小説『IS〜world breaker〜』
作者:山嵐()

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5:思い出は思い出、今は今




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『織斑一夏クラス代表就任パーティー』の翌日、俺は一夏とISの操縦について語っていた。

「だからさぁ、箒も言ってただろ?『くいっ』って感じだ」

「わかるわけないだろ!頼むよ〜信〜…………もっと詳しく教えてくれよ〜………」

「充分詳しい説明じゃないか。『くいっ』って感じだ(笑)」

「(笑)ってなんだよ!?真面目に教えてくれよ〜…」

「織斑くん、真宮くん。おはよー」

俺が一夏をからかっていると、クラスの女子が挨拶をしてくれた。
ちなみに先ほどの会話は箒の耳に届かないようにある程度小声で話している。
もし箒が聞きつけでもしたら、竹刀でボコボコにされるからな。

「あ、そうそう!ねえ!転校生の噂聞いた?」

「転校生?あ、俺昨日会ったぞ」

「ほ、本当!?」

「ああ。代表候補生で、名前は――」

凰鈴音(ファン・リンイン)よ!」

台詞を取られた………。
教室の入口を見ると、あのツインテールの女の子が腰に手を当てて立っていた。
バーン!!って感じに。
でもちっちゃいからそんなに迫力ないな。
じゃあ、チョーン!!って感じか?
そんな効果音聞いたことないけど。

「鈴………?お前、鈴か?」

「そうよ!今日は宣戦布告に………って、あ……」

え?
なに?
俺の方見て固まるなよ。
仕方なく手を小さく振ってみると、思いっきり顔をそらされた。
あれ?
なんで?

「ところで鈴。何格好つけてるんだ?すげえ似合わないぞ」

「んなっ!?なっ、何てこと言うのよ!あんたは!だいた―――――」



バシッ!!



この聞くだけで痛そうな出席簿の音は…!!
凰さんは痛みに顔をしかめて後ろを振り返った。
あーあ、見ちゃったよ鬼を。

「ち…千冬さん…」

「学校では織斑先生と呼べ。さっさと自分のクラスに戻れ」

「は、はい………あっ、一夏、逃げないでよ!!」

「さっさと戻れ」

「は、はいっ!!」

どうやらあの子、織斑姉弟と知り合いらしい。
でも織斑先生には完全にビビってたな。
気持ちはよ〜くわかるが。

「っていうかあいつ、IS操縦者だったのか」

「なんだよ。お前知り合いじゃないのか?」

「いや、中学校まで一緒だったんだけどさ。むこうが転校しちゃって………」

「一夏っ!今のは誰だ!?」

箒が身を乗り出すようにして一夏に詰め寄る。
あれ?
殺気が………?

バシッ!!バシッ!!

「席につけ、バカども」

なんで俺まで…。
朝からついてないな……。









「鈴、いつ日本に帰って来たんだ?おばさん元気か?いつ代表候補生になったんだ?」

「質問ばっかしないでよ。あんたこそ、ニュースで見たときびっくりしたじゃない」

昼休みの食堂で、俺と鈴は互いに質問を投げかけていた。
いやぁ、一年ぶりとなると聞きたいこともけっこうあるな。

「俺もまさか代表候補生が迷子になってるなんてびっくりしたぜ」

信が話題に入ってくる。
ちなみに信はカレーライスを食っている。
『カレーが一番効率よく栄養補給ができるんだ』とか言って毎日カレーを食っている。
飽きないのか?

「べ、別に迷子になんかなってないわよ!ただ道に迷ってただけよ」

「「それが迷子だろ」」

バンッ!!
バンッ!!

「一夏!そろそろ説明してもらおうか………!」

「信さんも!一体その方とどのような関係でいらっしゃいますの!?ま、まさかつ、つ、付き合って………」

二人ともどうしたんだ?
ていうか、テーブルを叩くな。
みんなこっち見てるじゃないか。

「は、はぁ!?あ、あんたたち急に何言い出すのよ!?」

鈴もどうしたんだ?
そんな焦って。
しょうがない、助けてやるか。

「鈴は俺の幼なじみなんだ」

「俺は昨日道案内しただけだ」

俺のあとに信が続く。
…………?
今度はなんか不機嫌そうだ。
鈴、一年の間に情緒不安定になったのか?

