」」」

「いくぞみんなっ!」

「「「「俺たちの戦いは! これからだぜっ!」」」」




 ジャッジャージャッジャジャジャーン!




「わぁ……!」

「……」

 終了の音楽に合わせ、舞台袖から現れた演劇部部員たちが共に手を繋いで続々と出てくる。

「かっこ、いい……」

「おーい、簪ー……戻ってこーい……」

 簪は立ち上がって目一杯の拍手を送る。舞台ではキャストが手を繋いでお辞儀していた。
 しかし悲しいかな、観客は他にはいない。こんなにカッコいい舞台なのに何でだろうか。

 幕が下りると、簪は信に手を引かれ、名残惜しそうに舞台を眺めながらセットが組まれた教室をあとにする。
 しばらく手を繋いで歩くと、信が適当な休憩所を見つけた。
 簪としてもちょっと集中しすぎて疲れたので、そこで小休止すること同意した。近くの椅子に座り、信が買ってきた飲み物を受け取る。

「簪……本当に楽しかったか? あれ……」

「うん……! とっても……!」

「かなり独創的なアレンジ加えた桃太郎だったな……」

「……? 信は……楽しくなかった……?」

「い、いや!? そんなことないぞっ!?」

 懸命に否定する信。
 簪は手に持ったジュースをいじりながら、ふと思ったことを口にしていた。

「……私、ああいうヒーロー……好きなの……」

「桃太郎が?」

「うん……誰かのために戦ってくれる……強くて、優しい、正義のヒーロー……」

「ふーん……簪はそういうの好きなのか」

「特撮とかアニメとか……なんでも……そういうヒーローが出てくるのは……好き……」

 ちらりと信の表情を伺うと、不思議そうで、けれども興味津々な子供の目をしていた。
 簪はクスリと笑う。時々、信は大人っぽいし、子供っぽい。

「へぇ〜……意外だな。簪ってもっとクールで大人かと思ってたけど……」

「ううん……私、大人なんかじゃないよ……ずっと憧れてるの……ヒーローに。だっ私は……私は絶対なれないから……」

 完全無欠のヒーロー。それは絶対に手の届かない存在。自分は決してなれない憧れの存在。
 簪の脳裏にちらり、と姉の顔がよぎった。
 沈黙を絶ち切るように、信が息を吐く音が聞こえた。

「まぁ確かにヒーローってカッコいいよな」

「で、でしょ……?」

「じゃあさ! 簪イチオシのヒーロー教えてくれよ!」

 信はニヤッと笑う。不意に見せた子供っぽい笑みがとても眩しかった。
 ああ、ダメだ。そんな顔されたら、なんでも話してしまいたくなる。
 誰にも言ったことのない、自分の中の秘密のヒーロー。
 信になら、話してみてもいいかな。
 簪はそわそわと体を揺らしながら、信の様子をうかがう。

「……わ、笑わない……?」

「今日2回目だな。だーいじょぶだって!」

「で、でも……」

 簪はやはり戸惑ってしまう。
 このヒーローを知ったのはつい最近だし、自分でもわからないことは多い。けれど、テレビの前で見たときに、まるで雷に打たれたかのような衝撃が走ったのは確かだ。
 それ以来、できるだけそのヒーローの情報を集めたが、結局ほとんどわからず仕舞いだった。
 でもそれが逆にまた、ミステリアスな感じで、ますます好きだった。

