小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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十五話










模擬戦も後半にさしかかり、勝率の高い者と低い者に別れていく。
やはりと言うべきか、実力の高い者達の方に新入生達は集まり、その熱狂ぶりは高まるばかり。

しかし、そんな周囲の騒々しさが気にならない程に、私は面倒な状態に陥っていた。

「ああ、やっと会えたね真理。ついにこの時が来て嬉しいよ」
「・・・そうですか」

最低限の応答だけを返したが、目の前の人物は何が嬉しいのか、金色の髪をサラリとかきあげて微笑む。
たしか、名をマイケル・コーナー。

学年主席の座につき、女子生徒の人気が著しく高かったと記憶している。
補足すると、私は実技はともかく座学の成績は次席だ。

何故かと理由を上げるなら、キンジさんとパートナーを組んでいることが影響している。
あまりこう言う事は言いたくないですが、座学の授業にもパートナーで取り組む課題は多い。

彼が決して成績が悪いわけではないが、さりとて特別優秀でもない。
内容次第ではフォロー出来るものと出来ないものがある。

目の前にいる彼のパートナーは学年三席の人間で、実技座学共に秀でているため、二人ともが上位に位置しているのだ。
しかし、だからと言って不満なんてある訳もない。

元より成績なんて気にならず、ハッキリ言ってしまえばどうでもいい。
やむを得ず少しだけ実力を出さねばならなくなったが、その前は中堅を保っていたのだから。

まぁ、キンジさんは大いに気にしているようで逆に面倒なのですが。

「今日、君に寄り付くあの男を倒し、真に君に相応しい男が誰かを照明してみせる。もう心配はいらない、僕が君を救ってあげるよ」
「・・・・・」

HSS状態のキンジさんにも引けを取らないキザな彼は、得意気にウィンクしてみせた。
それに女子生徒が黄色い声を上げるのだが、正直言ってキモイ。

それに、いつから私はキンジさんに纏わり付かれる被害者になったのでしょうか。
そもそも私がキンジさんを倒したと言う前提は何処に行ったのでしょうね。

「だからまず、君に僕の力を示すよ。安心して身を委ねていいのだと、信じさせてあげよう」
「・・・・」

他の八人など眼中にないとばかりに、大仰な礼をする。
そしていつかのキンジさんのように、私の手を取って甲に口づけをした。

「キャーーー!」
「キスしたわ! あの二人ってそう言う関係!?」
「あの娘誰なの!? 憎い! 羨ましい!!」
「あのクソ野郎! 宝崎さんになんて事を!!」
「手も握ってあまつさえ味わうなんて! どんな味だったか教えてくれ!!」
「拒否しないのか!? 俺もやっていいのかな!?」

前半は新入生の女子、後半は二年以上の男子と言ったところですか。
どうでもいいですが、いつになったら試合は始まるんでしょう。

「あの、そろそろ始めませんか。 間もおしていますし。
「ふふっ、そうだね。早く君と結ばれる瞬間を迎えたいからね」
「・・・・」

私は審判に言ったつもりでしたが、どうやら勘違いしたらしい。
元の位置に戻り、しかし視線は私に固定している。

他の人から敵意のこもった視線を向けられても、余裕といった表情で受け流していた。

「あ、あー・・・それでは、始め!」

気まずそうにしていた教員の合図。その瞬間、私以外の全員がマイケルへと殺到した。
まるで一回戦のキンジさんを連想させる団結ぶりで。

「死ねこのクソイケメン野郎!!」
「テメェなんかに宝崎さんをやれるかー!!」
「リア充マジコロス!!」

自動小銃にショットガン、はては日本刀などを使っている者も。
それでも余裕の態度を崩さず、マイケルは言い放った。

「ふっ、凡人め。ボクと彼女の道を阻める者などいないと言うのに」

瞬間、彼が動く。
両手に持ったコンバットナイフで目の前に迫っていた三人を蹴散らし、中距離から銃を撃っていた四人に肉薄する。

二人は対応してナイフに切り替えて防いだが、他の二人は沈められた。
残った二人を相手にマイケルは圧倒的な差を見せつけ、一分と経たずに制圧する。

しかしその直後、隙をうかがっていた最後の一人が背後から切りつけた。
さすがにこれは避けられず、一撃をもらってしまう。

「くっ! 凡人風情が!」

プライドが傷ついたのか、その端整な顔を歪めた。
情け容赦なく攻め立て、いたぶるように最後の一人を倒した。

「ふぅ。少しばかり油断してしまったけど、しょせんはその他大勢に過ぎないね」

髪をかきあげ、見せつけるように微笑む。
どうやら彼は私を敵としてカウントしていないようだ。

さすがに実技次席になるだけあって他よりも強い。
しかし、あくまでそれは中学生の中での話。

HSSのキンジさんには及ぶべくもなく、人を凡人呼ばわりするには驕りが過ぎる。

「さぁ、これで僕の力は分かっただろう? 君を傷付けるような事はしたくない、どうか降参して―――」

最後まで聞きはしない、もとより興味もない。
ベレッタを抜いて発砲し、一気に駆ける。

「なっ!」

驚きながらも銃弾を回避して、そのままクルリと一回転するように横へ移動する。
私はそのまま至近距離まで接近し、軸足の膝を狙い撃つ。

「がぁ!」

完全に姿勢を崩したマイケルの鳩尾に向け、もう一方の銃で撃ち込む。
走り出した際、近くに転がっていたのを拝借したものだ。

体がくの字に曲がり、私の腰くらいの高さまで下がってきた顎を蹴り上げる。
口から少量の血を吐き、放物線を描くように宙を舞う。派手にドシャリと音をたてて落下し、そのまま動かなくなった。

