小説『緋弾のアリア ―交わらぬ姉妹の道―』
作者:Pety()

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十六話










忍者少女こと風魔陽菜との決闘。
相手がキンジという事もあって、それはすぐに広まった。

勝敗を異常に気にする輩が多く、しかしキンジの圧勝と聞いて落胆するだけだった。
そう、まさに瞬殺と言うにふさわしい決着だった。

「師匠! 焼きそばパンを買ってきたでござる!」
「・・・・」
「・・・・」

各々が昼食を食べている中、教室中に響き渡らんばかりの元気な声で宣言する風魔。
激しく微妙な顔で風魔とその手に乗った焼きそばパンを交互に見るキンジ。

無言で弁当を食べ続ける真理。
我関係なしと主張するような、見事なスルーっぷりだった。

「あのな風魔、いつ俺がお前に焼きそばパンを買ってきてくれと頼んだんだ?」
「む? しかし弟子が師に焼きそばパンを買ってくるのがしきたりでは?」
「どんなしきたりだよ・・・」

一瞬だけ、自身がかつて女子のパシリだったことに対する嫌味かと思ってしまう。
真理というパートナーがいるものの、キンジの中の女に対する不信感は消えてはいない。

表面上はいくらでも取り繕えるが、内心では常に警戒しているのだ、
逆に言えば真理に対してだけは心配していないからこそ、学校にいる時の大半は行動を共にしているのだと言える。

しかし目の前の後輩は一点の曇りもない瞳でキンジを見つめ、むしろ好意的な感情さえうかがえる。
真理から見ても、そこには打算的な思考はまるで感じられない。

キンジにはそこまで感じ取ることは出来ないが、少なくと危害を加える意思がないことくらいは理解出来た。

「それとその師匠ってなんだよ、お前を弟子にした覚えはないぞ」
「某(それがし)は師匠の華麗な技術の数々に感服したのでござる! 是非とも師匠の元で稽古をつけて欲しい所存!」

技術の数々なんて見せた覚えがない。
なんせ戦闘時間は三秒弱だったんだから。ついでに言えば背負投げしかしていないのだから。

「つまり・・」

食事に専念していた真理が口を開く。
どうやら弁当は食べ終えたようだった。

「風魔さんはキンジさんの戦妹(アミカ)になりたい、と解釈していいのですね?」
「え・・・戦妹?」
「その通りにござる!」

驚くキンジを余所に、風魔は得意気に胸を張っている。
周囲のざわめきが増したが、キンジは気にしている場合ではなかった。

「中学で誰かを自分の戦兄妹にするとか、大丈夫なのか?」
「一応の規則としては問題はないですね、兄または姉となる側には相応の実力が求められますが」
「師匠なら問題ないでござろう!」

もはや決まったと言わんばかりに喜色満面の風魔。
口元が隠れているというのに、なんとも感情表現が上手い。

諜報科(レザド)が志望だと言っていたが、はたしてこれで平気なのだろうか?

「いやいや待て、例え規則的に問題ないとしても俺は戦兄妹を持つ気は無いぞ。俺だってまだまだ学ぶ側なんだ、誰かに教える余裕なんてないしな」
「ふむ、さすが師匠。決して自身の力量を驕ることなく、常に高みを目指しているのでござるな!」
「いや、そうじゃなくてだな・・・・」

どう言っても好意的に解釈しそうな後輩に、キンジは頭を抱えたくなった。
真理は真理で傍観し、あまり口を挟んでこない。

「そう言えば真理、昨日のあれはなんだったんだ?」
「あれですか・・」

溜め息混じり半眼で見られた真理は、しかし変わらず無表情で答える。

「そうだよ、なんでその・・・・・あ、あんな物持ってんだ」

最初は僅かに非難の眼差を向けていたキンジだったが、目に見えて顔を赤くしていく。
何を隠そう、昨日の決闘の直前に真理がキンジに渡したもの。

紙だと思っていたそれは、一枚の写真だった。
問題なのがその内容で、なんとそれは女の写真だったのだ。

しかも・・・・半裸の。

「あれは、私が統計で算出した[キンジさんの理想の女性象]に最も近いアイドル写真です」
「・・・・は?」

真理が発した言葉を、しばらく理解出来なかった。
統計? 算出? いったいなんのだろうか・・・・

「かつてキンジさんを利用した生徒達を割り出し、その誘惑の手口やそれを使った女生徒の体型、およびキンジさんが『落ちる』までの時間の個人差をまとめ、そこからキンジさんがどのような容姿、体型、趣向を好みとするかを計算しました。その結果として出た最もキンジさんの理想とするタイプがアレです」
「なん・・・・だと・・」

驚愕の真実を聞かされ、キンジの顔面が蒼白になった。
いったいいつの間にそんな物を調べていたんだと問いただしたいが、それ以上に聞きたいようで聞きたくない事があった。

好みを算出した、それはつまり、たった一人のパートナー兼友人に自身の性癖が知られる事と同義だ。
もしかしたら、キンジ本人が自覚していないような無意識な性的嗜好すら看破している可能性すらありえるのだ。

(どうりで・・・・抗う余地すらなかったはずだ!)