「幼なじみ……?」

「あっ、そうか。箒と鈴は入れ違いになったから、お互いのこと知らないのか。ほら、鈴、前に話した剣道の道場の娘。それが箒だ。で、箒。こいつはお前が転校したあと、小学校に転校してきて中学二年の終わりまで俺と一緒だったんだ」

「ふぅん。そう、あなたが……よろしく」

「ああ、こちらこそ」

バチバチッ!!
あれ?
なんか火花が見えたような……?
気のせいか?
とりあえず信には見えなかったようで、鈴にセシリアの紹介をしていた。

「こっちはセシリア。イギリスの代表候補生だ。エリートだぞ、エリート。な?」

「で、では信さんとはなんの関係もありませんのね………よかったですわ……」

「セシリア?」

「は、はいっ!?なっ、なんでもありませんわ!信さんは気にしないでください!」

俺と信は訳がわからないという風に肩をすくめた。
なんだかすごくめんどくさいことになりそうな………。
大丈夫かなぁ…………。









「くぁ………!あふ………ねむ………」

背伸びと同時に出たあくびを噛み殺しながらベッドへと向かう。
女子だらけというのは結構精神的にくるものがあって、ふと気付けば疲労困憊だった。
まだ放課後になったばかりだというのに、睡魔がかなり俺を苦しめている。
ちなみに一夏は今、第三アリーナで練習してて部屋にはいない。
箒とセシリアに特訓してもらっているらしい。
地獄だとかぼやいてたが、俺からすれば美女2人と一緒とか羨ましい。
………特訓は遠慮しとくけど。

「いいなぁ、まったく…」

一人でそんなことを呟く。
ああもう。
眠いながらもなんかすごく腹立つな、ちくしょー。
気分転換と眠気覚ましにシャワーでも浴びるか。
俺は脱衣所でぱぱっと服を脱ぐと、ささっとシャワーを浴びた。
ちなみに俺は長風呂は趣味じゃない。
シャワーを浴び終えると、体を拭いて服を着る。
ふぅ。
すっきりした。
これからどうしよ――

『最っっっ低!女の子との約束をちゃんと覚えていないなんて、男の風上にもおけないヤツ!犬に噛まれて死ね!!!!』

「うおっ!?な、なんだ!?」

怒気の塊みたいな叫びに体が無意識に跳ねる。
この声、凰さんか?
いや、でも隣は一夏の部屋で……。
もう練習終わったのか?
驚いてドアを開けると、ちょうど凰さんも一夏の部屋から出てきた。
ドアを思い切り閉めて出てきた女の子は、泣いていた。
俺が呆然と立ち尽くしていると、ドアの前で涙を拭いていた女の子と目があった。

「待て!ストップ!止まれ!」

「…まだ何もしてないじゃない」

「見たらわかる。どうせすぐ逃げ出すだろ?」

「……」

「はぁ………ちょっと来い」











いきなり手を捕まれて、ただでさえ混乱している鈴は更に混乱した。

「ち、ちょっと!放してよ変態!泣いてる女の子部屋に無理やりつれこむなんて最低よ!?」

「泣いてる女ほっとくよりマシだ!」

突然怒鳴られてびっくりする。
何よ、こいつ。
優しくしてくれたり、怒ったり、わけわかんない。

「いいから入れ。言っとくが俺は変態じゃないから安心しろ」

「………」

渋々、信の部屋に入る。
何もない。
それが感想だった。
あるのはどの部屋にも初期装備されているものと、パソコン、テレビだけだった。

「ほら、これ飲め。そして少し落ち着け」

「う、うん………ごめん……」

「………で?どうしたんだ?」

「見ればわかるんでしょ………」

「………悲しいってことはな」

「………笑わない?」

「笑うわけないだろ」

それから鈴は、胸に抱えた不満も不安もすべて信に話した。
一夏との約束のこと、自分がどれくらい一夏に会うのを楽しみにしていたか、両親のこと、一夏との思い出……。
信は口を挟むことも、うなずくこともせず、ただ聞いてくれた。
そのすべてを見抜くような視線と、吸い込まれそうな瞳は自分という人間を静かに見守ってくれた。
その目を見ていると何でも相談できる気がして、何もかも話した。
ふと気付くと心がスッキリしていた。