「・・・ふぅ」
「・・・・あっ、そ、それまで!」

周囲の時間が止まったような沈黙に包まれ、まっ先に正気に戻った審判が終了の宣言をする。
借りていた銃を、持ち主の横にそっと置いた。

今思い出したかのように、割れるような喝采が巻き起こる。
一応の礼儀として一礼し、私はその場から立ち去った。















「はーいおつかれぇー。かなーりいい刺激になったっぽいって校長さんはご満悦でしたぁー」

戀香が教卓でダルそうに話し、感情の抜けきった瞳で教室を見回した。
負傷や気絶によって保健室へと運ばれ、いまだに帰還していない者も多い。

よって今いるのはクラス全体の七割ほどだが、彼女は気にせず進める。

「中でもここに書いてある生徒はぁー、予想以上に奮闘したっつぅんでー、校長の気分で0.2単位贈呈するってよぉー」

その一言でクラスが期待にざわめく。
またしてもいつ書いたのか分からない板書が出現し、十名の生徒の名が示されていた。

そこにはダントツでトップの成績を叩き出した真理も含め、キンジの名も書かれていた。

「そんじゃー今日は解散なぁー」

戀香が去って、黒板に群がるクラスメイト達。
既に単位が充分過ぎる程に足りている真理とキンジは、今朝と同じく教室の後ろにいた。

「なんとか五位には食い込めましたね」
「あの言い訳が通用しなかったら、今頃どうなってたか分かんないけどな」

自分で想像して身震いするキンジ。
二年時の件で真理に倒されるまで、学校最強と言われていたキンジ。

しかし通常の彼が上位に入るというのは困難なため、相当の努力を必要とした。
どうにかギリギリ入る事は出来たものの、それでも本来なら不足なのだ。

なんせ学校の人間たちは、少なくとも実技に関してはキンジの事を真理に次ぐ実力者と認識しているのだから。
つまりは二位、もしくは三位ほどの戦績が定石という無茶な評価を受けている。

下手をすれば手を抜いていると思われて、逆に評価を下げられる可能性すらあった。
しかし、そこで幸いしたのが必ず一回は学年の生徒全員と当たるルール。

要するに真理と戦う機会も当然一回以上あるわけで、その時に体力を消耗したことにすれば多少の順位の下降は咎められないのだ。
まぁ、それでもキンジにとっては死にもの狂いの善戦だったのだが。

「それにしても、成績に比して奮闘した奴ならともかく、真理みたいに元から上位の奴に今さら単位なんて意味ないだろうに」
「そうですね。今日から出席日数ギリギリで登校したとしても余裕で卒業出来ますし」

実際にそんな事をすれば、教師から鉄槌が下ることは確実だが。

「今日の放課後はどうします?」

間違っても遊びの誘いなどではない。
放課後に残って自主訓練するのは、二人の日課だった。

「今日はさすがに勘弁だ。出来るなら今すぐ寝てしまいたいくらいだ」
「そうですね、今日くらいは早めに休んだほうがいいでしょう」

一秒もかからず思考して答えを出す。
真理としても今日のキンジの戦績は褒める箇所が多々あり、無理に体を動かすのは負担になると判断した。

当たり前のように二人揃って教室を出る、これも日常となっていた。
しかし、今日は少しだけ変化が起こる。

教室のドアを開けた途端、真理がキンジの腕を引いたのだ。

「うお!」

体勢を崩して驚いくキンジだが、その鼻先を一筋の光が掠めた。
前髪が数本だけ散り、それを見たキンジが咄嗟にバク転して体勢を整える。

何事だとクラス中の視線を集める中、真理とキンジはドアの向こうに立つ人物を見据えていた。

「今のを避けるとは、さすがでござるな」
「ご、ござる?」

古風な口調で話す小柄な女子に、キンジが首を傾ける。

「噂は大袈裟な妄言と捉えておりましたが、今日の武勇を見る限り真の様子。今の身のこなしも見事でござった」
(いや、真理がいなかったらあの世行ってたぞ!?)

冷や汗を流しながら心の中でつっこむキンジ。
布で口元を隠し、時期はずれのマフラーみたいな赤布を巻いた少女。

長い黒髪をポニーテールに結び、その手に持つのはジャパニーズニンジャのクナイ。口調も相まって、まさに忍者少女としか言いようがない風貌の女生徒だった。

「某(それがし)は二年の風魔陽菜と申す者。武偵校屈指の武を誇る遠山殿に決闘を申し込みに参った!」

ビシッと指を突きつけ、高らかに宣言した。
クラスの動きが数瞬だけ止まり、しかしすぐに再起動する。

「あの子も真理様親衛隊の子?」
「ついにキンジ抹殺計画が始動したのか!」
「え? 〈宝崎真理補完計画〉じゃなかったっけ?」
「あれ? 俺は〈プロジェクト・マジKILLキンジ〉だって聞いたけど」

あーでもないこーでもないと意味不明な議論を交わす。

(いつのまにそんな物騒な計画練ってたんだお前ら!)

