小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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十二話










屋上での襲撃から、ちょうど一週間が経過しようとしていた。

「キンジさん」
「うぉ! なっ、なな、なんだ?」
「次は演習場での授業ですよ? いつまでボケーっと座っているんですか」
「あ、あぁ・・そうだな。悪い」

冷や汗をかきながら、慌てて準備をするキンジ。
真理はそんなキンジをジト目で見つめ、次いで溜め息をつく。

「それでは、また後ほど」
「あ・・・あぁ・・」

歯切れの悪い返事を聞きながら、真理は身を翻す。
教室を出て、自分も着替える為に更衣室に向かった。

一直線に廊下を歩く。
他にも生徒が何名かいるのだが、真理の姿を見たとたんに脇に下がるからだ。

(一応、効果は上々ですかね。効きすぎな気もしますが)

あれから、二人を敵に回そうとする者は居なくなった。
まだ断定は出来ないが、少なくとも敵意を向ける人間はここ一週間見ていない。

二人の大立ち回りは、あの後すぐに学校中に広まった。
生徒だけでなく、もちろん教師勢にもだ。

真理が危惧していた様な事態を教師陣も抱えていたらしく、注意どころか賛辞を送られたくらいだ。
そして、めでたく(?)二人は神奈川武偵校最強のコンビとして名を馳せる事となった。