「……頑張ったな」

もうこれ以上話すことはない位話したあと、信が言ったのは、それだけだった。
でもその一言にすごく救われた気がして、また涙が出てきた。

「あーもう。泣くなよ。もう大丈夫だろ?」

そう言って頭を撫でてくれる人がいるのが、とても嬉しくて、よけい涙が出てきた。
今度は嬉し泣きだ。

「な、泣いて、なんか、いないわよ………ばかぁ…」

信はしゃがんで、座っている自分と同じ目線になる。
ただじっと見つめてくるその瞳から、目がそらせない。
顔と顔がこんなに近いのに、動けない。

「凰さんが怒るのは当然だけどさ。あいつがどれだけ鈍いか知ってるだろ?」

「う、うん………わかってる………わかってるよ………でも………」

「…………もし今日みたいに泣きたくなったら、俺の部屋に来い。話ぐらいは聞いてやる。だから、な?もう泣くな」

優しく笑った信にドキッとする。
何なのよ、まったく…。
でもとても嬉しかった。
それは間違いない。

「あー……あと…えっとな…」

「な、何よ?」

「さ、さっきは怒鳴って悪かった、よ………凰さん」

信が手をあわせて謝る。
別人のようにおろおろしている信がとてもおかしくて、吹き出してしまった。

「ふふっ!本当にわけわかんないわね、あんた。突然怒ったり、謝ったり」

「な、なんだよ。そっちだって泣いたり笑ったりしてるじゃないか」

「あとさぁ。その『凰さん』ってやめてよね。気持ち悪い」

「なっ!き、気持ち悪い!?」

「別に『鈴』でいいわよ。いつまでも他人行儀じゃ落ち着かないでしょ?」

「ま、まぁ………それもそうか。わかった。じゃあさっそく………鈴、どうするんだ?」

「え?」

どうするんだって……………そういわれても………。
あれ?
どうしよう。
まったくノープランだった。
てっきり一夏が約束を覚えているものだと………。
しばらく唸ったのち、鈴は歯切れ悪く結論を述べた。

「………これから考える……」

「………だから道に迷うんだな」

「なっ!?か、関係ないでしょ!?あたしは考えるより先に行動なの!」

「それを一般的に行き当たりばったりと言う」

「う、うるさいわね!うじうじ悩むよりマシでしょ!?」

「あはは。そうかもな。とりあえず、そっちの方が鈴らしいって気はする。じゃあ俺は鈴の道案内役にでもなるかな」

「そ、そうね!しっかり案内しなさい!」

「まず迷わないようにしろよ」

信が仕方ないやつだなと微笑みかける。
その顔がどうにも大人っぽくて、鈴はドキドキしてしまった。
不思議なやつ。
一緒にいると気持ちが楽になって、なんだかずっと側にいたくなるような。

「おい、今度はどうした?」

「な、なに?」

「顔が赤いけど………」

「は、はぁ!?きっ、気のせいよ!別にあんたのこと考えて赤くなってたわけじゃないんだからっ!!」

「わ、わかった、わかったから。お、落ち着けって」

「も、もう落ち着いた!じゃあね!いろいろありがと!また来るから!」

「え?あ、ああ。わかった。おやすみ」

「おお、おやすみ!」

ここにいるとなんだか変な気分になりそうだったので、鈴は自分の部屋にダッシュで戻ることにした。
信に短く畳み掛けるように挨拶とお礼を言うと、乱暴にドアを開けて外に飛び出す。
立ち止まってしまうと、余計なことを考えてしまいそうで。
胸の鼓動を走ることでごまかそうとするが、隠せないほどに心音が大きかった。
気を抜くと顔がにやけてしまう。
ダメだ。
わけわかんない。
どうしちゃったのよ、あたしは。
なんでこんな…………。
こんなにドキドキしてるの?

「も、もう!もうっ!なんなのよ!なんなのよあいつはぁーーー!!」









「うぅ…………身体中が痛い………」

俺は身をよじりながら教室の椅子に座り直す。
箒もセシリアも本当に容赦ない。
2対1で対戦とか殺す気か………。

「よっ。どうだ特訓の方は」

「信………」

「その調子だと相当ヤバイみたいだな。御愁傷様」

俺の机に腰掛けながら信は笑う。
くっ………。
他人事だと思って………!
大体信がクラス代表になっちゃえばそれで丸く収まったんだぞ。

「そんな顔すんなよ。いいじゃないか。専属コーチとして優秀な2人についてもらってるんだから」

「あのなぁ………」

「ところで………お前、鈴と仲直りしないのか?」

「へ?なんで知ってんの?」

「気にすんな。で?」

「………ていうかさ、まず鈴がなんで怒ってんのかもわからないんだよ」

「と、言いますと?」

「昔さ、鈴が料理上手くなったら毎日タダ飯食わせてくれるって約束したはずなんだけど、なんかそれを言ったら怒られた。正直全く意味がわからない」

「………その顔だと本当に意味わかってないんだな…………」

なんだよ。
その哀れみの目は。
やめて。
なんか、なんかグサッてくる。
短く息を吐いたかと思うと、信は俺の頭に拳骨を落とした。
思いきり振り抜くのではなく、頭に押し付けるような感じ。
ゴツッと鈍い音と衝撃が脳に直接伝わる。