流石と言うべきか、まさに名推理だった。
本人が何故だと言いたいくらいに一瞬でなってしまったあの瞬間。

単純に美人や美少女に見惚れる時の刺激とは違い、要所要所を正確に捉えた一斉攻撃に脳が迎撃しきれなかったのだ。

「どうしてもならざるを得ない状況になる可能性はありましたから、苦肉の策として用意しておいたのです」
「本当に苦肉の策だな、効果はあったけど・・・」

助かったのは事実なので、あまり強くは言えなかった。
そして、今の問題は目の前にいる後輩である。

二人の会話を理解出来るはずも無く、疑問符を浮かべて首を傾げていた。

「いいんじゃないでしょうか? 色々とメリットはありそうですし」
「つってもなぁ、俺が何を教えればいいのやら・・・」
「とんでもない、師匠の稽古を見せていただけるだけでも良き経験になるでござるよ」

どこまでも尊敬全開の眼差しを向ける風魔。
ここまで真摯に言ってくる後輩を邪険にするのは、キンジとしてもバツが悪い。

しかしやはり自分に教える事など出来るだろうかという懸念もある。

「まぁ百聞は一間にしかずです。いつの間にか申請もしてあるようですし、さくっとエンブレムで審査すればいいでしょう」
「本当にいつの間に申請したんだ!? 会ったの昨日だぞ!」
「それはもちろん、師匠に敗北した後にござるよ」

あれよあれよという間に、二人の再戦が決まった。















勝負はすぐに行われ、またしても瞬殺で終わった。
しかし、今回は風魔の勝利を言う形でだが。

「取ったでござる! これで師匠は拙者の師匠でござるよ!」
「ちくしょう・・・」

項垂れるキンジ。
HSSを使わなかったキンジと、やる気全開の風魔。

圧倒的な士気の差が勝敗を分けた。

「しかし師匠、具合でも悪いのでござるか? 昨日より動きにキレがなかったような。」
「い、いや・・・・それは・・」

鋭い指摘に、思わず呻いてしまうキンジ。
これから戦兄妹となるに当たって、いつかは教えなければならないかも知れないが、すぐにそんな気分にはならなかった。

「風魔さん、キンジさんは普段特殊な方法で己の動きを封じているのです」

二人の戦いを見守っていた真理が口を開いた。

「? 何故でござるか?」
「常に己を律することで、力の扱いに習熟するためです。そして何より、力とは本来無闇やたらと見せびらかすものではないとキンジさんは考えているのです」

普段の二人の評判を棚に上げ、ペラペラと嘘八百を並べ立てる。
罪悪感など欠片も感じさせない見事な無表情に、キンジですら半眼になってしまった。

「おお! さすが師匠でござる、能ある鷹は爪を隠すという奴でござるな!!」
「その通りです」

しかしこの後輩はどこまでも純粋だった。
ある意味では武偵として致命的である。

将来あこぎな商売に騙されやしないかと、キンジは心配になった。
むしろ現在進行系で騙されているかも知れない。それとなく探った方がいいかもと心にとめておく。

「それでは今日からキンジさんと風魔さんは戦兄妹ですね」
「よろしくお願いするでござる、師匠!」
「あ、ああ・・・」

もはや避けようがない事態に、ただ溜め息を漏らす他ないキンジだった。
















「あーそんで今日はまぁー? お前らの進路について聞かにゃならんわけよぉー」

いつも以上にダルそうな様子で切り出した戀香。
むしろ面倒、やりたくないと彼女の顔がこれでもかというくらいに訴えている。

生徒達に配られた一枚の紙。
戀香の言うように、進路希望調査の文字がでかでかと書かれていた。

進学か就職か、進学なら望む学校や科目を聞かれる。
就職の欄には武偵関連かそうでないかの問いがあり、普通職につくなら問いはそれだけで終わる。

武偵に関しているならばそれなりに対応はするが、足を洗うなら知ったことかと言う意味だ。
むしろどこへなりとも消えろみたいなニュアンスですらある。

「まぁ三年にもなって普通職なんて選ぶ輩は私のクラスにはいねぇーって信じてるけどー? 万が一いたらぁー・・・」

そこで言葉を切り、クラスを見回す。
選ぶわけでもないと言うのに、冷や汗を流す者達は多かった。

普段から目の据わった戀香に意味深な視線を送られると、原因不明の恐怖が襲ってくるのだ。

「ま、いないから言う意味ねっかぁー。そんじゃあ適当に書けぇー」

そう言ってイスに座り、沈黙する。
時間をおいて、チラホラと書き始める生徒達。

シャーペンを走らせる音だけが教室に響き、時計の秒針が刻々と時を刻む。
そんな中で、キンジもひたすらに問いに答えていた。

(東京武偵高校、志望は強襲科っと・・・)