「ほらほら〜、もったいぶらないで早く言えよ〜」

 ぐいっと手に持った飲み物を流し込む信。
 特撮でも、アニメでもない、現実のヒーロー。簪は意を決して、その名前を口にする。












「……黒騎士」









「ごぶっ!?」

 信が飲み物を吹き出した。

「ど、どうしたの……!? へ、平気……!?」

「ゴホッゴホッ……! ご、ごめん……な、なんで……ゲホッ……く、黒騎士?」

「な、なんでって……ふ、雰囲気……かな……」

 簪はハッキリとした理由が見当たらず、抽象的な意見でごまかす。
 しばらくごほごほやっていた信もやがて回復し、大きく深呼吸をしてから苦笑いをして話題を続けた。

「で、でもさぁ……誰かのために戦ってくれなさそうだし、強くなさそうだし、優しくなさそうだし、正義のヒーローでもなさそうだぞ?」

「だって黒騎士は人を助けたし、その時に邪魔してきた敵も倒したって、ニュースで見た……」

「や、優しくないじゃないか。敵を倒すとことか」

「でも、命までは取らなかったらしいし……」

「……にしてもだ。正義のヒーローってのは違うだろ」

 信はちょっとだけ厳しい口調になる。まるでなにかを迷惑がっているようだ。
 それでも、簪は話を止めない。

「ううん……きっと、正義のヒーローだと、思う」

「……根拠は?」

「……わ、私がそう思ってるから……私には、正義のヒーローなの……」

「……そっか……」

 信はそれだけ言って、またぐいっと飲み物を喉に流し込んだ。
 やっぱり、子供っぽい理由だったかな。大体にして、理由になっているかすら危ういところだ。『私が思うからそうだ』なんて理屈も何もない。
 簪が後悔していると、信が口を開いた。

「……まぁ、俺もあれが悪役には見えないけどさ」

「……! や、やっぱり、信もそう思う……!?」

「けど、ヒーローにも見えない」

「え……?」

 一瞬喜んだ簪は、すぐに不安になる。
 悪役でもヒーローでもないなら、黒騎士は何なんだろう。
 信の意見が聞きたかった。
 もしかして、信にとって黒騎士はやはりヒーローというより悪役に近い存在なのかもしれない。
 簪はもしそうだった時を想像して、ちょっぴり怖くなった。
 じっと次の言葉を待っていると、信が簪に向かって少し笑った。

「どっちでもないんだよ、きっと。だから、簪がヒーローだって思うなら、俺もそう思うことにする。俺はあれじゃなくて、簪を信じる」

「……! うん……!」

「あはは。随分嬉しそうだな」

「そ、そうかな……?」

 簪はもぞもぞと座り直す。えへへ、と思わず照れ笑いがこぼれた。
 再び信を見ると、自分の様子をじっと見つめているのに気付いた。随分楽しそうにこちらを見てる。
 まっすぐな視線を投げる黒い瞳。油断すれば、引き寄せられてしまいそうだ。

「な、なあに……?」

「いや、ちょっとな」

 信がニッコリと笑う。今日一番の優しい笑みだった。
 目に焼き付く、とはこの事をいうのだろう。
」心臓の鼓動を早くしながら、簪はその笑顔に見入ってしまった。

「もしヒーローがいるなら、簪はヒロインだよな〜ってさ。そっちの方がピッタリだと思うぜ?」

「……!」

 間違いなく、顔が赤くなっている。自覚症状が出るくらいに、熱い。
 自分がヒロインなんて考えたことがなかった。
 信は面白そうにニヤニヤとしていて、さっきの笑顔とは別人のようだ。
 それでも、怒る気にはなれない。むしろこの笑顔もずっと見ていたくて。

「なら、信は……」

「ん? 俺は?」

「……」

 言いかけて、ぐっと押さえた。

「やっぱりなんでもないっ……」

「え、えー? なんだよ、気になるじゃないか」

 簪はいつもからかわれてるからそのお返し、と口元を緩めて言った。
 ちょっぴり不満そうな信はいじけた子供のようだ。
 ここにいるとまた、何を言いかけたのか聞かれそうだったので、簪はすっと立ちあがった。

「ふふ……じゃ、戻ろっか」

「お、おい、簪? 何? 俺はなんなの? なぁ? 待てよ〜……」

 簪はちょっとだけ信の先を歩きながら、さっき言いかけた言葉を小さく言ってみる。もちろん、信には聞こえないように離れたところで。

「私のだけの、ヒーローで……いてくれる……?」

 少し赤くなった顔で、簪は笑った。
 遅れて隣まで来た信の顔を見上げる。

「信……」

「ん?」

「手……繋いで、くれる……?」

「おう」

 確かに伝わる暖かさがどうしようもなく嬉しい。周りの目など気にならなかった。
 こういうときに使う言葉はなんだろう。
 もしこれが答えのある問題なら、簪は迷わず『幸せ』と書く。
 だが実際は答えなんてない。強いて言えば『私が思うからそうだ』というのが答え。
 自分が幸せと思うなら、幸せ。
 心の中のありったけの勇気を励まして、簪は手を握り返す。
 反射的なのかもしれないが、信の手もわずかに握る力を強くなった。
 信の横顔を見て、手を繋いで、一緒にいる。
 できるだけ長い間そうしていたいから、簪はわざとゆっくり歩くのだった。




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これでにじファン時代に投稿していたすべての話を更新し終えました。
次の話から、ようやく最新話となります。


これからも精一杯頑張りますので、応援お願いします!

-42-
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