「いでっ!?」

「一夏、鈍感も大概にな」

「は、はぁ?」

拳骨を頭から離して机から立ち上がると、信は自分の席に戻っていった。
なんで殴られたんだ?
俺は理由を聞こうと思ったのだが、その日の授業に集中している間にそのことを忘れてしまった。
俺って結構、忘れっぽい性格なのかもしれない。











「クラス代表リーグマッチぃ?」

「そ。あんた知らなかったの?」

夕食を食べながら、鈴からそんなことを聞かされる。
鈴が俺の部屋に駆け込んでから、もう1週間が経過した。
あ、違うな………あれは俺が連れ込んだんだから………。
連れ込んだってなんか……いやらしいな………やっぱり駆け込んだってことにしよう。
悩みごとを聞いてやったからだろうか、あれ以来鈴は毎回俺の隣で食事を取るようになった。
一夏は今だイライラしてる鈴には関わらない方がいいと思ったらしく、少し時間をずらして食事を取っている。
というか連日連夜、朝昼晩と必ず箒とセシリアに特訓を加えられているからずらさなきゃ飯が食えないのだ。
思い付きで言ってみるもので、セシリアもなんだか気合い入れて特訓してくれてるみたいだ。
責任感があるってすごい。
それにしても、俺がクラス代表にならなくてよかった。
特訓浸けにはなりたくないし。
事の発端であるこの2組のクラス代表はというと、なんやかんやでまだ一夏とは仲直りできず仕返しのことばっかり考えている。
この話題も大方、そのひとつなんだろう。
そして俺の予想は見事に当たった。

「そこで一夏をボッコボコのメッタメタにしてやるの!か弱い乙女の心を踏みにじった男にはそれなりの裁きを下してやるんだから!」

「か弱い乙女って……鈴が?戦乙女の間違いだろ」


ガンッ!


「いてっ!?」

鈴が思いっきり俺の足を蹴飛ばす。
小さいながらも国の看板背負った候補生。
かなり一撃が重い。
知り合って1週間しか経っていないのに、俺たちが打ち解けるのは早かった。
それには鈴が男勝りな性格なのも影響してるのかも知れない。

「だ・れ・が?戦乙女ですってぇ?」

「誉めてるんだよ、ったく。じゃああれか?別のにするか?方向音痴乙女とか」

「聞いたことないし!それにあたしは方向音痴じゃなーい!」

「行き当たりばったり乙女」

「だからっ!!思うより行動なの!」

からかいがいがあるっていうのも大きい理由のひとつかもな。
こんな感じのやり取りをしているうちになんとなく鈴のことがわかってきた。
きっとあっちも俺のことを分析してるんだろう。
最近ではからかうたびに良いリアクションが返ってくるようになってきた。
こいつ、意外と考えて行動してるかもしれない。
小さく笑みを見せると、ぶつぶつ不満をいいながら鈴は食事に戻った。
夕方のわりと早い時間だったので、食堂の席には俺たちしかいない。
…………よし。
一度食事の手を止める。
ちらりとこちらを見て俺の変化に気付いたようだが、鈴はさほど気に止めていない。
俺は唐突に話を切り出した。

「ひとつ、質問いいか?」

「んー?」

「鈴は一夏と結婚したいのか?」

「んぐっ!?ゲホッゲホッ………な、なによ突然………」

「……普通小学生の告白ってさ『好きです』とか、せいぜい『付き合ってください』が普通じゃないのか?」

「ま、まぁ………そう、そうかもね……」

「鈴はその過程を吹っ飛ばして『毎日酢豚を食べてくれる?』だろ?」

「ちょ、ちょっと!は、恥ずかしいからやめて………」

「あ、ごめん。それでさ……なんていうか………本当に一夏のことが好きなのか?」

「は、はぁ?」

「いや………なんていうか………」

鈴がキョトンとした表情で俺を見つめる。
そこには『意味がわからない』と書いてあった。
なんとか分かりやすく説明しなければ。
最近の鈴を見てふと浮かび、大きくなって堪えきれなくなった疑問を今まさに聞こうとしているのだ。

