小説『アイプロ!(1)?圭一入団?』
作者:ラベンダー()

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<圭一の迷い>

「えー?またか。」

相澤が社長室に来た、振付師で姉の百合に言った。

「ええ。これで3度目。」

百合が呆れている。
相澤は電話を取り、副社長室に内線した。

「ちょっと、俺のとこ来てくれ。」

明良の返事が聞こえ、相澤が受話器を置いてしばらくして、ドアがノックされた。

「どうぞ。」

相澤が言った。

「先輩…何か…!…百合さん!」

百合が苦笑した。

「…百合さんがいるってことは…」

明良も苦笑しながら、百合の傍へ来た。

「そう…市井君よ。」
「また、来なかったんですか?」
「ええ。…筋はいいんだけど、激しいダンスが苦手らしくて…。別にその時は何もないのに、次のレッスンは休んじゃうのよね。」
「…すいません。」

明良が頭を下げた。相澤が言った。

「お前が謝ることはないんだけど…。…ちょっと注意しといてくれないか?」
「わかりました。」

明良は、ふーっとため息をついて言った。

……

副社長室に戻ってから、明良は、圭一の携帯に電話をした。
すぐに圭一が出た。

「はい。」
「市井君かい?」
「…はい…」
「今、家なのか?」
「…そうです。」
「今日もダンスの稽古をさぼったそうだね。」
「……」
「今から君のアパートに行くから。」
「!?えっ!?」
「散らかっているのかい?」
「いえ…そういう訳じゃ…。」
「さぼっているのに、こっちに来にくいかと思ってね。車で向かうから10分くらいで着くと思う。部屋を掃除しておいてくれ。」
「…あ…はい…」

圭一が何か動揺しているのを電話で感じ、明良は受話器を置いてから笑った。

……

明良は圭一のアパートに着いた。実は全く初めてだった。アパートの名前と部屋番号はわかっているのだが、表札がないので明良はとまどった。

「…ここは呼び鈴もないのか…。」

正直、粗末なアパートだった。自分が独りで暮らしていた頃を思い出す。
明良は、遠慮がちにドアをノックした。

「…市井君。」

そう言うと、中からバタバタという音がして、鍵が開く音がした。
圭一がドアを開け、頭を下げた。

「中へ入ってもいいかい?」
「…はい…どうぞ。」

圭一は、明良を中に入れ、ドアを閉めた。

明良は無礼かと思ったが、思わず中を見渡した。…正直、何もない部屋だった。最小限の家電製品とタンスが1つ。携帯型のCDラジカセと、ダイニングテーブルと椅子2脚。
部屋はダイニングと、奥に6畳程度の部屋があるだけだ。もちろん、トイレと浴室もあるが、ユニットバスのようだ。

明良は、圭一がダイニングテーブルの椅子を引いたのを見て、そこへ座った。そして持っていた袋をテーブルに置いた。

「…すいません…」

圭一が言った。

「…稽古をさぼったことかい?」
「…はい…」
「謝るんだったら、どうして来ない?」
「……」
「君も座って。」

圭一は明良の向かいの椅子に座った。

「…せっかく、採用してもらったんですけど…」
「ん」
「…自分には才能がないと思います。」
「!?」

明良は目を見開いた。

「…辞めるつもりかい?まだ1カ月も経っていないのに…」
「……」
「君はいつも諦めが早いのか?」
「!…それは…」
「前に勤めていたところは、どれくらいだい?」
「…1年くらいです。」
「ちゃんと続いてるじゃないか。」
「……」
「…君の笑顔をオーディションの時から1度も見たことがないんだが…」
「!」

圭一は顔を上げた。

「ずっとそうなのか?」
「……」
「前科があるって言ってたね。」
「!…はい。」
「何の罪だい?」
「…殺人です。」
「!!」

明良は言葉が出なかった。

「少年院に入っていたのか。」
「はい。」
「…もしかして、その頃から笑顔を失ったのか?」
「……」

圭一はずっと黙っている。元々言葉数も少ないが…。

「…この話はやめるか。」

明良はそう言って「そうだ」と、テーブルに置いていた袋を持ち上げた。

「甘いものは好きかい?」
「!…え?」
「だから、甘いものは好きか?」
「…普通に…好きですが…」

明良は笑った。

「プリンを買ってきたんだ。後で食べるといい。冷蔵庫に入れておくよ。」
「!」

勝手に冷蔵庫を開ける明良を、圭一は黙って見ている。

「何もないんだな。…初給料の日までまだ5日くらいあるが、お金はあるのかい?」
「…はい…前の勤めてたところのが…」
「ならいいんだが…アイドルは体が資本だから、普段からちゃんと3食食べる癖をつけておくんだぞ。」
「…でも…!」
「辞めることは、まだ考えるな。」
「!…」
「レッスンをさぼろうが、どうしようが私は構わない。」

圭一は驚いた目で、立ったままの明良を見ている。

「…でも、後で大変な思いをするのは自分だ。君がレッスンをさぼっても給料は出す。他の子に示しがつかないがね。」
「!……」
「自分の事も、周りの事もよく考えて行動するように。子どもじゃないんだぞ。」

明良はそう言うと、そのまま玄関に向かった。

「…副社長…」

圭一が慌てて立ち上がった。

「…明日もレッスンに来なかったら、私がここへ来る。わかったね。」

圭一がとまどった表情をしているが、明良は「じゃ」とだけ言って、ドアを開けて出て行った。
圭一は、閉じられたドアをぼんやりと見ていた。

……

翌日、圭一はダンスのレッスンに出席した。
レッスンが終わった時、最後に一人残った圭一を百合が呼んだ。
圭一は、少し下向き加減に百合の傍へ来た。
百合が微笑んで言った。

「同期生の皆が心配していたわよ。今日来なかったら、圭一君の家に行くつもりだったんだって。」
「!!」
「ちゃんと、これから来なさいよ。副社長にも迷惑をかけないようにね。」
「…はい…すいませんでした。」

圭一は謝った。百合はほっとした表情をして、先にレッスン室を出て行った。
圭一は、目に手をやったまま、しばらく独り立ちすくんでいた。

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