廊下を歩けば道行く生徒が前を開け、購買に行けば人混みが割れた。
おかげで購買で目的の物が買いやすくなって助かったと、キンジは内心で喜んでいたりする。

しかし、ここでも少しばかり困った問題が発生していた。

「あ、あの!」
「はい?」

不意にかけられた声に、真理が足を止める。
声の主を見れば、一年生らしき女子がそこに居た。

後ろにも何人かが固まって真理を見ており、その誰もが緊張してガチガチになっているのが一目で分かる。

「あの、宝崎先輩。これ、良かったらどうぞ!」
「これは・・・クッキーですか?」

声をかけて来た女生徒、恐らく彼女らの代表だろう。
その女子が差し出してきたのは、クッキーの詰まった袋。

可愛らしいラッピングで包まれた袋に、星やハートなどの様々な形のクッキーが入っている。
適度に焼かれた茶色のクッキーは、小腹の空いたお腹に食欲をそそる。

「は、はい! あの、皆で頑張って作りました! 食べてください!!」
「・・・・そうですか」

数瞬の沈黙の後、そっと女子の手から袋を受け取る。

「態々どうも、ありがたく頂きます」
「あ・・・ありがとうございます! し、失礼します!!」

返事を聞くなり真っ赤になって走り去る一年生。
仲間の女子達も、顔を赤く染めながら、次々とお辞儀をして去っていく。

「受け取って貰えた! 先輩に受け取って貰っちゃった!」
「キャー! やったー!!」

階全体に響きそうな音量で、奇声を発しながら下階へと消える。
周りのみならず、教室からも生徒が何事だと顔を出す。

そして真理の手に乗った袋を見た瞬間に、ああまたか、と納得顔したで戻って行く。

「・・・・・はぁ」

思わず溜め息をついた真理。
これでいったい何件目になるか分からない。

当初、二人はただ学校の人間に畏怖される対象であった筈だ。
それが真理の狙いでもあったし、実際に効果覿面でもあった。

しかし、狂いが出たのはその後だった。

―――宝崎真理は、実はものすごい美少女らしい。

どこの誰が流したのかは分からない。
しかし、真理が気付いた時には既に学校中に広まっていた。

おそらく襲撃の時の誰かが偶然に垣間見たのだろう。
クラスでもチラチラと視線を向けられ、本人のいる所で様々な討論が繰り返された。

僅かに見える顔のパーツを元に分析する者、訓練中に前髪が浮く瞬間を捉えようとする者。
実に数多くの手段を用いて真偽を確かめようとする者が出たのだ。

そのくせ、本人から聞き出そうとす者は皆無という、実にめんどくさい事態である。
そして、二日前にその騒動は頂点に達する事となった。

ある一人の生徒が、パートナーであるキンジに問うたのだ。
あの噂は本当なのか? と。

学校にいる間は殆ど一緒にいるキンジなら、知っているだろうと思ったのだ。
何故そこで本人に聞かないのかと言われれば、やはり元からの印象だろう。

そして、必死に真理から送られてくるアイコンタクトに気付く事無く―――
本人からすれば特に他意のない、思った事を述べただけの返答のつもりだっただろう。

キンジ自身、いきなり振られた話題に咄嗟に答えてしまったのもある。
答えはイエス―――――つまり肯定。

キンジが自分の失言に気付いた時には、とうに手遅れだった。
周囲の男子生徒がキンジに、女生徒が真理に詰め寄った。

どんな顔なのか、何故隠しているのか。
今までは心の片隅に置いていた疑問を、容赦なくさらけ出した。

そして、そこにトドメの一撃が加わる。
それを加えた張本人は、なんと真理自身だった。

真理は、事もあろうに自分から素顔を見せると提案した。
噂なんて誇張の含まれたほら話に過ぎず、実際には平凡な顔でしかない。

それを証明しよう―――などと、致命的な意図で申し出た結果だった
教室中で起こっていたありとあらゆる音が、消滅した。

キンジは顔を片手で覆い、やっちまったと呟いていた。
いつのまにか、廊下にも他クラスの生徒が詰めかけていた。

その全ての視線が、真理一人に注がれたいた。
ゴクン、と誰かが生唾を飲む音が響き、その時は訪れた。

真理が前髪をかき上げ、明かされた素顔。
瞬間、音で建物が揺れた気さえした。

男子達が両腕を天井に向かって突き上げて、雄叫びを上げた。
女子達が赤く染まった頬を両手で覆い、黄色い叫びを轟かせた。

そして、その情報はまたたく間に浸透。
その結果が、先程のアレである。

もはや生徒の真理を見る目は、恐怖ではなくなっていた。
道を開ける生徒も、自分から進んで身を譲っているのだ。

「何故・・・こんな事に・・」

肩を落としながら、手の上の袋を見つめる。
見せれば終わりだと思っていた、噂なんてアテにならない、と。

自分の容姿を理解していない真理は、再び溜め息をつく。
この件一つとっても、真理の条理推理がまだまだ不完全と言っていたシャーロックの言葉も頷ける。

幼い頃から伊・ウーに居た真理、いや、マリアは部分的な常識が抜けている。
いわば年頃の常識と価値観、とでも言えば良いだろうか。

故に、周りの人達の可愛いや綺麗の基準が分からない。
だからこその失敗。

自分の容姿に自信が無いとかそれ以前の問題。