「あー………だからさ。昔の約束に縛られてないかって……………」

「…………どういうこと?」

「…………気を悪くしたら謝る。だけど……………」

「なによ…………」

「………鈴は本当に、『今の』一夏が好きなのか?」

俺はじっと鈴の目を見つめる。
鈴も俺から視線を外さない。
つらく長い沈黙だった。
なんて酷いことしてるんだろうという自覚はある。
だけど俺はどうしても我慢ができなかった。
聞かなければよかったのかもしれない。
でもそれが鈴のためになるとは俺には考えられなかった。
やがて空気が抜けていくようなため息をついて、鈴が手に持ったスプーンを置く。
深く椅子に腰かけてうなだれると、長いツインテールがその顔を隠した。

「………帰る」

その一言だけが聞き取れた。
俺が引き留める前に鈴はバネに押し出されるように立ち上がり、食堂を出て行った。
予想通りいい気分はしなかった。
鈴にとって、これはまず間違いなく後々直面する問題だ。
たった1週間ほどしか鈴を見てないが、なんというか…………一夏を意識している気がしない。
いや、意識はしているのだろうけれど、それは恋とかそんな甘いものじゃなくて、なんかこう……………。
あーちくしょー。
なんて言えばいいんだ?
鈴が求めているのは今の一夏じゃない気がするというか………。
昔のままの一夏を探しているというか………。
それに、何となくだけど。
あくまでも俺の主観だけど。
鈴はこのままじゃいつかダメになるようかな感じがした。
昔に固執しすぎて今を大切にできなくなる気がする。

「…………なーに偉そうなこと考えてんだ、俺は…………」

余計なことをした。
今は、それしか言葉がない。









ドアを開けると真っ暗な部屋が鈴を迎えた。
電気のスイッチをつけようとするどころか、探す気すら起きてこない。
ルームメイトのティナは大方、他の部屋で遊んでいるのだろう。
鈴は倒れ込むようにベットにダイブした。
うつ伏せで呼吸が苦しい。
スプリングが軋み、わずかに体が弾む。
それに合わせるかのように、頭の中でガンガンと信の声がする。

『今の一夏が好きなのか?』

優しくも核心をついた言葉が反響して鳴りやまない。
わかってる。
心は必死に叫んでいた。
一夏と離れてから数年間、この思いがこんなにぶれたことはない。
いや、ぶれないようにしてきた。
不安な要素はすべて考えないようにして、ずっと生きてきた。
それが、ここ最近一気に噴き出してきている。
一番大きな不安だったことは現実となり、一夏は約束を忘れていた。
そのとたんにグラリと崩れ始めた恋心は今日までなんとかバランスを保っていた。
しかし、信の一言が止めを刺した。
気付かされてしまった。
自分は結局、昔の約束にしがみついて勝手に期待していただけなのだと。
今の一夏と向き合ってみて、昔ほど思い焦がれない自分がいることを。
そしてもうひとつ。
今、誰といるときが一番楽しいのかを。

「…………バカだね、あたしって………………」

鈴は枕を強く抱き締めて顔を押し付ける。
ただでさえ小柄な体がさらに小さく圧縮された。
しばらくそうやって時間が過ぎた。
そして、鈴は近くにあった携帯でメールを打つ。

『今からそっちに行くから。お茶くらい出しなさいよ』

それだけ書いて、信に送信した。









コンコン。
控えめなノックが響く。
俺は恐る恐るドアの取手に手をかけ、手前に引いてみる。
当たり前のようにドアは開き、そこには鈴が立っていた。

「………急にごめんね」

「………気にすんな」

鈴は顔を上げない。
体を横にして部屋への道を作る。
静かに歩き出した鈴は手近にあったベットに腰かけて、停止した。
いつものような元気はない。
俺がコップを出そうとしたとき、鈴の小さな声が聞こえた。

「………最近ね」

俺は動きを止める。
そこで切られた言葉は俺たちの間をふわふわしているように思えた。
続きがなかなかついてこない。
鈴も言葉を慎重に選んでいるのだろう。
もしくは、言いづらいことを言うか否か迷っているか。
やがて、止まっていた会話が再び動き出す。

「そうかもって、あたしもどこかで思ってた………」

「………」

「………でもね、信………怖かったの………もし、もしもね?あたしが一夏を好きじゃないって認めちゃったら、今まで頑張ってきたあたしはなんなの?」

鈴の声が少し震えてくる。
それを知りながら、俺にはなにもできない。
コップに伸ばした腕を下ろし、ただ視線を落とすだけだ。
そんな自分が嫌になる。
唇を強く噛みながら、ゆっくりと鈴の隣に歩み寄る。