何でその学校なのか、何故その科目なのか、というような質問はない。
個人の事情など知るところではなく、武偵は自立するものと武偵憲章にも定められているからだ。

やりたきゃやれ、付いて来れないなら消えろ。
まごうことなき弱肉強食、普通校のように至れり尽くせりなサポートなど無い。

この調査だって殆ど形式だけのもので、武偵校側からすれば本意ではない。
教育委員会からの再三に渡る抗議によって仕方なくな処置で、現場からすれば紙の無駄。

紙一枚より弾丸一発、無駄な座学よりも訓練一時間が上等な主義である。

(真理はもう終わったのか)

チラリと視線を向ければ、ペンを置いて静かに瞑目しているパートナー。
微動だにせず目を閉じているその姿は、一見すると精巧な人形に見えるほどだ。

パッと見はともかく実際は美少女だと知っているので、余計にそう感じる。

(高校に行ってもアイツとパートナーで居続けられるだろうか・・)

ふと頭をよぎった疑問である。
高校となればこの学校のみならず、多くの場所から武偵を目指す者達が集まるだろう。

それこそ同年代でBランクやAランクの者も少なくないはずだ。
Sランクなんて夢のまた夢だが、もしかしたら一人二人いるかも知れない。

真理より強い者なんて今のキンジには想像も出来ないが、渡り合える者がいたとしても不思議はない。

(そしたら、さすがにパートナーが変わるかもな・・・)

不意に、ズキンとした痛みを感じる。
子供だと分かっていても、気分のいいものではなかった。

仮りにも半年以上パートナーとしてやって来た。
実力が見合っていないのは誰より理解しているが、それなりに上手くやっていると自負している。

それに、彼女と人としてやり取りが出来る人間がそういるとは思えない。
最低限の会話ならともかく、パートナーはそれだけでは足りないのだ。

(って・・・本当に子供じゃないか・・)

自己嫌悪に陥って頭を抱える。
そもそも高校に通うにしたって、同じ進学先なのかも分からないのだ。

この後聞いてみようと思いつつ、時計を見る。その時ちょうど授業の終了を告げるチャイムが鳴った。

「うーい、そんじゃー後ろから回収ー」

回ってきた束に自分のを重ね、前の人に渡す。
全ての紙が最前列に運ばれ、それを順次受け取る戀香。

大雑把に確認し、一度頷いてさっさと退散した。
それぞれの生徒が雑談する中、キンジも真理の席へと向かう。

休み時間にはキンジが話しかけて雑談というのが恒例化し、もう誰も気にしないような普通の光景となっている。
ただ、一部の生徒からは相変わらず殺意と妬みの視線を送られるが。

「進学っつっても、殆どの奴はエスカレーター式で武偵高に行くのにな」
「体裁は大事なことですよ。主に保護者に対しての建前はいくらあっても足りませんから」

どこまでも否定的な者はどこまで行っても考えを変えない。
人間は年を重ねれば重ねるほど、柔軟な思考を維持するのが難しくなる。

当人である子供の意見を聞き入れず、自分の考えこそ正しいと盲信している大人は多い。
子供の言うことを夢物語と断じ、そのじつ現実を見れていない愚者も少なくない。

「実感の伴っていない未経験者はそう言うものです、何も知らずに先入観だけで物を言う」
「たしかにな、武偵に救われた命だって数え切れないってのに」

子供を心配する気持ちはともかく、まずは知ってから意見を言うべきだろう。
最初から石の如く凝り固まった頭では議論も何もない。

故に、武偵を目指す子供とその親は対立する場面も多々ある。
ちょうど反抗期を迎える子供にとっては、これ以上ない反抗職だろう。

「ま、俺達には関係ないか。むしろ高校に行った時の心配する方が有意義ってもんだ」
「そうですね、頑張ってください」
「おう。・・・・・え?」

頷いたキンジは、ポカンとした表情で固まった。
視線を向ければ、何くわぬ顔で次の授業の準備をする真理。

しかし放たれた言葉は、何故か無視出来ないニュアンスが含まれている気がした。

「えっと・・・頑張れって?」
「キンジさんは高校へ行くのでしょう? ですから勉学をより一層頑張ってくださいと―――」
「ちょ、ちょっと待て!」

言葉を遮り、深呼吸して落ち着こうとする。
しかし、一向に収まる気配はない。

それもそうだろう、出来れば信じたくない。
彼女の言葉は、まるで・・・・

「真理は・・・・行かないのか?」
「・・・・そういえば、言ってませんでしたね」
「っ!」

思わず息を呑む。
当たって欲しくなかった予想、しかし無常にも本人から告げられる。

「私は卒業したあと、海外の武偵校に留学するんです」

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きゃらスリーブコレクション 緋弾のアリア 神埼・H・アリア (No.037)
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