「まぁ、大袈裟な噂で妙な補正でもかかっているのでしょう。その内収まります」

的外れな結論をしながら、真理は更衣室へと向かう足を早めた。














「どうすれば良いんだ・・・。」

真理が教室から出てしばらく、俺は机の上に突っ伏していた。
さっきは突然に声をかけられ挙動不審になっちまった。

と言っても、ここ一週間はいつもあんな感じだったが。
ある程度心の準備をして接すれば日常会話は出来る。でも気を抜けばあの様だ。

「はぁ・・・やっぱり無理だ・・・」

どうしても、あの時の事がチラついてしょうがない。
無論、真理とキスした時の事だ。

思い出すだけで顔が熱くなる。
真理の顔をマトモに見れない。

一緒にいると、自然とあの柔らかそうな唇を見てしまっている。
いや、柔らかそうではなく、実際とても柔らかかった・・・

それに真理は言っていた。
あれが、ファーストキスだと。

つまり、あの柔らかさを知っているのは、世界で俺一人だけな訳で・・・・

「あぁぁぁ〜〜〜〜!!!」

奇声を上げながら頭を掻き毟る。
廊下の生徒が不審そうに見てくるが知った事じゃない。

真理は気負う必要は無いと言った。
だが、そんなの無理に決まってる。

いくら必要だったとは言え、女の子のファーストキスを使わせてしまったんだ。
彼氏相手ならまだしも、ただ俺の揉め事を処理する為に。

仮に真理が本当で気にしてなかったとしても、それではいそうですかで終わらせられるか。
具体的に何をすればなんて全く思いつかないが、それでもだ。

「とにかく、まずはちゃんと礼を言わないとだな」

まずはそこからだ。
助けて貰ったのに礼の一つも言わない訳には行かないだろう。

一週間も経ってまだそこかとも思うが、どんな道も最初の一歩から始まるんだ。
そして、出来るだけいつも通りに接しよう。

こんな気まずい空気で過ごす為に、真理はああしてくれた訳じゃないはずだ。
あそこまでして貰っておいて、俺がこんなんじゃ駄目だろう。

報いる為にも、俺が望む様に過ごさなければ。

「よし!」

両手でバシンと頬を叩いて気合を入れる。
立ち上がり、更衣室へと急ぐ。

授業開始の時間はもう一分切っている。
どれだけ早く着替えても、今からじゃ遅刻は確実だ。

しかし、パートナーが待ってるんだ。
一分一秒でも待たせる時間を減らさないと。

「いつか、返さないとな」

ひたすら走りながら、呟く。
先程までのモヤモヤは、もう無い。

まだ、すぐに戻れるかは分からないが。
今でも恥ずかしいし、何より心臓が跳ねたままだ。

向き合えば顔が熱くなるだろうし、歯切れも悪くなってしまうだろう。
しかしそれでも、すぐに元に戻る。

いや、戻ってみせる。
周りの環境は目まぐるしく変わっているけど。

それでも俺は、アイツとパートナーでいたいと思うから。

















「なぁ、今日の放課後時間あるか?」
「ありますけど」

昼休み、唐突にキンジさんがそう聞いてきた。
あの日からずっと引きずっていた挙動不審さが消えていた。

吹っ切れたのか、割り切ったのか。
いずれにせよ、彼の中で心境の変化があったのでしょう。

もう少し様子見して変化がないようなら手を打とうかと思っていましたが。
杞憂だったみたいですね。

「なら家に来ないか?」
「・・・・はい?」

ザワリ!と。

聞き耳を立てていたクラス中の生徒が驚愕した。
それもそうだろう。

年頃の男子が、仮りにも同じく年頃の女子を家に招いたのだから。
騒ぎは一気に加速する。

「つ、ついにゴールイン!?」
「公衆の面前で白昼堂々自宅に誘うなんて、アイツは勇者か!!」
「家についてから・・「実はな・・今日は誰もいないんだ・・」なんて言ってきゃあぁーーーーー!!!」
「どうなるんだ! それからどうなるんだ!?」
「そりゃあもう! きっと二人は忘れられない夜を過ごすのよ!! 「今日は寝かせないぜ」とか言って・・・いぃぃやぁーーーーーーーーー!!!」

白熱する妄想劇。
男子も女子も、一様に顔を真っ赤に染めながら騒ぎ立てる。

当然、そんな事をしていれば廊下にも聞こえる訳で・・・・

「何!? 遠山と宝崎さんが自宅でベッドインだと!!?」
「そんな! 俺の宝崎さんがぁぁ〜〜!!」
「ふざけんな!! 彼女は俺の物だぁぁ!!」
「ちょっとそこの男子!! ふざけた事言わないで! 遠山×宝崎を邪魔する者は何人たりとも許さないわ!!!」
「アナタこそ何を言ってるの! 宝崎×遠山こそ至高のロマンスよ!!」
「こうしちゃいられないわ! すぐに皆に知らせないと!!」

なにやら聞捨てならないセリフが幾つか聞こえましたが。
それより、私は目の前のキンジさんを見る。どうせ噂を止めるのは手遅れなのだから。

彼に限って、生徒達が言うような事は無いでしょう。
まぁ万が一、いえ、億が一そんな事があれば八つ裂きにして冥府に送ります。

「構いませんが、何か用事でも?」
「実はさ、俺の兄さんがお前に一度会ってみたいって前から言っててな? 今日はかなり早く帰れそうだから、出来たら招いておいてくれって頼まれたんだよ」
「なる程、そう言う事ですか」