「あんなにドキドキして、あんなに勇気出して…………この学園に転入してきたのだって一夏に会えるって思ったからなのよ?」

「うん…………わかってる」

「それなのに……なのにね……どうしてだろ……今あたし、すっごく安心してる………やっと変なモヤモヤが消えたみたいで………すっごく……すっごく……」

「……………」

俺の空耳であって欲しいが、ポタリと何が落ちる音が聞こえた気がする。
こんなことをして何になる?
自分に問いかける。
本当に必要なことだったのか?
ただの興味本意で鈴の心を踏みにじったんじゃないか?
吐き気がした。
俺は謝罪の意味も込めて、ベットに腰かけて鈴の頭に手を乗せた。

「やっぱりそうなんだよね…………自分じゃ信じたくなかったけど、本当はそうなんだよね…………」

「俺は…………」

「………平気よ…………こんなの、他の人からハッキリ言われないと気付かないもん………」

「………………」

「………ありがと、信………」

「鈴…………」

少し鼻をすする音がしたかと思うと、鈴ががたりと立ち上がる。
意図してるのかしてないのか、角度的に俺には表情が見えなかった。
短く顔の辺りで両手を動かしたあと、鈴は上を向いてもう一度話し出した。

「さ、さぁ。湿っぽいのはもう終わり。もう帰るから」

「………おう。部屋まで送るよ」

背を向けたまま鈴がうなずく。
部屋を出て、廊下を無言で歩きだす。
1メートルほどしか離れてないのに鈴の後ろ姿はとても遠くに見えた。
そして、消え入りそうなほど小さく見えた。
どれくらい歩いただろうか、気付けば鈴の部屋に着いていた。
相変わらず鈴は俺に背を向けている。

「じゃ、ここでいいから………」

「………鈴……ごめん………」

「は、はぁ!?なに謝ってんのよ!別にあたしは全然大丈夫よ!?むしろあんたには感謝してるの!あーあ!変なモヤモヤが消えてスッキリしたー!」

「…………」

「あ!あたし決めた!やっぱりリーグマッチで一夏ボコボコにする!それでね、あたしの約束の話はおしまい!ひとつの区切りにするの!」

「………そっか」

「そうよ!だからあんたが気にする必要なんてないの!」

「………わかった。おやすみ………鈴」

「う、うん!おやすみなさい!」

結局、鈴は俺の方を最後まで見てくれなかった。
嫌われちゃったかもな。
そうなっても仕方ないよな……。
踵を返し、俺は自分の部屋へ向かおうと歩き出す。
その瞬間。


ドンッ!


何か暖かいものが背中に衝突した。
予想外の衝撃に多少バランスを崩しそうになるが、なんとか耐える。
一瞬何が起こったかわからなかった俺だか、腹辺りに鈴の手が回されているので何が起こったのか気付いた。
鈴が背中に顔を埋めてくる感触も遅れて理解する。
徐々に心音が早く、大きくなる。
すると、背中から鈴のしっかりした声が聞こえてきた。

「あたしね………あたしがね………そうじゃないかって、一夏のこと好きじゃないのかもって、そう思ったのはね………信がいたからなのかも……」

「お、俺が……?」

「うん………もちろん良い意味でよ………?それだけ、そのことだけ、ちゃんと言っておきたかったの…………」

「い、良い、意味………?」

「だからね、そんな………そんな悲しい顔しないで………あたし、嬉しいんだよ?こんなにあたしの気持ち考えて、一緒に苦しいって思ってくれて…………」

「………余計なことして混乱させたのは、俺だ………」

「ううん………いつか……いつか必ず、こうなったと思う………それが早かっただけ………だって………」

そこで言葉が聞こえなくなり、鈴の手に力が入る。
なんだかくすぐったい。
俺はとにかく冷静さを保つのに必死になっていた。

「明日は、ちゃんといつものあたしに戻るから………信もいつもと同じ様に……あたしと一緒にいてくれる……?」

「お、おう。やっぱ鈴は元気じゃなくちゃ鈴じゃないからな」

「…………責任…………」

「は?」

「女の子泣かせた責任………取ってくれるわよね?」

「うっ…………ほ、法に触れない程度であれば…………」

鈴の手がスッと離れていき、背中の暖かい感触もなくなる。
だけどまだ体の熱は引きそうにない。
俺は振り返れなかった。
なぜなら顔が真っ赤になっていただろうから。
なんだかんだいって………鈴ってちゃんと女の子だよな………。

