これは始業式からちょうど一週間経った日の放課後
「じゃあ帰るか」
「はい、かしこまりました」
「おーい、ジロー。俺たち帰るけどお前はどうする、一緒に帰るか?」
「悪りぃ、ちょっとトイレ行ってから帰るから先行っててくれないか」
「トイレぐらいの時間なら待ってるさ。一時間で帰ってこいよ(キリッ)」
「そんな時間かかんねえよ!」
「……早く行って来てください。私たちが、帰るのが遅れます」
「わ、わかった。ちくしょー、お前の所為で怒られただろ」
「悪かったよ。悪かったから早く行けって」
「もし本当に一時間かかったら、俺のことは置いて先に行ってくれ(キリッ)」
「「了解(ビシッ)」」
「そこだけハモんなよ! 本当に冷たい奴らだな!」
ジローの言葉は笑ってごまかした。
ちなみにさっきの(ビシッ)は敬礼である。
「帰って来ねー」
「もう一時間経ちました。きっと突然誰かに襲われて、儚く散っていったんですよ」
「たぶん女だな。ジローはあの体質だし」
「そうですね。やはり彼のことは置いて先に帰りましょう」
「そうだな」
少し薄情な気もしたが、俺たちは教室を後にした。これから起こる悲劇も知らずに。
突然だが、さっきから敬語で話している女の人のことをどう思う?一見成績優秀そうに聞こえるだろう。しかし、全くそんな事はない。むしろ成績は下から数えた方が早く、運動能力はほぼ皆無と言っていい。しかし彼女の職業からするともう少し申し訳程度でもいいからあった方がいいだろう。
申し訳程度でもいいと思ってしまうほど彼女の運動能力は皆無だ
たとえば、何もないところで急に転んで受け身もとれずにひざやひじを怪我してしまうほどに。
描写が生々しい?
当たり前だ。今、目の前で起こったからな。
「大丈夫か」
「だ、大丈夫です」
「いやあまり大丈夫じゃないな、保健室に寄ってくか」
「いけません。ただでさえ奴のトイレの所為で遅れているというのに、これ以上遅れると旦那様に叱られます」
「それこそ大丈夫だ。よっと」
「きゃあ!」
俺は彼女の言うことも聞かずに、背中とひざの裏に手を入れて持ち上げた。言うなればお姫様抱っこというやつだ。
それっきり彼女は大人しくなったが、うつむいているため顔がよく見えない。しかしよく見ると、耳が真っ赤になっている。
そう言うところが可愛いな、と思いながらもいつも口には出さない。俺だって恥ずかしいしな。
まあ、その時はどうでも良いことを考えていた。しかし、彼女の忠告を聞いて、このまま保健室には行かず帰ればよかったと俺はこれから思うことになるのだった。
ガタッガタッ
「あれ、鍵が閉まってる」
「か、帰りませんか。保健の先生ももう帰っちゃったんですよ」
ちなみにまだお姫様抱っこのままだ。声が震えているのは部屋に入ることへの恐怖からだろうか? それともほかに何か要因でもあるのか?
「いや、さっきすれ違ったぞ。なんか泣いてたようだった」
「え、そうなんですか」
「ああ、うつむいてて気付かなかったんだろ。しかし泣いていたとなると、中で何かあったな。よし、蹴り破って入るか」
「わかりました」
ガンッ
扉が外れる大きな音がして、破れた扉は中へ飛んで行った。幸い怪我人はいないようだが……。
そこで目にしたものは、信じ難いものだった。