小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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十三話










「いや、見苦しい所を見せてしまってすまない」
「いえ、私も少々おふざけが過ぎました」
「・・・・・少々・・・・かよ」

テーブルに向かい合わせで座り、謝罪をし合う真理と金一。
その隣で床の上にうつ伏せに倒れ、何とか言葉を絞り出すキンジ。

あの後、呆気なく金一に捕獲されて仕置きと言う名の拷問を受けた。
流石に止めるべきだと思い、真理が冗談だと言うまで続いた。

しかし、それまでの時間がおよそ二十分。
キンジの精神と肉体がズタボロになるには充分すぎる時間だった。

「物静かな娘だと思ったが、意外とイタズラ気質なんだな」
「思わずそうしてしまう程に動揺した、と言うのもありますね。本当に男性なのかと疑ってしまいました」
「そ・・・・そうか・・」

こころなしか、背中に哀愁を漂わせて頷く金一。
これまで、職場で幾度となく言われて来た言葉だった。

しかし、現役の女子中学生に言われるとかなりくるものがあったのだろう。
金一は自身のHSS、カナの状態での記憶はバッチリと覚えている。

故に、自分の姿に見惚れる女子、自分の微笑みに赤くなる男子。それらを数え切れない程に見てきた。
そしてHSSが解かれる度、頭を抱える羽目になる。だからこそ、なってもいない時に言われるのは、痛恨のダメージだろう。

「真理は探偵科(インケスタ)が志望科目だったね?」
「はい」

何とか気合を振り絞り、話題のすり替えを図る。
最初のやり取りのせいかは分からないが、お互いなんの違和感もなくファーストネームで呼び合っていた。

キンジもやっとこさ回復し、台所へと戻って行った。

「真理は、どうして武偵になろうと思ったんだ? 差し支え無ければ教えてくれないか」
「どうして・・・ですか」

拳を口元に当て、しばし『思考するフリ』をする真理。
こう言う事を聞かれるのは予め想定済みだ。

学校に入ってから幾度となく聞かれる事でもあるし、何より彼女は潜入兼監視の目的で武偵校にいる。
志望理由の一つや二つ、考えていない訳が無い。

とは言え、そこまで大仰なものを用意している訳でもない。
あくまで表では武偵に憧れる一人の学生なのだから。

大袈裟な理由など逆に悪目立ちしかねないため、あえて平凡なものにとどめておくのが無難。

「特別な理由があるわけではありません。人を救いたい、役に立ちたい、どこにでもありふれた理由です」
「・・・そうか」

一瞬、僅かに金一の目が細められた。
嘘を見抜いた訳ではないだろう。

ただ、ほんの微かに違和感を感じたのかも知れない。
年季は浅くとも、高難易度ランクの任務を日々こなしている故の直感かもしれない。

その時、丁度台所からキンジが戻ってきた。
両手に大皿を持ち、その上にあるのはピザにパスタ。

普段は和食がメインであることが多いのが遠山家だが、祖父母がいない時なんかに洋食をとる機会は度々ある。
今日がその日であったのは、全くの偶然だが。

テーブルにドンと置かれた料理を見て、二人のお腹が一斉に食欲を訴え始める。
小皿とフォーク、コップに水を準備するキンジを置き去りにして手を付け始めた。

「「いただきます」」
「ちょっまっ! まだ俺が座ってないだろ!?」

帰ってきてから散々な扱いをされ、少し涙目だ。
急いで座り、手を合わせていただきますをする。

食うより先に争奪戦となっており、そうなると一番戦闘力の低いキンジが圧倒的に不利だ。
パスタはフォークを立てた傍から巻き取られ、狙っていた大きめのピザの欠片は気付いたら無くなっていた。

「俺にも食わせろって!!」
「甘いですねキンジさん。武偵は常在戦場、基本中の基本です」
「その通りだ、家に帰ったからと言って気を緩めるからこうなる」
「今緩めないでいつ緩めれば良いんだよ!?」