「それじゃ、信。おやすみなさい………また明日」

「…………ああ。また、明日」

俺たちは最後まで顔を合わせられずに自分の部屋へと戻っていった。
まるで他人の様に。
でも、翌日はお互い何事もなかったように朝食で顔を会わせ、愚痴ったりからかったりした。
そしてこの日を境に、鈴が毎朝俺を起こしにくるようになった。
朝から元気爆発の鈴はやっぱり鈴で、俺は少しばかりホッとした。
ただ、叩いて起こすのはやめてほしい。




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「まさか一回戦からあたるとは……」

「そうだなぁ………俺も同感」

本当にそう思う。
まさかこんなに早く対決の日が来るとは。
クラス対抗リーグマッチ。
第一試合当日。
第二アリーナのピットには一夏が白式を展開して待機していた。
そして驚くことなかれ。
対戦カードは狙ったかのように『一組代表・織斑一夏 VS 二組代表・凰鈴音 』となっている。
運がいいのか悪いのか…………。
先程逆側のピットに行ってみて、待機している鈴にそんなことを言ったら『いいに決まってるでしょ!さっさとあたしの因縁に終止符を打ってやるわ!見てなさいよ!』と言い放たれた。
本当に勝ち気だよな、鈴は。

「凰さんのISは『甲龍』(シェンロン)。近接特化型ですわ。わたくしのときとは勝手が違いましてよ」

「緊張するな。練習の通りすれば勝てる」

セシリアと箒が一夏を激励する。
この2人は熱心に教えていたから、それに報いるために一夏も気合い充分だ。
いい感じに緊張しているのがわかる。
だけど…………。

「一夏」

「ん?なんだ?」

「………鈴は強いぞ」

「わかってる。あいつ、代表候補生だもんな」

「そういうことじゃなくてさ」

「?」

わからないならそれでいい。
きっと鈴と戦えば嫌でもわかるだろうから。
俺はじっくりと試合を観戦することに集中しよう。
ちなみに俺も箒もセシリアも、全員制御室で見るようにお達しが下っている。
織斑先生曰く、俺は前代未聞の男性操縦者、セシリアは専用機持ちで国家代表候補生、箒はISの開発者の妹だから、という様々な理由でそういうことにしたらしい。
少しでも学べる環境の整ったところで観戦しろってことなのだろう。
わからないところは隣にいる先生に聞いてすぐ解決!みたいな。
やがて一夏は空高く飛び立ち、戦闘開始の合図を待つために規定位置で静止した。
俺たちはしばらく出撃口から吹き込む柔らかい風に身をさらす。

「真宮、篠ノ之、オルコット。早く来い。試合が始まるぞ」

後ろから聞こえる織斑先生の声に従い、俺たちは制御室に移動を始めたのだった。










「…………ねぇ、一夏」

「なんだよ?」

「あたしね、今日であんたのこと追いかけるのやめる」

「え?」

一夏は困惑した表情を浮かべる。
対する鈴は妙に晴れやかな顔をしていた。
上空数十メートルの位置で向き合う2人の声は誰にも届かない。
鈴はその手に双天牙月を、一夏は雪平弐型を展開する。
その直後、試合開始のカウントダウンが始まった。

「これはあたしなりのケジメよ。だから、手は抜かない。本気であんたを倒すわ」

「………なんかよくわかんないけど、それなら俺だって全力で相手してやる。負ける気なんかないからな」

「ふふん!望むところ!かかってきなさい!」

「ああ!」

ちょうどカウントが0になる。
試合開始だ。
うるさく響くブザーの音をものともせず、2人は一気にトップスピードでぶつかり合う。
鈍い金属音がして、衝撃が腕を伝っていく。
鈴は思いきり力を込めて剣を振り払い、相手を吹き飛ばす。

「ぐっ…………!」

「ほらほら!まだまだよっ!」

鈴はニヤリと笑い、双天牙月を連結して片手に持ち直す。
そうして、体制を崩した一夏をさらに追い詰めていく。

「あたしだって、いつまでも昔のことにこだわっていられないんだから!」









箒は整備室のモニターに見入っていた。
一夏は苦しい戦いを強いられており、反撃する暇も見当たらないほどだ。
先程まで近距離戦闘をしていた2人だが、これ以上は危険と判断した一夏が間合いを取ることにより、とりあえず斬り合いの応酬は途切れた。
箒はいつ一夏があの剣で斬られてしまうかとひやひやしたのだが、なんとかなったようだ。
しかしそう思った瞬間、突然一夏が何かに攻撃されたように地面に叩きつけられた。
地上でもうもうと上がる土煙を、上空の鈴はニヤリと不敵に笑って見つめていた。