自分の味方はやはりパートナーしか居ないのだと痛感するキンジ。
肝心の真理は先程から一言も喋らずに風魔を凝視していた。

「お前・・・風魔だったか?」
「いかにも」
「何で俺なんだ。強い奴なら真理の方がいいはずだろう?」
「宝崎殿には勝てる気がしないでござる、故に遠山殿にした次第」
「・・・・・・」

別に、パートナーに擦り付けようとした訳ではない。
純粋な疑問として聞いたのだが、なんとも素直な後輩だった。

今日の試合を見ていたような発言もあったことから、要はビビッたのだろう。上級生の教室に特攻するあたり、強気なんだか弱気なんだかわからない。
しかも、遠回しにお前になら勝てそうとまで言っている。

面倒事は苦手なキンジだが、後輩にこうまで言われて引き下がるほど落ちぶれてはいない。

「いいぜ。校庭でいいか?」
「承知」

頷き、種を返して階段の方へと歩く。
キンジも真理もそれに続く形で教室を出て、校庭へと移動した。








生徒がちらほらと帰宅していく傍ら、隅の方で対峙するキンジと風魔。
二人の間を乾いた葉っぱが通り過ぎ、決闘の雰囲気をいい具合に演出していた。

「負けますよ?」
「は?」

隣に立っていた真理がボソリと呟いた言葉に、キンジは素っ頓狂な声を上げた。
最初は意味が分からなかったが、理解した途端にムッとした表情で口を開く。

「それは俺が弱いってことか?」
「実力的にはどっこいどっこいと言った具合です。 あの二年、確か実技では学年トップだったと記憶しています」
「な、マジかよ・・」

どこか抜けた印象のあるだけの後輩だと思っていたが、意外と強いらしい。

「それに加え、キンジさんは今模擬戦によって著しく体力を消耗しています」
「そうだった・・・」

己の迂闊さに頭を抱えたくなった。
クラスメイトの前で威勢良く受けておきながら、下級生に負けたとなれば中傷されかねない。

ただでさえ色んな理由で嫌われがちなのだから、出来れば避けたかった事態だ。

「この場でキンジさんが勝つには、それこそHSSを使う必要がありますね」
「いや・・・それは・・」

自然と、去年のキスの件がフラッシュバックするキンジ。
気持ちの整理はついたが、それとこれとは話が別、思い出せばいまだに赤面ものだ。

そんな意味など含まれていないと分かっていても、妙に意識してしまうキンジだった。

「いつかこう言う時が来るだろうと思い、準備していた秘策があるにはありますが」
「本当か!? なら頼む」

二つ返事で飛びついた。
真理ならば、自分では考えれないような策を持っているに違いないと言う信頼。

これまで判断に従って悪い結果になったことなど一度もなかった。また助けられる事に引け目は感じるものの、今回のような場合は仕方がないと思った。
何故なら、キンジの評価が下がると言う事は真理にも少なからず変化をもたらす。パートナーを解消するように迫られるのは、なにもキンジだけではないのだ。

今回の模擬戦のように、自分こそ真理のパートナーに相応しいとぬかす者は後を絶たない。
今まで歯牙にもかけなかったくせに、真理が美少女だと知った途端に現金な連中だ。

キンジの評価が下がれば下がるほど、それ見たことかと催促してくるのだ。
本人は軽く受け流しているが、キンジとしては迷惑をかけて申し訳ないと思っている。

「わかりました、ではこれを」
「ん、なんだ?」

一枚の紙らしき物を懐から取り出し、差し出す。
受けと取ったキンジは、さりげなく裏返してそれを直視した。

「っ―――――――!!?!?」
「謝罪はしておきます」

硬直するキンジに向けて、ペコリと頭を下げる真理。
そのままススっと後ろに下がり、顔を上げて風魔に視線を向けた。

「お待たせしてすみません、始めてよろしいでしょうか?」
「某はいつでも」

風魔の意思を確認し、もう一度キンジを見る。
顔を俯かせているので表情はうかがえない。

しかし、その様子を見れば充分だった。

「それでは、始め!」
「いざ!」

真理の合図と共に、クナイを構えて突進する風魔。
小手先ではなく、一撃でケリをつけるつもりらしい。

「覚悟!」

強く踏み込み、気合と共に一閃する。
その刃は、寸分の狂いもなくキンジの首を正確に捉えていた。

もちろん刃は潰してあるので、体と首がおさらばしたりはしない。
しかし逆に言えばそれだけで、気絶ないし相当な痛みを伴うだろう。

残り僅か数センチと言うところで―――――

「・・・ふっ」

笑みをこぼしたような声が聞こえた瞬間、クナイは主人とともに宙を舞うのだった。

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