もっともなつっこみも受け入れられず、料理はどんどんとなくなっていく。
底辺の戦闘力で善戦したキンジだが、結果として腹六分目といった所だった。

「「ごちそうさまでした」」
「・・・・はぁ」

溜め息をつき、片付けを始める。
満腹とは行かないまでも、それなりに膨れたので活動は出来る。

金一と真理はそのままお茶を飲み、一息ついていた。

「手伝わなくていいのですか?」
「客にやらせる訳にはいかないさ、キンジに任せておけばいい」
「それって俺が言うセリフじゃないのか・・・」

目ざとく聞きつけて抗議するキンジ。
それを見て、二人が小さく笑う。

まるで今日初めて揃ったとは思えない、とても馴染んだ空気だった。

「・・・一つ、聞いてもいいか?」
「なんでしょうか?」

不意に、金一が真剣な表情で話しかける。

「真理は、現状の世界についてどう思う?」
「世界・・・ですか?」
「ああ」

問われた規模の大きさに、僅かに真理の目が見開かれる。
まさか、いきなりこんな質問をするとは意外だった。

世界についてどう思うか。
まるで政治家か、背伸びしがちな子供がするような話だ。

しかし、金一の目は真剣そのもの。
何故ただの中学生でしかない自分にと思わなくもないが、ふざけるような場面ではない。

「世界とは、また随分範囲が大きいですね。どこからどう答えれば良いのでしょうか?」
「言葉が足らなかったな、そう・・・例えば現場での武偵の扱いや行動などはどうだ」

今度はまた、正反対にピンポイントな質問である。
初めからこの質問が本題だったのだろうと確信出来るほどに。

「それは、作戦上における命の優先順位などの話と考えて良いのでしょうか」
「そうとも言えるな。これはどの警察組織でも言える事だが、要人などが現場にいた場合、一般人より優先して救助されるの当然の事だ」
「そうですね」
「また武偵自身も、作戦上で犠牲を出さなければ達成出来ない困難が出た時、知らずに捨て駒にされる事も少なくない」

話している内に、少しずつ金一の顔が険しくなっていく。
拳を握り、体が力んでいくのが分かる。

「だが、それは本当に正しい選択だと思うか? 命を社会での地位で区別し、人を救おうとする者達を勝手な都合で踏み台にする事が、本当に最善だと思うか?」
「ですが、そうしなければ助けられる人も助けられないのでは?」
「・・・自慢のような言い方になるが、俺はこれまで何度もそう言う切り捨てられた者達を纏めて救ってきた、いや救ってこれた。つまり、それはその人達が切り捨てなくて良かった人達だと言う証だ」

その顔にあるのは、怒りか、失望か。人を救うなんて事を夢見た人間なら一度は感じるジレンマか。
なまじ他の者より実力があり、出来ない事をやってのけられるからこそ、希望を捨てきれない。

「それは金一さんが有能だからこそ出来る事だと思いますが。」
「だからこそ、俺よりも有能な人間が多くいるのに何故そうしないのかと思うんだ。切り捨てられた者達の事を大切に思っていた人にとっては、二度と戻らないものなのに」

顔を伏せ、溜め息を吐く金一。
彼とて、ただ夢物語を見るだけの若造とは訳が違う。当然、理屈では理解している。

個人に出来るからと言って、それを集団でやれと言うのには無理がある。
集団とはそれぞれが欠点を補い合い、複数で一つを成す。大人数であるが故に、一人一人の能力値は同等になる。

金一のように、一人で突出して困難を乗り越えられる者は、そう多くない。
たとえ居たとしても、全てを救うのは至難の極みだ。

だからこそ集団が成立するとも言えるし、時に個人を必要とする場合も生まれる。

「理解は出来ても、納得は出来ない・・・ですか」
「・・・ああ、そうだ」

もう一度、深く息を吐いて顔を上げる金一。

「すまないな、無様な愚痴に付き合わせてしまって」

言うだけ言えて少しはスッキリした、ようにも見える。
しかし、そこには拭いきれない虚しさがあった。

目の色が僅かに濁り、疲れたように瞼が下がっている。
どこか、心のどこかで、もう既に諦め初めているようにも見える。

そんな金一を見て真理は・・・・どう思ったのだろうか。

「―――例えば、金一さんが千年前にでもタイムスリップしとしましょう」
「・・・は?」
「そこには飛行機や潜水艦、テレビや携帯なんて物も当然ありません」
「ま、真理・・・?」

突然始まった珍妙な話に、さすがの金一も戸惑いを隠せない。
そんな彼を置き去りにして、真理は続ける。

「そこで携帯を取り出し、その時代の人にこれは遠くの人間と会話出来る物だと説明すると、どうなるでしょうか?」
「っ・・・」
「人を乗せて空を飛ぶ物や、一日以上海に潜っていられる乗り物、馬よりも早く走れる物があり。ましてやそれが全て人の手で作れるなどと言ったら、何と返されるでしょうか?」
「・・・・ありえない・・って言われるだろうな。確実に」
「そうですね。まるで金一さんの話を聞いて、多くの人が否定するのと同じように」

なにか、とんでもないものを目にしたような表情になる金一。
温度差の激しい視線が交差し、室内が奇妙な雰囲気で満たされている。

「しかし現実として今、人は空を飛び、海に潜り、遥か彼方にいる知人と話しています。昔の人の常識を覆して、成し遂げています」
「・・・・ああ」
「きっとこれからもそうでしょう。私達の常識を覆し、有り得ない事を成し遂げる人達が次々と現れ、そしていつしかそれが当たり前の常識となっているはずです」
「そう・・・だな」