「一夏………!」

「………衝撃砲、ですわね。第三世代兵器ですわ」

「あー………空間に圧力かけてどうのこうのってやつか?」

「ええ。大気を砲弾として撃ち出す武器ですから、弾道が全く見えませんの」

土煙が晴れてくると、一夏が顔をしかめて立ち上がるのが見えた。
そこに追撃の衝撃砲を撃ち込んだのだろう、再び一夏は見えない砲弾を受けて吹き飛んだ。
鈴は攻撃の手を緩めることなく、両肩の武装、おそらくそれが衝撃砲だ、それを敵の方に向けている。
一夏もなんとか避け始めたものの、どこへ逃げても必ず狙い撃ちにされる。

「凰さんの衝撃砲、射角がほぼ無制限のようですね………」

「それってつまり、死角がないってことですか?」

「そのとおりです、真宮くん。このままだと織斑くんは………」

山田先生がそこで言葉を止めたのは、恐らく精一杯の気使いだったんだろう。
箒もセシリアも目をやるが、千冬は微動だにせずただ仁王立ちしていた。
その隣ではモニターの中で動き回る2人をじっと見つめるもう一人の男子が。
信が試合を見る目はいつも真剣だ。
まるで細かい動作の1つさえも見逃さないとしているかのように瞬きもしない。

「織斑先生」

「…………瞬時加速(イグニッションブースト)を教えた。使いこなせるかどうかはあいつ次第だが」

「…………使いこなせなくても使いますよ。一夏は間違いなく」

「ああ。だが通用するのは恐らく1回。その一撃で相手のエネルギーを根こそぎ奪うしかない」

「難しいですね。奇策の類いでも、鈴は簡単に隙をつける相手じゃない」

「それができなければ、あいつはそれまでだ」

織斑先生も信も表情を崩さない。
その間にはなんだか割って入れないような鋭い雰囲気が漂っていて、箒は思わず背筋が伸びてしまった。
ピリピリとした空気が肌に当たる。
2人とも怒っているわけでもないし、不満なわけでもないのに。
すると試合に変化があった。
一夏がただ逃げ惑うのではなく、鈴を中心とした等距離上で円を描くように高速移動を始めたのだ。
かと思えば急接近し、互いの武器が届く前に離脱する。
白式は燃費こそ悪いが性能はかなり良い方なので、トップスピードは目で追うのが辛くなるほどに速い。
ISに乗ってハイパーセンサーの補助がついてもそうなのだろう、鈴が徐々に翻弄されてきた。

「高速で敵の攻撃タイミングをずらし、隙ができたら懐に瞬時加速で突撃………」

「あいつにしてはそこそこの判断だ。無駄に機会を待つよりよっぽど賢い」

静かに会話を重ねる2人に箒は同じものを感じた。
セシリアだって、もしかしたら山田先生も思ったかもしれない。
隠していても溢れ出す強者の波動。
体全身がそれを受信して震えた。
この人たちが味方で良かった、と戦ってもいないのに考えてしまう。
箒はただただ、底が全く見えない実力者に畏敬の念を覚えるのだった。

「あっ!」

山田先生が小さく声を出す。
一夏がついに鈴の虚をついたのだ。
距離はそれなりに離れてはいるものの、瞬時加速した白式が一瞬でそれを無かったものにする。
甲龍も射撃体勢に移ろうとするが、間に合わない。
雪平弐型の淡い光が鈴に迫る。
そして―――――――



ズドォォォォォォォン!!!!!



凄まじい爆音と揺れがアリーナを襲う。
とっさに近くのテーブルに体を預ける。
画面には衝撃のショックでノイズが走り、対戦がどうなったのかわからなかった。

「な、なんですの!?」

「くっ………!し、試合は!?」

「お、織斑先生!!」

「…………!なんだこれは…………!」

織斑先生が目を細めて画面を見つめる。
未だにノイズが入るが、一応の機能を回復したモニターは明らかに異質なものを映し出していた。
アリーナには巨大なクレーターができている。
前に一夏が作ったものの2倍以上の大きさがある。
その中心にはなにかがゆらりと影だけを見せていた。
土煙、というよりも爆煙のような黒い煙が少しずつ晴れていく。
やがて影が実体を纏っていくように、黒い人形がそこに現れた。

「………IS……なのか………?」

信の問いには誰も答えられず、ただただ呆然と立ち尽くすだけだった。

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