小説『アイプロ!(1)?圭一入団?』
作者:ラベンダー()

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<オーディション>

タレント事務所「相澤プロダクション」のオーディション会場−

「はい、次の3人の方、どうぞ。」

社長の相澤励(れい)がそう言うと、ドアが開いて3人の若い男女が入ってきた。1人は女性、2人が男性だ。

副社長の北条(きたじょう)明良(あきら)と相澤は手元の資料を見ながら、厳しい目で3人を見ている。

ふと明良が目に留まったのは「市井圭一」だった。一緒に入ってきた青年と背恰好が変わらないのに、何故か市井に目が行った。
市井以外の男女は笑顔を見せているのに対して、市井は全く笑顔がなかった。逆に無愛想に見える。

名前を尋ねた。女性が答え、市井が次に答えた。
声質は低く、次の青年が高く感じた。

オーディションを受けた動機を尋ねた。
女性は「このプロダクションの将来性に期待した」と言った。正直、マニュアル本に書いてあるような言葉だ。
市井は「他にできることがないので。」と言った。

北条は驚いた顔で市井を見た。
相澤は資料を見たまま、苦笑している。
最後の青年は「小さいころからアイドルになるのが夢だった」と言った。これは正直な気持ちだろう。

「市井君は…まだ18歳かい?」

明良が思わず言った。市井はふと目を見開いたが「そうです。」と答えた。

「もっと上に見えるね。」

そう言って、資料を見た。誕生日の他に出身地を書く欄があり「大阪」とだけ書いている。

「大阪からわざわざ来たのか。」
「…別に、オーディションを受けるためじゃありません。」

市井がそう答えた。その答えに相澤が吹き出した。
明良は苦笑して、

「そうだったのか。すまなかった。」

と謝った。市井はとまどったような表情をした。


3人が去った後、明良は「市井圭一」の資料だけを横に避けた。

……

その後、ダンスと歌のテストがあるが、これはプロの審査員に任せている。
明良は何人かの様子を審査員に聞いていた。
相澤も気に入った候補生の様子を聞いた。かなり合格者が絞られてきている。

最後に1人ずつ面談をしなければならない。ここで候補から外れていても一応するので、明良達にとっては結構骨の折れる作業だった。本人には候補から外れているかどうかを悟らせないようにしなければならない。しかしこの面談で気が変わることもある。

相澤と明良は、別々に面談をした。
明良の面談する受験生の中に「市井圭一」がいた。


市井の順番が来て、部屋に入ってきた。明良に頭を下げて、前の椅子に座る。

「今日は、お疲れ様でした。…いつもの調子はでたかい?」
「…踊るのも、歌うのも久しぶりなので…どうかわかりません。」

市井が目を伏せがちに言った。普通、こういう時はちゃんと相手の目を見るものなのに、市井はそうしなかった。
明良は厳しい表情のまま言った。

「他にできることがないと言ったね。…資料には…親御さんの名前もないし、高校中退とあるが…高校の名前もないけど…」
「…僕は…前科を持っています。」

そう言った時、市井が初めて明良と目を合わせた。明良は面食らった。

「…中退したというのは、それが原因なのか?」
「…はい…」
「…そう…君は…いつもそんな射るような目で人を見るの?」
「!?」

市井は驚いた表情をした。明良は、市井がとたんに18歳に戻ったように見えた。

「ああ、すまない。君を責めているわけじゃないんだ。…それも個性だから。」

そう言いながら、明良には笑顔がなかった。

「目的意識のない人には、うちを受ける資格はない。…君は何を目的にうちを受けたの?」
「……」

市井はまた目を伏せて黙ってしまった。

「…他にできることがないというのは、正直な気持ちらしいね。…お疲れ様でした。もう帰っていいよ。ええと…もう聞いたかな?合否はどちらでも必ず郵送で送るからね。」

市井は立ち上がって頭を下げた。

「ありがとうございました。」
「お疲れ様。」

明良はそう言って、ドアから出て行く市井を見送った。


……

翌日−

「え!?…ノーマークじゃなかったの?」

社長室で、相澤が明良の作った合格者リストを見て言った。

「?誰のことです?」

明良は、相澤の持つリストを覗き込んで言った。

「この子だよ。」

相澤が指さした名前に、明良は笑って言った。

「一番に選んだのがこの子だったんですよ。」
「えー!?…歌とダンスの試験の結果…この子の聞いていなかったじゃないか。」
「ええ。もう合格させるつもりでしたから、聞くこともないと思って。」

相澤は驚いたまま、椅子に背を預けた。

「へえーー…。無愛想でうちのタレントにはどうかなぁ…って、俺は思ったけどなぁ。」
「…入ってきた時に、彼のオーラ感じませんでした?」
「ええ?…感じなかったよ。」
「そうですか?…おかしいな…」
「…俺はあんまり気は進まないけど…」
「無愛想なのはどうにでもなりますよ。でもオーラは作ろうったって作れない。きっとこっちの教育次第で伸びます。」
「そこまで言うんだったら…わかったよ。」
「先輩のお気に入りは?」
「俺はこいつ。」

相澤はそう言って、自分のリストの1人を指した。

「木下雄一君ですか。」
「うん。大阪弁丸出しでね。おもしろかったよ。ダンスも切れがあるって、姉貴の評価も良かったし、ラップが得意なんだって。ラップができる子が欲しかったから、彼に決めた。」
「そう言えば、他にいませんでしたね。ラップができるというのは…。」
「伸びるよ〜この子は。」

相澤は満足気である。

「あと、合格者は5人ですか。」
「うん。だから全員で7人ね。」
「…これが精いっぱいでしょうねぇ…。」
「来年はもっと増やしたいけどな。」
「給料を払うわけですから、とりあえず先輩の1期生にがんばってもらわないと。」
「ん…。」
「じゃ、リストを事務に回しておきますよ。合否の通知を作ってもらわなきゃいけないから。」
「そうだな。」

相澤はそう言って伸びをした。そして「やっと終わったー!」と言った。明良は笑って、社長室を出た。


……

1週間後、市井圭一の元に「相澤プロダクション」からの合否結果が届いた。
市井の脳裏に、明良の厳しい表情が浮かんだ。

「…不合格なら、送ってくれんでもいいのに…無駄なことするなぁ。」

市井はそう呟きながら、乱暴に封を開け、中の紙を開いた。

「!!!!」

市井の手が震えた。「合格」の文字が異様に大きく見えた。

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