いつしか、金一は柔らかな微笑みを浮かべていた。
瞳に宿っているのは、安堵とも、感謝とも、尊敬ともとれるような色が見て取れる。

「金一さんにそれが出来るかなんて分かりません。何よりもまず、目指す事から始まるのではと思います。どこぞで使い古された陳腐な言い回しですみませんが」
「いや、ありがとう」

どこまでも無表情に、淡々と話す真理。
その様子に、内心で苦笑しつつも礼を述べる。

部屋の襖の奥で、静かに見守っていたキンジもホッとしたように笑う。
兄が、どこか思い詰めていたのは感じていた。

しかし、自分はただの学生に過ぎない。世界各地で活動している兄の悩みを、聞くことは出来てもそこから諭すなんて到底出来ない。
だからこそ、出ていかずに成り行きを見ていた。何となく、自分のパートナーなら、やってくれそうな気がして。

きっとやれると、不思議な確信を抱いて。
そして、その判断は間違っていなかった。

言うだけなら、誰にでも思いつきそうな言葉。
だが、彼女が言うと妙な説得力を感じる。

上辺だけでなく、実感を伴った上での発言だと。
だからこそ、心に響く。

「キンジさんも、こっそり聞いてないで出てきたらどうです?」
「げっ・・・バレてたか」
「俺も気づいてたさ、バレバレだ」
「キンジさんには尾行の才能はありませんね」
「ヒデェ・・・」

言葉とは裏腹に、場には和やかな空気が流れている。
真理は例のごとく無表情だが、口元が微かに笑っている気がした。

「それでは、そろそろ失礼しますね」
「お、もうこんな時間か。なんか早く感じるな」
「それだけ退屈しなかったと言う事だな」

真理が立ち上がるのと同じく、金一も席を立つ。
三人でぞろぞろと玄関まで赴き、真理が靴を履いて外に出る。

少し肌寒い冷気が体を撫でるが、真理の表情には変化はない。
たとえ寒いと思っていても変わらないだろう。

敷地の塀まで歩いた所で、玄関の方へ振り返る。

「今日はごちそうさまでした」
「気にすんなって、いつも世話になってるしな」
「色々と楽しませて貰った。それに、助かったよ」

礼儀正しくお辞儀する真理に、二人は笑顔で答える。
もう一度、失礼しますと言って身を翻す。

夜の暗闇へと消えていく真理の背中を、二人は見えなくなるまで見送っていた。
訪れる沈黙。

風が体の体温を奪うが、二人はしばらく動かなかった。まるで、余韻に浸るように。

「聞いていた以上に面白い子じゃないか」
「だろ? 変わり者同士、結構うまくやれる奴だよ」

キンジがおどけて、金一が笑う。

「・・・・また機会があれば、会いたいな」
「え?」

発せられた言葉に、キンジが目を見開いて金一の顔を凝視する。
弟の反応に、金一は疑問符を浮かべる。

「なんだその反応は?」
「いや・・・何かその言い方だとまるで兄さんが真理に惚れ―――」

言葉は、言い切る事は叶わなかった。
頭に降り下ろされた拳骨のせいで・・・

ズゴンッと、まるでハンマーで殴ったかのような鈍い音が響く。
すぐさま地面に倒れ伏し、悶絶するキンジ。

金一は、その光景を呆れた目で見下ろしていた。

「下らない事を言うな、純粋に興味を持っただけだ」
「つ、つまりそれがきっかけ―――ゴフッ!!」

性懲りもなくからかおうとしたキンジの鳩尾に、垂直に蹴りが突き刺さる。
体が一瞬宙に浮き、肺の中の酸素が一気に吐き出された。

腹を抱え、ダンゴムシのように体を丸めて痙攣する。
キンジを見下ろす金一の目が据わり、まるでゴミを見るような目付きになっている。

ハイライトが消え、若干の殺意すら見え隠れする。

「それ以上戯言を吐くなら、遺書を用意しておく事を推奨するぞ・・・キンジ」
「ご、ごめん・・・悪かった兄さん・・・もう言わないから」
「ふん」

何とか気力を振り絞って謝罪する。
それを一瞥して家に入る金一。

ピシャリと玄関が閉められ、鍵をかける音が嫌によく響いた。

「え、うそ・・・マジか?」

顔が青ざめ、体を起こして恐る恐る引き戸に手をかける。
しかし、どれだけ力をこめても開く事はない。

つまり、締め出された。

「ちょ! この寒空の下でこの薄着はキツイって!! 兄さん! 兄さーーーーーんっ!!!」

悲痛な叫びが木霊する。
結局、家い入れてもらえたのはそれから二時間後のことだった 

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