遠山金一。
会う可能性は考えていましたが、まさか向こうからお誘いが来るとは。

まぁ、特に会うのに不都合はありませんし。
今後の為にも、直に接触しておくのも良いですね。

「わかりました、行きましょう」
「そうか、じゃあ放課後な」
「はい」

そう言って机に戻り、次の授業の準備をするキンジさん。
周りは私が了承した事に、さらにヒートアップしている。

「オーケーしたぞ! 同意の上だ!!」
「いや待て、彼女の事だから意味が分かって無いのかも知れない!!」
「そんな!? じゃあ何も知らない宝崎さんは、気が付いたら無理矢理押し倒されて!!?」
「な、何て羨ま・・・・じゃなくて許せんぞ! 遠山ぁぁぁぁ!!」

どうやら、彼らの耳には自身に都合の良い変換機構でも付いているらしい。
キンジさんの兄のくだりは全く完全になかったことにされている。

彼らの騒ぎは、鬼教師に一喝されるその時まで続いた。














「ほら、上がれよ」
「お邪魔します」

放課後、真理はキンジの家へとやって来た。
靴を脱いで中へと上がり、そのまま居間へと進む。

一昔前の、と言えば想像しやすい、古めかしい日本家屋
庭も含めてそれなりの広さで、当然だが部屋は全て和室だった。

座布団の上に腰を下ろし、不躾にならない程度に室内を見渡す。

「これでも飲みながら待っててくれ」
「ありがとうございます」

目の前のテーブルに置かれた緑茶を見て、軽く頭を下げる。
一口飲めば、冷えきった体に熱が伝う。

キンジは夕食の準備をするために台所へと消えていく。
ついでに夕食も食べて行けと言う事になったのだ。

キンジが料理を作れるのは意外性を感じたが、考えてみれば偶にお弁当を持ってきていた事を思い出す。
親は既に亡くなっていると言うし、兄も夜遅くに帰る身。

自然、家事の類は上達するだろう。
祖父母がいると聞いていたが、どうやら今は不在らしかった。

そうしてしばらく時間が経った時、チャイムの音が室内に響いた。

「お、予想以上に早かったな」

手を止めて玄関に向かうキンジ。
真理は一瞬自分も行こうかと思ったが、玄関で立ち話もなんだろうと思い、待つ事にした。

二人分の足音が近づき、居間の引き戸が開かれる。
そこには、資料で見た時などよりも遥かに美しい女性がいた。

いや、まごう事無き男性だが、外見からはとてもそうは見えない。
顔立ちから目や口、鼻などの造形。その全てが、もう美人用としか思えないパーツばかりなのだ。

きっと神は、最後の最後で致命的な失敗を犯して彼を産み落としたに違いない。
そう断言出来る程だった。

「初めまして、だな。遠山金一だ、よろしく」
「はい。宝崎真理です、初めまして」

お互いに握手を交わす。

「いつも弟が世話になっているそうだな、色々と話は聞いている」
「いえ、私もそれなりに助かっていますから。金一さんも、話に聞いていた通り―――――」
「うん?」

自分がどう説明されていたのか興味が湧いたのだろう。
そんな中、真理はほんの少しだけ、髪の奥に隠された目をキラリと光らせ。

「とてもお美しいお姉さんですね」
「・・・・・キンジ・・お前・・・」
「違う!! 言ってないぞそんな事!!? 真理も何言ってんだ!?」

先程とは打って変わって、地の底から這い出でる様な声で呟く金一。
キンジの顔が一瞬で引き攣り、真っ青になる。

「まさかこれ程とは思いませんでした。キンジさんが学校中で絶賛していたのも頷けます」
「キンジィィィィィッ!!!」
「だから違ーーーーう!!!」

叫びと共に駆け出すキンジ、それを鬼のような形相で追いかける金一。
仕事帰りとは思えないタフネスで追随する。

涙目で必死に逃げるキンジ。

「真理のアホーーーー!!!」

キンジの叫びが、冬の寒空に木霊した。

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